ファルスタッフ
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第二幕その二
第二幕その二
「御主人が家を空けられる二時から三時の間に御会いしたいとのことです」
「二時から三時ですか」
「そうです」
こう教える。
「その時間ですと貴方は奥様とお話ができますよ」
「ううむ、それはよきこと」
「ただし」
「ただし?」
「御主人には御気をつけ下さい」
忠告はする。ただしこれはかなり縁起だ。これによりファルスタッフに罠を警戒させないようにしているのだ。人妻なら夫がいる、そのことを言えばかなり違うものだ。それを言ってファルスタッフを現実の世界に入れてそこで動かすつもりでもある。かなり考えての言葉なのだ。
「御主人にですか」
「嫉妬深い方なので」
「うむ。それは承知」
クイックリーの言葉に頷いてみせる。実際に夫のことは頭に入れた。クイックリーの計算通りに彼は動いている。しかし本人は気付いてはいない。
「そしてもう一つ」
「もう一つ?」
「メグのことです」
「彼女がどうかされましたか?」
「あの方もなのです」
「ほう」
彼女にも声をかけていたのでまた身を乗り出すことになった。
「あの方もですか」
「ただあの方の御主人はいつも家におられますので」
「難しいのですな」
「可哀想な方です」
「それはまた。ところで」
「はい」
今度はファルスタッフが問うた。
「何でしょうか」
「御二人はお互いのことにはきづいていますかな」
「いえ」
「それは何より」
これこそファルスタッフの望む最高の状況だった。話を聞いてにんまりと笑う。
「宜しきことですな。それでは」
小銭を取り出してそれをクイックリーへ手渡す。つまりチップだ。
「少ないですがどうぞ」
「あっ、これはどうも。それではこれで」
「うむ、お疲れ様」
クイックリーは一礼してから退室した。ファルスタッフは一人になるとまずは小躍りした。その子供みたいな動作の中で自分自身に対して言う。
「行け、老いたるジョン。老いた御前の身体にもいささかの甘さは残っている。引っ掛かった女はわしの為に皆地獄行きだ。それも全てわしの魅力の為に。アリーチェと財布はこれでわしのもの、いずれはメグもまた」
「あの、旦那様」
「もう宜しいですか?」
「むっ」
小躍りしているところに扉の方からピストラとバルドルフォの声がした。
「何じゃ、もう戻って来たのか」
「旦那様と御会いしたい方がおられまして」
「男の方です」
「何じゃ、男か」
まずはそれを聞いて詰まらなさそうな顔になる。実に素直じゃ。
「男になぞ用は」
「お土産を持って来ておられますぞ」
「お土産とな」
「はい」
「キプロス産のワインです」
「ほう、ワインか」
二人は流石に主の好みがわかっていた。だからこそのここでのワインだった。
「お通ししろ」
「わかりました」
「ではフォンターナさん、どうぞ」
こうして二人にそのフォンターナが案内された。まずはお互いに一礼してからファルスタッフは上機嫌にジョークを飛ばしてみせた。
「酒の湧き出る泉ですな」
フォンターナは泉という意味だ。それを踏まえてのジョークだ。
「何よりですな」
「はじめまして、ファルスタッフ卿」
見ればフォードだ。偽名で来ているのだ。
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