カンピオーネ!5人”の”神殺し
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
ナイアーラトテップとの戦い Ⅱ
「が・・・フ・・・っ!」
護堂は、口から夥しい量の血を吐いた。原因は、彼の左胸に突き刺さっている、異形の神の腕だ。
(・・・見え・・・なかった・・・。何も・・・・・・)
これが、神と人の差なのだと言われればそれまでなのだが、それにしても突然難易度が跳ね上がりすぎだと思う・・・と、薄れゆく意識の中で護堂は文句を言った。何も見えなかったのだ。十数メートルは離れていた筈の距離が一瞬にしてゼロになったというのに、地を蹴る音どころか、風の動きさえ感じ取れなかった。目を離したわけでもないのに、気がついたら目の前にいて、胸を串刺しにされていたのだ。文句も言いたくなる。
異形の神の腕が引き抜かれ、彼の体が地面に倒れる・・・その瞬間
「けど・・・まだやれるっての・・・!」
グシャッ・・・!護堂は、コールタール状に溶けたコンクリートを力強く踏み込んだ。既に、胸の傷は塞がっている。
ちなみに、何故彼の足が地面に埋まらないかと言えば、事前にエリカに頼んで、『跳躍』の魔術の簡易版を掛けてもらっていたからである。この魔術のお蔭で、ある程度は足が埋まるが、身動きが取れなくなるほどではない。何故『跳躍』の魔術にしなかったのかというと、アレは慣れるのに時間がかかり過ぎて間に合わなかったのである。力の入れ具合で、ヘタをすればビルより高く飛んでしまうような魔術など、素人に使いこなせるものではない。
「お、おおおおおおおおおおおおおおお!!!」
護堂は、目の前の神に手を伸ばした。全身のバネを使い、抱きつくような格好で飛びかかる。彼我の距離はたったの一メートル弱。このタイミングならば、敵もどうすることも出来ない筈だった。
しかし・・・
フッ・・・と、まるで最初からそこには何も無かったかのように、その神は消えた。闇に溶けるようにして、その場から居なくなったのだ。
「な・・・に?」
トスッ・・・。
空振りした護堂は、体勢を立て直そうと足を踏み出した。しかしその瞬間、とても軽い音と共に、再び護堂の心臓は貫かれた。・・・背後から突き出された、異形の腕によって。
「ガ・・・ハッ・・・!」
彼の体を貫くその腕が引き抜かれると共に、再生が始まる。・・・しかし、それまでに受けた痛みが消える訳ではないのだ。ジクジクジクジクと、神経が貫かれる痛みを覚えてしまっている。傷が治っても、その幻痛が消えないのだ。既に、常人では発狂してもおかしくない程の痛みを、彼はその身で味わっていた。
(い、痛い・・・な・・・!)
・・・ここで、彼の神器”神墜としの魔道書”が奪った権能に付いて説明をしよう。
この神器がナイアーラトテップから簒奪した権能は、ある意味では、彼女の持つ様々な権能の中でも、最も厄介で重要な権能であると言える。
名前を付けるとするならば、【千の顕現】が適当だろうか?
クトゥルフがシェアードワールドの作品だというのは、既に説明したとおりである。その中の一つに、暗黒小説風の短編があるのを知っているだろうか?
