ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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マザーズロザリオ編
episode5 『仲間』3
敵部隊の、七十人。
それはボス部屋に侵入できる上限である七パーティー、四十九人を上回る。
それは、この行軍がもともと「全員無事で辿り着こうと思っていない」布陣だということを意味している。要するにこの七十人のうち二十人は「予備」「控え」としての頭数なのだ。たとえ十人が倒されても、二十人が街に送還されても、残りのメンバーでボスに挑むためのメンバー構成。
だから敵は、俺達特攻隊三人に撹乱されながらも、犠牲覚悟で徐々にその戦線を押し上げてきていた。それに伴って、ファーが一人で維持する戦線が押されていく。レミが動き回るためのスペースが圧迫されていき、広範囲への攻撃の煽りをモモカやレミも受け始める。
数に物を言わせた、捨て身の特攻戦法。
その効果は、着実に戦局を決定づけつつある。
分かりきっていた。
(……くっ、くそっ!)
七対七十。奇襲をかけ、有利な細道を選び、綿密な作戦を立てて、それでもなおその戦力差は縮まるものでは無かった。当然だ。相手も、伊達や酔狂で攻略ギルドに名を連ねている訳ではないのだ。
数は、圧倒的。
この戦いは、負け戦だ。
ならば、敵を倒すことに、意味は無い。
いくら相手を倒したところで、回復職が一人残っていればじっくり全回復されて終わりだ。
だから、俺にできることは。
俺にできる、最善の行動は。
「るあああっっ!!!」
迸る銀光は、《トリプル・ブロウ》。完璧なタイミングで放たれた三連の拳が次々と敵の武器を打つ。減速した世界でしか到底不可能なタイミングでの連撃に、恐らく古代級と思われる武器が纏めて弾け飛ぶ。
砕くこと。
壊すこと。
それこそが、俺の最善手。
俺にできること、それは武器破壊だ。
ここで大手ギルドメンバーの主力装備を軒並みロストさせてしまえば、それらの武器を再び用意するまでの間はボスに挑戦は出来ない。俺がここで敵の武器を全部破壊できれば、七人が全損したとしてもそれは俺達の勝ちだ。
「……ッ!!!」
走る視界の中で、敵の一人の目に涙がにじむのが見えた。
当然だ。相手からすれば普通にボスを攻略に行っただけなのに、突然PKerに襲われて訳も分からないうちに自分の愛用の武器を砕かれ続けているのだ。その武器が思い出の品であったりしたなら、泣きたくくらいなるだろう。
けれども。
(……俺は、決めたんだ。……『彼女』のために戦うと)
それでも俺は、砕き続ける。
決めたのだ。俺は、俺のエゴの為に、犠牲を払うと。皆に迷惑をかけ、人を悲しませ、理不尽に敵から恨みを買ってなお、『彼女』の為に戦うと決めたから。たとえそのせいで大勢の人を苦しめようと、今だけ、『彼女』の為にできる最後の手助けを、為すと決めたから。恨みを、涙を、罪を背負っていくと決めたから。
それがあの夏の日、『彼女』のために殺せなかった俺の。
それがあの秋の日、『彼女』の下へいけなかった俺の。
あのときできなかったことへの、せめてもの償いだから。
◆
決意が力に代わり、世界が、減速する。明滅する。
その異様な色の空間を、俺は走り続ける。
敵は、強大だ。奇襲はこの上なく成功していたが、その数は十も減っていない。対して、グリドースのHPはもう赤の危険域、ツカサとファー、ブロッサムもゲージを黄色く染めている。俺のHPだって、もう一分もすれば半分を割り込むだろう。
勝ち目はない。
敵のダガーナイフが、俺の脇腹を掠める。それが引き戻される前に握り締め、《クラッシュ・バインド》。強烈なエフェクトフラッシュに紛れて、俺のHPがまた削られていく。そしてなにより、ぎりぎりの攻防で俺の精神は着実に削られていく。
けれども。
(……まだ、戦える…)
疲労で崩れそうになる膝を根性で奮い立たせる。
まだ、誰も倒れていない。誰一人、諦めていない。皆が俺の力を信じて、走り続けているのだ。その事実が、俺の飛びかけた意識を何度でも繋ぎとめる。
「おおおっっ!!!」
絶叫して、駆け抜ける。
その先に見える、一人のプレイヤー。
