豹頭王異伝
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旋風
運命の邂逅
「ありがとう。
マルガの、いや、パロの、全ての人々に、感謝する。
数多の貴い犠牲が、私に、新たな生命を与えてくれた。
私の告発が真実か否かは、クリスタルに竜の化け物が現れ、虐殺を演じた事で明白となった。
真実は天下に明白となり、世界最強のケイロニア、豹頭王も自ら馳せ参じてくれた。
リンダも豹頭王の助力を得て、魔都と化した聖王宮を逃れ、私を支えてくれている。
アドリアン公子の無事も確認され、カラヴィア軍も動いた。
アドロン率いる精鋭部隊3万が、味方として、マルガに向かっている。
全ての勢力が此処、マルガへと結集しつつある。
中原を覆う暗黒の夜、無明の闇が明ける刻は近い。
多数の貴い犠牲者達が、私を死の淵から引き戻してくれた。
パロを皆の手に取り戻す為、私も共に戦う。
愛するパロの民よ、マルガの人々よ。
総ての人々の力で、新たな生命を授かった。
私は、還って来た」
ナリスの呼吸は乱れ、声が次第に途切れ途切れとなった。
奇蹟の帰還を遂げた指導者を傍で支える半身、予知姫リンダが眉を顰める。
パロ中の信望を集める聖王家の象徴は意を決し、魔道師達は念波を統合。
増幅された《声》が熱狂的な歓声を挙げる群衆の精神平面、心に響き渡った。
「みんな、ナリスを休ませてあげて。
もう大丈夫だから、心配は要らないわ。
これからは何時でも、アル・ジェニウスは私達と共に居るのだから。
今は、少しだけ、休ませてあげて。
もっと長く喋っていても平気な位にまで、回復させると約束します。
お話しする機会は改めて作るから、勘弁して下さいね。
私が看病して、元気になったナリスを皆の前に連れて来るから。
ナリスを回復させる最も大きな力は、皆の想う心が与えてくれる。
そんなに長い事は掛からない筈よ、もう何も問題は無いのだから。
私は改めて運命神ヤーン、愛するパロの民に感謝します。
皆の思いは充分、ナリスに伝わっているわ。少しだけ、待っていてね」
ヴァレリウスと愛妻リンダに支えられ、希望の象徴が建物の中に姿を消す。
群集が場所を移動した数ザン後も喝采と歓声、万雷の拍手は鳴り止まなかった。
「やれやれ、有難い!
リンダのお陰で、助かったよ!!
これ以上は望めない、私が喋り続ける以上に効果的だったね。
実に素晴らしい、胸に迫る演説だ。
人気投票を実施すれば間違い無く君が聖王家の筆頭、最高の得票者だよ!
冗談はさて置き、君に頼みたい事がある。
今後の動向を確認する為、ケイロニア軍を訪問したい。
リンダには済まないが、マルガに残り私は面会謝絶だと皆に謝ってくれないかな。
私は未だ数タルザンしか活動出来ない、と思わせて置いた方が有利だ。
グインと会って少し話をしたら、すぐに戻るから何も心配は要らないよ。
ヴァレリウスの他にも、40人を超える魔道師が私を護衛してくれる。
ヨナの顔見せ、最高の演出となる機会を逃したのは実に残念だった。
君の代役を務めて貰えた、かも知れなかったのだよ?