これは、『ナイアーラトテップは、千もの異なる顕現を持ち、そのどれもが同時に存在可能である。その中には人間として一般社会に紛れて生活しているものも多い。そして、ある時、この顕現の一人が殺されてしまった。その謎を解くために、他の顕現が事件の真相を探る』という小説なのだが、この作品を元にした権能である。
この権能の最大の特徴は、『千の魂を所持する』という点である。持ち主が傷を負った時、自動でその損失を補填してくれるという、非常に特殊な権能なのである。
例えば、草薙護堂の魂の総量を百としよう。
この場合、この権能は自動的に『草薙護堂千人分の魂』をストックする。つまり、総量百の魂を、千個用意するわけだ。
先ほど護堂は、両腕を切り落とされた。この場合の損失分を、仮に五十とすると、その損失を埋める為に、一個の魂の総量百から、損失分の五十を使用して、肉体を再生させる。因みに、今のように心臓を一撃で潰されたりして、即死だと判断された場合、問答無用で百の魂が使用される。よって、この権能を攻略したいのなら、チマチマと傷を与えていくのではなく、一撃必殺を千回叩き込むのが一番の近道である。
この権能は、残りの呪力などに関係なく、魂のストックが残っている限り、自動的に体が修復される権能なのだ。だからこそ、呪力など使用したこともない草薙護堂でも扱えるのである。
ここまで聞くと、非常に強力な権能に思えるだろう。そもそも、この権能の元々の持ち主は、ナイアーラトテップである。一体誰が、まつろわぬ神の中でも最上級の力を持つこの邪神を千回も殺せるというのか?クトゥルフ神話では、ナイアーラトテップの天敵とされるクトゥグアでさえ、『ナイアーラトテップを千回殺す』というのは実を言うとかなり厳しい条件なのだ。それを思えば、”神墜としの魔道書”がこの権能を奪ったのは、運命だったのかも知れない。今なら、彼女は一回殺されるだけで消滅する存在なのだから。正に、千載一遇のチャンス、というわけだ。
だが、この権能にも弱点がある。
それは、『痛みを無くす訳ではない』という部分だ。
この権能は、あくまで修復する権能である(実を言えば、もう一つの使い道があるのだが、それは今関係ないので省略する)。それまでに受けた傷を治すだけで、精神的なダメージをなくしてくれる権能ではない。
人は、自分の知覚限界を超えた痛みやストレスに晒されると、脳がバグを起こして狂ってしまうことがある。それ以上の痛みや苦しみを受容することを、放棄するのだ。ショック死などは、これの典型なのだが・・・
この権能は、ショック死した体でさえ、生き返らせてしまう。・・・が、考えることを放棄して、ただ外界の刺激にのみ自動的に反応する体を、『生きている』と表現してもいいのだろうか?そんなもの、植物状態と何ら変わりない。この状態になってしまえば、勝負は決まったも同然である。
実を言えば、護堂が最初に出会った、記憶を失くしたナイアーラトテップは、この状態だったのである。今の彼女は、『這いよれ!ニャル子さん!』という、クトゥルフ作品そのものに挑戦状を叩きつけたような新しいシェアード作品によって、容姿がその作品のヒロインへと固定されてしまっていた。人型を取るということは、体の機能も人に近くなるということである。クトゥグアの苛烈な攻めに対して、彼女の精神は耐えることが出来なかったのだ。辛うじて逃走することには成功したものの、記憶と神格を吹き飛ばされてしまっていた、という訳である。
精神的な死。これが、この権能のもう一つの攻略法である。
その条件でいうのなら、護堂の場合は更に危険だ。いくら、心臓を直接潰すことによって、出来るだけ痛みを与えないように殺しているとは言え、『何度も死ぬ』というのは普通の人間が出来る体験ではなく、その異常な経験は彼の精神をゴリゴリと削り取っている。既に幻痛も始まっているこの状況では、千回殺す前に彼の精神が限界を迎えることは明白であった。
(無茶よ・・・! 闇をさまようもの まで出てくるなんて・・・これ以上は無理。護堂が死んじゃう!!!)
エリカは、物陰から戦場を見つめて震えていた。
(ナイアーラトテップ一柱ですら絶望的だったのよ!?その挙句にあんな化物まで出てきたら、もう撤退しかない・・・!隙を見て、彼を助け出さないと・・・!!!)
名前を付けるなら、【輝くトラペゾヘドロン】以外には無いだろう。この権能は、ナイアーラトテップの化身の一つである、従属神『まつろわぬ闇をさまようもの』を召喚する権能である。
『これは、 闇をさまようもの を崇拝するカルトにおいて最も重要なアーティファクトである。
”輝くトラペゾヘドロン”とは歪な形状をした黒い多面体の宝石である。
宝石には深紅の線が錯走しており、冒涜的な角度を持った箱の内部に
7本の支柱で支えられて鎮座している。
この”輝くトラペゾヘドロン”は主に 闇をさまようもの の召喚に用いられる。
普段開かれたままの箱の蓋を閉ざし輝くトラペゾヘドロンを闇に閉ざすことで
闇をさまようもの が召喚される。』
と、この文章にある通り、先ほど彼女が手に召喚した黒き物体が、”輝くトラペゾヘドロン”と呼ばれるアーティファクトである。それを闇に閉ざす・・・つまり、箱を閉じることにより、彼女の化身の一つである 闇をさまようもの を召喚出来るのだ。
この化身には、一つの弱点がある。それは、闇にしか存在出来ない、というものだ。
だが、その弱点も今は意味を成さない。彼の権能によって、世界は闇に閉ざされているし、照明に使えそうな電化製品も、その悉くが異常な熱によって破壊されている。強力な催眠能力を持つとされ、闇を統べる者とさえ言われるこの神にとっては、既に護堂は死んだも同然の存在である。催眠能力は【千の顕現】によって効果がないとは言え、闇の中で人を殺すことなど、この神にとっては造作もないことなのだから。今やこの闇は、全てが彼の領域。闇から闇へ転移することすら、彼には簡単なことなのだ。
(連れて・・・逃げないと・・・!)
