ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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マザーズロザリオ編
episode3 宙を舞う
戦闘開始から、ジャスト一分。俺の加速した感覚は既に十分以上戦い続けているような錯覚をもたらすが、それと矛盾するように頭のどこかに存在する正確な時計が時間を刻み、そのカウントを取り続ける。まるで魚眼レンズでも嵌ったかのように鮮明な視界が一帯のプレイヤーの口元を浮き上がらせ、その唇が詠唱しているかどうかが瞬時に分かる。
(……いけるな)
減速した世界を見渡して、確信する。
キリト達が乱戦している方からはいくらかの魔法の炸裂音が響く(その割にはまだキリト達は闘い続けているようだ。あれだけの魔法を喰らえばまずHPなど吹き飛ぶと思うのだが)が、こちらの火力メイジ隊はもう完全に沈黙している。
(……ま、この辺は俺の「専門」だしな)
当然だ。俺はあの世界の頃、それもかなり早い段階からずっとこの乱戦を得意としていたのだ。近接戦闘に不慣れなメイジ相手に、遅れなど取らない。闇を纏った俺の体は、これだけの人数を相手に唯の一度の直撃無く戦場を走った。
(どうする……?)
走りながら、逡巡する。
このまま自分の役目をきっちり果たすか。
それとも、もう少し手を伸ばして、回復メイジ隊の詠唱まで邪魔しておくか。
はたまた、ユウキの支援に前線の連中を撹乱してやるべきか。
「くっ、くそっ!」「なんだ、こいつらの仲間か!?」「くらえっ!」
走り回っての攻防を繰り返しながら見る景色には、冷静さを失ったメイジ隊の中には思わず悪態をつく奴らまでいる。その無駄口を叩く行為は詠唱を行う為には邪魔にしかならないのだが、人間理性ではそう分かっていてもなかなかそれを律することは出来ないものだ。直接敵の攻撃を受ける前衛達ではないメイジならなおさらだろう。
(……行くか)
十秒を数えた時、俺は決断する。
後方のヒーラーも、俺が排除する。
まだHPは半分以上残っている。十分に戦えるだろう。
ブーツから無音の火花を散らして方向転換、ヒーラーへと突進すべく狙いを定め、
「――――――ッ!!?」
強烈な衝撃が、俺を背後から襲った。
呼吸が止まるほどの勢いで吹き飛ばされた感覚は、まるでトラックにでも撥ね飛ばされたかの(つっても実際にトラックに撥ねられた経験はないのだが)ようだ。もう少し詳しく描写するなら、現実でのリアルな……衝突と同時にトランクに叩きつけられ次いでフロントガラスを割る様な……撥ね方ではない、ぶつかった瞬間に空の彼方まで飛んでいく様な、そんな一種の漫画チックな感覚。
(おいおいっ、こりゃ……!?)
大きく宙を舞う俺が、回転する視界の中で下を見る。そこにいたのは、
(アスナじゃねえかよ……あいつ……)
細身の直剣を構えて猛然と突進する、美しい水妖精。
整った容貌に激しい意志の炎を宿しての強烈な突進技は、《フラッシング・ペネトレイター》。かなりの助走を必要とする使い勝手の悪い突進系ソードスキルだが、こういった乱戦では移動兼攻撃として非常に頼りになるスキル。
(突進技で突貫、かよ。相変わらずの『狂戦士』っぷりだなぁ、ったく……)
アスナは、戦線の後方から一気に加速して、敵ヒーラー部隊まで一直線にその突進技で駆け抜けた。おそらく、キリト達の負担を減らそうと、少しでも早く敵部隊を殲滅するために、自らヒーラーを排除しようとしたのだろう。
そして。
(ああ、なるほど……俺、軌道上だったのかよ……)
彼女は猛進していた。
……勿論、軌道上の敵を吹き飛ばしながら。
彼女は、真っ直ぐだ。とても真っ直ぐに自分の思いを貫き、その剣を振う。だがそれ故に、彼女はそれ以外のことは見落としがちだ。恐らく後ろから攻撃呪文が来ない理由も分からなければ、後ろに別同隊……俺みたいなやつがいて、敵を撹乱しているなど思いもしなかったのだろう。
