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銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師

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カストロプ公国建国式典

 式典嫌いなヤン中佐が堅苦しい礼服に身を包みながら、惑星ウルヴァシーのフェザーン行政府内で行われたカストロプ公国建国式典に出席しているのを見ると、自業自得という言葉を緑髪の副官は飲み込んだ。
 炭鉱のカナリアとしてかの姫君の乗艦に単身乗り込んだのだから、礼儀的に招待状ぐらいは出す訳で。
 ありとあらゆる理由をかこつけて出席を渋る彼を先輩と上司の連携プレイで出席に追い込まれたのだから、姉達の警告どおりこの二人には逆らわないようにしようと副官はこっそりと握りこぶしを作る。
 もちろん、そんな副官の様子なんてヤンが気づくわけが無い。
 彼の目の前には亡命貴族を中心とした、華やかな帝国貴族社会が絢爛に写っていたのだから。
 何故カストロプ『公国』なのかというと、同盟の帝国崩壊後を見据えた戦略の為だったりする。
 同盟外務委員会は、銀河帝国との戦争終結後に分裂しているだろう諸国家との外交関係樹立の為に作られた組織である。
 同盟には、いやこのプランを立てた人形師は、同盟がはなから銀河の半分たる銀河帝国の統治なんてできないと割り切っていた。
 その為、戦争終結後の銀河帝国がソ連よろしく諸家群に分裂する事を狙っていた。
 まぁ、銀英伝世界はどうも冷戦がそのまま核戦争に繋がった世界の可能性もあるから、ソ連崩壊が起きていない可能性もあるのだがそんな記憶は今となっては探るのも難しい。
 その時には神聖ローマ帝国とでも言い逃れたのだろうが。

「人口十万、コロニー一つの大公国ですか」

「もう少し人間を減らしたかったのですがね。
 お久しぶりです。ヤン中佐」

 かけられた声の方に振り向くと、ワインを片手に礼服に身を包むベンドリング中佐。
 その姿にヤンは作り笑いを浮かべた。

「お久しぶりです。ベンドリング中佐。
 どうしてこちらに?」

「私も貴族ではありますが、軍人生活の方が板についてしまって。
 それで、ヤン中佐に話しかけた次第」

(壁の花と化していた同盟軍人に声をかけて楽しんでもらおうという訳か。
 ホスト役も大変だ)

 そんな事を隣に控える緑髪の副官が思っても口に出すわけも無く。
 ヤンと同じ同盟軍礼服を来た大尉は二人の会話に口を挟まない。

「それはどうも。
 壁の花でおとなしくしていようかと思って。
 何しろあの世界はまぶし過ぎて」

「あれでも、帝国中枢の舞踏会に比べたら。
 本当ならば、イズンにて内々にしたかった所なんですよ」

 それだけの豪華絢爛なんてものは金よりも時間と権威によって作られる。
 凄く失礼極まりない言い方をすれば、このカストロプ公国建国式典はフェザーン主導で行われた事もあって成金の見栄の粋から出ていなかったりする。
 過去多くの帝国貴族、または皇族にいたる帝国上流階級が政争に敗れてフェザーンの地に流れていったが、彼らとカストロプの違いは一つしかない。
 亡命者は身一つで流れたのに対して、カストロプ公爵となるエリザベート嬢は全てを持ち出してこの地に逃れてきたのだ。
 国家の最低条件は領土と国民と武力、そして他国の承認である。
 艦船乗員および帝国からの亡命者の受け入れによって国民を構成し、武力は戦隊規模と過去の亡命者の中でも群を抜いている。
 そして領土だが、カストロプ公爵はフェザーン所有の完成寸前のコロニーを購入して領土とする事で国家を作り出したのである。
 宇宙は無限に広がっており、領土なんてものは作ろうと思えばいくらでも作れるのだ。
 何よりも、カストロプ公国を同盟もフェザーンも望んでいたのである。

「とはいえ、仕事から艦隊の一部はこの惑星ウルヴァシーに駐留する事になりますがね。
 コロニー内の館の整備が住むまでは、公爵様にはイズン暮らしを強いてしまうのが心苦しくて」

 カストロプ公国の産業は物流と投資業務によって支えられる事になっている。
 物流は艦隊を使ったフェザーンの傭兵家業と運送であり、投資は前カストロプ公がフェザーンに隠していた莫大な隠し財産の運営である。
 とはいえ、国と艦隊を維持するには莫大な金がかかるので、最低限の国民でスタートするあたり無能ではないのだろう。
 何しろ、フェザーンの傭兵達は多くが帝国内戦に参加して敗北し帰ってこなかったのだから。

