駄目親父としっかり娘の珍道中
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第15話 後悔ってのはした後で気付くもの
フェイトは頭の中が真っ白になっていたのを悟っていた。何も考えられない。何も考える事が出来ない。そんな状況だったのだ。それ程のショック的な事が今、目の前で起こってしまったのだ。
顔面は酷く蒼白し、唇が震えている。それに連動する様に手も酷く震えており、その動きは、彼女が持っているデバイスにも現れていた。
そして、そのデバイス、バルディッシュが放つ閃光の刃は本来突き刺す相手とは違う相手を刺し貫く結果となってしまった。
「な、なのは……何で? どうして……」
フェイトは信じられなかった。本来なら坂田銀時を倒す為に振るった筈の刃。その凶刃は、本来刺し貫くべき者ではなく、自分が守ろうと決めた者に突き刺さってしまったのだ。
幼く小さい体に閃光の刃が深く突き刺さっている。まるで串刺しであった。刃の穂先は胸を貫通し、背中を突き抜けている。その光景は目を覆いたくなると言える光景であった。
「な、なのはああああああああああああ!」
隣で銀時が叫んだ。背中の傷の痛みなど感じてる暇すらない。今、銀時の目の前で、彼の大切な一人娘が無残な姿にされたのだ。
銀時は、今心底自分を悔いた。何故、あそこで諦めたのか。
何時もならどんな時でも決して諦めなかった筈なのに。
何時の間にか力だけでなく心までも弱くなってしまったようだ。その自分に、そして、なのはを殺したフェイトに、銀時は激しい怒りを募らせた。
目の前で、なのはの両腕が力なく垂れ下がる。命の糸が切れた事を表す仕草だ。
もう、なのはは目覚めない。何も言う事はない。もう、この世には居ない。その事実が二人に痛く突き付けられた。
「てめぇ……」
木刀を強く握り締め、銀時は立ち上がった。怒りが痛みを超えた。抑えていた手を戻し、鋭い眼光でフェイトを睨む。もう不利だとか、勝敗だとか、そんなのはどうでも良い。只、ただただ目の前の人間が許せなかった。それだけの事だ。
その時だった。
バルディッシュの刃が突き刺さった箇所、丁度なのはの胸部に当る部分から閃光が発せられた。思わず目を覆う程の閃光が放たれ、近くに居た銀時とフェイトは揃って視界を奪われてしまう。
更に、閃光だけでは終わらなかった。バルディッシュを通じ、閃光はフェイトの内に宿る力を吸い出し始めたのだ。
バルディッシュを握る手から感じられる感覚。自分の魔力を吸い取られる感覚を感じ、フェイトは戦慄した。
「え!」
咄嗟にフェイトはバルディッシュを手放して離れた。その間も、閃光はバルディッシュに残っているであろう微量な魔力を貪欲に吸収していく。
やがて、残っていた魔力を粗方吸い終わると、バルディッシュは再び待機形態に戻り地面に落ちてしまった。
それと同時になのはの体を纏っていた光は徐々に消えていき、やがて完全に消え去ってしまった。
視界を覆っていた光が消えた事を悟り、銀時は目を開く。
目の前には、変わらぬ姿勢のままのなのはが其処に居た。
「お、おい……大丈夫か? なのは」
銀時が声を掛ける。しかし、それに対しなのはは全く反応を示さない。立ち上がり、そっとなのはの肩に手を置く。
グラリッ!
