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戦国異伝

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第百三十二話 越前攻めその八

「それは幾ら何でも」
「ならんというのか」
「はい」
 狼狽している顔で答える。
「織田家とは盟約を結んでいますし」
「しかもじゃな」
「右大臣殿は朝廷と公方様から朝倉家の仕置を任されています」
 大義名分があるというのだ、織田家に。
「それは我等も知っていますし」
「だから織田家を討つ道理はないというのじゃな」
「しかも我等は一万程度です、十万を超える織田家に向かうのは」
「後ろから攻めるのじゃ」
 久政は平然としてこう返した。
「朝倉殿と袋の鼠にする、これではどの様な大軍が相手でも怖くはないわ」
「ですが大義名分は」
「そのことはご心配なく」
 ここで久政の左右に控える僧のうちの一人が言って来た、二人の僧のうちの一人である無明だ、彼が口を開いてきたのだ。
「既に公方様から密命を受けております」
「公方様とな」
「ここに」
 その書を懐から出して長政達に見せる、しかも。
「公卿の高田様からも密命を受けています」
「高田様とな」
「はい、御存知ありませぬか」
「聞いたことはある」
 長政もこの家の名は知っている、摂関家程ではないが古く位も高い家である。98
「お会いしたことはないが」
「その高田様から帝にお話されるとのことです」
「ではか」
「はい、朝廷についてもご心配は無用です」
「ならよいな」
 反論を許さない、まさにそうした口調だった。
「我等はすぐに朝倉殿をお助けに向かう」
「その一万の兵で」
「既に兵は集めておる」
 肝心の彼等もだというのだ。
「今国中に知らせておいた」
「では」
「今すぐに兵を起こせ、わかったな」
 有無を言わせぬ口調だった、かくしてだった。
 浅井は兵を挙げた、その指揮にあたるのは長政だった。
 長政は自ら浅井の一万の兵を率いて越前に向かう、だがその出陣の時にだ。
 市と会った、市は素早く具足を着に向かう夫を見てこう言ったのだった。
「何処に行かれますか?」
「いや、これは」
 長政は嘘を言えない、性格的にそれは無理なのだ。
 それで目を横に逸らした、市はそれで瞬時に察した。
 しかしその察したことは言葉に出さず夫にこう言ったのだ。
「ではお気をつけて」
「済まない」
 長様は妻に頭を少し下げて返した。
「ではな」
「はい、それでは」 
 このやり取りだけだった、お互いに多くは言えなかった。
 長政は馬に乗り紺の兵達を率いる、だがここで。
 彼と共にいる家臣達がこう言って来たのだ。
「殿、やはりです」
「今回のことは」
「織田殿へ弓を引くことは裏切りです」
「あってはならぬことです」
「大殿は何をお考えでしょうか」
「これは」
「言うな」
 長政は唇を噛み締めつつ怪訝な顔で言う彼等に返した。
「決してな」
「左様ですか」
「言ってはなりませぬか」
「わしは子だ、子は父の言葉に従うものだ」
 一度父を隠居させる時に幽閉している、このことを今でも不孝として深く恥じているが故にこう言ったのである。 
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