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私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?

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第11話 耳元で甘く囁くのは魔物だそうですよ?

 
前書き
 第11話を更新します。

 次の更新は、

 9月21日、『蒼き夢の果てに』第72話。
 タイトルは、『廃墟の聖堂』です。

 その次の更新は、

 9月25日、『ヴァレンタインから一週間』最終話。
 タイトルは、『夜景』です。
 

 
「おや、もう到着なさって居たのですか」

 突如背後から掛けられた声に、少し驚きながら振り返るリューヴェルト。すると、其処……彼が辿って来た緑のトンネルの入り口辺り。深い闇の向こう側からゆっくりと、月光に照らされた花の支配する場所に向かって歩を進めて来る、バンダナで額を隠した東洋人の青年が存在していた。
 年齢は十代後半から二十代前半と言う程度。見た目から判断すると、未だ少年の残り香を感じさせる青年と言う雰囲気。
 いや、リューヴェルト自身には直接の面識が有る相手では有りません。……が、しかし、美月やタマがこの場に居たのなら、声を上げたのは間違いない相手。

 そう。既に一昨日の出来事と成った、黄泉比良坂内で繰り広げられたギフトゲームの最初の部分に登場し、黄泉と現実界の境界線をこじ開けたイケメン青年の姿が其処に現れて居たのですから。

「すみません。どうにも抜けられない用事と言う物が有りまして、少しお待たせする格好になって仕舞いましたね」

 何故か、心の籠って居ない上っ面な謝罪を口にしながら一歩、また一歩と足を進め、死が渦巻く森と花が咲き乱れる地点との境界線上に立ち止まるバンダナの青年。
 古代の王の如き、誇らしき堂々とした雰囲気に長身痩躯の姿。この死の森と呼ばれる危険な森の中を泰然自若と言った雰囲気で歩み続ける様子から考えても、この目の前の青年が只者でない事は簡単に見て取れる。

 そして、

「初めましてリューヴェルトさん」

 距離にして五メートルぐらい向こう側から話し掛けて来る青年。
 穏やかな口調。更に、東洋人的な笑みを浮かべて。
 敵意を感じさせる事はない相手で有る事は間違いない。しかし、この死の森の中を無事に動き回って居る以上、普通の人間とも思えない相手。

 ならば、この新たに現れた青年の正体として考えられるのは……。

「貴方もこのギフトゲームの参加者なのですか?」

 取り敢えず、森に存在する(あやかし)の類で有る可能性も考慮しながら、そう問い掛けるリューヴェルト。
 故に、彼我の距離の五メートルは堅持。更に、不意打ちなどに対して警戒を怠りなく行うように、頭の隅に置いておきながら。

 但し、もし、この新たに現れた青年が敵。それも、この森に棲む妖物が人間の姿を偽って現れた存在だった場合は、このギフトゲームの勝利条件に因って、ウカツな攻撃は行う事が出来なく成るのは間違いない。

 何故ならば、このギフトゲームの勝利条件は、森に棲む生物の命を奪い過ぎない事。そして、もし、このゲームのクリアに失敗すると、リューヴェルトの住むコミュニティに関しては今の所問題は有りませんが、美月たちが住むコミュニティは、徐々に広がりつつ有るこの森に、そう遠くない未来に呑み込まれる可能性が大だと言う話ですから……。

 しかし、そのリューヴェルトの問い掛けに首を横に振る青年。
 そうして、

「あの御老人との直接の面識は有りませんし、僕が彼の主催するゲームに参加する事は許されないと思いますよ」



「ハクちゃんが前世では男の子だった……」

 美月が我知らず、独り言のように呟く。
 確かに、前世が必ず現世と同じ性別で有るとは限りません。まして、必ずヒューマノイド・タイプの生命体で有るとも限りませんから。
 何故ならば、美月の親友と言うべき相手は白猫の姿形をしていて、更に人語を解し、その上、魔法も行使しますから。
 このような実例が身近に居る以上、前世のハクが必ずしも人間として転生して居るとは限らないでしょう。