銀時の目の前で微動だにしなかったなのはは、何の抵抗もなくその場に倒れ付してしまった。
「え? お、おい……嘘だろ? おい!」
信じられない光景が其処にあった。信じたくない。認めたくない。
その思いが銀時の脳内を埋め尽くしていた。だが、認めねばならない現実が其処にはある。
まさか、まさか本当に……
銀時は自身の胸の内に芽生えだした不安を払い除ける為にそっとなのはの首筋に手を置いてみた。
脈はあり、体温もある。どうやら死んではいないようだ。ホッとなる。
が、顔色を見るとその安心も消え去ってしまった。
なのはの顔は真っ赤になっている。息も荒くなっているし、額に手を置くと信じられない位の熱さが手に伝わってきた。
明らかにやばい状態だと言うのは分かる。
「くそっ、何だってんだよこれは……まさか?」
全く訳が分からなかった。今まで見たことのない現象でもあったからだ。いや、銀時はこの現象を知っていた。経験した事があるからだ。
***
それは、銀時がなのはを育てる事になってから3年の月日が流れた春先の日の事。
その日の朝、相変わらず元気だった筈のなのはが突如倒れてしまったのだ。
突然の事態に銀時はまともに対応する事など出来ず大慌てとなり、騒ぎを聞きつけたお登勢も駆け付ける程の大事となっていた。
「……」
「お、おいババァ! 大丈夫なのかよ? なのは、死んじまうのかぁ?」
布団に寝かされたなのはの顔は真っ赤だった。息も荒くとても苦しそうに眠っている。
そんななのはの額に当てた水に濡らした布巾を再び濡らして冷たくして被せなおすお登勢に対し、銀時はどうしたら良いのか分からずおろおろする次第であった。
「しゃんとしな! それでも父親かぃ? 情けないったらありゃしないよ」
「うっせぇよ! 今の俺はなぁ……駄目だ、ボケる気にもならねぇ」
普段だったら即興でボケをかます銀時ですら、現状では全くボケられない程深刻な事態であった。
今のなのははまだ3歳と言う幼い子供だ。そんな子供のなのはがこんな深刻な事態に陥ってしまった。
現状のなのはに病に打ち勝てる程の体力があるとは思えない。このままだと最悪の事態すら有りえる。
「それより、医者はちゃんと呼んだんだろうね?」
「あ、あぁ……さっき呼んどいたぜ」
銀時が頷いたのとほぼ同時に玄関を叩く音が聞こえた。お登勢はなのはの容態を見るので忙しいので今回は銀時が変わりに玄関に向かい戸を開いた。
「急患があると聞いてきましたが、此処で宜しいですか?」
「おぉ、良いタイミングだ。すぐに来てくれ」
其処に居たのは噂をすればであった。白衣に聴診器、それに診療道具を手に持ったちょんまげ姿の医者が目の前に居た。
すぐさま医者を上げ入れて部屋へと案内する。部屋に入ると相変わらず苦しそうに眠っているなのはとその看病をしているお登勢の姿が目に入る。
「来たんだね。それじゃ、後は頼むよ先生」
「分かりました」
お登勢の居た場所から入れ替わるように医者が座り、診療道具を側に置き、なのはの容態を見る。
額に手を当てたり、脈を計ったり、聴診器を胸に当てたりしていた。その後ろで銀時とお登勢は祈る思いでそれを見守っていた。
時間的には十数分程度経った辺りだろうか。それでも銀時達にとっては数時間の時が過ぎたような錯覚を覚えていた。聴診器を外した医者が踵を返して銀時達の顔を見る。そして、その面持ちはとても暗かった。
「ど、どうなんだい? 治るのかい?」
「残念ですが……こんな容態は始めて見ます」
医者が首を横に振り否定の言葉を述べた。即ち、匙を投げたのだ。この病は自分では治せないと諦めたのである。
「てめぇ、何抜かしてんだゴラァ! 医者だろうが、治せよ! 無理なんて言ってねぇで治せってんだよおい!」
突如形相が強張った銀時が医者の胸倉を掴み上げて睨みつけた。青ざめる医者。しかし、彼が言うようにどうする事も出来ないのだ。医者でもどうしようもない病になのはは掛かってしまったに他ならない。
