ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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マザーズロザリオ編
episode3 黒き装束の冒険者
『装備の修繕、完了いたしました。《黒き暗殺者の装束》、《闇を纏うもの》、《ブーツ・オブ・オトナシ》、いずれも耐久度は全回復です。連戦、乱戦にも十分耐えられるでしょう』
「ありがとうございます、ブロッサムさん。ああ、マフラーは結構ですよ、安物ですし」
『それをレミ様が聞かれたら、さぞやお怒りになられるかと。内側の紋章は、大切なものだと推察しています。修繕いたしますから貸しやがってくださいませ』
昼、十一時。
朝昼兼用にしてもらったリアル食事を終えた俺は、ブロッサムさんに耐久度回復を依頼していた『ラッシーの本気装備』を受け取りに来ていた。装備品の耐久度回復はモノによっては《裁縫》スキルさえあればどこでも出来るという訳ではなく、それなりの設備が必要だったりする。……のだが、有難いことに今日のアインクラッドは比較的プーカ領の近くに来ていて、各種必要道具の揃った彼女の工房に来るのに然程時間はかからなかった。
「いや、別にそんな大層なもんじゃ、」
『面倒ですね。さっさと寄越してください』
ブロッサムさんが相変わらずの切れ長の目つきで俺を睨み、首から鼻までを覆っていた灰色のネックウォーマー、《マウス・ハイドナー》を剥ぎとる。俺のデフォルト装備であるこれは、フレンド登録している人間にしか奪うことはおろか、ずらすことも出来ないという顔隠しアイテムだ。つまりは、現時点でこの『ラッシー』唯一(正確には俺の本アカである『シド』と二人だけ)のフレンドである彼女しか取れない。
まあこれは別になんかステータス補正があるわけでもないおしゃれアイテムなのだが、どうやら大切にしないといけないと思われているらしい。
(内側の紋章、ね……)
内側に縫い付けてあるレミの自作の紋章も、まあ、愛着はあるし思い出のそれでもあるのだが、あくまで思い出は思い出だ。俺の記憶の中にあれば十分という気もする……なーんて、無駄な想像をしている数秒の間に、耐久度回復が終わる。うん、手慣れたもんだな。
『終わりました。では、御武運を』
「……まあ、念の為ですよ。バトる気はそんなにないですって」
苦笑しながらウィンドウを操作し、受け取ったアイテムを装備する。久しぶりの完全武装で、各種古代級装備の支援効果で体が一気に軽くなる。まあ、ここまでやることも無いかも、だが。ブロッサムさんの前での黒装束がなんだか気恥かしく、長い腕をまわして黒髪をガシガシと掻く。
……掻きむしる、俺のその右手には。
『伝説級武器、。そこまで本気で、何を言いやがりますか』
「……ま、念の為ですよ」
美しい銀色に輝く布地に俺には読めない文字で怪しげな文様の刻まれた片手用グローブ、《カタストロフ》。実にあのデスゲーム以来の装備となる、『無刀』の戦士である俺の唯一にして最強の武器。その効果上、基本的に対人戦で用いることを想定された装備……でありながら、対人戦ではあまり用いることのない武器。
それは、この世界では、死よりも惨い効果を与える、恐怖の手袋。
(……最悪、必要になるかもだから、な……)
心の中で、呟いて。
「じゃあ、行ってきます。……いつもスミマセン」
深々と頭を下げるブロッサムさんに感謝を告げ、俺は空を往く鉄の城へと飛び立った。
◆
(あーあー……やっぱり、か……)
俺は眼下に広がる光景に、盛大に溜め息をついた。
迷宮区にいるにも関わらずその景色が眼下に広がっている。理由は、俺が今現在天井にぶら下がっているからだ。天井から突き出した突起に足を引っかけての逆さ吊りだが、このALOでは頭に血が上るのは錯覚であって耐えられるものだ。そしてここなら隠蔽呪文を使わなくても、素の《隠蔽》による透明化のスキルだけで完全に気配を消せる。
そこにいたのは、三人のプレイヤー達。種族は闇妖精《インプ》が二人、風妖精《シルフ》が一人で、装備を見るに革製鎧の軽戦士か、暗殺者《アサシン》か。そこそこには高レベルな隠蔽呪文《ハイディングスペル》を用いての隠れ身だが、あの程度なら俺なら索敵生物無しでも見破れる。
(……迷宮区奥での隠れ身……ってなれば、そういうことだよなぁ……)
ぶら下がったまま、もう一度音を立てずに溜め息をつく。
俺の「嫌な予感」、「最悪の場合」が、しっかりと的中したということだからだ。
恐らく彼らはここに隠れ続け、ボス攻略に望むパーティー達を観察して情報収集をしているのだ。普通フロアボスの前となれば、プレイヤー達はここで突入前に支援魔法をしこたまかけてから入るだろう。そこに幾つか《盗み見》や《盗み聞き》を紛れこませれば、ボスの様子を好き放題に調べ上げることができる。
(……最近のあのギルドのボス攻略のうまさは、そう言うわけかよ……)
目を凝らす先に映るカーソルに見えるのは、「横向きの馬に盾」という最近話題のフロアボス攻略ギルドのエンブレム。一瞬、俺の『切り札』の一つを以て奴らを排除するかと考えたが、ここで奴らを倒しても、代わりが来るだけだろう。
どうするか。
どうするのが、ユウキ達の助けになるか。
悩む、俺の耳に。
―― ……って、ユウキ、……って――
微かに、しかし確かに、聞き覚えのある声が聞こえた。
◆
アスナが来た時、正直驚いた。
あの『閃光』殿は確か《索敵》のスキルは持っていなかったはずだが、恐らく勘だけで下に隠れた三人を見破って見せた。それは《索敵》だの《探索生物》だのではない、彼女のプレイヤーとしての……いや、長年の『剣士』としての力か。
(……ま、俺に気付かないようじゃ、《索敵》の腕はまだまだだがな……)
隠れ身を水属性のサーチャーで破って三人をあぶり出し、剣を突き付ける。やっちまえ、と思ったがさすがはアスナ、論理的というか理性的というかの判断で剣を下ろした。三人の言葉には矛盾が無く、嘘かもしれないとは思っても証拠が無いため、切り捨てるには理由が無い、とか思っているのだろう。
(……妙なところで甘いんだよな、アスナは……)
何度目だろうの、溜め息。
アスナ達は、突入にむけての準備中の様でシウネーさんが次々と支援呪文を駆けていく。そして言うまでも無く、その隙にスパイ三人組の放った《盗み見》呪文が紛れ込ませられる。俺の必死の祈りも虚しく誰もそれには気付かなかったようで、そのままボス部屋へと入って行ってしまった。
やれやれ。
このザマでは、出番になりそうだな。
実にSAO以来となる、《カタストロフ》の、活躍の場と。
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