ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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マザーズロザリオ編
episode5 『仲間』2
あのSAO以来となる対人戦でその力を振った《カタストロフ》は、久々に暴れられることを喜ぶかのようにその布地を激しく煌かせ、次々と敵を……その武器を打ち据える。エフェクトフラッシュを反射する銀色が、その光ごとに赤や青、緑に光って虚空に美しい軌跡を描き出す。
片手用グローブ、《カタストロフ》。あの『ALO事件』の最後に、茅場晶彦に「報酬」と称して与えられた、図鑑には無い伝説級武器。俺はその武器を、長いことストレージに封印してきた。
理由は簡単。
怖かったからだ。
「おおおっ!!!」
振ったのは、単発の《体術》スキル、《スラスト》。出が速いくらいしか取り柄のない下位のソードスキルだが、そのスキルは《カタストロフ》の支援効果を受けて、なんと敵の構えた短剣を一撃で根元から砕いた。
(相変わらず、とんでもねえぜ……)
この《カタストロフ》の封印の理由。
それはその恐るべき効果……『武器破壊ボーナス』だ。
「装備した武器が小型であるほどに反比例的に高い武器破壊ボーナスを与える」というその効果は、俺の《体術》スキルによって極限まで引き上げられている。下手な武器では、一撃で砕けるほどに。
(……えげつねえ、な……)
このALOでは、SAOと違い、「武器破壊」というのは「HP全損」を遥かに超えるダメージとなりうる。SAOではHP全損が死と同一であったために考えるまでもないが、この……『普通のゲーム』であるALOでは、それは少々のアイテムのドロップと数時間の狩りで取り戻せる程度の経験値だけ。
それに比べて武器破壊は、「愛用の武器を失う」という結構なダメージとなるだろう。特に古代級、伝説級の武器で有れば、その金銭的価値だけを考えたとしてもその痛手は「短時間の狩りで取り返せるほど」とは到底言えないレベルになる。
(……「ごめん」なんて、言えねえよな)
心の中で、痛みを、罪悪感をこらえる。
彼らに悪いことなんて、何もない。ただルールに乗っ取って、純粋にフロアボスを倒しに来ているだけだ。それは誰にも非難されることではない。そんな何の罪もないプレイヤー達に、俺は《カタストロフ》という規格外の力を使って、『武器破壊』という恐怖を植え付けて、無理矢理にその道をつぶそうとしている。
それは俺のエゴであり、自己満足だ。
けれども。それでも。
(……俺は、ユウキの力に、なりたいんだ)
『彼女』のために、できる限りのことをしてあげたい。
『彼女』に残された時間を、少しでも幸せなものにしてやりたい。
……たとえその為に、誰の汗を、血を、涙を流してでも。
今、この時だけは、『彼女』を優先して。
――― 『彼女』に、してあげられなかった分まで。
「はぁっ!!!」
「なっ、なっ!!?」「う、うそっ!!?」
短剣を折られた男が驚愕の声を上げ、横の戦士がつられて目を見開く。
一撃。恐らくボス戦に備えて最大まで耐久度を回復させていたであろうその短剣が、いくら他の武器に比べて耐久度に難のあるダガーナイフとはいえ、一撃で砕かれたのだ。《カタストロフ》を知らないプレイヤーにとっては、それはなかなかの恐怖だろう。
「ひっ、うわっ!」「こ、こっち、くるなっ!!!」
その様子を見た他のプレイヤー達の動きが、一瞬鈍る。そのチャンスを逃さず走り込むのは、ツカサとグリドース。ぬうっと突き出された手。先の悪夢を見た相手が慌てて武器を庇うが、その手はエフェクトフラッシュも纏わずにただただプレイヤーを突き飛ばした。
(……作戦、通り、だな、ミオン!)
