八条学園怪異譚
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第三十六話 美術館にその四
愛実は何時の間にか部屋にいてお茶を飲んでいるぬらりひょんに顔を向けてこう尋ねたのだった。
「ぬらりひょんさんはどっちがお好きですか?」
「御飯かパンかじゃな」
「やっぱり御飯ですか?」
それではないかと尋ねたのである。
「長い間日本におられますし」
「まあ御飯が多いがのう」
それでもだと、ぬらりひょんは飄々とした感じで麦茶を飲みながら答える。
「パンも好きじゃ」
「どっちもですか」
「うむ、パンをはじめて食ったのは江川さんの家でじゃったな」
「江川さんって野球の江川さんじゃないですよね」
「当然違うぞ」
ぬらりひょんもその江川さんではないと答える。
「あの人は今の人じゃろうが」
「やっぱり違いますよね」
「江川さんは江川さんでも伊豆の江川さんじゃ」
作新学院の江川さんではなかった。
「そちらの江川さんじゃ」
「江川英龍さんですね」
聖花は窓を拭きながらぬらりひょんに顔を向けて答えた。
「あちらの」
「うむ、あの人が日本で最初にパンを焼いたのじゃ」
そうされている。ただ安土桃山時代に南蛮人から学んで焼いている人間がいたかも知れないが。
「それを食べたのじゃ」
「そうだったんですか」
「夕方江川さんの家にお邪魔して江川さんとお話をしている時に食べたわ。美味しかったのう」
「というか江川さんとお知り合いだったのですね」
「遠山の金さんともな」
あの南町奉行だった彼ともだというのだ、実在人物である。
「色々と楽しく話したぞ」
「歴史的ですね」
「長く生きておるからの。パンはそれからじゃ」
江戸時代後期から食べているというのだ。
「ずっと食べておる。ただパンを食べると頭がよくなるという訳でもない」
「御飯でもですね」
「そうした意味ではパンも御飯も同じじゃ」
とある東大教授が某国から金を貰い先進国は全てパンだのパンを食べると頭がよくなると吹聴したのだ、学者にもこうした不逞の輩がいるのだ。
「大事なのは美味しいかどうかじゃ」
「それなんですね」
「うむ、それでじゃが」
ぬらりひょんは何気に彼も掃除を手伝いながら言う、部屋の隅っこの埃を取っている。
「御主達は今度は美術館に行くそうじゃが」
「はい、そのつもりです」
「今度は」
「そうじゃな、それではな」
ぬらりひょんはその二人の話を聞いてこう言った。
「あそこではな」
「あそこでは?」
「ろく子さんと一緒に行くがいい」
彼女とだとだ、二人に勧めた。
「あの人は博識だからのう」
「だからですか」
「あの人と一緒にですか」
「インテリじゃからな。若しくは日下部さんか」
彼もいいというのだ。
「伊達に士官だった訳ではないぞ」
「あれっ、士官って軍人さんですよね」
「軍人さんなのにインテリ?」
二人はぬらりひょんの言葉にまず首を捻った、だが。
すぐに納得した顔になった、そしてこうそれぞれ言った。
「ああ、昔の軍人さんは色々な本を読んでましたね」
「凄い教養が高かったんでしたね」
「そうなのじゃよ」
ぬらりひょんも微笑んでそうだと返す。
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