駄目親父としっかり娘の珍道中
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第14話 仲良くケンカしなって言うけど……じゃぁ具体的にどうやってケンカすりゃ良いんだよボケがぁ!
日にちが変わるのは年を取る毎に早く感じると言うが、お子様は皆そうは思わないのが多い。寧ろ、日にちが変わるのが余りにも遅すぎて、まるで一日が4日位過ぎた位の感覚を覚えたりする。
が、その感覚も年を取る毎に無くなって行き、大人になると今度は逆に一日が4時間程度で終わってしまっているような錯覚を感じてしまっていたりする。
予断である。
とにかく、何が言いたいかと言うと……前回のおはなしから既に数時間が経過し、世間では既に朝になっていた次第である。
結局、あの後銀時達は戦闘の疲れと久しぶりの再開の気疲れもあったせいか宿に戻るなりそのまま泥の様に眠ってしまったのである。
故に銀時も楽しみにしていたタダ酒、もとい月見酒を楽しむ事が出来ず仕舞いに終わったと言える。
そんな訳で日は変わり朝となった頃から今回のお話はスタートする。
***
「あ~、何だろう、この肩の重みは……」
朝から意味不明な肩の重みを感じるのはご存知志村新八である。昨夜の戦闘の際にあんな歯の浮くような台詞を連呼した為に普段よりも気を使ってしまい、その結果として未だにその疲労が抜け切っていない状態となっていたのである。
しかし、其処は新八。何時までも寝ている訳にもいかない。一日はジェットコースター宜しくF1カー並に過ぎていく激動の時代。そんな時代を布団、又はベットと言う名の無人島で過ごす訳にはいかない。人生は一度しかない貴重な代物。ならば、激動の時代を波乗り宜しく華麗にクールにエキサイティングに乗り切るべきである。
とまぁ、そう思っているかどうかは別として、新八は起きたのである。そして、その新八が向っているのは、普段彼がやっているのと何ら変わり無い事。即ち、自分のオーナーである坂田銀時を起こす仕事である。
新八ですらこんな疲労感を感じているのだ。あれだけ派手なバトルをやらかした銀時ならばきっと未だに疲れが抜けず爆睡状態にあるのは間違いないと言える。
「銀さぁん、もう朝ですよぉ~」
普段どおりの声色と声量で銀時の寝ているであろう襖を開き部屋へと入る。其処にはやはり予想通りと言うべきか、誰でも予想出来る事と言うべきか。部屋の真ん中に敷かれた布団の中で未だに惰眠を貪っている銀時の姿があった。
銀髪の天然パーマに目を閉じてても分かるやる気の無さ。そしてだらしなく開いた口から垂れているよだれなど、明らかにやる気の欠片も感じさせない典型とも言える姿で気持ち良さそうに眠っている銀時の姿がある。
(やれやれ、まぁ仕方ないか。昨夜はあんな凄いバトルをしたんだしねぇ)
新八も銀時の激闘は見ていたので何も言わなかった。銀時は普段は出来る限り自身のパワーを使わないようにダラダラと生きている。が、それは一重にこう言った激しいバトルやシリアス展開に瞬時に反応出来るようにする為にパワーを温存している。
そう仮定しておく事にする。
そんな訳で、このままだと永遠に起きそうにないので仕方なく起こす事にする。
「ほら、銀さん起きて下さいよ。もう朝ですよぉ」
「う~ん、後5時間寝かせてくれよぉ~」
「どんだけ惰眠を貪りたいんだよ! 普通其処は5分でしょ? 5時間って長すぎだよ!」
ツッコミも冴え渡る今日この頃。流石にこれ以上の醜態を見兼ねた新八は意を決して銀時の被っている布団に手を掛ける。古来より起きない人間を起こす常套手段として用いられた戦法だ。
「起きろや糞ボケェェェェ!」