 ただ……。
 ただ、その部分に何か引っ掛かりが有るのも事実。

 何が引っ掛かっているのか、現在の美月には判らなかったのですが。

「ねぇ」

 黙りこくって、破壊神の少女をその碧い瞳に映しながらも、その実、何処も見ている事もなく、ぼんやりと考え込んでいた美月に対して話し掛けて来る破壊神の少女。
 その視線は、相変わらず喧嘩を売って来ているのかと錯覚させるほどキツイ雰囲気。

 ……いや、違う。最初に彼女の瞳を覗き込んだ時は、確かにキツイ雰囲気の中に優しさのような物を美月は感じていた。
 しかし、今の彼女から感じるのは……。

 警戒。敵意。いや、流石に其処まで強くはない。そう考えて、美月は少し首を横に振る。
 そう。ハクがやって来てから、何故かどんどんと鋭敏と成って行く感覚で美月はそのように感じて居たのだ。

 ならば、今、彼女。破壊神の少女が発して居る感情は……。
 ――不機嫌。不満。これがこの少女が何時も感じて居た。強く感じて居た感情の正体。
 確か、伝説に残されている内容にも、似たような部分は有った。
 彼女は、自分自身の事をとても小さな存在だと感じて居た、と……。

 ぼんやりと自らの事を見つめ続けて居る美月を、何やら値踏みするように見つめた破壊神の少女。
 そして、不機嫌そうに腕を胸の前で組み、

「あんた、何時も持って居た弓は何処に置いて来たのよ?」

 ……と、問い掛けて来たのでした。



 がしゃがしゃがしゃがしゃ――――

「そんな事よりも――」

 闇の向こう側から響いて来る、額にバンダナを巻いた青年の囁き声。
 ただ、その声は五メートルほど前方の、この花の咲き乱れる龍穴の入り口辺りから発した囁き声で有ったはずなのに、何故か、リューヴェルトの耳元で発せられた声の如く聞こえ、
 そして、甘く甘く、心の奥底をしびれさせるような、そんな声で有った。

 がしゃがしゃがしゃがしゃ――――

「リューヴェルトさん。貴方は、何か心の奥底に強い望みは有りませんか?」

 バンダナの青年が、涼しげな瞳でリューヴェルトの青い瞳を覗き込むようにしながら、そう囁き続ける。
 その笑みとも、それ以外とも言える奇妙な色を瞳に宿して……。

「貴方は一体……」

 次の言葉を口にしようとして、言葉が出て来なく成って居る事に慄然とするリューヴェルト。
 そう。敵意すら発しようとしないこの目の前の青年から、今の彼が感じて居るのは恐怖。底の見えない闇の奥深くを覗き込んだ時に感じるような、生物が本能的に死を恐れるような、そんな恐怖心。

「僕の事ですか?」

 青年が、その蠱惑に満ちた声が耳元で響く。この声に耳を貸すのはあまりにも危険だ。
 そう、リューヴェルトの心の何処かで警告を鳴らし続けている存在は居る。しかし、現在の彼は、何故かこの青年の発する声を拒絶する事が出来ない。

 がしゃがしゃがしゃがしゃ――――

「僕は色々な名前で呼ばれて来ましたよ」

 まるで、歌うような軽やかな音色で青年はそう答えた。
 色々な名前。その具体的な内容を目の前の青年が口にしているはずなのに、何故か曖昧な認識しか持ち得ない今のリューヴェルト。
 ただ、目の前のバンダナの青年に視線を釘付けにされ、

 自らの背後から近寄りつつ有る、何か巨大なモノの気配を感じるだけで有った。



「愛用の弓?」

 確かに美月は弓を引く。でも、その事を何故、この目の前の破壊神の少女は知って居るのか。
 一瞬、訝しくそう思った美月ですが、しかし、その事を表情や態度で示す前に、この破壊神の少女が最初に妙な事を言って居た事を思い出した。

 そう。美月の事も何処かで見た事が有ると……。もっとも、確かに、かなり幼い頃にこの森で遊んだ記憶が有りますが、果たして、この森の周辺で弓の鍛錬をした記憶が有るかと言われると、微妙な記憶しかないのですが。
 ただ、それでも、

