アイーダ
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第二幕その七
第二幕その七
「聞くのだエジプトの誇りよ、人の心には怒りと憎しみがある」
「はい」
ラダメスもそれに頷く。それは彼もわかっている。
「それは承知しているつもりです」
「ならば何故だ」
「それでもだ」
「慈悲は神々の教えではないのですか?」
「うっ・・・・・・」
この言葉にはランフィスは逆らえなかった。彼は神に全てを捧げているからだ。
「確かにそうだ」
怯みながら答えた。
「それでは」
「わかった」
彼も遂に折れた。しかしまだ言った。
「しかしだ。平和と安全の証がいる」
「それは」
「確かにあの強猛なアモナスロは死んだ」
彼もそれを信じていた。
「しかしだ。人質もまた必要なのだ」
現実的な案と言えた。彼はこの時彼なりにエジプトのことを考えていた。
「それはわかると思うがな」
「この者をですか」
アモナスロをエチオピア王とは知らずに見てから問う。
「そうだ。それが条件だが」
「お父様」
「よい」
アモナスロは囁いてきたアイーダに囁き返した。
「それならばな。よい条件だ」
こう述べてきた。
「人質一人で済むのなら」
「それでは将軍よ」
ランフィスはまたラダメスに問うてきた。
「それでよいな」
「はい」
ラダメスは謹厳な顔でランフィスの問いに答えてきた。毅然として顔を上げているのはそのままである。ランフィスもまた毅然として彼を見ていた。二人の視線がぶつかっていた。
「それで。不平はございまん」
「わかった。ではファラオよ」
ランフィスは彼の言葉を受けてファラオに顔を向けてきた。彼はそこに座ったままやり取りを見守っていたのだ。
「このようで宜しいでしょうか」
「よい」
ファラオは彼の言葉に追うの威厳を以って応えた。
「それでよいぞ。それならばエジプトの安全も保たれる」
「わかりました」
「寛大なファラオに栄光あれ!」
「これこそが王者の慈悲!」
兵士と民衆達はそれを聞いてファラオを絶賛した。彼は自身へのその声を姿勢を崩すことなく聞いていた。彼はここでも王者であった。
その王者の口がまた開く。そしてラダメスに問う。
「そしてだ」
「はっ」
主に対して頭を垂れる。その彼に対して告げる。
「その人質であるが」
「私が」
アムナスロが出て来た。
「お父様」
「よい」
また娘に囁いた。
「私に考えがある。よいな」
「お考えが」
「そうだ」
娘に囁いて告げる。その顔は真剣なものであった。
「だからだ。御前は何も案ずることはない」
「ですが。何か得体の知れない胸騒ぎが」
「父に任せるのだ」
不安を隠しきれず眉を顰めさせ右手の平を自分の胸に添える娘に対して述べた。
「ここはな。よいな」
「わかりました」
その言葉に頷くことにした。
「それでは」
「うむ、よいな」
「はい」
こくりと頷く。アモナスロは娘とは違い轟然とした顔であった。彼もまた王者としての威厳をそこに漂わせていた。しかしそれに気付く者はアイーダしかいなかったのであった。
「私で宜しいでしょうか」
「そなたがか」
「そうです」
敵の王に対して告げる。
「私一人の犠牲で同胞達が救われるのならばそれでいいのです」
「よいのか、それで」
ファラオは彼に問う。
「そなたは死ぬまで祖国に帰られぬかも知れぬのだぞ。それでも」
「望むところです」
口元に微笑みさえ浮かべてきた。実際にその決意は本物であった。
「ですから」
「わかった」
その言葉を聞いてファラオもまた断を下した。
「では人質はそなたにする。よいな」
「はっ」
ここで片膝をついて一礼する。
「有り難き幸せ」
「これでまずは終わった」
「ええ」
ランフィスがその言葉に頷く。
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