怒号と共に掛け布団を取り払う新八。そこら辺あたりに新八の容赦のなさを感じられる。
が、其処に映し出されたのは銀時だけではなかった。銀時の丁度腹の部分。其処にまるで子猫の様に丸まって眠っている存在が居た。だが、子猫の様にと言ったが別に子猫じゃない。人間の子供だ。
栗色の髪にピンク色の寝巻きを着こなしそのまま静かな寝息を立てている少女が其処に居る。
まぁ、此処まで言えば分かると思うが、其処で寝ていたのはなのはであった。昨夜偶然再会したこの二人。此処に来てからと言う物ずっとお互いを探し続けていたがようやくこうして再会出来たのである。
普段は節約を徹底し、仕事の請負や金銭管理を行い、万事屋の屋台骨となっているが、実際は寂しがりやな面もあり、普段はケンカが耐えない父親と会えない日々はなのはにとってはとても寂しい日々だっただろう。
その寂しさを埋める為にこうして銀時の隣で眠っていたのだろう。
そして、その惰眠を新八は邪魔してしまったのだ。
何とも気まずい空気が辺りに漂いだしていた。
「ん……あれ? 新八君……もう朝なの?」
「えっと……あんたら、ずっと一緒に寝てたの?」
折角起こしに来たのに、気がつけば今度は自分が何処か誰も居ない所で人知れず眠りに落ちたいと思ってしまった新八がいた。
その真相が分かるのは新八だけなのである。
***
とまぁそんな訳で、折角なので昨夜再会出来たなのはを高町家ご一家やアリサ達に会わせる事となった。高町家ご一行もまた突然女の子が居る事に驚きながらもそのなのはを見ているのであった。
「あの、銀さん……この子は?」
士郎が銀時の目の前に居る少女を見ながら尋ねた。しかし、この少女を見て士郎は微妙な感覚を感じていた。
初めて会う筈だと言うのに、何故かなのはを見て初めて見た感覚じゃない。何処か懐かしく感じるのだ。
まるで、遠い昔に何処かで会ったような気がするのだ。
そんな士郎を他所に銀時はなのはの頭に手を置き眠たそうな顔をしたままだるそうに答えた。
「あぁ、こいつは俺のガキだ」
迷う事なくそう言い放った。
それを聴いた瞬間、辺りの空気が一瞬にして冷め切る感覚を感じた銀時は、今まで感じていた眠気が一瞬の内に吹き飛ぶのを感じ取り目を大きく見開いて回りを見回した。
「ぎ、銀さん……あんた、子持ちだった……のかい?」
「て、てっきり……独身かと……思ったんですけど」
恐る恐る尋ねる高町夫妻。どうやら今の今まで銀時は独身だと思っていたようだ。
そして、当の銀時と言えばそんな事かと安堵しつつも……
「あぁ、そうだけど。因みにこいつは俺とは血の繋がりはねぇんだ。ま、昔道端で落ちてたのを拾って、此処まで育てたって奴だな」
「つまり、その子は拾い子なの?」
アリサがなのはを凝視しながら尋ねる。対するなのはも始めて見る同年代の子を物珍しそうに見ている。
嫌、実際にはなのはが見ているのはアリサやすずかが着ている普段着だ。
動きやすさを兼ね備えた裏腹で、美的センスを兼ね備えた春着である。普段から江戸の着物しか着た事のないなのはにとって、アリサ達が着ているその服装はとても珍しく映ったのだろう。
「変わった着物だねぇ。江戸にはそんな着物ないよ」
「え、江戸?」
いきなりぶっ飛んだ事を言うなのはにアリサも返答に困った。以前も言われた通り、この世界では江戸は既に終わっている。実際には500年近くも前の時代だ。
しかし、銀時達にとっては現代なのだ。その辺のギャップが話しの食い違いとなっていたのであろう。
「あぁ、気にしなくて良いよ。こいつちょっと頭のネジが2,3本飛んでるみたいだからさぁ」
「人を馬鹿みたいに言わないでよ! 私が居なかったら仕事も禄に取れない癖に!」
「んだとゴルァ! お父さんになんて口の聞き方してんだてめぇは!」
