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シャンヴリルの黒猫

作者:jonah
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54話「第二次本戦(1)」

『おはようございます! 本日も晴天、良い大会日和ですね! それでは武闘大会第二次本戦の幕開けです!!』

 連日あれだけ叫び続けてよく声が枯れないものだと、密かに感心しながら、アシュレイはフィールドに立っていた。隣と向かいには同じく整列した選手達がいる。アシュレイを入れて、選手は7人いた。
 どうやらこれ以降の試合の対戦相手は、くじで決めるようだった。平等を期す為らしい。

『それでは中央の筒の中に入っている金属の棒から、お好きな1本を抜いてください。順番は問いません』

 言葉が終わるとほぼ同時にくじに飛びつく影が1人。驚くほど俊敏だ。頭に三角形の何かがついている。

(ほう、獣人か)

 察するに、あれは狼人(ワーウルフ)とみた。彼の頭に生えているのは狼の耳、また尻から生えているのは狼の尻尾だった。斑な灰色の髪は硬そうで、身長は恐らく2メートルは超すだろう。人間の中では長身に入るアシュレイより、縦も横も一回り以上に大きい大男だった。
 獣人はその名の通り獣の特徴をもった人種で、一般的に皆基本身体能力が高い。狼人(ワーウルフ)も例に漏れず、戦闘に適した身体能力を持っている。
 獣人が住むのは南の大国フェイ・ド・テルムだが、そこの兵士の実に4割が狼人(ワーウルフ)である、といえば伝わるだろうか。
 狼男は真っ先にくじを引き、パッと元居た場所に戻った。他の選手達も続々とくじを引く。アシュレイは選手達を興味深そうに見ていた。

(狼人(ワーウルフ)にエルフ、彼女なんてまだ少女じゃないか)

 この場に不釣り合いな赤いドレスを着た少女は、年の頃13、4。ズンズンと歩み寄りくじを引くその姿は自分への自信に満ち溢れている。ユーゼリアに匹敵する魔力を保有し、かつそれを完璧に制御できているのは、流石だと思った。自信たっぷりなのも頷ける。
 また、その端正な顔と特徴的な長い耳を隠そうともしないエルフの青年にも興味をひかれた。
 金髪碧眼、身長はアシュレイ程でないものの長身で、一見ただの優男に見えるが、その身のこなしから、彼がただの魔道士ではなく軽装の下には鍛え上げられた肉体を秘めているであろうことは容易に想像できた。

(なんとも…ランクが上がると個性派な面々が集まるのかな)

 内心苦笑しながらアシュレイはくじを引く。彼で最後だったが、くじは1本余った。
 くじの先にはハートの印。

『はい、それでは説明をさせていただきます。試合は同じ印のくじを引いた者同士、順番はスペード、ダイヤ、クローバー、ハートの順で進みます!』
「ちょっと待ちなさい!」

 赤いドレスの少女だった。

「ここには7人しかいないのに、2人ずつ試合してたら誰か1人余っちゃうじゃない」
『はい、勿論心得ております。しかし、まずは戦う相手が誰かをはっきりさせましょう! まず、スペードを引いた方、一歩前に!』

 剣士とあの少女が出た。その瞬間、少女の瞳に勝利を確信する者の光が灯る。
 彼はどうやらシード組ではなくアシュレイと同じ予選通過者のようであった。つまりランクは最高でもB+。

(なる程、つまりシード権を持っている3人が表彰台を総なめにするわけだ。……例年通りなら)

 ピコン、と画面に顔写真とランク、年齢その他が現れる。

『B+大剣使いノーク・アポストロム選手! Aランク炎魔道士【赤の女王】アディアンヌ・オーケストラ選手!』

わあああああ!!!!

『続いてダイヤ!! B+水魔道士アイン・シティ選手! B+細剣使いアベル・カヴァエリ選手!

