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私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?

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第10話 目覚めたのは天上天下唯我独尊的美少女ですよ?

 
前書き
 第10話を更新します。

 次の更新は、
 8月18日 『蒼き夢の果てに』第69話
 タイトルは、『シャルロット』です。

 その次の更新は、
 8月22日 『ヴァレンタインより一週間』第27話
 タイトルは、『龍の巫女』です。
 

 
 大樹の根本に眠る少女が僅かに身じろぎを行う。
 そして、その瞬間にほんの少しだけ揺れるまつ毛と、その愛らしい口元の微かな動き。

 これは……、間違いなく風がもたらせた偶然などではない。

 それまで、規則正しいリズムで上下していた胸が、少しそのタイミングがずれ、
 胸の中心の一所に留まっていた銀の十字架が、微かな音を立てて首から垂れ下がる。
 そして……。

 寝返りを打った後に少し伸びを行う眠れる美少女。
 そう。伝説に語られる破壊神にして、創造神と言われる少女が長い眠りから、今、目覚めようとしていたのだ。

「う……ん――」

 意味不明の言葉。それに続き上半身を起こし、其処で両腕を頭の上に思いっきり伸ばし、それに合わせて両足もピンと伸ばす。
 何となく、その場に眠って居た少女の雰囲気に相応しい、精気に溢れた目覚め。

 そうだ。其処に存在していたのは、一般的な少女の爽やかな目覚め。決して世界を滅亡させる破壊神を思わせる凶悪な物でもなければ、創造神の目覚めと言う、ある種荘厳な雰囲気の物でもない。
 ごく一般的。健康な少女の朝の目覚めを思わせる一場面。

 大きく伸びをした後、一度強く瞑られた瞳がゆっくりと開いて行く。少しぼんやりとした雰囲気だった大きな瞳が、徐々に精気をみなぎらせ、黒目がちの強い光を宿した瞳に変わって行くのが良く判る。
 そう。最初は未だ夢の世界に身体の半分を残して来ているような表情が、彼女の見た目の年齢に相応しいあどけない表情を感じさせ、やがてその表情が瞬きを行う度に抜け落ちて行き、変わりに明晰な知性を示す色がその顔に浮かび上がって来たのだ。

 そして……。
 そして、大樹の根を枕に、仰向けに成っていた状態から上半身のみを起こし、周囲を一周分見渡す。そうして其処から更にもう一周分、余計に見渡してから、少女は初めて口を開いた。

「あんた、未だそんな事やって居るの?」

 その黒目がちの瞳にやや呆れたような色を浮かべ、言葉の端にも同じ雰囲気をにじませながら。
 彼女の視線の向かう先に存在していたのは……。

(わたくし)ですか?」

 挑むような強い視線で見つめられたハクが、少し戸惑いながらも、彼女に相応しい少しおっとりした口調でそう答えた。
 ただ、彼女に浮かぶのは矢張り疑問符。まして、昔話に伝えられているのは少年。どう考えても、ハクの事を言っているとは思えない。

「あんた以外に、誰が居るって言うのよ」

 疑問符が浮かび続けるハクを更に追い詰めるかのように、立ち上がりながらそう言う破壊神の少女。両方の腕を腰に当て、妙に上から目線の台詞で。
 ただ、流石は破壊神にして創造神。少なくとも、彼女の発して居る唯我独尊的雰囲気は、神と呼ぶに相応しい雰囲気かも知れない。

 しかし……。

 ……………………。
 ………………。

 しかし、その後に続く空白。確かに破壊神と雖も、この目の前の少女は神。そして、神が言う事に、誤りがそう有るとも思えないのだが……。
 ただ、俄かに信じられる話ではないのも事実。