「今日は持って来てないわよ」

 ……と、あっさりとそう答える美月。
 そして、

「そもそもあたしの弓って、術の精神集中を増す為に学んだ物なんだから、始終持ち歩く物ではないんだよね」

 ……と両手を天に向けて、やや肩をすくめるような素振りを見せながら続けた。
 その仕草に重なる妙なる鈴の音色。

 その音色の正体。それは、普段はハクの巫女服や髪の毛などを飾る鈴の内の幾つかを、美月用に残して行ってくれたのだ。
 当然、この鈴は破邪の力の籠められた鈴。この鈴を身に付け、微かな音を響かせ続ける事に因って、邪気が近付く事を封じる。そう言う意味を持つ護符。
 ただ、美月に取っては、彼女を傍に感じる事に因って不思議な安心感を得られる相手からお守りとして残していって貰った物だけに、別の意味を持つお守りとも成って居るのは事実です。

 但し、そんなお気楽極楽な答えの向こう側で、この目の前の破壊神の少女が何故、自分の事。美月が弓を引く事を知って居るのかを訝しく思いながら。

「あんたって、本っ当に昔っから使えないわね」

 またもや妙な事を言い出す破壊神の少女。これでは、ハクだけではなく、美月の事も同じように知って居る……。それも、美月自身にまったく覚えがない以上、美月の前世に何らかの関係が有るかのような気配の台詞なのですが……。

 しかし、当の破壊神の少女は、かなり訝しく破壊神の少女の事を見つめる美月の表情には一切気付く事もなく、

「だったらコレを使いなさい」

 そう言いながら、何処から取り出して来たのか判らない、行き成り何もない空中から取り出して来たかのような長弓を、美月に対して差し出して来た。
 相も変わらぬ唯我独尊。世界は自分を中心に回っている、と言う雰囲気のままで。
 鼻先に突き出されて来たその弓を、少し呆気に取られたかのような雰囲気で、寄り目に成りながらも確認を行う美月。

 その弓は……。別にごてごてとした装飾が施されている訳でもない、ごく普通の長弓。木材と竹を組み合わせた物を膠で接着し、補強のために藤を巻き付けてあるタイプの弓。
 所謂、上方と下方を赤い漆によって塗られた重藤の弓と言われるタイプの和弓。普段、美月が使っている弓と同じ程度の大きさの弓で有る事には間違い有りませんでした。

「ほら、忙しいんだから、さっさと受け取りなさい!」

 そう言いながら、再び、鼻先に突き出されて来たその弓を、勢いに負けた美月が受け取る。
 しかし、勢いに負けて無理矢理受け取らされた割には……。

「上下のバランスも良い感じだし、手にも馴染む。結構、良い弓よね、これ」

 軽く両足を開き、弓を立て、ゆっくりと押し広げて行くかのように弓を下ろして行き――
 指が弦を放した。

 その瞬間、清々しい音が響き渡り、それだけで、周囲に漂っていた陰の気が一気に浄化されて仕舞う。
 そう。それこそが鳴弦と呼ばれる術。古来より伝わる魑魅魍魎を射抜くと言われている清らかなる音。
 間違いない。この弓は、見た目は普通の重藤の弓ですが、何らかの神の加護が宿った弓と言う事なのでしょう。

 与えてくれた少女から推測すると、破壊神か、それとも創造神。
 もしくは、何らかの大地母神の加護が……。

 その音を聞いて、何故か満足気に首肯く破壊神の少女。その時の美月の視線が、見た目の年齢の割には美月よりも豊かな一部分に注がれて居た事については気付く事もなく。
 そう。大地母神にありがちな設定の箇所に。
 そして――――



 がしゃがしゃがしゃがしゃ――――

 何モノかが背後の森より近付いて来ているのは判る。そして、それが非常に危険な相手で有る事も、今のリューヴェルトには判った。
 但し、動き出そうにも、身体の自由が利かない。何故か意志とは反対に、目の前の青年の言葉に耳を傾けて仕舞う状態。