「しばらくは景気のいい話が続くんでしょうな。
 フェザーンから帝国に出て行った傭兵・海賊連中の大部分が未だ未帰還でしたっけ?」

「ええ。
 彼らが宇宙の塵に消える所を私と公爵様は見ていますから」

「ああ。
 フェザーン傭兵軍を叩き潰したのがグリンメルスハウゼン提督でしたか」

 帝国内戦の終結時、隻数にして三個艦隊近い傭兵を送り出していたフェザーンはそのほとんどを失って大パニックに陥った。
 フェザーン正規軍二個艦隊と大規模攻撃衛星でフェザーン本星は守られてはいたが、帝国政府との交渉は終始劣勢でフェザーンが持つ帝国債務の一部放棄を飲まされるなど外交的に苦しんでいたのである。
 なお、同盟政府はフェザーンに対して鹵獲した帝国艦船の有償譲渡や、旧式艦船の売却等でフェザーンが著しい不利にならないように配慮していたり。
 これら同盟とフェザーンの外交関係の成果がこのカストロプ公国である。
 フェザーンは彼女が持つ武力を取り込んで戦力再編と同盟との外交的緩衝地帯を欲したし、同盟も帝国崩壊の為のモデルケースと政治的プロパガンダを求めた。
 だからこそ、外交儀礼は全て帝国式になっていたりする。
 フェザーンは帝国の自治領だし、帝国崩壊後にできる国家エリート層は帝国貴族が担うだろうからだ。
 その結果、外務委員会は亡命した貴族の再就職先としても働いていた。
 後一つ、ヤン曰くまぶしすぎるこの場の原因ともなっていたのだが。

「公爵の周りに集まっている貴族の皆様の中に、公爵の心を射止める方はいらっしゃるのでしょうかねぇ」

 完全に人事なのでヤンが気楽そうに呟くと、ベンドリング中佐も苦笑する。
 カストロプ公エリザベートは女性であり、血を残すのであれば夫となる男性を必要とする。
 かくして、亡命貴族達は尾羽朽ち果てたにもかかわらず、再度着飾って彼女の心をつかもうと奮迅していたのである。
 そんな孔雀の群れの中に入る気はヤンは毛頭ない。
 
「いらっしゃらないでしょうな。
 我らが建国に際して人口を絞った事実を考えれば、先は見えると思うのですがね」

 その言葉にヤンが眉をひそめて、質問をはなつ。
 その声に不信感が乗っているのは帝国内で起こっている情報に接していたからに他ならない。

「失礼ですが、ベンドリング中佐もコーディネーターですか?」

「あいにく、人以上の力を持つようなコーディネーターではありませんが。
 コーディネーターそのものが定義されるのは公爵様の世代からでしょうな」

 あえてヤンが問いただしたコーディネーターだが、人以上の力を純粋に持っている。
 具体的に言うならば、喧嘩で人三人を相手にしても勝てるぐらい。
 だが、裏返すとそれだけなのだ。
 人三人で勝てないならば、四人、五人、六人と人を集めればいい。
 近代戦というのは究極的にはそんな世界なのに、よりにもよってコーディネーターが特権階級についてしまった。
 まだ兵士としてその力を振るえば戦争は変わったのかもしれないが、百万単位の人間を指揮するような艦隊戦において、人の三倍の能力というのがどれほどの役に立つか。

「という事はフレーゲル男爵の一件はご存知で?」

「あれだけニュースになれば知らぬとは言えぬでしょう」

 帝国内戦の後に勝者となったブラウンシュバイク公爵は敗者の領地の管理を大部分任されて広大な領土を持つ貴族の第一人者となった。
 で、事件は一族の一人であるフレーゲル男爵の治める惑星で発生した。
 彼は、統治惑星内の農奴だけでなく領民全員を売却し、領内惑星から追い出したのだ。
 もちろん、領民は反対し暴動が発生したが、ドロイド兵の投入によってこれを鎮圧。
 百万近い人間が難民となってしまっていたのである。
 そして、この事件はコーディネーター系貴族が統治する他の星系にも波及。
 労働市場の暴落まで伴う大問題に発展しようとしていたのである。