早速親子喧嘩が始まってしまった。江戸でも普段やってる事なので二人にしてみれば何ちゃない事なのだが、見慣れていない者達にとってはとんでもない光景でもあった。
年の離れた親子が激しい口論を始めているのだから。
「大体おめぇは何時も何時も節約だの倹約だのうっせぇんだよ! 何時も言ってるだろうが! 金が入ったらそれを元手に俺がギャンブルして100倍にも200倍にも増やしてやるって言ってるのによぉ!」
「そう言って何時もスッカラカンになって帰って来るじゃない! そんな危ない橋に大切なお金を預けられないよ! 倒壊寸前のビルに入る位出来ない事だよ!」
「良いんだよ! たまには負ける日だってあるんだよ。次は絶対勝つ! 何せ俺には勝利の女神が微笑んでくれているんだからなぁ」
「勝利の女神じゃなくて貧乏神がついてるんじゃないの? 大体そう言って私お父さんが勝ったの聞いた事ないんだけど! ずぅっと負けっぱなしじゃない」
「あんだとぉ! その幼い体をふん縛って競馬のゴールに括りつけてやろうかぁ?」
「そっちこそ、頭全部剃り落として綺麗に磨き上げてパチンコの玉にしてあげようかぁ?」
次第に喧嘩がどんどんどうでも良い話題にスイッチしていきだしている。何とも下らない理由で喧嘩しているのが明白であった。
しかし、二人の迫力が凄まじいのか、中々仲裁出来ないでいるのだ。
「おぉい、銀さぁん。って、また喧嘩してるんですかぁ二人共」
そんな中へ、新八がようやくやってきた。そして、新八らしく二人の喧嘩の仲裁に入る次第であった。
「とにかく、銀さんもなのはちゃんも落ち着いて下さいよ! 折角再会出来たってのに毎回同じ事してたらこっちが疲れますよ」
「うっせぇよ新八ぃ! てめぇなんざどうせツッコミとかツッコミしか出来ない癖して出張ってんじゃねぇよ! 前回なんかなんとなく主役っぽいポジションに座りやがって! あんな歯の浮く台詞吐いて恥ずかしくないのぉ? 俺だったら言えないねぇ。言ったらきっとその場で歯が全部抜けちまう筈だわ」
「良いじゃん! 普段ツッコミしか出来ないんだからこう言う時にカッコいい事言うのも良いじゃないですかぁ! それにそんな恥ずかしい台詞を言ったって一本も歯が抜ける事なんかありませんでしたよぉ!」
今度は新八とまで喧嘩してしまう始末。もう収拾がつかない状況となってしまっていた。
「おいおい、お前等いい加減にしろよ。何時までも喧嘩してたら一向に前に進めないだろうが! 一向に進まない恋の話じゃないんだぞお前等!」
「んだよ緑川! てめぇリリカルキャラの分際で銀魂ネタ使ってるんじゃねぇよ! てめぇもボケキャラになりたいのかぁ? キャラじゃねぇんだよぉ!」
「中の人の名前言うなぁ! それに良いじゃないか。キャラじゃなくたって時にはボケたい時だってあるだろうが! ってか、そんなの良いからさっさと前に進んでくれ! 何時までこんな茶番を続けるつもりだ。誰もそんな茶番劇求めてないんだよ」
最早このままでは喧嘩で終わってしまうので此処らで切り上げる為に止めに入った恭也ですら喧嘩を売る羽目になってしまったのであった。
が……
「銀さん、その娘の名前……本当になのはって名前なのか?」
「え? あぁ、そうだけど……それが何か?」
目の前には士郎と桃子の二人がなのはの事を見ている。今までの目線とは違う。まるで長年会えなかった愛しい人に出会えたような目線だった。
「え? 何……こいつの顔に何かついてる?」
「銀さん。前に、家の写真立て見ただろ? その時、小さな赤ん坊が居たの、覚えてるかい?」
「あぁ、覚えてる。ちらっとだけど見たしな」
「実は、その赤ん坊の名前も……なのはって名前だったんだ」
