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剣風覇伝

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第十三話「神託」

「期待?・・・・・・だと?思い上がるな!貴様は、父に完膚なきまでに打ち殺されたではないかそんなものが神の使いを名乗るなど貴様など、死んだままでいればよかった、なぜ神はこの人間を生き返らせたのだ?ましてや父が貴様に期待だと?そして父は生きようとしてるだと?」
 死神はタチカゼに怒りを見せ、呪いの言葉を吐き出す、だがタチカゼの言葉を繰り返し、想うように言葉の意味をかみ締めるとなぜだか憤りを通り越して涙がこぼれた。死神が涙を流したのだ。
「父は生きようとしている。どうして?父さん・・・・・・もういいじゃない。わたしは死の川を渡って神に会い、あなたを安らかに眠らせる力を授かった。父は誰でもない私の手によってあの世に送ってあげるつもりで今まで・・・・・・!でも父は死にたいと願っていないと?生きようとしていると?」
そこにいたのは大鎌を持ち死の淵から死者を屠る者ではなかった。苦しみ悩み、そしてずっと心の中で泣き続けていたただの女の子だった。そして今、その涙を目にどっと流しているその娘は、もはやその重たく冷たい鎌を持つ力などなくなっていた。
「おぬし、娘である自分の手で父を死なせてやろうとしたのか・・・・・・。それも死の川を渡ってとは、もしやおまえはもうこの世にはいないのか?」
「当たり前でしょう。私が生きていれば父の唯一の安らぎに私がなれた、私は孤独で悲しい父の人生を明るく灯してあげようと思った。だけど、母が死んだその夜、私は病気に倒れた。死病よ、黒死病(ペスト)にかかってたの」
 ふとたずねた言葉が思ってもみない過去を掘り出した。そしてそれに凍りついた。
「な・・・・・・に?」
「黒死病(ペスト)、このあたりでは死病といわれている病よ、血がどんどん腐って肌が黒ずんでいく、人から人へ感染してまるごと町を飲み込んで死者をだす病。私と父は城の内でひっそりとしているしかなかった。死病と闘い苦しみもがき日々、衰えて死に絶えていく私の姿に父はついに耐え切れなくなって人間の医者にすがった。雨の日だった。父はこれまでのことを泥濘に這いつくばって謝り私を助けようとした。だが医者は死病の私を見て抵抗しないことを固く誓った父の前から大勢の人間を使って父から私を引き離し町の人間たちに黒く変色した醜い肌を持った私をさらし者にした。町の人間たちは死病の恐怖から私を死神と罵り、火あぶりにしようとした。父がそのとき、どれほど人間を憎しんだかその場の人間を手で八つ裂きにした。私と父は吸血鬼と死神と蔑まれとうとう私はそのまま息を引き取った、私は死者となり彼岸から父を見た一人苦しんで泣いて過ごす父を見て私は私を死神といって父から引き離した奴らが許せなかった」
「だから死神になった・・・・・と?」
「そう、でも私は奴らと同じ様にはならない!父さんも奴等と同じようにはしない、だから父さんが少しずつ永久の時間の中、母と娘を一度に人間から奪われた憎しみで壊れていく前に父さんを救おうと思ったのよ!ねえ、本当に父をあなたは救えるの!?もしわずかでも自分に自信がないなら、もう私たちを放っておいて。私は父に最後を言い渡す。私の死の宣告は絶対にして確実よ、私は父に音もなく安らかな死を与えることができる。そしてあの世で一生誰にも害されることなく父を母と再会させ、その時こそ、私は死神の任を解かれ、私は父と母の元に帰る」
「そんな、そんなことが」
「これで分かった?あなたが生き返ったのはたぶん、あなたには別の使命があるからよ。そしてあなたを私たちに引き合わせたのはたぶん、あなたに知ってほしかったのだと思う。あなたが人間の英雄として生きるなら私たち、人間の敵である魔族にもけっして良心がないわけじゃないということを」
「だが、俺は、俺は!」