 その刹那。
 二人の長い黒髪を持つ少女が対峙する空白に、横から入り込む金色の髪の毛。

「ちょっと、アンタ。ハクちゃんが困って居るじゃないの」

 そう言って、ハクと破壊神の少女の視線の間に割って入る美月。
 但し、リューヴェルトの視る限り、ハクの雰囲気はおっとりした物で、そう困惑している雰囲気には思えなかったし、破壊神と言われる少女にしても、口調は確かにキツイ口調のようにも感じたのですが、神。それも危険な神が放つ、ピリピリとするような雰囲気ではないように感じたのだが……。
 そう。まるで、性質の悪い男に言い寄られて困って居る美人の友人を護る事が使命のように感じて居る、世話焼きの友人のような雰囲気を、今の美月の方から感じて居たのだ。

 どうにも、破壊神が顕われる、と言う危険な話から、極端にレベルの低い下世話な話へと状況が変化したような気が……。

 しかし、

 しかし、そんな美月の事も、何故かその形の良い眉根を寄せて見つめる破壊神の少女。
 そうして、

「あんたの事も、何処かで見た事が有るんだけど、どうにも思い出せないわね」

 そんな、自らの視線をわざと遮る金髪碧眼、更に巫女服の少女の姿を訝しげに見つめる破壊神の少女。
 その時の彼女の顔に浮かぶのは困惑。何か思い出せそうで、しかし、思い出す事が出来ない非常にもどかしい感覚。そう言う風に感じられる。

 但し、

「へへぇんだ。アタシはアンタの事なんか、ちっとも覚えていませんよぉ~だ!
 べ、べ、べのべぇ~だ!」

 何故か、妙に勝ち誇った表情でそう言った後、大きく舌を出して、破壊神の少女に見せる美月。
 どう考えても、非常に頭の痛くなる状況。

 その美月の台詞を聞き、それに続く姿を自らの胸の前で腕を組み、更に指で少し苛立たしげにリズムを刻みながら、かなり冷たい瞳で見つめて居た破壊神の少女。
 そして、

「それで。この妙なオダンゴ頭が、今のあんたの巫女なの?」

 そのオダンゴ頭に隠されて、彼女からは見え隠れしているハクに対してそう問い掛けた。
 しかし、巫女?

「美月さんは私のお友達ですが、巫女の服装を着ては居りますが、彼女はコミュニティ()リーダー()で有って巫女の仕事をしている訳では有りませんので」

 その問いに対して、ハクが当たり障りのない答えを返した。但し、そこに微かな違和感を覚えるリューヴェルト。
 確かに、助けられてからここに辿り着くまでの道すがら聞かされた事情に合致した答えをハクは口にしたので、この答えは欺瞞を口にした訳ではないでしょう。
 ただ、何故か、その答えと、破壊神の少女が問い掛けた内容との間には奇妙な齟齬が存在しているような気がしたのだが……。

 しかし、そのハクの答えを聞いた破壊神の少女が軽く首肯いた。
 そして、

「それなら問題はないわね」

 少女が軽く右手を差し出す。これは、誰に向けられた物でもない、たった一人に向けられた物。
 そうして、

「約束通り、あたしと一緒に行きましょうよ。こんなクダラナイ世界も、あんたを捕らえている連中も何もかも全部放り出して」

 伝説に語り継がれている破壊神の言葉を口にした。

 間違いない。これは伝説の再現。事情は判らないが、ハクは伝説に継がれている少年で、その約束を履行する為にこの場を訪れたと思われたと言う事。
 但し!

「ハクちゃんは、私の親友の大切な人なんだから、アンタなんかには渡さないんだからね!」

 完全な拒絶の言葉を口にする美月。ハクと、破壊神の少女との間に完全に立ち塞がり、彼女の瞳も、倒すべき敵を見つめる強い光輝を宿して居る。
 もっとも……。

「こら、美月。何を訳の判らん理由で睨み合っとるんや」

 まるで歯をむき出しにして相手……破壊神の少女を威嚇して居るかのような美月の足元から彼女の肩へと駆け上がり、頭に猫パンチを食らわせる白猫のハク。
 そして、その姿を確認した後、