「なっ!」
士郎の発言に流石の銀時も驚きを隠せなかった。世の中には同じ名前の人間は沢山居たりする。だが、今回のそれは何処か違う気がする。そう思えていたのだ。
「って、それじゃ……その赤ん坊は何処に居るんですか? 僕達一度も会ってないんですけど」
「会える訳ない。あの子は……なのはは、生まれて間も無く、行方が分からなくなったんだ」
士郎は語った。今から9年前に起こった、悲しい出来事を……
今から9年前。高町家に待望の三人目の子供が生まれた。球の様に可愛い女の子だった。家族全員が諸手を挙げてその赤ん坊の誕生を喜んだ。
士郎は、早速その子の名前を夜通しで考え抜いた。恭也や美由紀に尋ねたり、桃子に相談したりしながら必死に脳を絞り込んで考えた結果、その赤ん坊の名前はなのはになった。
家族の誰もがなのはが健やかに成長する事を願った。だが、誰もが続くと思われたその幸せな時間が、一瞬にして奪われる事となった。
その日、自宅にてベビーベットの上で眠っていた筈の赤子の姿が忽然と消えていたのだ。
誘拐事件と認識した士郎達はすぐさま警察に連絡、必死の捜索を行った。しかし、警察も動員した必死の捜索にも関わらず、犯人は愚か痕跡すら発見する事も出来ず、誰もが諦めきってしまい、それから実に9年の月日が流れ、現在に至る次第であった。
「なる程な、道理でその赤ん坊の姿がない訳だぜ」
銀時自身半ば予想はしていた。9年前に生まれて行方不明になった。そして、自分もまた、9年前に赤子を拾い、こうして育ち目の前に居る。とても他人とは思えない。そんな疑惑が浮かび出していた。
「ねぇ、銀さん……その子、少しだけ、触れて見て良い?」
「あぁ、俺は良いが……」
ふと、銀時は眼下に居るなのはを見下ろした。その視線を感じ取り、なのはもまた銀時を見上げる。
「お前は良いか? 良いんなら、ちょっくら甘えて来い」
「う、うん」
半ばぎこちない動きでなのはは桃子に近づく。彼女の目の前にまで近づくと、桃子はそっとなのはを両手で抱き締めた。桃子からは、銀時からは感じられない温かさと匂いが感じられた。
銀時から感じられるのは父親らしい強さと大きさが。そして、この桃子からは優しさと、何故か分からない懐かしさが感じられた。
「どうだ?」
「良く分かんない……でも、この人からは、何だか懐かしい匂いがする……まるで、ずっと前に感じた匂いかも知れない」
「そうか……」
上手く言い表せないながらも、必死にそれを言い表そうとする子供らしい発言であった。それ故に分かり易い。幾ら銀時が大切に育て上げたとしても、それは父親。銀時では母親にはなれない。そして、なのはは桃子から遠い昔に感じた母親の温もりを感じ取ったのだろう。
「銀さん……やっぱりなのはちゃんって――」
「あぁ、どう言う経緯で俺の前に現れたか知らんが、どうやらなのはは本来高町家のガキみたいだな」
士郎の供述やなのはの発言から手繰り寄せた結果だった。最早紛れも無い事実と言える。だが、となればなのははどうすれば良い。あいつは本来高町家の次女として育つ筈だった。だが、何故かは知らないが全く別世界である江戸の、坂田銀時の前に赤子として現れ、こうして9年間の間銀時を父親と慕いながら育ってきたのだ。言うなれば、なのはは此処海鳴市で生まれ、江戸で育った子と言える。
「銀さん、これからどうするつもりなんですか?」
「どうするもこうするも……あいつは本来あの家族の子なんだ……あっちの傘に戻るのが筋ってもんだろう」
「って、あんたはそれで良いんですか? 本当にそれで納得しちゃって良いんですか?」
