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ニュルンベルグのマイスタージンガー

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第三幕その四


第三幕その四

「何人も報われず、感謝もされず」
 悲しみと共に話す。
「逃げ回りつつ追いかけている気で我が身の肉をえぐりながら」
 言葉を続けていく。
「己が悲鳴も耳に入らない。悲しんでいるのだと思い違えさえして」
 さらに考えていく。
「この有様を何と呼ぶべきか。昔から考えているが」
 しかしなのだった。
「これがなければ何もはじまらない。ことが上手くいくかいかないかは」
 考えを及ばせていく。
「それはまた別のことだ。ことが上手く運んでいると迷いは眠り力は蓄えていく」
 迷いが消えたわけではないのだった。
「一旦目覚めると生贄を求める。愛するニュルンベルグはこのドイツの中央にあり」
 当時はそうなのだった。
「純朴の風習の中に平和にその仕事にいそしんでいる。だが」
 前を見詰めながらの言葉だった。
「ある夜遅く若きにはやる人々の不幸な事件を防ごうとし」
 ヴァルターとエヴァのことだ。
「その術を知らざる男がいる」
 今度は自分のことだった。
「一人の靴屋が店の中で迷いの糸を塗っている」
 やはり彼自身のことだった。
「じきに彼は横町や通りで怒りはじめ」
 あの夜のことだ。
「誰も彼もが気が狂ったように競い合い迷いは人々を祝福し」
 あの夜のことを話し続ける。
「拳の雨が降り注ぎ殴り打ち押して揉んで」
 騒動を具体的に思い出していく。
「そして怒りの炎を消しとめようとする。魔物が手助けをしたのか、どうしてそうなったのか」
 あの夜の騒ぎもまた思い出す。
「誰にもわからない。蛍の雄が雌を見つけ損なってそれが大損害をもたらした」
 次に言う言葉は。
「にわとこの香りのせいか。祭の前夜の。しかし」
 ここでまた言う。
「この日は来た。そこでハンス=ザックスが迷いを巧みに操って気高い仕事をするのだ」
 また己のことだったが今度は決意だった。
「この迷いはニュルンベルグに於いてさえ人の心を騒がせるものだが気高い仕事もまた」
 言葉はまだ続く。
「卑しいことから遠ざかるが幾らかの迷いを以って成功するのだ」
「どうも」
 ここでヴァルターの声がしてきた。
「おはようございます」
「これはまた」
 ザックスは彼の方を振り返って立ち挨拶を返すのだった。
「おはようございます」
「はい」
 それぞれ穏やかな笑顔で言葉を交えさせるのだった。
「よく眠られましたか?」
「はい、おかげさまで」
 ヴァルターはにこりと笑って彼に応える。
「何とか」
「それは何よりです」
 ザックスも彼の言葉を聞いて微笑む。
「では御気分は」
「ええ。それでです」
 ここでヴァルターは言うのだった。
「私は素晴らしい夢を見ました」
「おお、それはいいことです」
 ザックスは彼の今の言葉を聞いて思わず声をあげた。
「それはいい前兆です」
「いいのですね」
「そうです。ですからどうか」
 そしてまたヴァルターに話すのだった。
「その夢についてお話下さい」
「ですが」
 しかしここでヴァルターはその首を少し捻るのだった。
「それを考えて見て」
「ええ」
「それさえも躊躇います」
「何故ですか?それは」
「考え、見ることで消えてなくなることが恐ろしいのです」
「いえ、それは違います」
 しかしそれは違うと彼に話すザックスだった。
「詩人の創作というものは彼が見た夢を解釈し、記すことなのです」
「そうなのですか」
「そう。人間のもっとも真実の迷妄は夢の中に現われるのです」
 こう語るのだった。
 
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