「確かに魅力的な御誘いですけど、私には、未だ果たさなければならない約束が有ります」

 二歩踏み出し、美月の前に出たハクが破壊神らしき少女に告げた。この対応から考えると、ハクもこの目を覚ました少女の事を破壊神だと考えているような雰囲気はない。
 視線を破壊神の少女に固定したまま、ハクは更に続けた。

「それに、元々暮らして居た世界に帰ってから、為さなければならない仕事が有るようにも思いますから、今回のお誘いは御辞退させて頂きます」

 普段通りのおっとりとした雰囲気ながら、それでも、言葉としては完全な形での拒否を示したハク。
 そのオッドアイの少女の台詞を、かなり不満げな表情で聞いた破壊神と思しき少女が、少し鼻を鳴らした。

 しかし……。

「相変わらず、妙な(しがらみ)に囚われているみたいね」

 しかし、かなり不満げな表情の割には、それほど不満げな雰囲気を発する事もなく次の言葉を口にした少女。何故か、その口調の中に少しの諦めにも似た雰囲気さえ漂わせていた。
 もしかすると、この少女はハクの答えをある程度予想していた可能性も有ると言う事なのでしょうか。

 そうして、

「だったら、なんで、あたしを起こしたのよ」

 ここまで長い会話を重ねて、ようやくここにやって来た目的。森の古老……と言うには、この目の前の少女には失礼な表現の可能性も有りますが、それでも、この森を創った存在で有る可能性は高いその少女に、目的を伝える事が出来る状況が出来上がった。
 それならば、

「わたし達は、この死の森と呼ばれている森を、再び人間との絆を結んだ、生命力と陽の気に溢れた森に戻す為に、ここにやって来たのです」

 それまで、何故か下世話な話と成って仕舞った状況をただ見守るだけであったリューヴェルトが代表して、彼女の所にやって来た目的を口にした。
 そして、自らの事を興味無さそうに見つめている破壊神の少女に対して更に、

「それで貴女には、この森の妖樹や、妖蟲の動きを抑制して貰いたいのですが」

 ……と続けた。
 そう。あの妖蟲に因る攻撃を失くせるのなら、空中を移動する事も可能となり、更に、このギフトゲームの条件。森に棲む生命体を殺す事なく絆を結び直すと言う作業も行い易く成る。
 いや、もしかすると、ハクが行うと言っていた、地脈の置き換えすら行う必要もない可能性も出て来るはず。

 しかし、

「それは無理よ」

 しかし、かなり冷たい口調でその上、不機嫌そうな表情でそう答える少女。
 但し、まったく興味がないと言う訳ではない事は、彼女が答えを返して来た事で証明は出来ている。

 ただ、

「確かにあたしがこの森を創ったのは間違いないけど、それ以降、あたしがずっと支配を続けて来た訳じゃないわ」

 予想とは違う答えを返して来る少女。
 その後、リューヴェルトではなく、ハクを見つめ、

「そもそも、一方的に支配するような真似は、あんたが嫌ったんじゃないの」

 胸の前に腕を組んだ状態で、そう言葉を続けた。
 確かに、昔話に伝わる少年ならばそう言うでしょうし、この森の中を進んで来た最中に会話したハクと言う名前の少女にしても、一方的に支配し続けるような状況は嫌うようにリューヴェルトには思えた。

 しかし、それならば、

「最初の予定通り、龍脈の置き換えを強行するしかないみたいですね」

 初めから変わらない穏やかな雰囲気のまま、あっさりと答えを出すハク。
 但し、その為には目的の場所。それぞれの方角に存在する龍穴にまで移動する必要が有るのだが……。
 それも、危険な妖樹や妖蟲が多数存在する死の森を突っ切って……。


☆★☆★☆


 妖樹に因り完全に閉ざされたと思われた通路が、しかし、苦悶に似た響きに続き、無理矢理、何者かに左右に開かれた。

 そう。あの破壊神の少女が完全にこの森の妖樹を支配し切っていない、と言う事は事実。
 但し、造物主で有る創造神を未だ賛美している者たちは居た。
 そう言う連中が、自分の意志でリューヴェルトたちを支援してくれていたのだ。

