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銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師

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同盟議会緊急国防部会

 同盟議会の安全保障部会に陣取る無数のカメラが、その状況を無言で物語っていた。
 かつて人形師が建設途上に破壊したイゼルローン要塞がついに現れたのだから。
 その対策と方針を説明する為の緊急部会は生放送で流され、現在でも60%もの視聴率を勝ち取っていたのである。

「まず、先に国防委員会より、同盟市民およびその代表者である議員諸君に現状の説明をさせて頂きます。
 結論から申し上げると、イゼルローンに要塞ができた所で、わが国の方針は変わる事はありません」

 議場にて啖呵をきって見せたのがトリューニヒト国防委員。
 新進気鋭の若手代表格として、国民の不安を払拭するのにうってつけの人材なのは間違いがない。
 もっとも、それを議場見学席から生で見ているヤン中佐からすればたまったものではないが。

「国防委員にお尋ねしたい。
 イゼルローンに要塞、つまり整備補給ができる拠点ができた事で、帝国からの軍事圧力は間違いなく増すと思われるがそのあたりはどう考えているのか?」

 部会出席者の議員の発言に即座に手を上げて発言を求めるトリューニヒト国防委員。
 また絵になるから彼の姿をカメラは捕らえて離さない。

「具体的な発言は軍の方から説明させましょう。
 どうぞ」

 トリューニヒト国防委員に促されて、参考人として席を立つのは緑髪の少将の階級をつけた女性だった。
 主演がヒロインを紹介するかのようにトリューニヒトは席を譲り、彼女は淡々と事実を説明する。

「まず、軍内部でまとまった帝国の意図について説明します。
 この移動要塞をイゼルローンに配置した意図は我が国への攻勢より、我が国への防御の側面が強いと判断しました。
 その理由は、お手元のモニターに送ってあります」

 見学席にも配信されているらしく、ヤンの手持ちモニターにその理由が分かりやすくまとめられていた。
 なお、その理由の元ねたはヤンの頭から出ていたイゼルローン回廊制圧作戦だったりするのだが。
 で、そのネタ元であるヤンは自分の出したネタが行き着く責任を見届けようと、有給までとって私服でこんな面白くない所に座っている訳で。

「帝国は内戦のダメージ回復の為、我が国からの軍事圧力を受けたくありません。
 そのダメージ回復には治安の改善、つまり航路の安全確保が絶対条件です。
 ここに要塞を置くことで、打撃を受けるのは我が国ではありません。
 海賊達です」

 フェザーン回廊はフェザーンという第三国がある為に、海賊達も無法で通る訳にはいかない。
 戦地という危険はあるが、イゼルローン回廊は海賊達のメインストリートだったのだ。
 もちろん、帝国を荒らすならという前提で、同盟は海賊の支援もしていたりもする。
 ほとんどが先の内戦から帰ってこなかったが。
 議員の一人が発言を求める。

「参考人の説明については了解した。
 では、帝国が内乱の傷を癒して我が国にその軍事力を行使した時の対策は用意しているのか?」

「現状、帝国軍の侵攻兵力は最大で30000隻と見積もっています。
 これが、イゼルローン要塞を使用した場合、50000隻まで膨れ上がるだろうと、統合作戦本部では予測しています。
 ですが、この兵力ならば現状の防衛計画で十分に対処可能です」

 彼女の断言にカメラのフラッシュがたかれる。
 もちろん、彼女がメインでトリューニヒトが背後に写るように。
 さしあたって一面は『同盟軍 イゼルローン要塞に対して対応策あり!』あたりか。
 ヤンがそんな事を考えていたら、とんとんとヤンの肩を叩く者が。

「ヤン中佐ですね。
 よろしければ、下の席でご見学なさいますか?」

 緑髪の政策秘書官が業務用スマイルでヤンの耳元に囁く。
 この手の非公式の命令を断っても問題はないのだろうが、ヤンはため息を一つついた。

「特権を使って特等席で見るつもりはないよ」

「ネタ元に対して特等席を用意しなかったら、礼儀にかないませんわ」

 しかし、どうして自分を見つけられたのかと考えて、議場にある監視カメラに気づく。
 ここの警備システムにも彼女達はアクセスできるのだった。
 無数にあるカメラから情報を解析し監視する超高度情報化社会。
 それが自由惑星同盟の一側面である事もまた現実なのだった。

「私服だけど大丈夫かな?」
「制服を用意させますのでご安心を」



 
 用意された制服を着たヤンが議場の参考人席の空いている椅子に席をおろす。
 統合作戦本部から派遣された軍人達はちらりとヤンの姿を見たが、それ以後は視線を合わせようとはしない。

「既にお姉様が説明済みです」

 ヤンの後ろに座った政策秘書が苦笑するのだが、ヤンはそれを見ようとはしない。
 今、まさにヤンがこの場にいる理由を、そのお姉様が説明していたのである。

「帝国で内乱が発生した時、後方勤務本部からイゼルローン回廊制圧作戦計画が提案されました。
 その作戦案はお手元に添付してありますが、この作戦の狙いは『帝国軍を一枚岩にさせて内戦の早期終結を狙う』事でした」

 その爆弾発言に議場内がざわつく。
 もちろん、その全貌は添付された作戦案に書いてあるのだが、彼女の説明はよどみなく続く。

「つまり、内乱でどっちが勝とうとも同盟には関係ない。
 ただ、こっちに火の粉が飛んでくるのは困るから早く消火してくれというのがこの作戦案の狙いです。
 この作戦案から分かるとおり、帝国への侵攻はかえって帝国に危機感を与えて、内乱で分裂した帝国指導者層が一体化する危険を孕んでいます。
 現状において、統合作戦本部ではイゼルローン要塞制圧および破壊作戦を立てる予定はありません」