新八は納得出来なかった。確かに、なのはは本当の家族の下へ帰るべきだろう。だが、それは自分達が彼女と別れる事になる。まだ短い付き合いではあるが、それでも4人で万事屋としてやってきた思い出がある。その思い出をあっさり捨てる事など、新八には到底出来ない事だった。
「俺等に選択肢なんかねぇんだよ新八。本当の家族の下に居るか、俺達偽の家族の元に居るか? どっちがあいつにとって幸せなのか、それを良く考えろ」
「銀さん……あんたなのはちゃんの事を考えて――」
銀時の心情は理解していた。口では散々疫病神とか言って、喧嘩も沢山した。それでも、心の内では本当の親子の様になっていたのだ。それをこうもあっさり切り捨てようとしている。銀時も本当は辛いのだ。辛くて仕方ないのだ。
それを必死に顔に出さないように耐えているのだ。それが新八には分かった。
痛い位に分かったのだ。
「もう、俺達に出来る事なんざねぇよ。後俺達に出来る事って言ったら……静かに此処を去るだけだぜ」
名残惜しさを残さぬよう、その場から静かに立ち去ろうとする銀時。だが、そんな銀時の裾を誰かが引っ張っていた。まだ名残惜しいのか新八。
そう思い振り返ったが、其処には違う存在がいた。
「お前……」
それはなのはだった。幼い体ながらも、必死に銀時の裾を掴んで離さなかったのだ。
「何やってんだよお前……お前の家族はあっちだろ? だったらあっちに帰るのが当然じゃねぇか」
「そんなの関係ないよ! 本当の家族も偽の家族も、私には関係ない。だって、此処には私の思い出なんてないもん! 私の思い出は、坂田銀時って言うお父さんと過ごした万事屋の思い出だけだもん!」
不思議と、なのはの声は震えていた。小さな顔が銀時を見上げている。その顔は涙で潤み、顔をクシャクシャにしてこちらを見上げていた。幼い子供故とも言える不器用な感情表現だった。
「なのはちゃん……」
「もう、一人にしないでよ。私、一人ぼっちはもう嫌だよ……お父さんの側に居たいよ」
尚も裾を引っ張る力が強まる。本来、銀時の力ならそれを強引に引き剥がす事など容易だった。だが、それをしなかった。出来なかったのだ。銀時の頭の中にも、なのはと共に過ごした思い出が詰まっている。
それを切り捨てる事が、やはり出来なかったのだ。銀時もまた、顔をクシャクシャにして、そのままなのはを強く抱き締めた。
「ば、馬鹿野郎! 何でそんなガキに育っちまったんだよぉ。いっその事馬鹿な糞ガキに育ってくれた方が未練も糞もなかったってのによぉ!」
回りのことなど関係ない。今、銀時はその目から涙を流して言い表せない感情を表現していた。そして、銀時の声もまた、同じように震えていたのだ。
***
空にはすっかり星が輝き、月がより一層夜の町を照らし出す。海鳴市にあるビル街。其処では夜だと言うのに町の明かりが辺りをきらびやかに照らしている。都会の明るさだ。人工的な明るさでもある。そして、その明かりを見下ろすように一際高いビルの上で、フェイトはその光を見ていた。
「フェイト、大丈夫?」
「うん、私は平気だよ。何時までも落ち込んでられないからね」
口ではそう言うが、明らかにフェイトの言葉には元気が感じられない。やはり、なのはが居ないだけで此処まで気を落としてしまったのだろう。こんな事なら、あの時無理やりにでも彼女を連れてくれば良かったと、この時アルフは後悔した。
あれから、生活は元に戻ってしまった。毎日冷凍食品やレトルトで腹を満たし、ひたすらジュエルシードを集めるだけの機械じみた日々。楽しさも癒しも何もない。死人の様な毎日。
そんな日々を送っていたのだ。そして、今回もまた此処に来たのはそのジュエルシードに関しての事だ。
(そうだ、私はジュエルシードを集める為だけに此処に来たんだ。自分の使命を忘れちゃいけないんだ!)