 リューヴェルトが向かっているのは西。彼の契約しているシルフリードが白い龍で有り、ハクがこれから為そうとする術の括りでは西を支配する龍と言う事に成るらしい。
 その他の方角には、白猫タマが南の方角にリューヴェルトが召喚した火竜を連れて向かい、
 北には白娘子と名乗った妖艶な女性が。
 東には、ハクが向かった。

 そして、一番問題が有るのは中心に残った二人。美月と破壊神。ただ本人の弁に因ると、自らは豊穣の女神だと自称して居たのだが……。

 瞬間、それまで走っていた通路の壁を蹴り、自ら向かうベクトルを在らぬ方向へと変える。
 その刹那、上空より地を進むリューヴェルトに向かい無数の蔓が、まるで槍のように降り注ぐ!
 そう。夜の闇に包まれた世界に、緑と樹木の色の槍が次々と突き立って行くのだ。

 しかし、大地にゴルフボール大の穴が次々と穿たれたとしても、その場には既にリューヴェルトの姿はない。
 その一瞬前に方向を転換させた事により、リューヴェルトの目の前、そして、背後を穿ちながらも、その槍は目的を果たす事もなく、空しく大地を穿つだけで有ったのだ。

 但し、其処まで。槍による攻撃を放った妖樹に対して反撃を加える事もなく、そのまま、彼自身の持つスピードで過ぎ去るリューヴェルト。

 相手は所詮妖樹。妖怪化しているとは言え、樹木で有ると言う属性から離れる事は出来ず、大地に根を張り、巨体で有るが故に動きが非常に鈍い。
 そして、こちらは攻撃を加えて来た妖樹や妖蟲を倒す事は出来ない。
 ならば、答えは簡単。蒼穹(そら)を飛ぶ事は出来なくとも、大地を素早く駆け抜ける事は可能。

 端々を細く尖らせ、緑の天蓋を這い、木々の壁に強く絡みながら襲い掛かる蔓を、紙一重で躱しながら目的地へと続く道を進む。
 そう。龍脈の置き換えを行い、この死の森を、元の生命力に溢れた森へと戻す為に。



 自称豊穣の女神の横顔を見つめる美月。
 東洋系の容貌。但し、それが肌のきめの細かさなどの利点へと現れ、非常に整った顔立ち。黒目がちの強い光を湛えた瞳に、上空に顔を出した月の麗姿を映す。
 服装は、邪神……と言うか、神と言うべき神聖な雰囲気など感じさせないセーラー服姿。

 遙かな頭上に輝く月を、そして、星を見つめながら、彼女は何を思っているのだろうか。
 どれぐらい、この森の泉の畔で眠って居たのか判らない。しかし、その間ずっと、遙か昔に交わした約束を胸にここから蒼穹を見つめながら眠りに就いていたのかと思うと……。

「何か用なの?」

 その胸元を飾る銀の十字架を右手で軽く触りながら、美月の視線に気付いた少女が問い掛けて来た。
 視線は、美月が思わず怯んで仕舞うかのような強い視線。
 口調も、かなりキツイ口調。

 但し、何故か美月には、その時の破壊神の少女の中に、優しさのような物を感じた。
 そう。もしかするとこの辺りが、彼女が破壊神で有りながら創造神の面も持つ神格で有る証なのかも知れない。

「え、えっと、アンタと、ハクちゃんが、どんな関係かな~なんて思ったんだけど……」

 まさか、自分の方向に向き直った瞬間、ふわりと広がった長い黒髪の様子と、月下に佇むその姿に視線を逸らす事が出来なかった、などと言う本当の事は口に出来ない。
 何故か、この目の前の少女に対しては。

 その美月の問い掛けに対して、それまでの睨み付けるような瞳から、やや遠くを見つめるような瞳へと変化させる自称豊穣の女神さま。
 いや、彼女は別に物理的に遠くを見つめた訳では無い。この視線は、明らかに懐かしい思い出を語る者の瞳。