この絶望的な状況を前にしても、エリカには一人で逃げるという選択肢は欠片も存在していなかった。これは、彼女の成長と呼べるのかもしれない。
(・・・何とか、何とかしてこの神様を超えていかないと・・・!)
これで二十回目。
護堂は地に倒れた。
心臓は既に修復されており、出血も既にない。だが、先ほどまでと違い、即座に立ち上がって走るような気力は既に無かった。
(闇雲に動いても、殺されるだけだ・・・。この闇はコイツの領域。多分、瞬間移動みたいな、神様特有の不思議な力を使っているんだ・・・。・・・・・・・・・どうすればいい?)
護堂が段々薄れていく意識の中で考えている間、 まつろわぬ闇をさまようもの は微動だにしなかった。これは、彼の主であるナイアーラトテップから、『精神的に殺すのも禁止』と命令を受けているからである。立ち上がる気力もなくしたのなら、それに追い打ちを掛ける必要もない。このまま、この人間を立ち去らせることが主の目的なのだから。
(・・・何か、ないのか・・・?コイツを出し抜く、何かが・・・)
彼の意識が完全に途切れるその瞬間、彼の脳裏に小さな声のようなものが響いた気がした。
(・・・なん、だ?)
埋没しようとする意識を必死に保ち、その声の正体を探ろうとした護堂は、とうとうその声の正体を探り当てた。それは、”神墜としの魔道書”であった。
(・・・そう、か・・・。そうか・・・!まだ、この権能には可能性があるのか・・・!なら・・・)
ピクッ・・・と動いたその指に、 闇をさまようもの とナイアーラトテップは反応した。 闇をさまようもの は、護堂がまだ抵抗するつもりなら即座に心臓を突き刺そうと身構えた。ナイアーラトテップは、瞳に涙を溜めて懇願した。
「もう、止めて!もういいじゃないですか!!!」
「・・・よくねぇよ。まだ終わってねぇよ!まだ、諦めてねぇよ!!!」
その言葉と共に、力強く立ち上がった護堂を、何度目かも分からない漆黒の腕が襲った。
「・・・・・・?」
しかし、その手応えに違和感を抱く 闇をさまようもの 。何というか・・・今までとは感覚が違うような気がしていたのだ。
そしてそれは、間違いでは無かった。
『・・・!?』
それまで一切の感情を表さなかった彼が、驚愕した。突き刺した護堂の隣に、もう一人の護堂が出現したからだ。
「いっ・・・けええええええええええええええ!!!」
心臓を突き刺されて即死した筈の護堂は、その叫びを最後として薄くなって消え去り、その叫びを合図としたかのように、虚空から現れた護堂は疾走し始めた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
その異様な光景に、一瞬動きを止めた 闇をさまようもの だったが、彼も最上位の邪神。その動揺を即座に振り切り、闇から闇へ転移して、走っていた護堂の心臓に突き刺す。・・・が、
「まだまだああああああああああ!!!」
『!!?』
その隣に一人、またその隣に一人、またまたその隣に一人、またまたまたその隣に一人・・・etc。すぐには数え切れない程の草薙護堂が出現したその光景には、流石の彼もナイアーラトテップも、絶句せざるを得なかった。
【千の顕現】。この権能が最も厄介だと言った、その評価は冗談などではない。この権能は、決して『最高の盾』などではない。むしろその逆。『最強の矛』として使うべき権能なのである。
『自分千人分の魂をストックする』というこの権能は、言い換えれば、『自分が千人いる』という権能なのである。『千人の顕現が同時に存在可能』というその文章に偽りなく、オリジナルと寸分違わぬコピーが、千人同時に存在出来る権能なのだ。最強の物量作戦。持ち主と全く同じ権能を持つ千人のコピーを作り出す権能。そしてそれは、『オリジナルが殺されようと、寸分違わぬコピーが残っているのなら、問題なく生存可能』という事を意味する。
まつろわぬクトゥグアは、この権能を利用して戦いを挑んだナイアーラトテップを、範囲攻撃で根こそぎ焼き払った。逆に言えば、彼女を一撃で殺すことの出来る威力の範囲攻撃が出来ない存在に、この攻撃に対処することは不可能なのである。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
