ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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マザーズロザリオ編
episode3 音無く、闇を纏いて
ぶらりと天井からぶら下がりながら、俺はその機会を覗っていた。
―――それこそ一時間たっちゃうわよ!
下で怒鳴るアスナが見える。
その様子を、瞬き一つせずに見つめ続ける。
……タイミングをはかるためだ。その瞬間は、早くても遅くてもいけない。
俺のビルド構成は戦士ではなく、明らかに暗殺者タイプ。それも鎧すらも装備せずに身軽さだけを追求した、「一撃当たれば負けと割り切って駆け抜け続け、相手をひたすらに撹乱し続ける」というスタイルの戦闘に特化したプレイヤーだ。その欠点として、に普通の戦闘では壁にも殲滅役にもなれない半端モノとなってしまう。
下の大規模攻略ギルドのメンバー……いや、今回の敵《・》は、プレイヤー二十人。まともにつっこめばまず勝ち目はない。ならば、俺の力を最大限発揮できる場面を選んで戦わなくてはならない。そして、その場面とは。
(頼む、突っ込め、アスナ……っ!)
敵と味方の入れ混じった、激しい乱戦だ。
無数の敵それ自体を掩蔽物として戦うことが出来れば、俺ならこの乱戦でも数分間戦い抜けるし、少なくない数をエンドフレイムへと変えてやる自信がある。だが、逆に言えば敵味方がはっきりと分かれる通常戦闘に持ち込まれては、俺はほとんど活躍することができない。
だから。
(いけ、行けっ……! そいつらに、突っ込めっ……!)
この場面でその局面に持ち込めるかは、アスナにかかっている。
ネットゲームにおいて、PK……プレイヤーキルとは、少なくないリスクを負う。それは、この「全てのプレイヤーは不満を剣に訴える権利がある」と説明文に明記されていると言うALOの世界でさえも例外ではない。それを専門に行っていた《空飛ぶ狩人》のような連中ならまだしも(そんな彼らであってさえも最低限のマナーにはしっかりと気を配っている)、PK専門ギルドでもない彼女が、現在の文句なしのトップギルドに喧嘩を売ると言うのは、相当にハードルが高かろう。
しかし、それをしなければ、彼女が……ユウキが、もう一度ボス戦に挑めない。
……だから、頼む、アスナ。俺に。
(俺に、ユウキ達を、「助けるチャンス」をくれ……っ!)
なおも躊躇うアスナに、必死に祈る。
その祈りは。
――ね、君。
なんの偶然か、はたまた運命か。
それとも、『彼女』が助けてくれたのか。
―――そっか。じゃあ、仕方ないね。戦おう。
ユウキの剣に、しっかりと通じた。
◆
ユウキが、気合の連撃であっという間に敵の交渉人を一匹屠る。
それと同時に、敵さん方が一斉にいきり立つ。
後からやってきたキリトやクラインも加わって、場は一気に戦乱ムードとなった。
(来た……!)
