銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師
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ヴァンフリート星域会戦 その一
前書き
設定とネタで一話終わってしまった……
宇宙における戦闘で気をつけないといけないのは、平面戦闘ではなく、空間戦闘であるという点にある。
つまり、中央に本隊をおいた場合、右翼・左翼だけで応対できず、上翼・下翼までつけないといけないからだ。
で、ここからがさらに厄介で、我々人類が宇宙において戦闘をする場合、恒星系という概念に縛らせる。
中心に自ら光を発し、その質量がもたらす重力による収縮に反する圧力を内部に持ち支える恒星が存在し、その重力の影響下に惑星が軌道を作る訳で。
何がいいたいのかというと、恒星系というのは宇宙空間において高密度に『ゴミ』が多いのだ。
そんな中にワープで突っ込もうものならば、大事故が起こりかねない。
かくして、人類が恒星間航行を手にしてから、幾多の大事故と犠牲者の上にルールを作り上げる事に成功する。
1) 恒星間航行を行う船は、恒星系における短距離ワープを硬く禁止する
ワープアウト先が石の中ならばまだ幸せで、ガス星に突っ込んで恒星にしてしまうなんて事故がないようにという配慮である。
そんな事を軍事利用した輩もおり地球とシリウスの星間戦争末期では、無人の地球艦によるカミカゼワープによってある程度の惑星やコロニーに被害が出た結果とも言う。
地球のあの最後はこれまでの所業だけでなく、末期の自暴自棄的自滅も関わっていたり。
2) 恒星間航行を行う船は、ワープイン・ワープアウトを恒星重力圏外にて行う
極力事故を起こさないために必要な配慮であり、同盟軍においてはワープ機能を持たない護衛艦の行動限界距離でもある。
その為、恒星間航路においては、この恒星重力圏外――ジャンプ・ポイント――を確保、管理できるかというのが重大な焦点となるのだが、思い出して欲しい。
宇宙空間というのは空間であるがゆえに、ジャンプポイントはとてつもなく広い。
ここに経済という物差しの出番がやってくる訳だ。
もう少し補足すると、ワープは今でも娯楽として続けられているゴルフにたとえられる事が多い。
要するに、何処に飛ばしたいかでクラブ(ワープエンジン)を変える必要があるからだ。
そして、軌道上をかなりの速度で回っている惑星やさらにこの中で高速に回っている衛星やコロニーに直撃させるのは、ホールインワンを狙うようなものと士官学校では教えられている。
つまり、『出にくいが出ないことはない』レベル。
その為、各星系の警備関連の仕事の大部分は、海賊退治や救難要請よりも漂流しているごみ掃除と短距離ワープで惑星などを狙いやすいジャンプポイントの監視が大部分の仕事となっている。
3) 航路誘導宇宙ステーション(通称灯台)管制官の指示に従う
この組織は、人形師が政権を取った時にいの一番にフェザーンを巻き込んで帝国に働きかけて国際条約(もちろん、表向きにできないのでフェザーンの提案に帝国と同盟が個々に乗ったという形になっている)にした経緯がある。
彼ら灯台が仕事ができないようだと戦後の復興すらままならないから、これらの灯台を中立機関として位置づけたのである。
その結果、この灯台にて非公式会合や捕虜交換などが行われ、中立系メディアのスクープ等幾多の物語が生まれるのだがそれはおいておこう。
原作を知っていた人形師はフェザーンが占領されてここの航路データが同盟征服に利用された事を知っていたが、あえてこの重要情報を自分の手の届かない所に置いたのはこの中立性を期待したからだ。
踏み潰して接収するのはたやすい。
たが、それをすれば『善意で動く連中』を敵に回す。
第二のルドルフを狙うのならばそれもありだろうが、健全な批判勢力となりうる彼らを力づくで従えるデメリットを、これから出てくる綺羅星の将星達が理解できない訳がない。
恒星系重力圏ぎりぎりの所に設置されたこれらの宇宙ステーションがジャンプポイントの管理を行い、船舶を経済的な航路に乗せて目的地に導いてゆくのだ。
専制国家ゆえに貴族の横暴と官僚組織の肥大化が激しい帝国では、この灯台守の維持と中立がなかなか守られずに物流の硬直化の一因となっているが、フェザーン星系などではあまりに大量の船舶を裁く為に航路管制官にファンがつく始末。
そんな航路管制官がクラスチェンジする管制主任ともなると、
「フェザーンの黒いあんちくしょう」
「キャーカンセイシュニンサーン」
とファンが黄色い声をあげるんだとか。なんとか。
話がそれた。
これらは民間航路の話である。
では、交戦地域星域の場合どうするのか?