 背後より迫り来る悪意は耐え難い……。直ぐにでも翼を広げ、危険を承知で蒼穹へと飛び立つべきだと本能が告げて居るほどの悪意を備えている。

「蠱と言う物を知っていますか、リューヴェルトさん」

 歌うように、舞うように、そう問い掛けて来るバンダナの青年。
 闇の奥深くより聞こえて来るその声は、先ほどまでよりも更に淫靡で、この異常な空間内で唯一リューヴェルトに取っての救いで有るかのように感じられる。

「西洋のドラゴンとは勇者や英雄に倒されると言う宿命を持つ存在。しかし、東洋に置いての龍とは神」

 まるく開いた空間に煌々と差し込んで来る月の光りを全身に浴びながら、ごく自然な雰囲気で立つバンダナの青年。彼こそが闇の支配者で有るかのような、そんな気さえして来る雰囲気。

「龍とはほぼ無敵の存在。しかし、残念ながら、この世界には絶対は存在しない」

 がしゃがしゃがしゃがしゃ――――

 その青年の月下の独白に重なる、不自然な。何か巨大な堅い物体が森の中を動き回る音。
 いや、その正体は既に判って居る。龍の天敵とは……。

「大丈夫ですよ。何も、危険な事は有りません」

 そう青年が口にした瞬間、先ほどまで五月蠅いぐらいに聞こえていた、音が止んだ。
 しかし、自らの背後から感じる強い悪意は変わらず。
 そして、吹き付けられる……。

 そう。東洋に置いては巨大化し、妖物と化した百足に取っては、どのような龍で有ったとしても……。

「リューヴェルトさん。貴方は何か、強い望みをお持ちでは有りませんか?」

 一方的な捕食者と披捕食者の関係と成る。何らかの術の影響下に有りながらも、其処まで思考を進めたリューヴェルトに対して、再び、そう問い掛けて来るバンダナの青年。
 先ほども問い掛けて来たその問いの答えは……。

 忘れられぬ思い出。
 消え去った国に住んでいた人々……。
 当然のように、それぞれの顔を思い出す事が出来る。

「神とは過酷な物ですよ。しかし、同時に慈悲深い存在でも有る」

 澱んだ瘴気。先ほどまでは確かに芳しき花の香りに包まれていた龍穴が、今は重苦しい、死の森と呼ばれている森に相応しい気配に支配されている。
 しかし……。
 しかし、耳が捉えている微かな音色。

「さぁ、僕の手を取って、もう一度あの瞬間に戻りましょう」

 今のリューヴェルトさんならば、簡単に排除出来るはずですから――――
 夢の向こう側から、そう誰かが語り掛けて来る。
 その声に重なる、微かな、単調なる笛の調べ。

 そう。今の自分(リューヴェルト)ならば可能。
 あの日のあの場所。
 子供も、大人も、老人も、若者も、男も、女も関係なく、大量の死者と死臭が積み重なって出来たあの時間に……。

 何処かから差し出して来る手をリューヴェルトは――――



「あたしの言う方向に、あたしが言うタイミングで矢を放つ。
 あんたは、何も余計な事を考える必要はないから」

 何故か彼女に相応しい命令口調で、そう言って来る破壊神の少女。
 彼女が指し示す方向は西。緑の天蓋から覗く星空に向かい、弓の狙いを定めさせられる美月。

 彼女。破壊神の少女の言う意味は、はっきり言うと今の美月には判らなかった。
 彼女の真意を測る……言葉の意味を掴む為に、彼女の事を腰に手を当てた状態で、睨み付ける破壊神の少女の姿をもう一度、しっかりと見つめる美月。

 しかし……。
 しかし、矢張り意味不明の台詞。更に、破壊神の少女の発する言葉が上から目線の、その上で命令口調と言う部分が気分的には少し反発心を覚えないでもない。

 但し……。
 最初に否定の言葉を思い浮かべてから、微かに首を横に振る美月。
 その仕草に重なる微かな鈴の音。
 そう。美月の事は兎も角、少なくとも彼女がハクちゃんを裏切る事は無い。それだけは何故か確実に断言出来る。
 そう、美月は考えたのだ。

