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ファルスタッフ

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第二幕その一


第二幕その一

                  第二幕  洗濯籠の罠
 ガーター亭のロビー。あの肘掛け椅子に座るファルスタッフにピストラとバルドルフォが頭を垂れている。二人は何度も何度も懸命に謝罪している。ように見える。
「いえ、本当にすいません」
「反省しています」
「ふん」
 ファルスタッフはシェリーを木のカップに入れそれをごくごくとやっている。その赤ら顔で二人の話を聞いている。そのうえで彼等に言うのだった。
「猫が魚に誘われるみたいだな」
「といいますと」
「どういうことでしょうか」
「悪党が古巣に戻った」
 何か妙に思慮深い顔で述べるのだった。
「違うか?」
「いえいえ、滅相もない」
「やっぱり私達には旦那様だけです」
「主はか」
「左様です」
「ですから」
 蝿みたいに両手をこすり合わせて言う。
「もう一度、御願いします」
「どうか私達を」
「来る者は拒まず」
 ファルスタッフは鷹揚に一言出した。
「わしの人生哲学じゃ」
「有り難うございます、流石旦那様」
「感謝します。それでですね」
「何じゃ?」
「御会いしたい方がいるのですが」
 バルドルフォがこう切り出してきた。
「わしにか」
「はい、御婦人の方です」
「ふむ」
 それを聞いて少し考える顔になった。考える顔は哲学者に見えないこともない。哲学者というよりは胡散臭い破戒僧の方が似合う顔であるが。
「どうされますか?」
「通せ」 
 こう告げた。
「わかりました。それでは」
「どうぞ」
 二人が宿の扉を開ける。するとそこからクイックリー夫人が出て来た。実は彼等はグルというわけだ。
「こんにちは、ファルスタッフ卿」
「ええ、こんにちは」
 クイックリーは頭を下げる。ファルスタッフも椅子に座ったままそれに応える。
「お元気そうですね」
「少なくとも酒は美味いですな」
 そのシェリーを飲みつつ述べる。
「それで卿は何か?」
「内密のお話でして」
「内密の」
「宜しいでしょうか」
「わかりました。それでは」
 彼はその言葉を受けてまずは後ろに控えている二人にコインを数枚投げ与えた。そのうえで言うのだ。
「貰った金だ。好きに使え」
「どちら様からの浄財で?」
「そこの神父とカードをして勝った」
 勿論いかさまである。何も知らない純粋な神父を口車に乗せてそうして金を巻き上げたのである。
「それでだ。飲むなり何なりしろ」
「わかりました」
「では暫し」
 二人は消えた。ファルスタッフはそれを見届けてからあらためてクイックリーに顔を向ける、そのうえで彼女に対して問うのだった。
「それで如何様ですかな。内密とは」
「奥様のことで」
「奥様?」
「アリーチェ=フォードさんのことで」
「何と、あの奥方の」
 丁度狙っている相手だ。その名前が出て思わず声をあげてしまった。
「あの方もお気の毒に」
「また何かあったのですか?」
「貴方のせいですよ」
 悲しい顔を作ってファルスタッフに告げる。
「貴方がとんでもない色男だから」
「わしがですか」
「あの方はすっかり貴方に夢中です。お手紙を差し上げましたね」
「うむ」
 クイックリーの言葉に答えて頷く。
「それから夢中で。それに仰っていました」
「何と仰っていたのですかな」
 椅子から腰を浮かして問う。
 
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