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ニュルンベルグのマイスタージンガー

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第三幕その三


第三幕その三

「そして私の先触れを務めるのだ。いいな」
「有り難うございます。そして」
「何だ?」
「御願いがあるのですが」
 ザックスが機嫌がよくなったと見てまた調子に乗ってきたダーヴィットだった。
「花嫁介添人ですが」
「花嫁介添人だと」
「是非私をそれにして頂けますか?」
 調子に乗っているが礼節は守っていた。
「是非共」
「どうしてだ、それは」
「親方、親方はです」
 真面目な顔になって彼に告げてきた。
「もう一度結婚されてるべきです」
「結婚か」
「そうです」
 また師匠に対して言うのである。
「如何でしょうか、それは」
「再婚をしろというのか」
 その真面目な顔のダーヴィットを見つつ言うのだった。
「私に」
「駄目ですか?」
「おかみさんが家にいた方がいいのかい?」
「その方がずっといいと思いますよ」
 さらにザックスに対して告げるのだった。
「是非共」
「そうだな」
 しかしザックスの返答ははっきりしたものではなかった。
「その時が来ればいい知恵も浮かぶだろう」
「今がその時ではないんですか?」
「だったらいい知恵が浮かぶだろう?」
 やはり返事は要領を得ないものだった。
「その時だったらな」
「あのですね。もう町の噂で」
 だーヴィットは師匠のそうしたぼやけているような返事を聞いているうちにたまりかねて言い出した。
「言われているんですけれど」
「何がだい?」
「親方ならベックメッサーさんにも勝てる」
 こう言うのである。
「そう。言われていますよ」
「書記さんにか」
「そうです」
 また答えるのだった。
「ですから。今日は」
「そうかもな」
 やはり何か要領を得ないザックスの返答だった。
「それはな」
「でしたら」
「それよりもだ」
 ザックスの方で話を変えてきた。
「騎士殿のことだが」
「騎士殿ですか」
「そうだ。呼んできてくれ」
 こう弟子に言うのだった。
「すぐにな。いいな」
「わかりました。それでは」
「そして今日の仕度をしておくことだ」
 このことも弟子に告げた。
「いいな。それでな」
「はい、それじゃあ」
 ダーヴィットは一礼してからそのうえでその場を後にした。ザックスは一人になると呟くのだった。また窓に顔を向けてそのうえで思案しながら。
「迷いだ。何処にも迷いがある」
 まずはこう言うのだった。
「町の記録や世界の年代記。そういうものに目を通し」
 博学なザックスはそうしたものも読んでいるのだった。
「それなのに何故人は訳もなく激しい怒りに襲われて」
 そのことを悲しくさえも思うのだった。
「血を流すまでに戦い、苦しむのか」
 さらに言うのだった、
「その原因を考えると結局全ては迷妄からだ」
 答えはわかっていた。
 
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