シャンヴリルの黒猫
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55話「第二次本戦 (2)」
「ワオォ―――ォォン――!!! いいぞいいぞ! なんだ、弱ぇと思ったら実は強ぇじゃねえか! 楽しくなってきた!!」
「うるさい、遠吠えするな」
「がははははは!! 悪ぃな! つい嬉しくなっちまった! ワオォ―――ォォン――!!!」
「だから、うるさいっつの!」
試合開始から随分長い間、互いに動かないと思えば、今度はずっとこの調子である。
これだけを聞くと、2人が並んで談笑しているようなのどかな情景が思い浮かぶが、実際そんなことは断じてない。
この応酬の間には絶え間ない金属音が鳴り響いている。
ロボのナックルとアシュレイの剣のぶつかり合う音である。
当然ロボはAランカーであるから、その動きも速さも人間離れしたものだ。実際、観客の半数はその拳を目で追えていない。流石というに相応しいだろう。
『しかし、真に誉めるべきはアシュレイ選手です』
『どういうことです?』
『考えてもみてください。ロボ選手は素手にナックル。アシュレイ選手は長剣。さてここで質問だ。リーチが長いのは明らかに長剣。なら試合はアシュレイ選手有利か?』
『え? …違うんですか?』
『答えは否。むしろロボ選手の方が大いに有利だ』
首を傾けるモナに、カスパーが興奮を抑えきれないというように言った。
『長いものはリーチがある分遠くの敵に届く。ただ遅いのですよ、長ければ長いほどね。特に、懐に潜り込まれたら圧倒的に不利だ。それに比べてナックルは素早い連撃で攻めるのが特徴だ。しかもAランカーのそれを、見事に押さえ込んでる。実に見事! とんでもないルーキーですよ、これは! 彼は将来大物になるでしょうねえ!』
カエンヌの賞賛に、ほうほうと頷いたモナが『凄いですねえ』と感嘆した。
ひたすら剣と拳の応酬だったのが、変化し始めた。にやにや笑いを引っ込めたロボが、今度は蹴り技まで攻撃に入れ始めたのである。
『これは厄介だ』
『あの速い拳の他にキックにまで気を配らないといけませんね』
『そうですね。なにせ足技は威力が拳の倍以上ですから』
先ほどよりも動きが大きくなり、観客も盛り上がってきた。
ブンッ
「ッらぁ!!」
風を切る音と共に視界の外から来た回し蹴りを、半歩身を引いて避ける。ほぼ同時に剣を振り上げるがロボは流石と言わざるをえない跳躍でそれを回避した。
「チッ」
後退した時の追い討ちとして構えていた振り払いは止め、上空に向かって突きを出す。
「当たるか、よっと」
ギンッ
わっと観客が沸いた。ロボはあの状況からもう一回転することで滞空時間を伸ばし、アシュレイの突きを避けたのだ。
「軽業師か、お前は」
舌打ちしつつもやや呆れ顔であるアシュレイの間合いより、拳1つ分空けた地へ着地したロボは、へへっと笑いながら鼻の下を拭った。
アシュレイは溜め息を零しつつ剣を握る右手をぶらぶらと振った。真上に跳んだロボが間合いの外まで後退したのは、彼の剣先をナックル部分で押し返したからだ。
(“押し返す”なんて、生易しいものじゃないな)
勢いよく突き出した剣にタイミングを合わせて拳を出された。剣が割れるかと思ったのは、嘘ではない。
ぽんぽんと剣の腹を手のひらで叩き、状態を確認。ロボも肩をバキバキ鳴らし、気合いを入れ直した。
「ったく、このあとまだまだ試合があるのに…」
「悪ぃな! 安心しろ、俺がお前の代わりに優勝してやるからよ!」
「それはそれは――」
キラリとアシュレイの黒の眸が光った。
「――大層な自信だことで!」
「ッ!?」
赤い血が空に舞う。
ロボの細い目が見開かれた。 アシュレイが一瞬で近づきロボの両腕に浅くない傷をつけたのだ。
(危ねぇ…)
獣人の第六感で咄嗟に腕を犠牲にしたが、もし間に合わなかったら、
(俺の首が飛んでいた)
ロボの前に立ち挑発的な笑みを浮かべているアシュレイを見やる。一見隙だらけのように見えるが、見る者が見れば、そんな隙など欠片も無いことが分かる。試合開始直後もそうだった。どこから攻めれば落とせるのか皆目見当もつかない。しばらく動きがなかったのはその為だ。
ダラダラと滴る血を長い舌で舐めると、ロボはニヤリと笑った。くじを引いたあと、アシュレイに向けたあの好戦的な、野性的な笑みだ。
「……楽しめそうだぜ」
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