一刻も早く情勢を落ち着かせ、時間を作る為に暗躍しなければならない。
私も君も話したい事を山程、抱えているのだからね!」
大公家の象徴《クリスタルの炎》を得て『守り、遮る者』とも称された聖王家随一の美男子。
水晶の名を冠する聖王国の都を守る盾となるべき存在、麗人は天真爛漫な笑顔を披露。
ヴァラキアのヨナは無言で微笑み、リンダに時間を譲る。
仏頂面の上級魔道師ヴァレリウスは時間を惜しみ、閉じた空間の術を起動。
ゴーラ軍が暴虐な野盗の集団に豹変する直前、マルガ郊外で撃退した援軍の許に回廊を開く。
アルド・ナリスは最愛の妻に軽く頷き、闇の中へ溶け込む様に姿が消えた。
ケイロニア軍の最高指揮官は魔道師の念波を受け、伝令の往来する間隙を縫い時間を確保。
天幕の中で黄金に黒玉を鏤めた毛並み、独特の模様が異彩を放つ。
人払いを命じた直後、天幕の内部に闇が渦巻いた。
猫族に特有の虹彩と瞳孔の豹変、比率の反転を再現。
微かに空間の揺らいだ異変を見逃さず、豹の眼が炯る。
「神聖パロ聖王アルド・ナリス殿、御会いするのは初めてだったかな。
治療は無事に済んだ、と古代機械から心話を受けたが。
何か、問題は無いだろうか?」
トパーズ色の瞳を煌めかせた豹頭王、グインの笑みを含む声が歓迎の意を表す。
リンダの幻視した世界を照らす《ろうそく》の炎、中原の希望を象徴する存在が応えた。
「初めまして、ケイロニア王ランドックのグイン殿。
身体の回復は順調です、何も問題はありません。
言葉に出来ぬ程、感謝している次第です。
マルガに拠る神聖パロ帝国は今後、パロ解放軍と改称する事に決めました。
今後は聖王レムスに憑依する竜王の排除、クリスタル解放を目標に掲げます。
私は国王の器ではありませんから、パロ聖王位を請求する心算はありませんが。
最早アルシス王家とアル=リース王家の確執、と思われる事も無いでしょう。
公然と竜の騎士が姿を現し、世界の根幹を揺るがす事態に至っていますからね。
リンダの愛する弟レムスを竜王から解き放った後、キタイ遠征に協力する心算です。
彼を国王として認める事に何の蟠りも無い、王位継承権を放棄する事も考えています。
私も多少は目を開かせて貰ったし、リンダの為にも1番良い解決だと思いますがね。
以前の様な猜疑心、相互依存の関係は棄て真実の信頼関係を構築する様に努めますよ。
ヴァレリウス、此処は笑う所じゃないからね」
思わぬ奇襲を受けた魔道師は灰色の眼を白黒させ、思わず沈黙の行を破りそうになったが。
豹頭王の疾らせた面白そうな視線を察知、辛うじて踏み止まり睨み付けるに留めた。
「真の賢者とは物事を糊塗せず、簡潔に語る術を心得ているものだな。
そうして貰えば俺も助かる、レムスを救う可能性が皆無とも思わぬ。
貴方が国王の器に非ずとは思わぬが、結論を性急に下す必要は無いと思うぞ。
パロを襲う黒魔道の陰謀を阻む根本的な解決策は、キタイを竜王の圧制から解放する事だ。
率直に語り時間を無駄にせぬ気遣い、痛み入る。恩に着るぞ、アルド・ナリス殿」
初対面となる豹頭王より真摯な挨拶を受け、闇と炎の王子は再び一礼。
普段は滅多に見せぬ夢見る詩人の貌を覗かせ、弟に良く似た微笑を披露する。
「古代機械を活用した超絶レベルの念話、精神接触は素晴らしい体験でした。
パロのみならずキタイ解放も視野に入れ、行動を決定する貴方に総てを御任せします。
元々古代機械は此の世界に属さず、不本意な番人に過ぎぬパロ聖王家の所有物に非ず。
無限の可能性を秘めた奇蹟の機械は猫に小判、貴方と《調整者》に属する物でしょう」
グインの瞳が煌き相手に欣快の至り、と同等の理解力を持つ相手に内心を告げる。
旺盛な知己欲と想像力を満たす格好の相棒に巡り会い、闇色の瞳に流星が過った。
「古代機械には大いに興味がある、ナリス殿の御知恵を拝借したいと思っているが。
リー・レン・レンが気懸り故、キタイ遠征を早急に実現する為に力を御借りしたい」
吟遊詩人の奔放無比な饒舌を熟知する実際家は、実兄の夢想家に釘を刺し話を誘導。
蛇の性を併せ持つ陰謀家は異を唱えず、無限に思考を拡げる事無く中原の情勢に話を戻す。
「耳に痛いですが尤もな御考え、ヴァレリウスに何時も叱られる悪い癖は封印しますよ。
貴方と話り合いたい事柄は無数に有りますが、現在只今の対処を優先しましょう。
問題は新生ゴーラを率いる我々共通の知人、イシュトヴァーンですね」
再び、トパーズ色の瞳が煌いた。
クリスタル公爵として中原の真珠を守り、キタイから殺到する真紅の激流を遮る《盾》。
世界最大の金剛石《ダイヤモンド》、クリスタルの炎ならぬ前大公の闇色に染まる瞳。
ある洞窟で起こった次元雪崩の際、世界を覆った黒い双つの月を興味津々の態で観察。
グインの前で説教は流石に憚り、仏頂面で天井を見上げる魂の従者。
嘗て魔導士の塔で導師を務めた魔道師、ロー・ダンに拾われた孤児の面影が覗く。
ヴァレリウスは猫族の瞳に煌く無邪気な光、内心を暴露させる誘惑の罠を堪え瞑目。
ルーンの聖句を唱え饒舌な魔道師の性、災いの元を固く締め懸命に精神を統一。
触らぬ神に祟り無し、と祈念する苦労性の魔道師を見かねて長身の偉丈夫が言葉を継いだ。
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