 ざわつく議場。
 たかれるフラッシュ。
 強硬派や融和派からは野次や罵声も聞こえる。
 ヤンが立てた作戦案が、政治的理由として議場に上がる。
 出世欲のある人間ならば晴れ舞台にも等しいこの茶番劇をヤンは覚めた目で見続けていた。

「浮かない顔だね」

 後ろの声が、政策秘書の雇い主であるトリューニヒト国防委員に代わっていた。
 議長は『静粛に!』と木槌を叩いているが、ここが強硬派も融和派も見せ場なだけあって、少々のざわつきは既に双方から合意を取り付けている。
 茶番劇の正体である。

「まぁ、こんな形で名前を出されるとは思いませんでしたから」

「安心したまえ。
 出世に響くような事はないと私が保証するよ」

 ヤンはトリューニヒトの顔が見れなくて本当に良かったと心の底から感謝した。
 多分、ひどい事になっているのだろうから。
 議場では、人的資源委員が今後に発生するであろう大規模戦闘における人的損失を説明していた。

「で、こちらが人口から算出される兵員供給データです。
 社会負担をかけずに軍事関連に供給できる人間数は人口の5%が限界です。
 その為、現在の同盟人口約200億の5%にあたる10億人が同盟軍の最大兵員数となります。
 この10億の内、後方部隊を除いて前線に送れる兵力は10%ですのでおよそ1億。
 これ以上の損害をこうむると、社会が打撃を受けることになります」

 緑髪の彼女達しか知らない原作では、同盟人口は130億だった。
 同じ計算をすれば、前線に送れる兵力は6500万でしかない。
 そりゃ、アムリッツァの大敗で2000万も失えば国が傾く訳だ。

「一回の大規模戦闘で失うだろう人員の最大総定数を100万と仮定した場合、侵攻準備に四半期の準備期間が必要になります。
 その為、年三回の大規模戦闘で300万の損失を想定。
 これに定年退職者などを含め、同盟軍は年1000万の人間が常に補充されないと戦力を維持できないでしょう」

 人的資源委員の説明を聞いてヤンは頭が痛くなる。
 年間1000万の人間が何も生まない軍関連の人員に消費されるのと同義語だからだ。
 そして、この1000万という人間の数は、中規模星系政府の総人口に匹敵する。
 だからこそ、この茶番劇はその終幕に向かって加速する。

「現在、アンドロイド及びドロイドが400万体存在し、この補充を補っています。
 更に、AI搭載艦船を計画しており、このAI搭載艦船だと人員は通常の半分にまで減らせます。
 艦隊編成をこのAI搭載艦に一部置き換えた場合、人員は100万をきる事ができます。
 消耗における人的資源損失を軽減でき、艦船更新に伴う産業への波及効果は軍が消費していた人的資源を雇用できるに足りる経済効果を生み出す事になります。
 市民および議員の皆様、この拡充計画とその緊急予算案に是非賛同してもらいたい」

 最後の締めとばかりにトリューニヒトがその本題を口にすると万雷の拍手が全てを物語っていた。
 それを苦々しく見ていたヤンが毒舌を吐く。

「で、トリューニヒト氏の懐に幾許かのリベートが入ってくるか」

「あら、別にいいじゃないですか」

 後ろにいた緑髪の政策秘書は目聡くヤンの毒舌を聞いていたらしい。
 その口調が楽しそうなのがまた癪に障る。

「そのリベートで同盟軍の将兵が犠牲になると考えるとね」

「そのリベートごとき問題にならないだけのリターンを得られたのならば、政治は大成功ですよ。
 ヤン中佐は聖人君子でいらっしゃるので?」

 声のトーンに双方皮肉が入っているのはそれぞれ確認済み。
 トリューニヒトが議場で注目を浴びている瞬間、誰にも聞こえない舌戦はこうして幕を開けた。

「まさか。
 だから政治には近づかないようにしているのさ。
 己の最も醜い場面を見せ付けられるからね」

「でしょうね。
 政治は軍事と同じく結果が全てです。
 この提案で、一個艦隊あたり20万人の人員が削減できます。
 100万近い人間を戦場に出さない事は、一回の戦闘に大敗するのと同じだけの効果があるのは否定しませんわよね?」

「ああ。
 それは納得しているさ。
 ただ、私は気に入らないだけなんだ」

「貴方の作戦案をダシにされた事ですか?
 それとも、貴方の知恵や努力なんてものが簡単にねじ伏せられてしまう、戦略や政治という大局がですか?」

「……」

「せっかくいらしたのですから、
 ダシにしたお礼に一つだけ機密をお話しますわ」

 それは人形師が彼女達に与えた、原作知識から来る監視の報告だった。
 原作をここまでいじくった彼女達のある意味贖罪の為の情報提供は、ヤンに新たな知的興奮とその発案者の名前を強く刻んだのであった。

「イゼルローンに要塞が置かれてから、内乱で下落傾向の帝国国債が反転、急騰しています。
 この急騰で財を成した人物の一人に、寵妃の弟であるラインハルト・フォン・ミューゼル男爵がいらっしゃるそうで。
 あの難民問題で苦労していた彼は経済的に一息つけそうなんですが、どうもレンテンベルク要塞をイゼルローンに持っていったのが彼じゃないかと情報部では推測しています」 
 

 
後書き
 ちなみに、原作における人口は、帝国250億 同盟130億 フェザーン20億。
 20年近い休戦状態を作り出した結果、帝国300億 同盟200億 フェザーン100億ぐらいになっていると設定。
 若年人口がやっと社会の第一線に立とうとしているから、戦争による人的資源の回復はこれからと言った所。

9/28 アムリッツァの損害が2000万だったので修正。 
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