「やはりね、あなただって迷いがある。ならお願い、私たちを放っておいて。わたしは父に死を与えにゆくわ、でもありがとう。一瞬だけでも私は人間に希望を持つことができた。あなたがもしこれから今抱いてる迷いを一生抱いて自分の人生を進むのならあなたはもしかしたら偉大な人になるかもしれないわ」
「ルシア、待ってくれ!こんな終わり方はあんまりだ。おまえの言うことが本当なら神はなぜ君たちをこの世に誕生させたのだ」
「その問い方を多くの人間が神にする。私もそう何度も神に問うた。何故と、何故私たちをこの世に産んでおいて、こんなにも苦しめるのかと、だけどね、その逆だってあるこの世に産まれなければ、苦しみもないが、喜びというものも味わうことはない。私たち家族はそう、ヴァンパイアと人間だけどその垣根を越えて結ばれ少しの間だったけど確かに幸せなときもあったのよ?父が奪い去ったこの町の女たちも町で暮らしてたころはいろいろ悲しみや喜びがあったでしょう。でも父はそんな女たちから人間である喜びは奪ったがヴァンパイアとしてどう生きるかの自由は奪わなかったわ。望むものには教育も施したしけっして惨めには扱わなかった。彼女たちは今では父の傀儡に成り果てたけど、その前は私や母や父にさえ笑顔を見せてくれたわ」
ルシアはもうすでに立ち上がって城の方へと歩いている。今ではもう失っていた深い覚悟も蘇らせて、その口から出る言葉はかえって道を見失ってしまったタチカゼに送っているようだった。
 タチカゼは、ルシアを追っていくことができない。足も心もルシアを追うにはまだまだお前は浅はかだと宣告しているようだった。
 それを見た死神色に染まったルシアの顔は少し笑みを帯びて、そしてその大鎌は、城へと繋ぐ道を一振りで破壊した。破壊された道の底は闇がうねっている。
「あなたはこれを越えられない、これは死神だけが使える技、この大鎌が断ち切ったものはすべてあの世とこの世の隔たりを与える。ごめんなさい。あなたはこうでもしないと必ず追ってくると思うから。そしてこれは私からのせめてものはからい」
ルシアはその手から闇色の波動を放った、その波動はタチカゼの視力と意識を奪った。タチカゼは一瞬にして闇の中に閉じ込められた。
「な・・・・・・何を、何・・・・・・だ?目・・・・・・っが!くっ何・・・・・・も見え・・・・・・な・・・・・・い」
「あなたの視力と意識を一時的に奪いました。あなたがもしこの隔たりを超えようとして闇の中に落ちるとあなたは死んでしまうからそれはなんだかされたくないので」
 意識が閉ざされ、そしてしばし暗い世界がタチカゼを立ち止まらせた。その間、タチカゼは眠りに落ちているようだった。そしてだんだん、明るさが世界を照らし始めた。ルシアのあの哀しい唄が聞こえる。クドロワが娘の前で泣いて地面に伏している。ルシアはゆっくり涙しながらでもクドロワから決して目を離さず人知れず死神の鎌を振った。そしてその瞬間強い光があたりを照らしクドロワが天に召されていく。見知らぬ女性がそれを迎え、タチカゼにはその女性が天女に見えた。クドロワが女性を見てその者の名を呼んだ。
「エレナ・・・・・・」
 女性は答えるかわりに見惚れるくらいまぶしい笑みで微笑み返し、クドロワの手をとって天へと昇っていく。
 それを見ていたルシアは静かに大鎌を闇の中に放る。だれかがそれを受け取る。すると、ルシアは死神の衣を静かに脱ぎ捨てた。ルシアはそしてやっと明るい女の子らしい顔になって笑った父を屠った事に涙は流していたがそれでも笑った、笑ったのだ。もはやルシアは死神の任から解かれ父と母の待つ天上へと上がっていった。笑い声があたりに響くエレナ、クドロワそしてルシアその三人の笑顔が見えた、ような気がした。
 そして意識が戻ると自分はさっきの城の道の途中にいた。意識をタチカゼは取りもどした。
そして、気づくと泣いていた。声を出して。
 なんだか分からない憤りのなかで自分が許せないタチカゼが地面に突っ伏してなんども地面を拳に血がにじんでも打ち続けた。何度も何度も。
 城の空は青く晴れ渡っていた。まるで何十年も青空を忘れていて、今さっき思い出したかのように。
 
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