自身にそう強く言い聞かせ、バルディッシュを堅く握り締める。このまま起動するのを待っても良いが、それでは時間が掛かる。かと言って、街中で起動してないのを探すのは流石に骨が折れる。第一、こんな姿を人前に晒す訳にはいかない。
あくまでこの世界の住人には悟られないように振舞わなければならないのだ。
「アルフ、多少無茶だけど、広域結界を張って強制的に起動させるよ」
「ちょい待ち、それならあたしがやるよ」
「大丈夫? 結構疲れるよ」
町一つ分を包み込む程の結界はそれ相応の魔力を消費する。成長途中であるフェイトには尚の事辛い。だからこそ、アルフが変わってやろうと言うのだ。
それをフェイトは心配していた。自分よりは大人とは言えアルフは使い魔だ。出来る事なら余り辛い事はさせたくなかった。
そんなフェイトの肩にアルフはそっと手を置いて微笑んで見せた。
「大丈夫だって。何せ私はフェイトの使い魔だからね。これ位楽勝さ」
安心させる為にあえてそう言ってみせ、ビルから町が見える位置に陣取ると、足元に魔方陣を展開させる。
巨大で半透明な膜が町全体を覆い尽くしていく。その膜の中には今まで歩いていた人達の姿が消えていく。この結界内であれば、幾ら建物を壊しても被害はない。結界が消えると同時に全てが元通りになる。そして、人々の被害も全くない。本来魔導師達はこうして闘っているのだ。故に人々は魔導師の姿を知る事も、魔導師の存在を知る事も出来ないでいる。
結界を町全体へ張り終わり、町を見下ろす。すると、一箇所だけ、町の明かりとは違う光を放つのを見つける。あの輝きは間違いない。
「行こう、アルフ!」
「うん」
今は忘れるべきだ。なのはと過ごした楽しい日々を。そして、今は勤めるべきなのだ。本来自分が果たす使命を。その為にも、今は感情を押し殺して行くのが得策と言える。
そう、自分自身に無理やり言い聞かせる事にした。
だが、フェイトは其処で誤算をしていた。その結界内に、偶然銀時達が居合わせた事に。
「おいおい、何だ何だこりゃぁ? でっかいシャボン玉でも膨らませてるのかぁ?」
「これは、広域結界ですよ。誰かが結界を張ったんです!」
律儀に説明するユーノ。幾らお馬鹿で通っている銀時と言えども、其処まで言われれば分かる。現状でそんな事が出来る人間と言えば奴しかいない。
「フェイトの奴か……」
「恐らく、そうだね」
銀時は戦慄した。今の所勝率は五分五分だ。力がない分技で補っている銀時と、魔法の力でスピードを格段に上げて挑むフェイト。前回はどうにか勝つ事が出来た。だが、それも初めて使う戦法だったが故の事。恐らく二度目は通用しない。
銀時には辛い戦いでもあった。だが、泣き言など言っていられない。例え不利でも闘わねばならないのだ。
「ねぇ、お父さん。本当にフェイトちゃんと戦わないと駄目なの?」
一緒についてきた定春の上に跨るように乗っているなのはがそう尋ねる。彼女もついてきてしまったのだ。他にも新八、神楽と何時ものメンバーが揃っている。
皆、ジュエルシードの反応を感知したユーノの道案内で来たのである。そしたらこれであった。
どうやら、一戦は免れないと言える。
「悪ぃななのは。幾らお前のお友達と言ってもなぁ。今は敵同士だ」
木刀を抜き放ち、銀時は言い放つ。其処に居たのは駄目人間でもなければ父親でもない。只の一人の侍であった。
「案内しろユーノ。奴等に捕られる前に分捕るぞ!」
「はい!」
ユーノを肩に乗せ、銀時は走った。それに続き皆もまた後に続き走る。走り出してから数分と経たない内に、広い道路に出た。其処には町の明かり以上に輝くジュエルシードと、それを今正に封印しようとしているフェイトの姿があった。
「お前等!」
「また会ったなぁ。悪ぃがそいつは俺達が頂くぜ。てめぇはさっさと家に帰って寝な。ガキの起きてる時間じゃねぇんだよ!」