訪れた、絶好のチャンス。
その機会を、俺が逃すはずが無かった。
「――――ッ」
するりと、音も無く天井から落下。
遥か上からの落下にも関わらず、その体は一切の音を立てなかった。俺の脚を包むのは、《ブーツ・オブ・オトナシ》。移動補正や足技系の《体術》スキル威力上昇も大きいが、なにより『音無』の名に相応しい俺の知る限り最高レベルの消音効果がある。
降り立ったのは、アスナ達が襲いかかった方の、ボス部屋の扉付近にいる二十人のすぐ脇だ。
もう片方……あとから慌ててやってきた三十人は、キリトとクラインが相手をしている。あの黒の剣士がいれば、あちらは大丈夫だろう。キリトが「三分耐える」と手で示したなら、あいつは絶対にそれを成し遂げて見せる。問題は、こちらの扉を守る二十人を、アスナ達七人で殲滅できるかどうか。
(こっちにも、ヒーラーが三枚ついてるからな……)
「三分でヒーラーが付いた二十人を三分の一の人数で殲滅できるか」、とこのゲームの基準で言うなら、それは否だ。例え攻撃役がどれほど優秀だったとしても、相手が回復呪文を詠唱し続ける限り勝負は千日手になるだけ。
ならば、俺はそれをすぐさま殲滅するべきか。
確かに俺の『切り札』の一つは、その動作におあつらえ向きな性能を持っている。
だが、一呼吸だけ心を鎮めて、問い直す。
(……いや、違うな……)
俺の為すべきは、それでは無い。
最優先すべきは、「ユウキ達を守る」ことだ。
今現在、七人と二十人のほうの戦いは、しっかりと敵味方に分かれて戦闘が続いている。ユウキが頑張って乱戦に持ち込もうとしているが、それも敵の前線のすぐ後ろの武器攻撃メンバーのあたりまで、その後ろの魔法攻撃部隊までは突っ込めていない。つまりは、呪文詠唱の邪魔を出来ていない。
ならば、俺がすべきことは、一つ。
「―――ッ!!?」「なっ、なっ!?」「うわっ!!?」
豪奢な法衣《ローブ》を纏った部隊のど真ん中へと突入して、隠蔽を解いた。人混みに触れない様に走ったせいで、おそらくメイジ隊には目の前に突然俺が魔法の様に現れた様に見えただろう。その驚きのおかげで、大多数のメイジが息を呑んだせいで詠唱をロストした。
「―――ッ!!!」
無言の気合いを入れて体を回転させて放つのは、俺の持つ《体術》スキルでも有数の攻撃範囲を誇る大技、《スパイク・ハリケーン》。長い手足を生かした強烈な範囲攻撃がメイジ隊を撃ち、そのHPを揃って二、三割減少させる。と同時に突然戦闘が身近に発生したことで、何とか呪文詠唱を続けていた連中も詠唱ロスト。
(……よし)
メイジ隊。当然彼らボス攻略に赴くほどの魔法使いたちなら、それ相応の広範囲曲弾道の呪文も持っているだろう。それをアスナ達に向けて乱射されれば一気に彼女らのHPは消し飛ぶだろうが、それには相応の詠唱時間がかかる。
当然、乱戦を十八番とするこの俺が、そんな時間を与えるはずがない。
「くっ、なっ、」「剣士隊っ、こっち、うわっ!」「く、てめぇ!」
慌てふためくメイジ隊を次々と手刀で切りつけながら戦場を駆ける。慌ててこちらに向かってきたのは、あの潜伏していた三人組の一人の闇妖精だが、構えた短剣は俺の体の数センチ横を掠めただけ。俺の羽織ったコート、《闇を纏うもの》の効果は、一定以上の暗さの場所でキャラクターポリゴンをぼやけさせ、クリティカルポイントを狙いにくくするというものだからだ。
空を切った短剣を引き戻す間も与えずに貫手でその肩口を貫いて怯ませ、身を翻す。もっと時間がかかると思っていたのか後ろからなんとか詠唱をしようとしていた火妖精の男へと突進。それだけで動揺でスペルをロストしたのでそいつは放置、横で距離を置こうとしていた小柄な土妖精の足を払う。
(行けるな……)
ひっくり返ったその土妖精が地面に付く前にまた反転、周囲を見回す。流石にボス攻略組、恐怖で詠唱が出来ないようなほどに軟弱ではないようだが、それでもかなり詠唱の速度は落ちているし、時にファンブルする者も見られる。これなら、俺一人で数分は持たせられる。
「―――ッ!!!」
駆ける。駆ける。駆ける。
軽くなった黒い体が、色とりどりの妖精達の隙間を縫うように駆ける。
無言のまま駆け抜けていく俺の貫手は、詠唱を紡ぐ火妖精を過たず貫いた。
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