一際豪華な鎧を纏った、巨大な両手槍を携えた男。明らかに伝説級と思われる装備品を一式揃えたこの男は、俺の記憶が正しければ、この連結パーティーのリーダー。その鋭い視線が、俺の視線と交錯する。相当にはらわた煮えくりかえっているだろう。ボスモンスター二人を倒すために集めたレイドパーティーが、訳も分からないうちにPKerに襲われて、次々と武器喪失させられているのだから。
「くそがっ!!!」
エフェクトフラッシュを纏って振り下ろされる、豪勢な槍。辛うじてかわしたものの、恐るべき威力の一撃が床を大きく抉り飛ばす。衝撃だけで周囲のプレイヤーを弾き飛ばす打ち下ろしが、俺のHPを決して少なくない量を削る。既に、赤の危険域。
しかし、それは。
冷静さを欠いた、決定的な、隙。
俺にとっては、最後の、好機。
「あああっっ!!!」
視界の端で、爆散するエンドフレイム続けざまに光る。その暗い色合いから察するに、ツカサとグリドースだろう。心の中でだけ、ナイスファイト、とつぶやく。陽動の役目を、二人は完璧にこなしてくれた。これ以上ないくらいに、駆けまわってくれた。
「うおおおおっ!!!」
「っ、くっ、そがあああっ!!!」
硬直時間で動けない相手の槍を、あらん限りの力を込めて握りしめる。
強烈な青のエフェクトフラッシュ。
俺の狙いに気付いたリーダーが慌てて槍を引っ張るが、抜けない。離れない。離すものか。
「アサシン隊! 早くこいつを!」
男の咄嗟の指示が飛び、応えたプレイヤー達のナイフが俺を貫く。減りだすHP。視界の端で、更にエンドフレイム。敵のものか、それともファー達のものかも分からない。だが、それももう、些細なことだ。あとは。
あと、俺が為すべきは。
「くらえええ!!!」
絶叫を上げての、解放。
HPが最後の一ドットだけ残るその瞬間まで引っ張った、ぎりぎりの瞬間での一撃。減速がさらにスローになった今だけしか不可能と思える、必殺の一撃。
(……勝負!!!)
相手は、伝説級武具。その耐久度は、決して少なくない。
削れるか。砕けるか。
次々とその柄に走る、無数の罅。その罅が。
「――――ッ!!!」
標的を砕く前に、停止した。
◆
止まって、しまった。
俺では、勝てなかった。終わった。
俺の、エンドフレイムに包まれる直前の顔が歪み、次の瞬間。
「っっっ!!?」
驚きに包まれた。
「―――ッ!!!」
俺のエンドフレイムごと貫く、後ろからの突進。ファーだ。守りを捨てた重装槍の一撃が、過たず敵の槍に衝突する。罅が、更に広まっていく。両手槍の突進の勢いを余さず乗せた強烈な攻撃に、敵の槍が大きく弾かれる。
違った。確かに俺は、負けた。
俺は伝説級武器の耐久度に勝てなかった。
しかし、そうだとしても、まだ、俺達(・・)が負けたわけではない。
まだだ。
まだ、仲間達が、戦っているのだ。
(……頼むっ!!!)
慌てた敵の剣が、槍がファーを滅多打ちにし、その膨大なHPを吹き飛ばし。
そして。
「……げーむ、おーばー」
後方から飛来した、超長距離投擲の一撃が、壮麗な槍を砕いた。
色褪せた視界を回転させるとそこには、得意げな笑みを浮かべる仲間たちの顔が映った。
◆
ボス攻略班は、撤退した。
PKerを殲滅したとはいえその被害は甚大で、たとえプレイヤー達を全回復させたとしてもどうにもならない武器の破壊を受けていたからだ。その被害はユルド換算でギルドが傾くほどで、その班での攻略はおろか層のボスへ挑戦すること自体が不可能となることとなった。
間違いなく、俺達の勝利だった。
ミオンの作戦によってツカサとグリドースが「このALOには存在しないギルドのギルドタグ」を付けて迷彩してくれたおかげで直接的な報復こそ無かったが、もちろんそれでも、少なくない代償を伴った。レミやモモカのように非戦闘系の音楽妖精領からほとんど出ないプレイヤーは比較的被害は少なかったが、鍛冶妖精領に店を構えるブロッサム、各地で傭兵業を営むファーあたりはなかなかに嫌がらせを受けたと聞く。
しかし二人は、俺に何も言わなかった。
俺もそのことに関しては、心の中で、礼を言うにとどめた。
そして翌日。
『今日の昼に、ボス攻略を行います。今回は途中までアスナさんのお仲間が護衛に来てくれるそうです。シドさんもお手伝いしていただけませんか?』
シウネーさんからのメッセージが、俺に……『シド』のアバターの届いたのだった。
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