 何故か、彼女の首から下げられている十字架を象った銀の首飾りと、今、この場で自分の支えと成りつつある小さな鈴が、同じ種類の物で有るような気がするから。
 そんな、ただの思い込みに等しい微かな何かを、今の自分と、この目の前の神と呼ばれる少女から感じる事が出来たから……。

 彼女の事は信用出来る。

 弓を手に大きく息を吐く美月。
 静かに瞳を閉じ、月の光りと上空から吹き込んで来る風を金の髪の毛に感じる。
 風が、微かに木々の葉を揺らし、
 美月の金の髪を撫で、微かな鈴の音を耳に届けた。

 そして、再び碧の瞳が開かれた時には――――
 既に、神を纏う巫女の顔をしていた。

 破壊神の少女から、少し息を呑む音が聞こえる。
 そう。無駄に力の入った個所は感じられず、巫女姿で蒼い光の下にすぅっと立つその姿は一個の芸術品を思わせる姿。全長にして二メートル以上の黒塗りの弓を手にしたまま、蒼穹を見つめるその横顔は、昏い蒼穹に浮かぶ女神()の如し。

 刹那。

 美月の腕が弓……桃の木製の弓を頭の高さまで打ち起こし、
 ゆっくりと引き絞られる弓の反りと、そして、弦の張りが、上空から蒼き光の矢を放つ美しき女神のそれと重なって行く。
 徐々に高まって行く美月の霊気に呼応するかのように、昏い世界の中で彼女の姿自身が強烈な光を放ち始め、
 彼女を中心にした直径三メートルの円内は、一切の不浄を受け付けない聖域へと変化した。

 そう。美月の霊力の高まりに応じて大気が熱を帯びて行く。
 次の瞬間。それまで何も存在して居なかった左手と顎に当てた右手との間に、強い光を放つ光の線が現われ……。

 そして、次の瞬間!
 光が弾け、妙なる鈴の音にも似た澄んだ音色が周囲に鳴り響いた。



 すべてを無かった事にする。
 バンダナの青年が発する抗い難い誘い。

 そして、その声に重なる、ふたつの笛の調べ。
 高く流れる笛の音に重なる、低く連なる響き。
 ふたつの異なった笛に紡ぎ出される音階が、リューヴェルトの周囲をゆっくりと旋回し、
 その単調な音階が大地から湧き上がる螺旋を作り上げる。

 そう。ここは龍穴。ここを抑える事は龍脈全体を掌握される事にも繋がる。
 完全にこの龍穴を掌握されて仕舞うと、ハクや美月たちが行おうとした龍脈の置き換えが為せなくなり、そして、彼女らの住む村が……。
 死の森に呑み込まれて仕舞う!

 また、多くの人が――――
 そう考えた瞬間、心の奥深くに発生する光。本当にその微かな光がもたらせる物、それは希望。

 そう。そんな事が出来る訳はない。今、この場でリューヴェルトが自らの過去の修正を行うためにここから消えると――――
 その性でまた、多くの人の生命が!

「そんな事が出来る訳がない!」

 刹那、周囲が真っ白に塗り潰された。
 それに続く、数多の鈴の音が一斉に奏でられたかのような楽音。
 そう、それは響き合い、重なり合い、お互いがお互いに因り増幅され、闇の向こう側から響くふたつの横笛の音階を吹き飛ばした。

 その瞬間、リューヴェルトを縛っていた何モノかの呪縛が消え去る!
 距離にして五メートル。正に爆発的、と表現すべき勢いで最初の二歩進む間に一気にシルファイド(片刃の長刀)にふたつのカートリッジをリロード。

 その次の一歩で半身に構えた瞬間、片刃の長刀が紅き炎を纏う!
 それをリューヴェルトは自在に制御できるのだ。冴えた視界でバンダナの青年の動きを確認し、皮膚の感覚で、自らの背後に存在したはずの天敵が、既に上空より飛来した光の矢にて無効化された事を知って居る。

「竜炎一閃!」

 強大な魔力により生み出された紅い一閃がバンダナ姿の青年を両断。その余波が青年の背後に存在する空間を切り裂き、森の妖樹たちを上下に切り裂いて行ったので有った!