「フレーゲル男爵は帝都での釈明において、領民である彼らを不良債権と言い切ったそうですよ」

「それはそれは」

 フレーゲル男爵の理屈はこうだ。
 人間など信用できないし、仕事は機械より遅い。
 ならば、彼らの代わりにドロイドを中心にした機械に仕事をさせれば、領民を養う社会保障費などいらないではないかと。
 この発言のやっかいな所は、それが正しいという一点につきる。
 宇宙開拓が進み、それが当たり前のこの時代の惑星というのは、惑星そのものが資源なのである。
 だから、その資源開発を機械にさせて、少数の人間によって管理するのは経済的にはまったくもって正しい。
 おまけに、その管理層が人以上の能力を持つコーディネーターである。
 事実、フレーゲル男爵領はこの領民売買にて得た資金でドロイドを大量購入し、資源開発を開始するとその経営は帝国屈指の水準に達する。
 彼がブラウンシュバイク一門である事よりも、その領地経営の実績によって彼の問題は不問とされたのである。
 代わりに、大量発生した難民問題を帝国政府が解決しなければならないというジレンマに陥ったのだが。

「まあ、この後帝国が荒れないのでしたら、フレーゲル男爵の理論も正しいのでしょうな」

 ヤンの抑揚のない声に、ベンドリング中佐が笑う。
 それを確信しているからこそおかしそうに。

「それを許すつもりなんて同盟政府はまったくないのでしょう?」

「ええ。
 わが国にも飛び火しかねない人種問題なんてまっぴらですからね。
 私個人の発言ですが、領地経営に苦しむミューゼル男爵を応援したいところですよ」

 対照的なのが、グリンメルスハウゼン伯爵の代官として旧クロプシュトック領の統治を任されたラインハルト・フォン・ミューゼル男爵で、徹底的に略奪され破壊された旧クロプシュトック領の統治と急増する難民問題に頭を抱える羽目になった。
 彼自身は、

「大衆に必要なのは公平な裁判と公平な税制度があればいい」

と、その核心を見抜いていたがそれ実行に移せる人材と予算が決定的に欠けていたのである。
 この内乱で忠誠を誓ったミッターマイヤー・ロイエンタール・ワーレン等を使って行政の再建に乗り出そうとしても回りきれるわけも無く。
 近隣海賊の討伐で宙域の安全を確保し、内乱時に大破して廃棄予定だった艦船を払い下げてもらって仮設住宅として用意してひとまずの体裁を整えたが、そこから先で躓いていたのである。
 で、ここで出てきたのがカストロプ一門のマリーンドルフ家。
 一人娘のヒルダを差し出し、寵妃である姉の嘆願によって彼と彼の家臣団をこき使う事によってようやく再建にこぎつけようしていた。

「ままならない世の中ですな。
 正しい事が正解とは限らないなんて」

 ベンドリング中佐の声から何の感情もヤンは読み取る事ができなかった。 
 いや、読み取りたくなかったといった方が正しいか。
 なぜなら、この話には続きがあるのだから。
 行政再建のめどがついたミューゼル男爵達に今度はさっきあげた難民問題が降りかかったのだ。
 コーディネーター系貴族による領民追放問題で発生した難民数はおよそ一千万人。
 多くの領地で受け入れを拒否されるなか、ミューゼル男爵は受け入れ拒否をついに出さず、そのほとんどを受け入れる羽目になった。
 それは、再建途上だった行政だけでなく、財政までも破綻寸前に追い込み、彼は帝都にてその金策に奔走していたのである。
 その秀麗な容姿がフェザーンの銀行家に頭を下げ、他の貴族に支援を求めてにべもなく断られと、フレーゲル男爵の成功と対比して語られていた。

「成功すれば、一千万の領民は彼に忠誠を誓うでしょう。
 そこから兵になる連中はきっと彼の忠実な精兵になるのでしょうが、それを養う資金が無い」

「彼が今だ破綻しないのは、帝国政府が支援しているとか。
 彼が引き取った一千万の難民の行き先などありませんからな。
 ブラウンシュバイク公もフレーゲル男爵の成功を引き立てる為に、成功しない程度の支援をしているとか」

 帝国貴族社会はかくも陰湿なのであった。
 それに資本主義が絡むとどうなるか?
 最悪である。
 莫大な債務を抱える帝国政府。
 社会保障は行き詰まり、治安が悪化し、貴族という不良債権。
 効率を求めた官僚制度は硬直化し、政府の行動力は速度も力も国民を満足させられるものではなくなっていた。

