| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

アイーダ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第二幕その六


第二幕その六

「どうかここは」
「なりません」
 神官達も引かない。あくまで言う。
「ここはどうか」
「鎖か剣を」
 鎖ならば奴隷、剣ならば処刑だ。そういうことであった。
「御慈悲を」
「なりませぬ」
 彼等の攻防は続く。しかしここで民衆が加わった。
「ファラオよ」
 彼等もファラオに訴えかけてきた。
「ここは寛容を」
「御願いします」
 彼等は捕虜達に同情を示してきた。それは神官達の日頃の独善と強権を知っているからである。だからこそ彼等についたのだ。
「せめて彼等の命だけは」
「どうか」
 そうファラオに対して嘆願する。
「御願いします」
 アイーダは父の側に寄り添って言う。
「どうか私の国の者達を」
「助けて欲しいのか」
「そうです」
 ファラオに対して述べる。
「御願いですから」
「アイーダ」
 ラダメスはそんな彼女をずっと見ていた。アムネリスはその視線に気付いた。
「やはりあの方は私ではなく」
 まずは悲しみに心を覆われた。
「あの女を。やはり」
 次に嫉妬に覆われた。これが彼女の不幸のもとであるがそれには今は気付かなかった。気付くのは後悔に打ちひしがれた時であった。
「ファラオよ」
 アモナスロはまたファラオに声をかける。決して誇りを失ってはいない。その声を今敵の王にかけるのであった。そこには彼なりのエチオピアの王としての誇りと意地があった。
「どうかここは」
「なりません」
 しかしランフィスも言う。
「せめて奴隷に」
「いえ、それも気の毒です」
 民衆達もまた言う。
「御慈悲を」
「御願いします」
「わかった」
 彼等の言葉を全て聞いたうえで決断を下してきた。
「我等は勝った」
 顔を上げてまずそれを宣言する。
「はい」
 皆がそれに頷く。それは事実だった。
「それでは勝利者は寛容でなくてはならぬと思うが」
「ですが」
「いや」
 ランフィスが何か言おうとすると今まで何も言わなかった大臣達が動いてきた。既にラダメスの周りには軍人達がいる。
「ファラオの言われることはもっともであります」
「全くです」
 形勢が有利になったと見て彼等は捕虜達の助命に動いたのである。日和見を決めていたがここでようやく判断を下したのであった。
「だからこそ」
「そなた達も賛成なのだな」
「そうです」
「ここはファラオの寛容さを御見せする時です」
 彼等は口々に述べる。
「宜しいでしょうか」
「馬鹿な、敵に慈悲なぞ」
 それでもランフィスは反対しようとする。
「何の意味もない。ここは果断であるべきだ」
「お待ち下さい」
 ラダメスも言ってきた。
「将軍」
 ランフィスが彼を見下ろすと既に将兵は彼の周りにいた。それがどういうことなのか、わからない彼ではなかった。
「私はファラオの御遺志に従います。いえ」
 一旦首を振って述べる。
「私もその考えです」
 アイーダをちらりと見た後で述べた。その僅かな動きもアムネリスは見ていた。胸の痛みと憎しみに耐えられなくなっていたが今はそれを必死に隠していた。
「将軍、馬鹿な」
「慈悲は快いものとして神々に届きエジプトとファラオに幸福をもたらすでしょう」
「その通りだ」
 ファラオもラダメスの言葉に満足した顔で頷く。
「だからこそだ。よいな」
「そしてファラオよ」
 この機会を待っていたかのようにラダメスが一歩進み出てきた。片膝をつき恭しく述べる。
「私の願いですが」
「何だ?」
「どのような名誉も財産もいりませぬ」
「いらぬと申すか」
「はい、私が欲しいのはファラオの慈悲です」
 頭を垂れそう述べてきた。
「貴方の御慈悲こそが」
「そしてその願いは」
「捕虜達の解放です」
「馬鹿な、そんなことをすれば」
 ランフィスはそれに首を横に振った。
「またエチオピア軍は攻めて来る。何の解決にもならない」
「ですがランフィス殿」
 ラダメスはここで立ち上がった。ランフィスを見上げて言う。
「敵の王アモナスロは死んだではないですか。彼さえいなくなれば」
「将軍」
 ランフィスは決してラダメスが憎くはない。むしろその才と私のない純真な心を愛している。彼個人としてはラダメスにはいとおしささえ感じている。しかし彼としては認められなかったのだ。その立場と考えから。彼もまた自分に対して、自分なりにエジプトに対して嘘はつけなかった。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