☆★☆★☆


 東より立ち昇る蒼き龍気に呼応するかのように、西からは風を纏いし龍の気が立ち昇る。
 南より発するは、紅き炎。そして、北方より立ち昇ったのは水の龍気。

 本来、この巨大な大自然の気に等しい龍の気を美月が扱える訳はない。これは上級の仙人が操るべき領域の術式。
 今、ここに存在して居る龍脈を完全に浄化して、悪しき気の流れと成って居る個所を、すべて正常な陰陽のバランスへと改善する調律を行う作業。

 しかし……。

「本当に使えないわね」

 そう言いながら、巨大な霊力の流れに意識を持って行かれそうに成って居る美月の背後に立つ、破壊神の少女。
 そして、

「ほら、手伝って上げるから、半分、こっちに寄越しなさい」

 その瞬間、美月の意識が飛んだ。
 いや、意識を失ったと言う意味ではなく、文字通り、遙か上空からこの死の森を見つめて居る眼を持ったと言う事。

 その中で、遙か北の山脈からこの森を突っ切り、美月の住む村に流れる龍脈の存在も感じ取る事が出来る。

 そして……。
 そして、その中に存在する微妙な違和感。歪みのような物についても、今でははっきりと感じる事が出来た。

【あんたがちゃんとしないで、どうするって言うのよ】

 かなり不機嫌な雰囲気で、破壊神の少女の【心の声】が聞こえて来る。
 今、この場(森の上空)に彼女はいない。しかし、直ぐ傍に居る。
 それは感じられた。
 太古の森を足元に感じ、蒼き光を放つ女神()の御許に相応しい声と、静寂に包まれた世界に相応しくない騒々しい雰囲気で。

 そう。この術式は、美月を中心にして為される術式。故に、彼女が為さねばならない役割は大きい。

 足元の死の森では、それぞれの方角の龍穴より立ち昇った龍の気が、悪しき気を祓い、陽の気で周囲を満たして行く。
 但し、それでは問題が有る。それでは、今は陰気に沈んだ森が、陽の気が過多と成った森へと変質するだけ。
 世界に与える状況の悪さは変わる事はない。

 何もない宙空で、アストラル体と成った美月が足を強く踏み切る。
 その踏切に続く、微かな鈴の音色。
 大地を強く踏みしめるのは、大地から沸き立つ気を鎮める為。

「ふるべゆらゆらゆらゆらと……」

 大地を軽く蹴り、
 軽やかに降り立ち、その場で右に旋回。
 翻った衣の先。白く映える足袋のつま先まで、美月の魂が籠められ、凛とした神々しいまでの気が漂う。

 そして……。

 しゃらん……。
 巫女装束の袂が、長い金髪が蒼い光の中で翻る度に、微かに響く鈴の音色。

「ふるべゆらゆらゆらゆらと……」

 鈴の音色。蒼い月の光り。神楽舞い。
 そして、月下にこそ相応しい美月の声。

 そう。名前に月の加護を得た彼女は、正に月の巫女。
 アストラル体に成っても尚、ゆとりのある巫女装束姿の美月。
 その軽やかな舞いに重なる鈴の響き。
 微かな花の香りを纏い、袖を緩やかに翻し、紅き袴がふわりと舞う。

 大地より沸き立つ陽の気が、月の巫女たる美月に因って鎮められる。
 これもまた魂鎮めの舞い。

「ひふみよいなむやここのたり、ふるべゆらゆらゆらゆらと……」

 美しい物には神が宿る。
 今の美月には間違いなく、神が宿っていた。

 刹那。世界が変わった。
 何処がどう変わったのか、言葉に表す事は出来ない。
 但し、雰囲気が変わった。
 今まで、不気味にざわめくだけで有った森の木々が、春の夜に相応しい花の香りを伝え、
 背筋に冷たい物を這わし、禍々しき気と死と絶望を感じさせずには居られなかった深き闇が、夜の安らぎを感じさせる。