「無茶言わないでくれ。医者にだって治せない病の一つや二つ位あるんだ! この子は言ってしまえば運が悪かったとしか言いようがないんだよ!」
「てめぇ……それでも医者なのかよ? 治せないってんなら代わりにてめぇをギタギタにして病院にぶち込んだろうかぁゴラァ!」
完全にぶち切れた銀時の右拳が振り上げられる。そのまま医者に向かい固く握り締められた拳を叩き付けるのだろう。
だが、その拳をお登勢が掴み止める。
「ば、ババァ!」
「お止しよ。此処で医者に当り散らしたってしょうがないだろうが」
「だ、だけどよぉ……」
「悲しいかもしんないけどさ……これも江戸の習わしって奴だよ」
そう言うと、お登勢は懐に手を入れ、一本の煙草を手に取り、火をつけてそれを吸った。
まるで、悲しみを誤魔化そうとしているかの様に、お登勢は銀時や医者、そしてなのはから視線を背けながら、煙草をふかしたのだ。
銀時は、もう医者を殴る気などなくなっていた。気がつけば、医者の手を払い除け、そのままなのはの近くに寄り添っていた。
未だになのはの顔は真っ赤に染まっており、息も先ほど以上に荒くなっている。
もう長くはもたない。それは素人目から見ても明らかな事であった。
「……くしょう……ちくしょう!」
小声ながらも、銀時の声が聞こえてきた。固く握り締めていた両拳の甲が上空から降り注ぐ滴で濡れた。それは、銀時の顔から流れ出ている滴だった。
その銀時の顔はた滝の様に流れ出る涙でグシャグシャになっていた。
「何が、何が父親だよ。何が親父だよ! 結局、こんな時に親父は何もする事が出来ねぇ……只、ただこいつが苦しみながら死んでいくのを黙って見てろってのかよ! 冗談じゃねぇよ!」
大粒の涙を流して泣きながら銀時は苦しみの言葉を放っていた。どうする事も出来ない。幾ら銀時が木刀一本でどんな奴でも倒せる強さであったとしても、どんな強者が相手でも決して折れない魂を持っていたとしても、他人の病までは治せない。
そして、今そんな銀時の目の前で一人の幼い命が消え去ろうとしている。
「御免よ……こんな駄目人間の所に来ちまったせいでこんな辛い目にあっちまうなんてよぉ……どうせなら殿様とかどっかの大富豪にでも拾われりゃぁちったぁ楽しい人生を歩めたんだろうによぉ……」
後悔の言葉を述べながら、そっとなのはの頬に手を触れる。名残惜しそうにそっと、なのはの頬に手を添えた。
その時だった。触れた銀時の手を通じて、銀時の体全体に何かが流れ込んでくるのを感じた。
(な、何だ? 俺の体に何かが流れ込んできやがる! 一体何だこりゃ?)
銀時は動けなかった。その力は明らかになのはから流れ込んでくるのが分かる。
見れば、触れている銀時の手が淡い輝きを放っている。そして、その何かは銀時の体全体の身体機能を活性化させる感覚を覚えた。
やがて、触れていた手の光が消え去る。そっと手を離した銀時はその触れていた手を見る。
気がつけば先ほどまで感じていた体の疲れやだるさが消え去っていた。そして、再びなのはの方を見る。見ればなのはの顔色は良くなっており、寝息も穏やかになっていた。
「お、おいババァ! 見ろよこれ」
「何だってんだい? 怒りにパニくってるんじゃないんだろうねぇ?」
苛立ちながらもお登勢もまたなのはの顔色を見る。そして、その顔色が良くなっているのに気付く。
「お、おい! 一体どうなってんだいこりゃ? さっきまであんな死にそうだったのが嘘みたいに良くなってんじゃないのさ? お前一体何したんだい?」
「知らねぇよ! 俺だって訳分かんねぇんだからよぉ!」
「こりゃ……もう奇跡としか言いようがありませんよ!」
医者も驚いている次第であった。治す手立てが全くないと思っていたのが、突然その病が治ったのである。
しかし、銀時達には全く訳が分からなかった。突然病に陥ったかと思ったら、今度は突然病が治ってしまった。
その謎が解明される事はそれ以降なかったと言われている。
***
「ま、まさか……」