(ま、分かってほしいわけじゃないけど、な……)
ちらりと見やると、視界の端で俺のHPゲージがあっさりとゼロになった。俺の装備品たちは古代級武具としてはかなり特殊な効果を有してるが、その分実質的な防御力は吊るしの防具並み、……簡単に言えば、かなり低い。必然、クリーンヒットを喰らえば、まあこんなもんだろう。
(あーあ……)
爆散したまま、しばらく色あせた視界を見守る。
視線の先ではアスナが鬼気迫る勢いで細剣を振い、瞬く間にヒーラー三人を切り捨てる。続けて間髪入れずに振り返って、呆気に取られて固まったメイジ隊めがけて突進する。同時に、前線がヒールが届かなくなったことで動揺し、その隙を突いたユウキ達の剣によって、次々にプレイヤー達が爆散していく。
(……これなら、大丈夫だな)
獅子奮迅の活躍を見せる、アスナ達七人。
加えて、なおも通路全体を照らすほどに輝く強烈なエフェクトフラッシュが、後ろのキリトやクラインの頑張りも伝えてくる。もう何度目か分からない、「俺いらなかったんじゃね?」の思考に苦笑しつつ、時間を迎える前にセーブポイントへと戻る。
俺はもうこの時、七人がボスを倒すことを疑っていなかった。
◆
俺……『シド』のアバターへと結果報告のメッセージが届いたのは、一時間と少しが経過した時だった。ちなみに俺はその時、『ラッシー』がドロップしたアイテムと失った経験値を取り返す為に、どこに狩りに行くかの旅プレイの計画を立てていた最中だった。……まったくやれやれだぜ。
「ま、結果として、良かったけどよ……」
ホームのロビーで深々と溜め息をつきつつ、苦笑する。
送り主は、シウネー。そのメッセには真っ先に、目出度く彼女らが七人でのボス討伐に成功したことが書かれていた。そしてお世辞か社交辞令か、俺への感謝も。そして結びに示されているのは、これからの打ち上げにこないか、とのお誘い。
文面を見る限り、彼女らは『ラッシー』が余計なことをしていたことに気付いてはいなかったようだった。……それだと呼ばれる理由が薄いような気もするのだが、武器の面倒の件だけでも呼びたかったのか。
……しかし。
「これはねえよな……」
シウネーさん、ちょっとは空気読んでくれ。
そこはどう考えても、アスナ達とワンパーティー水入らずで楽しむところだろう。俺が行って場が持つ訳ないし、なによりアスナ達……『勇者一行』には、わけあって関わらないようにしているのだ。丁重にお断りする旨をお伝えする。
と。
「おやっ? シドくん、なんだか楽しそうですねっ?」
ふらふらとレミの部屋から飛んできたチビソラが、目ざとく俺を見つけて飛んでくる。やけにお気に入りらしい俺の燈赤色の髪の上をひらひらと舞った後にぽてんと着地、ぺちぺちと頭をはたきだす。なんだなんだ、お前も随分上機嫌だな?
「ま、そうだな。大きな商談がまとまったみたいな感じ、か?」
「なーんだっ。てっきり彼女からメールかと思ったよっ! なんか、一仕事……イッパツやり遂げたーっ! みたいな感じだしっ!」
うっ。まだ根に持ってんのか。っていうか、結構当たってるぞ、おそるべしチビソラ。
そんなわけねえよと誤魔化しつつ、苦笑する。
――― やり遂げた。
そう、俺は、やり遂げた。
一応、ある程度には、俺は役に立てただろう。
ある程度の満足感のもって、俺は返事のメールを打ち出す。丁重なお断りと、「対価、第一回支払い分確かに頂きました。引き続きの振り込みを期待しています」の言葉を添えての、ユウキ達に対する心からの祝福の言葉。
……この時俺は、このあとユウキがこのALOから消えるなど、思ってもいなかった。
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