ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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マザーズロザリオ編
episode5 『仲間』
俺は、逃げていた。
何もかもから、逃げ続けていた。キリトやアスナ、リズベット達からも逃げていたし、自分のことを話すことからも逃げていた。『シド』としてあれほど多くの場所を回り、アルヴヘイム中を旅してなお、あのデスゲームから受け継がれた『ラッシー』に宿るかつての俺の傷は、誰にも言わなかった。
いや、言えなかった、のほうが正確なのか。
思い返せばおかしなことだ。なぜ、言えなかったのだろう、俺は。自分の弱さを、形にしてしまうことが怖かったのか。はたまた、他の人に自分の弱さを晒すことが恥ずかしかったのか。あるいは、話すことで自分だけが楽になってしまうとでも思ったのか。……それとも、『彼女』が一人で耐え抜いたように、俺も一人で耐え抜いて見せたかったのか。
だが、今、俺はそのこだわりを、捨てた。
ユウキ達の……今を必死に生きる彼女らの為に、仲間を頼った。俺一人では太刀打ちできない相手を、倒すために。俺の全てを、俺はとうとう、話した。ずっと、ずっと俺といてくれた、この素晴らしい仲間達に。
◆
泣いた。
一応男のプライドとして泣きたくなかったのだが、涙を堪えられなかった。
「……ずっと、待ってた。話してくれるのを。……聞けて、良かった。……ソラも、喜ぶ」
最初にかけられたのは、レミの声。
いつも無表情で、無愛想で、何を考えているのか分からない、小柄な少女。
……いや。正確には、違う。今なら分かる。彼女は、ずっと考えていたのだ。何を考えてるのかは分からなくても、きっと俺が考えつかないほどに複雑なことを、考え続けていたのだろう。ソラの親友である、彼女だけが考えてあげられることを。
「……守るんスよ。オイラが壁戦士なんス。……守るのは、俺の役目ッスから」
ファーの、力強い返事。
あの頃より、遥かに強さを増した、安心感のある声。
見違えた。このALOで再開したとき、俺はこの青年をファーだとはとても思えなかった。あの『冒険合奏団』の時代に見られた慌ただしさや弱弱しさが姿を消し、代わりに自信と余裕のある堂々とした立ち姿を見せる、ファー。強くなった。この男は、本当に強くなった。
「……分かりました! 今度は、私が、シドさんを助けるんです!」
明るい、モモカの声。
歌うような美しい、人に安らぎを与える言葉。
日に日に明るさを増す彼女は、目に見えて活動的になっている。このALOでも『サクラ・ヨシノ』としてイベントや旅行に積極的に参加し、精力的な活動を続けている。今までの辛い日々を取り返すか
の如く、純粋に、真っ直ぐに進んでいる。今も、真っ直ぐに俺を見つめてくれた。
『全てを。貴方様の全てを知れて、私は幸福です。貴方様のためなら、私は千の兵でも万の魔物でも、この手で退けて見せましょう。私のこの力は、心は、いつも貴方様の思うままに』
ブロッサムさん。
無表情な切れ長の瞳が、一分の揺らぎもなく俺を見つめる。
本当に、世話になった。この世界でも、向こうの世界でも、いつも俺を支えてくれた。いつだって俺のことを助け続けてくれた。……今回もまた、助けて貰うことになる。しかし、俺は決めたのだ。助けて貰うと。引け目を感じても、それでも、助力を乞うと。
「よろしい。『反省』したようだな。作戦の方は、ミオンと話を詰めたのだろう? であるならば、恐れることは無い。拙僧も、微力ながら力を貸そうぞ」
こちらでもその特徴的な禿頭を見せつける闇妖精は、グリドース。
にやりと片頬を吊り上げるような、気障ったらしい笑みを浮かべながら俺を見やる。
そうだ。もっと早くに反省して、知るべきだった。俺には、こんなにも素晴らしい仲間達がいることを。皆が、こんなにも力強く、俺の為に戦ってくれるということを。
