シャンヴリルの黒猫
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57話「第二次本戦 (4)」
今度こそアシュレイは一巻の終わりだと、誰もが思った。彼が高位の魔道士ならあるいは、と思っても、もう遅い。彼は魔法の使えない剣士なのだ。
獣人は近接戦闘では滅法強いものの、総じて魔法に弱いという弱点を持っている。彼らと戦い勝つには、魔法が使えないと話にならない。むしろ、Aランクの獣人相手によく剣技だけでここまで保ったと誉めるべきである。
痛い思いをする前に、早く降参をすればいい――
ところが、アシュレイの両手はだらんとぶら下がったまま。そこでようやく観客も気づいた。
アシュレイの口角が、吊り上がっている。
「…気でも狂ったか?」
誰かがつぶやいた声は、静かな場内に響く。それに反する声が、また響いた。落ち着いた女性らしい美しい声は、濃茶のローブをすっぽりと被っている人物の声だった。隣には長い銀髪の少女が、手を組んでじっと舞台を見つめている。
「……いいえ、違います。アッシュさんは、勝つつもりです。いえ、勝てます。勝ちます、彼なら」
絶対絶命の選手の勝利を確信している女性の声に、近くにいた観客は顔を見合わせた。
「勝って、また飄々と笑いながら帰ってくるんでしょう?」
女性――クオリはそっと呟いた。その声を聞き取った者はいない。
******
向かってくるロボの牙。野獣化した今、彼の武器は両手両足に加え、牙と爪も脅威になっていた。
「……ッ」
ロボが地を蹴ると同時に横に飛んだ。
(場外に出て失格、とは流石にいかないか)
手足の爪がアシュレイの長剣の役目を果たし、地面には5本線の傷跡が4つできたのみだ。
避けても避けても弾んだボールのようにポンポンついてくるロボに、また内心ため息をつく。
(最近ため息ばっかりついてるなぁ。……幸せが逃げてるかな…)
彼の心中を読める者がいれば、「なんて呑気な」と唖然とするだろう。
アシュレイは無表情を崩すことなく、ロボの猛攻を防いでいた。流石の彼も全てをよけるのはきついのか、最初よりも剣で受け流す回数が増えている。
「頑張れーー!!」
観客席の誰かが叫んだ。子どもの声だ。それに続いて複数の子どもの声援が、皆固唾を飲んで見下ろしている会場に広がった。
頑張れー!!
ナヴュラーー!!
Aランカーをぶっ倒せーー!!
「ふっ」
ガギンッ
剣と牙が真っ向から鍔迫り合いになった。
「こんな俺が、子どもに応援されるなんて、な!」
ギギ...ギ...ザンッ!
ワアアアアアア!!!!
『なんと!! 獣人との力勝負に、アシュレイ選手が勝ちました!! 信じられません! なんという馬鹿力! あの細腕のどこにあんな力が隠されているのか!?』
ドンッ!
薙払った勢いをそのままに左足を軸に一回転。渾身の回し蹴りを力負けし
てのけぞったロボに叩きつける。位置は胸元。
ボキボキッ
キャンッッ!!
確かな手応えと共に、ロボが凄まじい勢いでふっ飛んだ。1回、2回と地面を跳ね、何とか舞台のギリギリで止まる。悪運の強い男だ。
追い討ちはしなかった。流石に疲れたか、息を乱したアシュレイは剣を肩に担ぐと、
「よう…目は覚めたか?」
「う…ぐ……げほっ」
うつ伏せで上体を起こし、ガハッと血を吐いたロボからは、先ほどの狂気が鳴りを潜めていた。体が限界だったのだ。
ぜえぜえと荒い息を吐いては、口元の血を拭う。舞台の数メートルの端にいるのを自覚すると、ハッと笑った。
「てめえ……化け物か」
「さっきまで化け物も逃げ出すような形相だった奴に、言われたくはないな」
「へっ…違ぇねえ」
大の字に寝転がり、1つ大きな深呼吸すると、すらりと立ち上がった。肩を回してバキバキと鳴らすと、またあの好戦的な笑みを浮かべる。今回は、獲物を見る目ではない。好敵手と認めた相手を見る、眼だ。
「待っててくれて、ありがとよ」
「問題ない。次で決めるぞ」
アシュレイも剣を再び鞘に戻し、軽く手首を振ると、柄を握り直した。腰を落とし半身を引いて、いつでも飛び出せる準備をする。
「オレの獣化を力業で解いた奴ァ、お前で4人目だ。誇れよ、お前は強ぇ」
「それは光栄だな。因みにその3人は?」
「ハッ! 最初にお袋、次に嫁、最後は――」
ダンッ!!
ふたりの足元が爆発した。
煙が収まると、人影が2つ、互いに背を向き合っている。ひとつは拳を前に突き出し、ひとつは剣を振り切っていた。
...チン
剣を鞘に収めた音がした。
「なかなか血肉沸き踊るいい試合だったよ。――【狼王】」
バタリとロボが倒れる。既に意識はない。即座に医療魔道士がぞろぞろ舞台に上ってきた。
アシュレイも自力で歩いてだが医務室へ向かった。彼も無傷ではない、どころか、傷だらけだ。安物のコートはAランカーとのぶつかり合いで既にボロボロだった。
『この試合、誰が予想したでしょうか!! 勝者はFランカー剣士、アシュレイ=ナヴュラアアアアアア!!!!!』
ワアアアアアアアアア!!!!!!
前代未聞、新進のFランカー冒険者が決勝進出を果たした。
後書き
遅くなりまして申し訳ありませんでした。
****お知らせ****
この小説の掲載をはじめて早半年。
はじめの方の話をちらっと読み返してみると、随分下手な文章や展開の持ち込みだなぁと羞恥に床をゴロゴロと転がってしまいます…。
拙作にここまでお付き合いいただきましてありがとうございます。
お知らせですが、作者、現在かなり切羽つまってる受験生でして。
シャンヴリルに関してはここで更新を暫く停止させていただきます。
次話は来年の3月、4月には顔を出したいとは考えていますが、いつになるのかははっきり言って未定です。申し訳ありません。
この更新停止期間中に、第一章の加筆修正もしたいなぁとも企んでいます。一話一話が短すぎだなぁと今思い返してみると感じたので。
半年なろうから消えるjonahですが、この小説は尻切れトンボにはさせません。凍結してもしっかり解凍させます。
ですので、半年後、すみっこでひょっこり最新話の更新をしたとき、「そういや、こんなやつあったな」なんて思い出してくださると、嬉しいです。
それでは、失礼しました。
2013.08.28
jonah
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