カンピオーネ!5人”の”神殺し
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ナイアーラトテップとの戦い Ⅰ
(大丈夫。策はあるんだ。やれる、やれるはずだ!)
必死に自分に言い聞かせる護堂。そうでもしなければ、今すぐにでも回れ右して全速力で逃げ出してしまいそうな程のプレッシャーを、彼は感じていた。
血が滲むほどに手を握り締め、震える足を何度も叩く。そして、目を閉じて深呼吸をした。
(プレッシャーなら、今まで何度も感じたことがあるだろう!何度、世界の強豪たちと戦ってきた!?アレだって、今のこれとは規模が違うだけだ。大した違いじゃないだろう!)
命も掛かっていない野球の試合と今の状況を同等に考えるのは間違っているが、それでも、潰れてしまいそうなプレッシャーを感じるという意味では、然程の違いはない。自分のたった一つのミスが、多くの人を不幸にしてしまうという点も違いはない。
(あの金髪は駄目だ。あんな奴にこの島は任せられない!エリカが言っていた、【伊織魔殺商会】とやらも来ないみたいだし。・・・なにより―――)
そこで、閉じていた目を開き、目の前のナイアーラトテップを見据える。
(何より、彼女が他の人間に殺されることを、認める訳にはいかない!!!)
この時既に、護堂の中では、ナイアーラトテップは掛け替えのない存在になっていた。これは、彼女から奪った権能が彼女とリンクしているせいだと思われる。奪われたとはいえ、この権能は今も彼女のもの。今の護堂と彼女は、見えない糸で結ばれているような状態であった。つまり、お互いがお互いを他人とは思えないのだ。自らの半身と言ってもいい精神状態になっていた。そのせいで、彼女の本当の気持ちにも、彼は気がついている。
「まつろわぬ性だかなんだか知らないが、戦いたくないって言ってる女の子を泣かせるんじゃねぇ!!!」
その言葉を引き金として、護堂は彼女に向かって走り始めた。
(無茶よ・・・・・・。こんなの無理に決まってる!)
エリカは、建物の影で護堂に耐火の魔術を掛け続けながら、心の中で叫んでいた。
そもそも、ナイアーラトテップの精神汚染に耐性のないエリカが何故この場所にいるのかというと、それは単に、現れたもう一柱の神、まつろわぬクトゥグアのせいであった。
本当なら、護堂一人で来るハズだったのだが、クトゥグアが現界したせいで大幅に作戦が狂ってしまった。・・・まぁ、元々作戦と呼べるほどの作戦でも無かったのだが、それでも、元々低かった成功率がマイナスの領域まで下がってしまったことは、否定しようがない。
護堂は、神器が奪ったナイアーラトテップの権能のおかげで、彼女とクトゥグアの精神汚染の権能に対しては、完璧な耐性を獲得している。・・・だが、火の精と位置づけられるクトゥグアが居るせいで、この周囲は灼熱地獄と化していた。護堂が持つのは、精神汚染耐性だけであり、この、コンクリートや金属が溶け、人体が発火するほどの高熱の中では活動出来ない。幸いにも、この高熱はクトゥグアの権能というわけではなく、ただ彼女が存在するから必然的に高くなっただけだ。神秘の力を全く感じない、ただの熱ならば、エリカの魔術でも対応出来る。・・・ただ、数千度にもなろうかという温度を防ぐのは、彼女の力量をもってしても数十分が限界なのだが・・・。それにしたって、有るのと無いのとでは、天と地程も違う。その為に、エリカが付いてこざるを得なかった。
この作戦にも、大きな穴があった。それは、エリカが彼女たちの精神汚染に対抗出来ないということである。
そもそも、クトゥルフ神話を読んだことのある方や、クトゥルフのTRPGをやったことのある方なら分かるだろうが、クトゥルフにおいて、『視る』という行為は、非常に大きなファクターなのだ。
クトゥルフに出演している邪神は、その全てが、人類では考えることも出来ないほどの異形であり、異常である。作中では、人類の正気度をSAN値という言葉で表しているが、彼らを視るということは、そのSAN値を大幅にすり減らす行為である。勿論、そのSAN値がゼロ以下になってしまうと、その人物は発狂してしまう。
クトゥルフの神は、その全てが、『SAN値を減らす』権能を有しているのだ。今この場所には、まつろわぬナイアーラトテップ、そして、すこし離れた場所にはまつろわぬクトゥグアが存在している。そして、この権能は、島全体を覆う病原菌のような呪詛と、彼女たちの姿を視るという二つの方法で、敵対者のSAN値を削っていく権能なのだ。
その二柱から発せられる、発狂の権能、そして、その二柱を直接目撃してしまったエリカの精神は、既に限界に近かった。厳重に掛けた精神防壁を容易く抜いて、エリカをここまで追い詰めるとは、やはり神々は理不尽な存在である。今彼女は、ただ一人、孤独に自分の精神との戦いを繰り広げていた。・・・彼女が発狂すれば、同時に護堂の死亡も確定してしまうという恐怖によって、彼女は精神の均衡を保とうとしていたのだ。
「今ならまだ見逃してあげます。・・・平和な日常に、帰ってください!」