 懐かしい、失って仕舞った大切な何かを語る時、人は優しく成る。そんな事を感じさせる瞳で有った。

「あいつは友達よ」

 昔話で語られる内容と寸分違わぬ内容を口にする自称豊穣神の少女。
 そして、

「あの頃のあたしは、自分が何者なのかさえ判って居なかったから。その時に出会ったのがあいつ。別に、その他の連中と何にも変わらない、ただの友達」

 そう語りながら、少女は右手の人差し指と中指で胸を飾る十字架に触れる。
 しかし、普通に考えると、そんな友達との約束を信じて、こんな寂しい場所でずっと眠り続けるのであろうか。
 少し黙りこくって、その少女を見つめる美月。

 訝しげに、急に黙って仕舞った美月を睨み付ける破壊神の少女。いや、おそらく本人はただ美月の事を見つめているだけの心算かも知れないが、何故か、この少女の場合は睨み付けているように見えて仕舞うらしい。

 少し首を振る。あの昔話が正しいのなら、他の友達やそれ以外。おそらくは恋人のような存在も居た可能性も有るけど、彼女と同じような存在たちは、自分の事は考えて居るけど、他人の事には無関心だと言う部分が存在して居た。
 そんな相手……。自分の事には無関心な相手の中で、唯一、彼女の事を見付け出してくれた相手が本当にハクだったのなら、彼女の訪れを待って、この地で眠り続ける可能性もゼロではない。

 もっとも、あの昔話では、相手は少年で、眠り続けて居るのは彼女と言う説明だったから、まるで悲恋の末に別れた恋人を待つような物語と成って居たのに、その実、別れた相手も少女だったようなので、少し物語的には、美月としては不満の残る結末と言わざるを得ないのだが……。

「ところで、さっきの台詞なんだけどさぁ」

 名前通り、美しい月の光りを金の髪に反射させ、ただ黙りこくったまま、自らを見つめる美月に対して、問い掛けて来る自称豊穣の女神さま。
 その右手は、矢張り胸を飾る銀製の十字架に添えられたままで。

 そして、

「あんたの親友の大切な人が、あいつって、どう言う意味?」

 それまでの彼女に相応しくない、少し、探るような雰囲気で続けて来る。
 しかし……。

「えっとぉ。あたしってば、そんな事、言ったのかな?」

 どうも、先ほどは少し頭に血が昇ったみたいで、何を口走ったか良く覚えていない美月が、そう問い返した。
 確かに、そんな内容の台詞を口走ったような気もするのだが、そもそも、美月には親友と言えるのは白猫のタマだけ。コミュニティに居残ったのは自分よりもかなり幼い子供たちのみ。
 人間で、更に同年代のお友達と言えるのは、実はハク一人しか居なかったのだが……。

「さっき、確かに言ったじゃないの?」

 少し、声に不満げな雰囲気を纏わせて、そう問い掛けて来る自称豊穣の女神さま。但し、何故か、直ぐに何かに気付いたように、ひとつ首肯いて見せる。
 そうして、まるで美月の顔を親の仇か何かのように不満げに見つめた後、

「もしかしてあんたも、あいつの言う縁とか、因果の糸とか言う物に囚われている人間……」

 そう言い掛けて、その言葉を自ら否定するかのように、首を横に二度振る、自称豊穣の女神さま。
 そして、その仕草に更に続けるようにして、

「違う、人間じゃなくて魂と言う事なんじゃ……」

 少し、意味不明の――。いや、厳密に言うと意味不明と言う訳では無く、ただ、現実には実証が不可能な内容を口にする自称豊穣の女神さま。
 そう。彼女の台詞は、ハクが語っていた輪廻転生に繋がる内容。

 しかし、普通の人間には、前世の記憶が転生の際にリセットされる事により、例え目の前に現れた相手が前世の恋人で有ろうと、親の仇で有ろうとも知る事は出来る訳は有りませんから。
 そんな事が出来るのは、人間よりも長大な。ほぼ、無限の時を過ごす神に等しい存在が、かつて某かの絆を結んだ相手と死に別れた後に、再びその相手の人間が転生をして目の前に現れた時に……。