闇をさまようもの は、確かにこの空間内では無敵とも言える存在である。勿論、範囲攻撃も持ってはいる。・・・が、それを使えば、自らの主であるナイアーラトテップにも被害が及ぶだろうことを恐れた。彼女が死ねば、自らも存在出来なくなるのだから。
そして思った。『いくら主の元へたどり着けても、ただの人間に彼女を殺すことなど、出来るものか』、と。そう考え、対処を止めた。
―――それが、敗因だった。
「きゃぁ!?」
不意を突かれ、多数の護堂に抱きつかれたナイアーラトテップは、何かされる前に力ずくで引き剥がそうと試みた。・・・しかし、それは叶わなかった。
「・・・あ、れ・・・?」
体に力が入らなかった。権能も、何一つ機能しなかった。
『・・・俺の、勝ちだな・・・!』
護堂が懐から取り出したもの。それは、”神墜としの魔道書”だった。この魔道書の発動条件は、対象に触れること。そうすることで、権能を簒奪することが出来る。
勿論、簒奪出来る権能の質や量には限界が存在する。これほどまでのビックネームの邪神だ。持っている権能も多岐に渡る。その全てを奪い尽くそうとしたせいで、全体に罅が入り、ボロボロと崩れ始めていた。
・・・だが、それが完全に壊れてしまう前に、
『終わり、だよ・・・。』
トスッ・・・という小さな音を立てて、彼女の心臓に金属の棒が突き刺された。
「あ・・・・・・・・・。」
それは、最初に護堂が吹き飛ばされた時に、彼の体に突き刺さった物だった。彼の血液がベットリと突いたソレを、彼は今まで隠し持っていたのだ。胸から突き出たその金属に、彼女の血と護堂の血が混ざり合った。
小さくうめき声を上げた彼女は、目を見開いて護堂を見つめる。既に、”神墜としの魔道書”は崩れ去っていた。その為、護堂の、【千の顕現】も消失し、既に彼は一人になっている。
『!!!』
自らを召喚した主が死んだことにより、 闇をさまようもの が現界を保つことが出来なくなり、消滅していく。
それに目も向けず、護堂とナイアーラトテップは見つめ合った。
「・・・まさか、負けてしまうとは。・・・思ってもいませんでした。」
「・・・気分はどうだ?人間に負けた気分は。」
クスッと笑った彼女は、護堂の頬に手を伸ばし・・・
「最高の気分です。・・・ありがとう。殺してくれて。」
彼の唇に、自らの唇を重ねた。
「・・・あぁ。コッチも、ありがとうな。」
その言葉を最後に、護堂は気を失う。それを愛おしげに見つめながら、彼女は叫んだ。
「いるんでしょ?手遅れにならないうちに、早く出てきて下さい。パンドラさん。」
「勿論。私は、神と人の戦いがある場所には必ず現れる存在ですもの。・・・フフ、この子があたしの新しい息子ね。・・・って、また日本人!?最近どうなってるのかしら?」
現れたのは、少女。
幼くも蠱惑的なその少女は、倒れふした護堂を見つめながら、疑問を口にした。しかし、すぐに気を取り直したようで、世界に向けて宣言する。
「さあ皆様、祝福と憎悪をこの子に与えて頂戴!11人目の神殺し―――最も若き魔王となる運命を得た子に、聖なる言霊を捧げて頂戴!」
「いいえ、私が捧げるのは祝福と感謝のみ。憎悪など、とても向けられません。―――護堂さん。」
ナイアーラトテップは、光となって消えかけたその指で護堂の頬を優しく撫で
「貴方は、混沌と絶望を支配する邪神の権能を簒奪する、最初の神殺しとなります。誰よりも強く、賢くあれ。私はすぐに貴方の元へ戻ります。お元気で。」
「あらあら?恨み言の一つもないなんて、珍しい。惚れたの?」
パンドラの茶化すような声に、ナイアーラトテップはニッコリと微笑んで・・・
「はい!!!」
と、とてもいい笑顔で返事をしたのだった。
後書き
勉強から逃避するように、一気に書き上げました。・・・マジでやる気がでないです。ヤバイ。
護堂さんは、出来るだけ格好よくなるように書いたつもりです。っていうか、、【千の顕現】って自分で考えておいてなんですけど、ヤバくないですか?誰が勝てるんだよみたいな存在になっちゃいましたね。
ページ上へ戻る