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ヘンゼルとグレーテル

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第一幕その四


第一幕その四

「財布には大きな穴があって胃にはもっと大きな穴がある貧乏人だが今日は福の神が味方してくれたぞ!」
「あの声は」
「ランラララーーーーン、ランラララーーーン」
 お父さんの声です。声は次第に家に近付いてきます。
「けれど腹ペコが一番の料理人!食べる直前は特にな!」
「何があったのかしら、こんな時に」
 そんな明るい声を聞いてもお母さんは暗いままです。
「もう何もないのね」
「只今、母さん!」
 茶色の髪に黒い目の人なつっこい顔の男の人が家に入って来ました。お父さんです。
「今日は凄いぞ!」
「一杯引っ掛けてきたお?」
「わかるかい?」
「わかるわよ、その様子見たら」
 見ればお父さんの顔は見事に真っ赤です。そして実に機嫌のいい顔をしています。
「いいことがあったのね」
「ああ、売れたよ」
「箒が?」
「たんまりとな。ほら」
 お父さんは家の外から大きな籠を引き摺って来ました。お母さんはその中にあるものを見て驚いて席を立ってしまいました。お母さんはそれ程までに驚いたのです。
「あら」
「どうだい、凄いだろう」
 お父さんは籠の中のものを見せて得意げになっています。
「ベーコンにバターに」
「そら豆に玉葱」
 お父さんは籠の中のものを手に取ってお母さんに見せます。
「ソーセージにパン、それにコーヒーまで」
「ジャガイモにパンもな」
「凄いわ、これだけのジャガイモがあると」
 お母さんの機嫌も疲れも元に戻っていました。とりわけジャガイモを見て嬉しそうです。ドイツではジャガイモが本当に人気があります。ドイツ人は毎日パンと同じ位ジャガイモを食べているのです。
「これだけあれば当分大丈夫だよな」
「大丈夫なんてものじゃないわ」
 お母さんはもうすっかり元気になっていました。
「今夜は御馳走よ」
「御馳走か」
「子供達にもたっぷりと食べさせあげられるわ。けど」
「けど。何だい?」
「どうしらの、こんなに一杯」
 お母さんはそれに首を傾げました。
「箒が一杯売れたの?」
「そうさ、領主様のところでお祭りでね」
「へえ」
「それでたんまりと売れたんだよ。おかげでこの有様さ」
「そう、お祭り様々ね」
「そうさ、じゃあ今夜は何を作ってくれるんだい?」
 お父さんはテーブルに着きました。上機嫌でビールの匂いの息を吐きながらお母さんに尋ねます。
「卵を使って何かしようかしら」
「いいな、それは」
「ジャガイモを茹でて」
「ふんふん」
「それにバターをたっぷりとつけてね」
「最高じゃないか、それは」
 ジャガイモにバターをつけて食べると本当に美味しいです。一度食べると止められません。お父さんもそれを聞いただけで涎を垂らしています。
「ベーコンでスープを作って玉葱を入れて」
「あったかいスープをな」
「後は子供達が野苺か何かを持って帰るわ」
「そういえば」
 お父さんはそれを聞いてふと気付きました。
「ヘンゼルとグレーテルは何処なんだい?」
「悪さをしたんで追い出したのよ」
 お母さんはそう言いました。
「悪さをかい」
「そうよ。ミルクの上のクリームを舐めていたのよ」
「何だ、そんなことか」
 食べ物が一杯の今お父さんにとってはそれは大したことには思えませんでした。
「そんなことならいいじゃないか」
「それで箒で折檻しようとしたら」
「また極端だな」
「今思えばそうだけど」
 お母さんもお母さんで腹ペコでそのうえ疲れていて気が立っていたのです。それでついついカッとなってしまったのです。人間誰しもこんな時があります。
「それでその箒で」
「壺をミルクごとってわけだな」
「ええ」
「まあ仕方ないな」
 お父さんはおおらかにそれを許しました。
「つまみ食いでそんなに怒ることもないさ。それにミルクったって貰ったものじゃないか」
「ええ」
 実はあのミルクは村の人からのおすそ分けでした。それも結構日にちが経っていたのである。
「壺だってどのみちそろそろ駄目になってきていたし」
「買い換えればいいわね」
「そうさ、お金も今はあるしな」
 お父さんは財布も取り出しました。
 
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