実は結構守られたりする。
先にも言ったとおり、灯台はある種の中立が求められるから、戦場が領国内である同盟はこの遵守に拘った。
一方、帝国はこの灯台を占拠して貴重な航路データを得た事も何度かあったが、そのたびに激怒したフェザーンからの経済制裁を食らったのである。
で、それが帝国の宮廷政争の餌になり、灯台占拠を命じた人間が左遷されるという報復が分かるようになると自然と攻撃の手も緩まる。
加えて損傷激しい帝国艦がこの灯台に逃げ込み、艦船は同盟が押収したが船員はフェザーン経由で帰還できたなど、帝国もこの中立機関の効能に気づいて手を出さなくなっていった。
とはいえ、流れ弾やミサイルが当たり犠牲者が出る事もあるので絶対安全とはいえないのだが。
「ワープアウト。
ヴァンフリート星域灯台からの航路誘導波キャッチしました。
司令部に転送します」
「了解。
こちらの航路データと照合。
修正します」
同盟と帝国の人間を同数入れたフェザーン企業によって運営される灯台は、その最新航路データを航行艦船に送っている。
特に、このような戦場域での灯台の設置は同盟も帝国も懸念の声が上がっていたが、フェザーン側の強い要望で設置したという経緯がある。
その意味を、新型巡航艦ラトの艦長であるヤン中佐が艦長の机の上に座ってぼやく。
「フェザーンは、これから戦闘が激しくなると読んでいるんだろうな」
(正確には、激しくさせると言った所か)
あえて呟かなかった事を考えるためにヤンは頭に載せているベレー帽越しに頭をかく。
フェザーンは先の帝国内戦で敗者側に全額投資して大惨敗を喫したばかりである。
商人国家だから大損をどこかで回収する算段なのだろうが、とりあえずイゼルローンに帝国軍の要塞が置かれた事による軍事緊張を使って何かするつもりなのだろう。
だが、その何かまでヤンは分からない。
同盟は現状においてイゼルローン攻略戦を行うつもりはまったくない。
帝国は外征よりも内乱の傷を癒す為の時間を欲している。
次々とワープアウトするヤンが所属する第五艦隊艦艇を眺めながら考えていたヤンが、ひときわ新しい艦隊母艦の姿を見て口笛をふく。
「どうしました?艦長?」
「なに、美しい船だと思ってね。
ケストレル……だっけ?」
「はい。ケストレルです」
緑髪の副官もヤンが眺めるモニターを一緒に眺めるがこの船は艦隊母艦ではない。
ケストレル級航宙母艦一番艦。ケストレル。
そのコンセプトは単純明快。
『搭載量が命の宙母ならば、艦隊母艦の船体で宙母作ってみたらよくね?』
10000メートルの艦隊母艦用船体を使った結果、これ一隻でスパルタニアン3000機を運用できるという文字通りの化け物宙母。
もちろん、強襲揚陸艦も搭載可能になっており、近距離の殴り合いにおいて無類の強さを誇るだろうという触れ込みで作れた船。
予算案が通った事によって、艦隊人員の削減とAI艦の搭載が決定している為、当時偽装中だったこのケストレルはその実験艦とされたのである。
複数のスパルタニアンを同時にコントロールできる無人AIシステム『メイヴ』を搭載してはいるが、スパルタニアン半分は有人パイロットが操縦していたりする。
最初は完全全自動を目指していたのだが、それに異を唱えた四人のパイロットが模擬戦にて『メイヴ』システムに完勝してしまった為である。
そのパイロットの名前は、
オリビエ・ポプラン
イワン・コーネフ
ウォーレン・ヒューズ
サレ・アジズ・シェイクリ
の四人で、いまや同盟軍のトップエースとなった連中である。
『メイヴ』の学習が追いついていないのか、人間に出てくるある種の天才に究極の汎用性であるAIが対応できないのか研究者の間でもこの模擬戦の評価は分かれているという。
このあたりはケストレルを旗艦にしている分艦隊司令アップルトン中将の腕の見せ所だろう。
今回の任務は、ある意味ケストレルの為に作られたと言っても過言ではないのだから。