木刀をフェイトに向けて突き出し、啖呵を切る。それに答えるように、フェイトは銀時の前に降り立つ。が、そんなフェイトがなのはを見た時、顔色が変わった。
「な、なのは!」
「フェイトちゃん、もう止めようよ。私達が闘いあう必要なんてないんだよ!」
「……ごめん、それだけは聞けない!」
辛い顔をしながらも、なのはのそれを聞き流し、バルディッシュを握り締める。此処で退く訳にはいかない。此処で諦める訳にはいかない。此処で倒れる訳にはいかないのだ。
「アルフはまたあの二人の相手をして! 私は銀時と闘う」
「う、うん……」
返事をするも、アルフ自身乗り気にはなれなかった。前の新八と神楽の言葉を思い出していたからだ。銀時は自分達が思っているような最悪の人間ではない。もしかしたら、話し合えば分かり合えるかも知れないのだ。
だが、フェイトは闘えと言った。フェイトの使い魔であるアルフはフェイトに逆らえない。いや、逆らおうとしたくないと言った方が正しいだろう。
無理やり自分の心を押し殺し、アルフは構えた。
「アルフさん、貴方はやっぱり……」
「あんたの言い分は分かるよ。でもねぇ、私達も退けない理由があるんだよ」
「上等だぁゴラァ! 其処まで物分りが悪いってんなら今度こそ徹底的に叩きのめしてやるよゴラァ!」
最早話し合いの余地はなかった。誰も居ない町を舞台に、フェイトとアルフ。
そして、銀時達万事屋ご一行の激闘が開始された。
何時かの温泉宿での闘いの時と同じくして、銀時とフェイトが一対一で戦いを挑み、アルフが新八と神楽を相手に戦う。
その陣形の中、定春となのはは置いてけぼりを食う羽目となった。
「皆止めてよ! 何で皆が闘わないといけないの? 皆闘う必要なんかないのに、何でなの!」
なのはは必死に叫んだ。こんなの止めて欲しい。そんな思いを胸に叫んだのだ。
だが、無情にもその声は届かず、戦いは続けられた。
***
銀時とフェイトの斬撃は一層激しさを増していた。互いに一撃必殺の威力でぶつかりあい、火花を散らす。
その余波により道は裂け、ビルには亀裂が走っていく。
「まだ懲りてねぇみたいだな! だったらもう容赦しねぇぞゴラァ!」
「それはこっちの台詞だよ。今度こそ、お前を倒す! 坂田銀時ぃぃぃぃぃ!」
再び空中に舞い上がり高速で銀時に切り掛かった。空中からの高速戦法だ。
「馬鹿の一つ覚えかよ! そんな戦法、もう俺には通用しねぇんだよぉ!」
怒号を張り上げて、タイミングを計り、突っ込んできたと同時に身を翻し、フェイトの首筋と思われる場所と渾身の力で掴み取る。
だが、その銀時が掴んでいたのはフェイトの体ではなく、フェイトが纏っていた漆黒のマントであった。
ハッとなって自分が掴んでいた物を見る。しまった。敵もまた学習したのだ。
そう悟った時、背中に痛みが走った。鋭い刃で切られた感触だった。
「がっ!」
「同じ戦法が通用しないのは貴方だけじゃないよ!」
見れば、其処には閃光の刃を血で汚したバルディッシュを手に持つフェイトが居た。背中の傷に触れてみた。かなり深い。恐らく機敏には動けそうにない傷だ。
背中から切られた箇所から血が流れ出ていく。足に力が入らず、その場で膝を落としてしまった。
そんな銀時の前にフェイトが立ち、閃光の刃を突きつけて来た。
「今度は私が言う番だね。形勢逆転……って!」
「クソッ」
銀時は必死に立ち上がろうとした。だが、思いの他切り口が大きかったのか、体に力が入らない。
まして、今から立ち上がろうとした所で、その前にフェイトの刃が銀時の首を刈り取るだろう。万事休すであった。
そんな銀時にトドメを刺す為にと、血で汚れた閃光の刃を振り上げる。
「さようなら……坂田銀時」
最後にそう呟き、迷う事なく刃を振り下ろした。銀時はふと、目蓋が重くなるのを感じた。とてつもない睡魔が襲ってきたのだ。なってない。全くなってない。
此処まで来て、折角此処まで来たと言うのに、此処で倒れると言うのか。それが自分自身の運命だったと言うのだろうか?