「今回は、蚊帳の外じゃあないみたいだね? 勿論オレも、存分に戦わせてもらうよ? オレ達は、『君を助けたい』んだからね?」
最後に答えたのは、楽しげに目を細める風妖精の優男、ツカサ。
その差し出された拳に、俺は泣きながら笑って、自分の拳を打ち合わせた。
◆
二月一日。決戦は、その日となった。
既に俺は、連日の見張りで何日まともに寝ていないのか分からないような状態だった。その影響で視界はぼやけ、頭は鈍っているが、今はそれ以上に熱い思いと力強い仲間の気配が、俺の力を百パーセント以上に引き上げる。遅れは、取らない。
振り返る。
潜伏する仲間たちの数は、パーティー上限である、七人。
皆それぞれの最高の武器を構えて、こちらに向かって頷く。敗色濃厚の為に装備は俺の店の売り物(それでも古代級武具級なのだが)を使うことを申し出たが、誰もそれを良しとはせずにそれぞれの持つ愛用の武具を持って来てくれた。その思いに、応えたい。
敵の大軍団は、前情報が正しければ、七十。
彼我の戦力差は、実に十倍。
その十倍の力が、狭い通路を着実にこちらに進んでくる。
距離、三十メートル。
(……行くぞ……)
心の中で、呟く。
それが、一寸のブレもなく皆に伝わったのを感じる。
合図も無く、地を蹴って突進。
全く同じタイミングで、同時に走り出すツカサ、グリドース。
そして、一拍遅れて、細道に激しく反響する轟音。
「な、なんだあっ!!?」「っ、み、耳がっ!」「くぅ、気をつけろ!」
響いた音が、通路を埋め尽くす妖精の大群の足を止める。
そこに。
「おおおおおおおおっ!!!!!!」
俺は力の限りの吠え声を上げて、真正面から突っ込んでいった。
◆
音使い、音楽妖精。
各種のステータス値が他の戦闘系種族と比べて低いために戦地で見ることは稀だが、その種族固有のスキルは決して低くないポテンシャルを有している。先ほどモモカの使った、《呪歌》スキルもその一つだ。間合いの見極めや歌唱の上手ささえあれば、その効果は他種族の支援呪文とは比べ物にならないほどの効果を有する。
そして、開戦の幕を切って落とした彼女が使ったのは。
「な、なんだっ、コレ!」「くっ、体が、揺らいで……」「くそっ、た、確かプーカの、」
その《呪歌》スキルの中でも派生の応用技、《ハウリング・シャウト》。巨大な声で相手の平衡感覚を狂わせるこの技が、その細道の壁に反響して更に効果を増強させる。勿論、これほどに強力なスキルが利点ばかりであるはずがない。その効果は敵味方を区別することができず、音楽妖精以外のすべて…つまりは俺、『ラッシー』やツカサ、グリドースにも作用してしまう。
だが。
(当然、対策済み、だぜ!)
前衛の三人の疾走は、止まりも揺らぎもしない。
三人の耳を覆うプーカ領での販売品である耳栓。本来はVRワールドでの仕事や勉強のための音遮断用アイテムなのだが、実はこれは、戦闘中に使うことで《呪歌》や《魔譜演奏》といった音系のスキルの効果を打ち消すという効果も持っている。
当然、その代償として仲間からの指示の声は一切聞こえなくなる。
だが俺は、「指示など無くても、きっとその連携を成し遂げることができる」と信じた。
「おおおっ!!!」「はああっ!!!」「ぬううっ!!!」
絶叫を上げて走る三人の姿は、全くの同一。俺の防具は使いなれた《闇を纏うもの》ではない、もう少しランクの落ちる古代級の装備のマント。倉庫に丁度三つあったその装備はすっぽりと頭の先から腰までを包んでいる。
先陣を切ったのは、俺。
《暗殺》スキルを使わない、激しい光を纏った、全力の一撃。
大きく身を捩らせての回転の力を余さず乗せた、裏拳気味の手刀、《スライス・ブラスト》。そのエフェクトフラッシュを反射するのは、右手に嵌った美しい、それでいて禍々しい輝きを纏う銀の手袋、《カタストロフ》。
「おおおっ!!!」
その強烈な武器破壊のボーナスを受けた一撃は、前衛の構える剣を一撃で圧し折った。
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