このALOでの集団戦を行う前に、ミオンと徹底的に討論して立てた作戦。ソードスキルや魔法、ファンタジーな武器に慣れないツカサとグリドースでも、こちらで戦えるようにするための戦略。拳闘の結果、作戦参謀たるミオンは、ツカサ達にソードスキルを始めとするALO独自の要素を練習させることを放棄した。
その代わりに、彼らの最高の持ち味である、《軽業》のスキルを最大限に生かす方法を選んだ。
「ほらほらっ!」「南無っ!」
二人は、武器を装備していない。攻撃に参加せずに、「本命である俺がどれかを誤魔化すためのデコイ」として戦場を駆けまわっているのだ。その動きは時に壁を、時に天井を蹴り、また時には仲間と交錯するような軌道をとって「三人のうちどれが銀の手袋を持つか」を敵に悟らせない。
そうすれば、《カタストロフ》を使えるのが俺だけであっても、相手には「三人の誰が武器破壊を遣えるか」が分からない。それはこの状況下では、「三人が《カタストロフ》を持っている」のと同じ対応を強いられることになる。
そして。
「う、うわあああっ!!?」「くっ、前衛!前にもいる!!!」
大部隊の先頭を進んでいた部隊が、激しい爆発に包まれた。
◆
俺達が敵の中央部に入り込んだタイミングを見切っての、《エクスプロード・ブラスト》。「爆発」の名前通りの魔法は、眩く光を放った火球となって通路の至る所で炸裂して轟音をたて、そのダメージとエフェクトで敵を更に混乱に陥れる。レミだ。
彼女は時に前進し、時に敵の攻撃を避けながら、次々と魔法を放つ。
だが、彼女の攻撃手段は魔法だけではない。
(腕を、上げたな……)
SAO時代からの、彼女を象徴する特徴的な武器。
飛来する刃、ブーメランは音もなく空を切って、そのまま敵を薙いでいく。
艶消しの黒に塗られた刃は光すらも反射せず、火球の炸裂が眩いせいで余計にその察知が難しい。明るすぎる火球が見えるせいで、見えにくい刃に集中できない。見える炎と、見えない刃。しかもその遠隔攻撃は、敵味方の配置が目まぐるしく変わる乱戦の中で、俺達には当たらないように絶妙な調節をされて放たれている。
(……すげーわ、マジで……)
詠唱しながらの投擲であるということを忘れさせる程の強烈な波状攻撃は、それが一人で行われているものだとは信じられないほどの威力で敵の大群のHPを纏めて吹き飛ばしていく。
「くっ、メイジを先に落とすぞ! 俺らが行く、第二班、ついてこい!」
だが、敵も当然撃たれるがままになっている訳ではない。
素早く対応したバンダナの土妖精が走り出す。その手に構えるは、巨大な戦斧。一気に距離を詰めて、カタをつけるつもりなのだろう。男を筆頭に、七人が一斉にレミのいる方へと走りだす。
その、眼前に。
「…ッ!!?」「くっ!!!」
声も無く、一人の男が立ち塞がった。
全身を碧く輝く分厚い鎧に包んだ、大柄な騎士。巨大な両手槍を備えたそのプレイヤーが、突っ込んできたパーティーの前衛を纏めて薙ぎ払った。ファーだ。その無言の振る舞いは、「行かせない」という揺るがない強固な意志を俺に感じさせた。
「くっ、くそっ!!!」「落とせ!」「すぐに仕留めろ!!!」
青騎士に突っ込んだ敵パーティーの攻撃担当は、五人。後ろの二人が魔法攻撃を防ぐための支援メイジだとしても、一対五。圧倒的不利な状況で、今までのファーなら慌てて助けを求めていただろう状況にも関わらず、その姿は微塵の動揺も見せずに敵の剣を捌き続ける。
あまりにも流麗で落ち着いたその槍捌きは、襲いかかる五人に異常な恐怖を呼び起こさせる。
(……オイオイ……)
遥か昔に、俺とソラが遊び半分に考えた、「ぼくのかんがえたさいきょうのきし」。SAO時代に強力なアイテム群を用いて夢想したその『青騎士』は、俺達の想像を超えた成長を見せていた。あの頃のアイテムが無くても、「敵に恐怖を植え付ける」というその本領を見せつけるほどに。
強くなった。ファーは、本当に強くなった。
もはやその強さは、俺やソラを超えるかもしれないと思えるほどに。
あの卵の殻の付いたヒヨッコの様だったこの重装戦士が、ALOでも最高レベルの攻略ギルドを、単身で足止めするほどに。
「くっ、一対五だぞ、はやく仕留めろ!」「だ、だめだ、固い!」「遊撃部隊、こいつは無視して先に弓兵にアタックを、」「う、うわああっ!!?」
長槍の隙間をくぐって奥へと進もうとした二人の軽装戦士が、派手な音を立てて転倒した。死角に放たれた、足を絡め取って光る水の荒縄は、《アクア・バインド》。短縮詠唱によってノータイムで放たれた魔法がその身をさらに拘束していき、動けなくなった相手を追撃の杖での打撃を放つ。
ブロッサムさんだ。
更に追撃に放たれた矢が二人の脳天を的確に貫き、そのHPをゼロにする。
『任せてください。HP残量は十分です。このままスペース確保、五歩分、押し返します』
桁違いの」瞬間火力。それでいて、正確な状況把握と指示も忘れずにこなしている。ファーを避けてレミの方へと駆けだす者を一人残らず排除し、それでいてファーのHPの管理にも隙が無い。彼女は、俺が思っているよりもはるかに優秀な人なのかもしれなかった。
レミとブロッサムの二人はかなりの勢いでマナポイントを削られていたが、それもモモカの《呪歌》の一つの効果、『マナポイント継続回復速度上昇』の効果でぎりぎりで拮抗状態を保っている。後衛は、問題無さそうだ。
あとは。
(……俺達が……『俺』が、どれだけ戦えるか、だっ!!!)
後ろを彼らに任せて、意識の全てを前に向け、俺はその大群を睨みつけた。
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