 そう。正に、生命を感じさせる雰囲気を森自体が発し始めたのだ。

 しゃらん……。
 最後に大きく跳躍を行い、強く大地を踏みしめ、
 しゃらん……。

 強く、鈴の音が鳴り響いた。

 そして……。


☆★☆★☆


 鳥の声が聞こえる。
 甲高い、そして、とても綺麗な声。

 あぁ、あれはホトトギスの声だ……。

 ぼんやりと、そう感じた美月がゆっくりと瞳を開く。
 最初に目に映ったのは緑に切り取られた黎明の蒼穹。刻一刻と移り変わる紫色の蒼穹が其処には広がって居る。

 何時の間に倒れたのか定かでは有りませんが、この死の森から生命の息吹を感じたトコロで意識を失ったと思うので……。

「ようやく気が付いたわね」

 何故か異様に近い位置。更に自らの頭の真上から、破壊神の少女の声が響く。
 驚いた美月が、そちらの方に視線を向けようとしたその瞬間!

「!」

 急に支えを失い、後頭部を大地に打ちつける美月。目から火花が飛び散り、

「いた~い!」

 後頭部に手を当て、恨み言に等しい台詞を口にする。
 但し、その口調ほどに痛かった訳では無い。何故ならば、美月が後頭部を打ちつけたのは、柔らかい腐葉土に覆われた大地。まして、この泉の周囲は破壊神の少女を慕う妖樹たちが動き回って居たので、彼らの根によって綺麗に手入れをされた畑のような状況ですから……。

「何時まであたしの膝枕で寝ている心算なのよ」

 立ち上がってから、自らの事を涙目で見つめる美月に対して、やや冷たい口調でそう話し掛ける破壊神の少女。
 しかし……。
 確かに口調や現在の態度は冷たい。しかし、アストラル体が肉体から離れて、完全に意識を失った美月の身体が倒れ込むのを受け止めてくれたのも彼女だったのは間違いない。

 何故ならば、美月のアストラル体が身体を離れる直前に彼女の背後に存在して居たのは、今、不機嫌そうな雰囲気で美月を見つめて居るこの少女。そして、目を覚ました時に傍に居たのも彼女ですから。

 そんな、多分、非常に素直じゃない破壊神の少女に対して、後頭部をさすりながら右手を差し出す美月。
 その右手には、彼女に渡されたあの重藤の弓が握られていた。

 そして、

「何だか良く判らないけど、はい、これ」

 言われるままに弓を射て、その結果、何が起きたのかさっぱり判らなかった美月ですが、それでも、その直後に四方から龍の気が溢れ出したのだから、あの上空に光の矢を放った行為は何か重要な意味が有ったのでしょう。
 そう考える美月。

 しかし、と言うか、当然と言うか。

「それは、あんたにあげた物だから、返して貰う必要はないわ」

 その差し出された弓を少し睨み……見つめた後、相変わらず、胸の前で腕を組んだ状態でそう答える破壊神の少女。
 但し、

「そもそも、あたしは弓なんて引かないから必要じゃないしね」

 ……と、余計なひと言を付け足す事も忘れない。
 その瞬間、死の森と呼ばれていた頃には聞こえて来る事の無かった、ホトトギスの綺麗な声が周囲に響き渡ったので有った。

 
 

 
後書き
 それでは次回タイトルは、『今度は三人仲良く、だそうですよ?』です。
 う~む。そんなに表現力が有る方じゃないのに、三日連続か……。これは、食事シーンの方が楽かも知れないな。

 追記。……と言うか泣き言。
 物語の詰めの作業は時間が掛かる。
 10万オーバーでこの難易度。
 30万手前でもかなり苦しんだ。
 100万文字に到達しているアレの詰めには、どれぐらい手間が掛かるのだ?
 
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