シャンヴリルの黒猫
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53話「第一次本戦 (4)」
『あっっぶなぁぁい!!!! スレッスレでした!!! 今のって完全殺しにいってませんか!!?』
『アシュレイ選手なら避けられると確信していたんでしょう。事実、彼は軽く避けましたし。完全な死角からの攻撃を』
『むむむ、戦闘に素人だと危なっかしくて見ていられません!!』
事実、観客席は皆一斉に息を呑んでいた。何人か目を覆っているものもいた。筆頭は、ユーゼリアである。
「アッシュのバカぁ~」
「し、心臓に悪いなんてもんじゃありませんよ…」
思わず背もたれにぐったり横たわる2人を後ろの男性観客達が心配そうに見る、と同時に、彼女達の連れであるに違いないアシュレイに嫉妬の視線を向けていた。
「……大分暗くなったな」
ここで初めて、アシュレイが喋った。視線は空を見上げている。つられて皆空を見た。会場に屋根は無い。そのため会場は魔道士達による光球によって照らされていた。周りが明るすぎて星はあまりよく見えないが、それでもいくらか特に明るい恒星は見えた。日が沈んで半鐘くらいは経っているかも知れない。
慌てて視線を戻したクラインが、油断なくアシュレイを睨みつけた。目を逸らしたところを突く作戦かと思ったようだ。
アシュレイが視線を空に固定したまま言った。
「悪いがこれから予定が入っていてな…」
「何言って――!!?」
ドンッ!!
瞬間、クラインが壁に叩きつけられた。受け身を取る間もなく頭を強打、白目を向いて倒れる。
「約束してしまった以上、うちのお姫さまたちを待たせるわけには行かないんだよ。…悪いね」
きゃあ、とどこかで黄色い声がした。
「な!?」
クラインがいた場所で悠然と立っているアシュレイに、リーメイが驚きを露わにしていた。
素早くクラインに接近し、その腹を殴った。
たったそれだけの単純な動きが、リーメイの目には追いつかなかった。気が付いたらアシュレイが消え、同時にクラインの前に出現、殴打。クラインが場外に吹っ飛ぶのを見ているしかできないなんて情けないことだが、それでも身体強化を施したクラインでさえ手も足も出なかった今のアシュレイには、到底勝てると思えなかった。
あるいは、ロートスとシュウも合わせて4人で始めから殺すつもりであれば、一撃くらいは通ったかも知れないが、終わった後それを言っても詮無きことである。
「さて…降参すれば痛い思いはしなくて済むが……」
「抜かせ!」
Bランカーの意地。降参するわけにはいかなかった。声を上げてアシュレイに突進する。
「だろうな。……だが」
想像通りの答えに嘆息するもニヤリと笑うと、
「それでこそ、戦士だ」
リーメイの目の前から、その幻影だけを残して、消えた。
沈む意識の中、モナが高い声でアシュレイの勝利を叫ぶのが聞こえた。
******
「えー、それでは我らが財布の運命を握っているアシュレイの第一次本戦突破を記念してー」
「「「乾杯!!」」」
「プレッシャーはかけないでほしいんだが…」
「まあいいじゃないの。ふふ」
試合が終わったあとから妙に機嫌が良いユーゼリアに内心首を傾けるが、まあご機嫌斜めよりかはよっぽどいいので、放っておくことにした。
「このまま優勝したら賞金っておいくらなんでしょう?」
両肘をたててエールをちびちびと飲むクオリが独り言のように尋ねた。
「1000万よ! 3人できっかり分けたとしても、1人330万と端数貰えるわ」
「さんびゃくさんじゅう……」
「おまけに少なくとも今日アッシュが勝った分は確実に賭けに反映されるから、10万の29.9倍の…ふふふふふふ」
「にひゃくきゅうじゅうきゅうまん……ふふふふふふ」
「お、おい。2人とも、正気に戻れ! 目が怖い! 怖いって!」
「このままアッシュが勝ち続ければそれだけで……ふふふふふふふふふふ」
「一体魔導書が何冊…いや何十冊買えることか……ふふふふふふふふふふ」
そのとき、虚空を見つめていた蒼と金の瞳が同時にアシュレイを見た。頭ごと。オノマトペで言えば“ぐりゅん、ギロッ”と。
何が言いたいかって、
(こ、怖い……)
ノーアに抱く生命の根源的恐怖とは違うが、それに劣らない程怖かった。何か身の危険を感じた、と、後に彼は語った。
彼女達が正気に戻ったのは十数分後、食事が運ばれてきた後である。
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