ヘンゼルとグレーテル
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第一幕その三
第一幕その三
「なあグレーテル」
「何?」
「ほんのちょっとならわからないよ」
「何がよ」
「クリームさ」
「だからそれは駄目よ」
妹はまた兄を叱りました。
「あれでお粥作ってもらうってさっき言ったじゃない」
「けれどさ」
だが食欲には勝てません。育ち盛りだからです。
「ほんのちょっとだよ」
「ほんのちょっと?」
「そうさ」
妹の困ったような顔を見て兄はもうすぐだと思いまhした。そう、もうすぐです。
「指に少しだけならわからないよ」
そして自分の人差し指を妹に見せて言います。
「それだけならいいだろう?」
「見つかったって知らないわよ」
「ばれやしないって。そんなに言うんなら御前だってどうだい?」
「ほんの少し?」
「そう、ほんの少し」
妹も引き込むことにしたのです。こっそりと彼女も引き込みます。
「それだけだったらいいじゃないか」
「そうね」
結局グレーテルもそれに賛成してしまいました。実は彼女も腹ペコだったのです。空腹は何者よりも手強い悪魔です。特に子供にとっては。
「じゃあ一口」
まずは兄が口に入れる。
「私も」
次に妹が。次第に一口だけでなくもう一口、また一口となっていきます。クリームをあらかた舐めたその時でした。
「只今」
お母さんが家に帰ってきました。痩せて目が大きく、黒い髪を後ろで束ねています。服もくたびれよれよれでそれが一層疲れた様子を見せています。
「えっ」
「あっ」
ヘンゼルとグレーテルはギョッとしてお母さんを見ます。その口の周りには。
「あんた達」
お母さんは二人の様子を見て見る見るうちに顔を真っ赤にさせていきます。
「一体何をしてるのよ!」
「あっ、これは」
「その」
「そのミルクは駄目だって言ってたでしょ!どうしてわからないの!」
お母さんはカンカンになって二人を叱りはじめました。
「それでミルクのお粥を作るのよ!それなのに」
「舐めたのはクリームだけだよ」
「そうそう」
二人は必死に言い訳をします。けれどお母さんは聞きません」
「そんな問題じゃないのよ!それがどんなに大切なのかわかってないのね!」
その手に箒を握って二人に襲い掛かります。
「この悪ガキ共!もう許さないから!」
「うわっ!」
「お母さん許してよ!」
「悪い子は許さないよ!そこで大人しくするんだよ!」
折檻をするつもりでした。ところが。
二人が箒を慌てて避けるとそこにはミルクの壺が。箒は見事ミルクの壺を叩き割ってしまいました。
「ああっ!」
「ミルクの壺が」
「何てこと」
これには二人も言葉がありません。割ったお母さんはもう呆然としています。
「ミルクが・・・・・・」
「どうしましょう」
「どうすればいいのよ、これから」
お母さんはその壊れてしまった壺を見て途方に暮れています。
「ミルクがないと今晩は何もないのよ」
「何も!?」
「そうよ。折角お粥を作ろうと思ったのに。それがないと」
「あのお母さん」
ヘンゼルが恐る恐る声をかけます。グレーテルがその側に寄っています。
「だったら僕達」
「何を食べたら」
「あんた達の食べ物なんか何処にもないわよ!」
「えっ!?」
「嘘っ!?」
「嘘じゃないわよ!もう家には何もないの!」
かなりヒステリーになっています。無理もありません。
「じゃあ僕達このまま餓え死に!?」
「そんなの嫌よ!」
「嫌だっていうのなら森にお行き!」
お母さんはあまり何も考えずに、怒りに任せて言いました。森に何がいるのかよく知らなかったのである。
「それで野苺でも採って来るんだね!それが夕食だよ!」
「う、うん!」
「わかったわお母さん!」
二人は慌てて壁にかけてある籠を手に取って頷きました。
「その籠を一杯にしてくるまで家に入れないからね!わかったわね!」
「はあ〜〜〜〜〜い!」
「それじゃあ行って来ます!」
二人は逃げるように家を飛び出します。こうして家にはお母さんだけになりました。
お母さんは壁にかけてあるモップでミルクを拭き壺の欠片を箒で掃除します。それが終わって疲れ果てた顔でテーブルにへたれ込みました。
「もうこれで本当に何もないのね」
言ったところでどうにかなるわけではありませんが言わずにいられませんでした。
「ミルクも。パンもあと少し」
だからお粥にしようとしたのです。お粥は量を誤魔化すのにもいいのですから。
「何もないなんて。これからどうなるのよ」
お母さんはさらに暗い気持ちになっていきます。
「これからはお水だけなのかしら。そんなのじゃ」
「やったぞ、やったぞ母さん!」
「!?」
そこで家の外から大人の男の人の声が聞こえてきました。
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