「今回の任務はヴァンフリート星域に作られた、帝国軍の基地への攻撃だ。
敵基地はイゼルローンの要塞防衛の拠点のひとつとして整備された可能性が高く、ここを攻撃する事によって敵の出方を見るというのが任務となる。
基地の攻撃が主軸ではなく、あくまで帝国軍の出方が目的だから履き違えないように。
ケストレルのスパルタニアンがヴァンフリート4=2にある敵基地を攻撃。
残りは来るであろう帝国軍の後詰を叩く。
作戦期間は攻撃開始から一週間。
距離的に考えて、基地攻撃から三日で帝国軍がやってくる可能性が高い。
皆、気を緩めないで任務に励んで欲しい」
巡航艦ラトはその下に百隻ほどの駆逐艦がつけられている。
彼らを生きて故郷に帰すのもヤンの仕事なのだ。
敵が内戦の傷を癒すために防御しているのは分かっている。
その為にイゼルローンに要塞を持ってきたのだから。
だが、要塞を最前線にするつもりは帝国軍も考えてはいないだろう。
要塞を拠点にして警戒拠点や防御拠点を作り、同盟軍の攻撃を可能な限りひきつけて消耗させる必要がある。
それは同盟軍から見ると、これらの拠点が侵攻用になりかねないので潰す必要がある訳で。
「要塞には手を出さないが、要塞に直接攻撃できる環境は維持する必要がある」
というのが同盟軍の基本方針となった。
そうなると、本来ならば分艦隊、もしくは戦隊対処の戦闘で十分なのに一個艦隊を用意したのはいくつか理由がある。
まずは最初だからというのが大きく、レンテンベルク要塞で整備・補給ができる15000隻全力出撃に応対するという必要があるからだ。
その為、作戦開始から三日後には、第二艦隊もヴァンフリート星域近くで『演習する』という念の入れよう。
次に、ヤンも言ったが同盟軍が要塞に対するアクションを起こす事で、帝国がどのように応対するか見極めるというのが一つ。
現在でも帝国軍は無理をすればという注釈つきだが、50000隻近い船で同盟に侵攻する事ができる。
この侵攻戦力をこの手の小規模戦闘で少しずつ間引いていこうという作戦を統合作戦本部では立てていた。
こちらが無理せずに投入できる艦艇は75000隻。
相手が50000隻ならば防衛戦とはいえ少し心もとないので削っておこうという訳だ。
この50000隻にレンテンベルク要塞の防衛艦隊が出る事はないだろうが、防衛艦隊が消耗し整備・補給に追われれば、それだけ侵攻艦隊の船が減るからだ。
最後はやっぱりというか、ある意味同盟の宿命なのだが、政治である。
帝国に要塞を置かれましたが何もしませんでは市民が不安がるのも無理はない。
対策があると議会で大見得を切った以上、目に見える成果が必要だったのである。
それを、損害の激しい要塞の攻撃ではなく、要塞攻撃ができるように前線の基地攻撃によって政治的得点を作り出すという所で、政治家と軍人が折り合った政治的妥協を知っているヤンはその時点で頭が痛くなるが誰も助けてはくれない。
なお、こんな妥協を作り出した緑髪の軍人及び政策秘書のお言葉を披露すると、
「要塞を攻めてもいいですが、ハイリスクですよ。
将兵が有権者である事をお忘れなく」
の一言と人的損害と各選挙区の有権者人口データをつきつけて説得したらしい。
一会戦で中規模都市の有権者がまとめて消えるという事実は、人口の少ない辺境部にとっては死活問題になりかねず、しかも辺境部の主要産業が軍関連だから国防族議員はのきなみ多数の人命が失われる要塞攻撃に反対。
逆に、首都星系の議員は無党派を相手にしているので要塞攻撃を強行に主張するなんて光景が見られたりするが、彼ら無党派は友愛党政権の具体策無き理想の無様さを知っているので、現実的落とし所に納得していた。
「時間です。
ケストレルの攻撃隊発艦します!」
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