認めたくはなかった。だが、認めねばならない。そう悟った時、不思議と眠くなったのだ。
恐らく、深い眠りについた時、一瞬激しい痛みが来るだろう。だが、その痛みも既に慣れた事だ。大して怖い訳ではない。と言えば嘘になるだろう。
本当はどうなのか? それは、銀時自身も分からなかった。
……一向に痛みが来ない。おかしい。普通だったらとっくに痛みと共に死が訪れる筈だと言うのに、それが全く来ないのだ。
不審に思い、銀時は残る力を全て目蓋に費やし目を開いた。其処には自分に向かい背を向ける小さな体があった。
その体は自分に背を向け、小さな両手を大きく広げて必死に自分を守るように立っていた。
そして、そんな存在の側で、閃光の刃は動きを止めていたのだ。
「なのは……なんで?」
「もう止めてよ……これ以上、皆が闘うのを見たくないよ! だから、もう止めようよ! 皆で傷つけあうのは」
なのはは体を張って止めたのだ。彼女にとっては、銀時達も、フェイト達も大事な存在だ。だからこそ、互いに争って欲しくない。もう止めて欲しい。そう思いこうして止めに入ったのだ。
そんななのはを、フェイトは切れなかった。切れる筈がなかった。だが、切らねばならない。坂田銀時にトドメを刺す為には、此処で彼女を切り伏せなければならない。
「お願いなのは、其処を退いて!」
「退かない! フェイトちゃんがそれを降ろすまで、私は此処を動かない!」
「退かないなら、私は君を切るしかない……それでも良いの?」
「私は信じてるよ。フェイトちゃんはそんな事をする子じゃないって事を」
「なのは……」
出来なかった。例え銀時を倒す為と言っても、なのはを切る事など出来なかった。フェイトの手が震える。それに呼応し、刃もまた震えていた。まるで、フェイトの感情や、悲しみを表現しているかの様に。
「……」
フェイトは、そっと刃を下ろした。どうやら分かってくれたのか。安堵するなのは。
その刹那、フェイトの姿が霧の如く消えた。驚愕したなのは。そして、フェイトの姿は、銀時の真後ろに現れた。
なのはを切らず、銀時を切る方法は、これしかなかった。たとえ、それがなのはを裏切る行為となったとしても、フェイトは構わなかった。
この男を倒す事、そうすれば全てが片付く。
「はああぁぁぁぁ!」
「ちぃっ!」
「駄目ぇぇぇぇ!」
動けない銀時を、なのはが渾身の力で突き飛ばした。横に向かい倒れこむ銀時の目の前で、振り下ろしたフェイトの刃が、なのはの胸に深く突き刺さった。
「そ、そんな……」
「な、なのはああああああああああああああああ!」
フェイトは青ざめ、銀時は叫んだ。その叫びは、漆黒の町に空しく響くだけなのであった。そして、その悲しくも空しい現実を、月は只、黙って見下ろすだけであった。
つづく
後書き
次回【後悔ってのはした後で気付くもの】
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