ナイアーラトテップは叫んだ。自分へ一直線に走ってくる護堂に向かって。『殺したくない』という、彼女の心情を吐露した。
だが・・・
「無理だな!今のお前を、放っておくなんて不可能だ!!」
護堂は、その言葉を真っ向から否定した。
「お前を見捨てて逃げ帰って、それで俺の平穏が戻ってくるとでも思っているのかよ!?助けられたかもしれない女の子から逃げ出して、俺がこの先、胸を張って生きていけるとでも思ってるのかよ!?・・・俺を、見くびるんじゃねぇ!!!」
その気迫に、神である筈の彼女が押された。彼女は、ただの人間であるはずの草薙護堂に、一瞬だけでも恐怖を抱いたのだ。その恐怖を振り払うかのように、彼女は行動を起こした。
「・・・なら、強制的に退場してもらいます。」
幾分声が低くなった彼女が手を伸ばしたのは、もう既に、高熱によって原型を留めていない建物のコンクリートの破片。彼女の頭程もある大きさのそれを、彼女は無造作に投げた。
・・・だが、今はこのようなか弱い姿だが、仮にもクトゥルフ最強の一角である邪神である。そんな彼女が投げたソレは、瞬間的に音速を何倍にも超えて・・・
ゴバッ・・・・・・!!!
「う、ああああああああああああああ!?」
護堂のほんの少し手前に着弾したその破片は、その圧倒的な破壊力により、地面に大きなクレーターを作成した。コールタール状になっていたコンクリートだが、それでも地面の中には、金属部品や、この熱でも溶けていなかった小さな石ころなどが大量に埋蔵している。
それが、護堂を一斉に襲ったのだ。
「ご・・・グ、ゥ・・・・・・・・・!」
刺さる。破片が突き刺さる。
腕に足に腹に目に。至近距離で、手榴弾の爆発以上の威力の攻撃を受けた護堂の体は、成す術もなく吹き飛ばされた。体が千切れ飛んでいないのは、単にナイアーラトテップが絶妙な手加減をしたというだけの話である。
「ガ・・・ぁ・・・・・・!!!」
「痛いでしょう?辛いでしょう?・・・いくらその権能が有るとは言え、ソレは肉体的損傷にのみ効果のある権能です。精神面でのサポートはしてくれませんよ?・・・痛みでショック死した場合なども同様です。・・・早めに降参することを、お勧めします。」
意識して、感情の篭らない喋り方をする彼女。少しでも情を向ければ、自分から彼に駆け寄って介抱したくなってしまう。それを我慢しているのだった。
「・・・ハッ・・・!この程度で止まるかよ。この程度、覚悟してきたさ・・・!」
だが、そんな彼女の葛藤を知ってか知らずか、護堂は立ち上がった。足はふらついているし、服はボロボロで大量の血液が付着しており、無事な部分など全く存在しない。・・・しかし、彼の体自体には、ほんの少しの傷も存在していなかった。
「まだ挑める。一回で攻略出来なかったから何だ?俺は、長年キャッチャーをやってきた。天才とも呼べる凄腕のバッターとも、何度も戦ってきた・・・!俺の作戦ミスで一度打たれたからって、そこで諦めてちゃキャッチャーなんて務まらねぇんだよ!」
そこで、彼はもう一度ナイアーラトテップを見つめた。彼の瞳に宿る不思議な光。彼女は、それに見惚れてしまった。
「命がまだある!体の回復手段も持ってる!諦める必要がどこにある!?経過なんて重要じゃねぇ!求められるのは、何時だって結果だ!!!」
何度失敗しようとも、最後に立っていた者が勝者だと。途中で何十点奪われようと、最後の最後に逆転負けする可能性はゼロではないのだと。そう、彼は叫んだのだ。
「・・・っ!―――そうですか。なら、貴方が諦めるまで、何度でも叩きのめして差し上げます!!!」
ここにきて、彼女が少しだけ本気になった。
彼女は理解したのだ。生半可な攻撃を続けても、彼は諦めないと。彼女の望む結果を手にするには、彼の体ではなく、心を折らなければならないのだと。
そう悟った彼女は、左手を手のひらを上に向けて突き出した。
「見せてあげます。これが、神々の力。人間が抗うことも出来ない、まつろわぬ神という、災厄の力です!!!」
彼女から吹き出た呪力が渦となり、彼女の腕に巻き付いた。禍々しい気配を放つその呪力は、次第に手の平へと移動する。護堂は、吹き荒れる呪力の嵐に飛ばされないように、強く踏ん張る必要があった。
両手で顔を庇いながら彼女を見た護堂は、彼女の手に小さな物体が出現したのを確認する。
それは、歪な形をした、奇妙な箱。既に開かれているその漆黒の箱には、これまた漆黒の多面体が収められている。その漆黒の球体には、所々に真紅の線が錯綜しており、七本の支柱によって支えられているのが見て取れた。
「―――っ!」
ブワっと体中に汗が吹き出るのを、護堂は感じ取った。これまでの戦いでも、何度も死を覚悟したし、この異常な気温である。エリカの魔術により保護されているといっても、流石に暑さを感じなくするというのは不可能だ。その暑さにより、今までも護堂は滝のような汗をながし続けていたのだが・・・この物体を見たその瞬間、今までの比ではないほどの恐怖が、彼を襲ったのだ。
(ヤバイ・・・!アレは、ヤバイ・・・・・・!!!)