「シスターズの娘達ですか。
 地球出身の企業連合の末裔が大手を振ってこの場に出てきているあたり世も末ですな。ヤン中佐」

「それを言われると耳が痛いですな」

 宇宙はあまりにも広く広大である。
 その為、星系間で商売をする場合、いやでも最低限の武力を持っていないと話にならない。
 そして、辺境部の開発は莫大な資本が必要になる割には、資金回収に時間がかかる。
 このような割の合わない開発業務を請け負える企業なんて、同盟帝国フェザーンの中を探してもそんなにはないのである。
 利益の追求の為に企業はカルテルを組み、市場を目指して同盟と帝国の間を暗躍していた。
 フェザーンは本来そのためにあるのだが、帝国の恨みを買いすぎており、彼らは新たな巣を探していたのである。
 ベンドリング中佐の言ったシスターズの娘達とは、地球統一政府を支えた金融・物流企業の連合体であり、地球の滅亡とシリウス政府の崩壊と混乱の中、分裂しながらも生き延びてフェザーンに根を下ろした地球教の表の顔である。
 人形師はその政権時代にフェザーンとの合同事業をいくつも起こしていたが、その事業請負先が彼女らシスターズの娘達、マーキュリー資源開発・マーズ物流・ジュピター金融ホールディングス・ヴィーナスメディアだったのである。
 彼女達は同盟内部でも圧力団体として働いており、同盟支社であるルナホールディングスは同盟議会にオブザーバー席を与えられるぐらい関係が深かったりする。

「おや、こんな所で730年マフィア最後のお気に入りに出会えるとは」

 こちらの会話を聞いた訳ではないだろうが、ルナホールディングス代表取締役であるアルマン・ド・ヴィリエ氏がこちらに声をかける。
 帝国貴族出身だが、やり手の彼によってルナホールディングスは同盟経済連合会の会長をつとめている。

「そのあだ名止めていただけませんかね。
 よばれるだけの功績を立てていないただの中佐ですよ。私は」

 苦虫をかみ下した顔でヤンがぼやくが、ヴィリエ氏は笑顔とその声色で今度はヤンを持ち上げる。
 この職になっていなかったらきっと大主教にでもなっていただろう。

「人に認められる、選ばれるというのは才能でもあるのです。
 その人が芽を出すかどうかは別にして、芽を出すように支援するのは選んだ人の特権であり義務なのですよ。
 そのぼやきは墓場の下にいる、730年マフィアに言っておあげなさい。
 多分、苦笑するのみで終わるでしょうから」

 更に苦虫顔になるヤンにたまらずベンドリング中佐が吹き出す。
 場が一度和んだ所で、ヴィリエ氏が本題を切り出した。

「少しご相談があるのですが、貴国にうちの会社を設立したいのですが、合弁という形で」
「うちを噛ませるという事は分け前は頂けるのでしょうが、何のご商売で?」
「辺境星系支援と開発業務を」
「……帝国の難民問題ですね。
 わが国に一千万の難民を受け入れられませんよ」

 ヤンが感じるほどに二人の間の空気が変わる。
 表情は穏やかなのに、互いに笑顔なのに、その間を流れる会話だけが底暗く、冷たい。

「市場を通じて同盟政府は百万人の難民支援を決定しました。
 帝国の労働市場からフェザーン経由で購入という形になるのでしょうが、その業務はわが社に委託されています。
 他星系に既に八十五万人振り分けました。
 貴国には十五万人を受け入れていただけたらと」

「それを受け入れるわが国のメリットは?」
「同盟最新鋭戦艦を含む、艦船供与」

 蚊帳の外に追いやられたヤンを尻目に、二人の男は手をがっちりと握る。

「これからも良いお付き合いを」
「細かい所は、実務者協議にて。
 では、ヤン中佐。失礼」


 その後、ヤンがこの会話を思い出すのは、この狸の皮算用が外れたからに他ならない。
 現在の彼は新型巡航艦ラトの艦橋にて、あの式典にも参加していた副官からの報告に耳を傾けていたのだから。

「間違いありません。
 イゼルローン回廊内、帝国軍の要塞を確認。
 該当データを照合した結果、レンテンベルク要塞と一致。
 彼らは、どうやら人形師の手を使って、あの要塞をイゼルローンにまで運んできたみたいです」 
 

 
後書き
ヴィリエ氏の名前は元ネタあり。
ビック・シスターズの娘を考えていたらセーラームーンとなってしまって苦笑。 
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