 そこまで考えた時、美月の頭の上に疑問符と同時に、天啓にも似た感嘆符が浮かぶ。
 これは……。

「もしかして、豊穣の女神さんは、ハクちゃんの前世に関係が有った相手と言う事なんじゃ……」

 何か、重要な所で話しが噛み合わないと感じていた美月が、ようやくその理由に思い至ったのだ。
 そうだ、間違いない。この目の前の少女が大切な友達としての絆を結んだのは、ハクの前世。美月が、何処とは知れぬ異世界から召喚した名前のない少女の事ではない。

 かなりタイミング的には遅いタイミングで、その事を問い掛けて来る美月に対して、

「当たり前じゃないの。今のあいつは黒髪で紅と黒のオッドアイの女の子の格好をしているけど、あたしが知って居るあいつは、同じ紅と黒……紅と蒼だった事も有るかな。どちらにしてもオッドアイの男よ」



 月下に存在するその場所は、美しいと表現すべきだろう。

 先ずはその色彩が心を和ませる。
 そして、香りが心を穏やかにさせた。

 先ほど、リューヴェルトを包み込もうとした白木蓮(ハクモクレン)の花が、気品のある白を月の蒼い明かりの元に姿を晒す。その姿は、満開の桜が感じさせる妖しいまでの美しさとは違う、一種、独特の潔さを感じさせ、
 彼女(ハクモクレン)の向こう側に淡い赤に世界を染めているのはハナミズキ。彼女は、この森で眠り続けた少女の心の在り様を指し示すかのような可憐な花を付けていた。
 そう。まるで、私の思いを受けて止めて下さい、と言うかのような……。

 其処から目線を下げて大地に目を転ずれば、春の野を彩る色彩の数々。タンポポが、菜の花が、アブラナ、スズランの姿も見える。
 紅い花が、白い花が、黄色の花が。
 色も種類も、そして香りも。すべてに置いて関連性のない花々が咲き乱れる世界(空間)

 ここは死の森に奇跡のように開いた光の当たる場所。ここまで続いて来た緑の天蓋が途絶え、ぽっかりと丸く開いた空間に、春の野を彩る花々が咲き誇る場所。
 いや、各種の神話が伝える、極楽や天国と呼ばれる場所は、このような場所の事を指すのかも知れない。

 リューヴェルトには、そう思える場所で有った。

「ここが、龍穴と言う場所か……」

 方角。ハクと言う少女に教えられたおおよその距離。
 更に、これまで走り抜けて来た、妖樹に守られた緑のトンネルがここで途絶えた点。

 そして何より、森が放つ禍々しいまでの死の臭いを、この場所だけは感じる事がない。
 まるでその(おびただ)しい花々の生命が、周囲に満ちる死を宥めているかのように感じられる場所。

 ここが目的地。西に存在する龍穴とみて間違いない。

 花に溢れた世界の中心に向け五歩進み、その場で周囲を一周分見回してみるリューヴェルト。
 月の光りが降り注ぐこの地は、神聖にして、侵すべからざる雰囲気も持って居るのは間違いない。
 そして、其処から更に、一周分、確認の為に視線を巡らせようとした瞬間、

「おや、もう到着なさって居たのですか?」

 
 

 
後書き
 何か、益々百合の色が出て来るような気もしますが。
 それに、所々に意味が判り辛い部分が存在していますが。
 判らない個所は読み飛ばしても、この物語的には問題は有りません。

 但し、私が書いて居る、もしくはこれから先に更新する話の中に、この話と繋がっている話が存在している、と言う事だけは確かです。

 私が輪廻転生と言う題材を扱うと、これぐらい長い物語で、複雑怪奇な繋がりと成る、と言うだけの事ですから。

 それでは次回タイトルは、『耳元で甘く囁くのは魔物だそうですよ?』です。
 
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