咄嗟に、前に進もうとした。彼の体の制御を、本能的な恐怖が奪い去ったのだ。
(アレを、奪わないと・・・!!!)
しかし、彼の行動は、何の意味もなかった。
何故なら、彼女が後しなければいけないことというのは・・・ただ、箱を閉じるだけだったからだ。
「あ・・・っ!」
その一工程を防ぐことなど、護堂に出来る筈がない。彼が伸ばした手は、一歩も近づくことなく、彼の体から離れた。
「・・・・・・え?」
ブシューッ・・・!という、噴水のような音が周囲に響く。護堂が現状を認識出来たのは、それから数秒後。彼の両腕を、激痛が襲った後だった。
「う・・・アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」
余りの痛みに、喉が裂けるほどに絶叫する護堂。それは、彼の腕が、それまでの重症などまるで嘘だったかのように再生するまで続いていた。
息も絶え絶えな護堂が周囲を見渡すと、先程までは明るかった世界が、漆黒の帳に覆われていた。
「・・・護堂さん。彼が出てきたからには、もう手加減なんて出来ません。・・・これが、最後のチャンスですよ?このチャンスを蹴ったら、後は、貴方の戦意、もしくは、命のストックがなくなるまで、貴方を殺し続けなくてはいけなくなる。」
いつの間に現れたのか、彼女の隣には、見たこともない異形の神が存在していた。
「・・・・・・。」
この、全てを塗りつぶすような漆黒の世界に浮かび上がる漆黒。腕と足、そして、コウモリの翼のような物を生やしたその神の一番の特徴は、この闇の世界で輝く、真紅の三眼だろう。その神は、一言も喋らずに護堂の事を凝視していた。
「・・・・・・・・・っ!」
腕を切り裂いたのは、間違いなくこの神だろう。そう思いながらも、護堂はフラフラと立ち上がった。その目に、拒絶の意思を載せて。これ程の絶望の中でも、彼は未だ、戦意を失っていなかったのである。
「・・・・・・・・・何て、馬鹿な人・・・!」
(でも、そんな彼を殺せない私も、邪神の枠からは外れているのでしょう・・・)
彼女は、彼から顔を背けた。これ以上彼の事を見ているのは、彼女にとってとても辛い事だったから。今から始まる惨劇を見たくなかったのだ。
「・・・それでは、後は頼みました。・・・いいですね?絶対に殺さないこと。人間が発狂するような攻撃も避けること。ただただ無造作に、彼の命のストックを削り取って下さい。」
そう言って、彼女は近くのコンクリートに座った。この場から居なくならなかったのは、せめて最後は彼の傍にいたいという感情の現れかも知れない。
「・・・。」
コクリと、その異形の神は無言で了承すると、護堂に向き直った。
「ハッ・・・!本命にたどり着く為には、まず門番を退かさないといけないっていうのは、基本だよな・・・!!!」
先ほどの痛みを思い出し、勝手に震える体を無理矢理に動かして、彼は漆黒の神と対峙した。
「行くぞ神様!アンタたちに、人間の意地を見せてやるよ!!!」
戦いは、まだ始まったばかりである。
後書き
今度こそ、バトル回ですよ!
っていうか、護堂さんが上条さんみたいになってるけど・・・まぁ、些細な問題ですよね。
ところで、なんかランキングが十位までしか表示されないようになっているんですが、これは私だけですかね?なんか設定でもミスったんだろうか?皆さんはどうですか?
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