かつての事を思い出し、それを再現するかの様に銀時はなのはの首筋に手を置いていた。すると、その手を通じ、またあの時の様に銀時の体全体に謎の力が流れ込んでくるのを感じた。
そして、今度は背中に感じていた痛みが徐々に消えていくのも感じられた。
背中の傷のあった箇所に手を触れてみると、先ほどまで痛々しくあった筈の背中の傷が綺麗さっぱり消え去ってしまっていたのだ。
やはりそうだ。あの時もあの謎の力は銀時の体にあったけだるさや疲労を取り去ってくれた。そして、今度は自分の体の傷を治してくれたのだ。
だが、そのメカニズムは銀時には理解出来る代物ではない。そして、それを知るには、今はまだ情報が少なすぎたのであった。
突如、銀時に向かいオレンジ色の閃光が放たれた。それを諸に食らった銀時は後方に吹き飛ばされる。
「フェイト、逃げるよ!」
放ったのはアルフだった。即座にアルフは放心状態のフェイトの側に駆け寄る。だが、フェイトは未だに正気に戻れないでいた。無理もない。助けようと思っていた大事な友達に刃を突き刺してしまったのだから。
「アルフ……私、私……とりかえしのつかない事を……」
「しっかりしな! あの子はまだ死んじゃいないよ! それより早くその子を抱えて此処からずらかるよ。ジュエルシードもあるから、奴が倒れてる間に早く!」
「う、うん!」
アルフに叱咤されてようやく正気に戻ったフェイト。そして、待機状態のバルディッシュを拾い上げると、今度は空いた両手でそっとなのはを抱き上げた。
今のなのはは未だに微動だにしない。一向に真っ赤な顔になっており息が荒々しい。
「なのは、御免ね……何とかして助けてあげるから!」
フェイトの胸中は今、後悔で満たされていた。助けたいと思っていたなのはに刃を突き刺してしまった。自分はとんでもない事をしてしまった。
その自責の念がフェイトを苦しめていたのだ。
「なのはちゃん!」
「ゴラァ! お前等私の妹分に何する気アルか! さっさと置いていくヨロシ!」
其処へ、新八と神楽が走ってくる。今、こいつらを相手にしている余裕は微塵もない。
「邪魔すんな!」
再びアルフはオレンジ色の閃光を投げつけた。今度は地面に向けてそれを放つ。すると地面が砕けると同時に猛烈な砂煙が巻き上がり、新八達の視界を塞ぐ。
その隙に二人は飛び上がった。
ジュエルシードを封印し、なのはを取り返すことが出来た。もう此処には用はない。後は引き上げるだけの事だ。
「フェイト、危ない!」
「え?」
咄嗟にアルフがフェイトの盾になった。そんなアルフの目の前に飛んできたのは一本の木刀だった。回転しながら猛スピードで木刀が投げつけられてきたのだ。
それをアルフは結界を張り弾き返す。その眼下にいたのは、先ほど閃光に当たり吹き飛ばされた銀時だった。
「やいクソガキ共! 今すぐ家の娘を返しやがれ!」
その時、其処に居た銀時の顔は今まで見たどの顔よりも恐ろしい顔であったのを覚えている。
まるで鬼か般若を見ているような感覚だ。二人揃って銀時に肝を握り潰される感覚を覚えていた。
「駄目だ、急ぐよフェイト! 今は闘ってられない」
「うん、そうだね!」
二人は本能で察知した。今の銀時に戦いを挑めば、恐らく無事では済まないと。そして、今自分達がすべき事は、今フェイトの腕に抱かれている大事な人の命を救う事なのだと言う事。それだけであった。
銀時には、それを只見送る事しか出来なかった。空を飛べない銀時には、二人を追い掛ける事が出来なかったのだ。
「銀さん……」
「ちっくしょう……ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
銀時は腹の底から声を放った。折角取り戻せた仲間を、大事な娘を、またしても奪われてしまった悔しさを、どうする事も出来なかった自分の無力さを、夜空に嘆くように、銀時は只、叫ぶ事しか出来なかったのだ。
つづく
後書き
次回【子供で駄目な時は無理せず大人に助けて貰おう】
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