 次にクローバー!! …おや、“当たり”を引いたのはAランク双剣士【魔法剣士】フラウ・クレイオ・エウテルペ選手! 相手選手がいない為、セカンドシード権獲得で、この時点で既に準決勝進出確定です!

 最後にハート!! Aランク拳闘士【狼王】ロボ・グレイハーゲン選手! Fランク剣士アシュレイ・ナヴュラ選手!』

 どうやら余ったのはエルフの青年のようだった。
 “当たり”を引いた本人は「お、ラッキー」など言いながら、観客席で黄色い声をあげる女性達に手を振っている。
 その腰には、2ふりの片手剣。

(一見ただの軽い優男に見えるが……強いな)

 流石にA系ランカーの集められた一次本戦を勝ち抜いただけのことはある。
 アシュレイと戦う狼人(ワーウルフ)も、既に獲物を狙うようなギラギラした目で彼のことを睨んでいる。

(好戦的な野生児か…実にイイね)

 僅かに殺気を込めた目で睨み返してやると、ニタァっと野蛮に笑った。



******



 結論から言うと、Aランカーは圧倒的だった。
 初戦のB+槍使いノーク対A炎魔道士アディアンヌ。近接職と遠距離職だから、いくらB+とAとはいえ多少はノークも奮闘するかと思えば。

「一瞬で終わらせてやるわ。≪三重展開(トライ)≫【最後の日の業火】」

 火属性最上級魔法の三重展開(トライ)一発。否、“一発”というには、語弊がある。正確には“三発”だ。
 ≪三重展開(トライ)≫。高等技術である≪二重展開(バイ)≫の更に上をいく魔法展開法で、1つの詠唱で3発を一気に発動させるものだ。当然放つ魔法3回分の魔力を消費し、かつそれに比例した技術相応の魔力も消費される。
 強力だが使用魔力も大きく身体に負担がかかる技術である。 しかもこの場合発動させたのは火属性最上級魔法。下手をすれば魔力の過剰消費で倒れかねない。そもそも並みの人間が持っている全てを振り絞ってもまだ足りぬ程の魔力を使用するのが最上級魔法である。それを3つ+α、かつ無詠唱なのだから、その難易度たるや、想像に難くない。
 もっとも、降参する間もなく倒れ臥したノークをせせら笑う余裕があるのがAランカーたる証ではあるが。
 まったく、こんな一言で最上級魔法を連発するような化け物(アシュレイ自身他人(ひと)のことは言えないが)が3人も4人も集まった第一次予選では、よく会場が壊れなかったものだと、密かにアシュレイは感心した。

 実際のところ、大会では戦術級魔法は使用禁止、最上級魔法に関しては事前報告をしたもののみ使用可というルールがある。報告をうけて事前に魔法障壁の属性耐性を偏らせるのだ。
 初戦の魔法障壁は火属性に強い赤い色になっていたのも、それの影響だ。
 報告は大会側のスタッフが尋ねてくるのだが、アシュレイを根っからの剣士とばかり思っている彼ら(クオリが参加届に魔法は使用しないと書いたせい)がアシュレイには見向きもしなかった為、彼がそれについて知る由もない。

 続く試合はB+ランカー同士。それも近接職対遠距離職と、初戦と同じ組み合わせであったが、それでも先のアディアンヌは別格なのだと思う試合内容だった。
 水魔道士アインはひたすら無詠唱を連射していた。その間に最上級魔法の詠唱をしようという魂胆であるが、その無詠唱魔法がことごとく下級、最下級のものだった為、結局剣士アベルに押し切られる形の結果となった。

 そして最後、【狼王】の渾名を持つ拳闘士ロボ対、正体不明のFランカーアシュレイの試合。
 観客としてはこれほど一方的になるだろう試合はなかったのだが、意外なことに――ユーゼリアとクオリにとっては期待通りだが――なんと、Fランカーであるはずのアシュレイが予想外の奮闘を見せていた。
 
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