イーゴリ公
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第一幕その二
第一幕その二
「夜です」
「はい」
コンチャコーヴァはまずは彼女達の言葉に頷く。そうして言うのだった。
「お父様が仰っていました」
「ハーンがですか」
「何と」
「この前の戦いの捕虜達ですが」
イーゴリ公の軍の捕虜達である。彼女達の父や兄、恋人達が破った者達である。
「慰めよとのことです」
「殺さずにですか」
「お父様は彼等の奮闘を見て寛大な処置を取ることを決められました」
それだけの度量がこのハーンにあるということだった。彼等は戦いを行う一方でその相手と交易をしたりする意外とさばけた者達であるのだ。
「ですから彼等をもてなせとのことです」
「何とお優しい」
「偉大なるハーンよ」
「わかりましたね」
コンチャコーヴァはあらためて娘達に問うた。
「そのことが」
「はい」
「それではお水を」
「それと食べ物を」
娘達はコンチャコーヴァに応えて次々に述べる。
「用意して」
「肌も髪も違うあの人達をもてなしましょう」
早速捕虜達は一時的に幽閉されていた牢から解放されテーブルに案内された。そうしてそこで娘達の歓待を受けるのであった。彼等の中にはそれに涙を流す者達もいた。
「鬼だと思っていたが」
「このようなことをしてくれるとは」
「我等のハーンに感謝するのだ」
彼等への歓待の責任者である将軍の一人が彼等に対して言う。もう夜でかがり火の中での歓待になっていた。見れば将軍もまたその宴の中で酒と肉を楽しんでいた。
「貴殿等の勇敢さを認められたのだ」
「我等の」
「そうだ。貴殿等は我々に敗れた」
将軍はこのことに関しては誇らしげであった。胸さえ張っている。
「だが。その戦いは見事だった」
そのうえでこう言う。
「それを認められ今こうして歓待しているのだ。特に」
「特に」
「貴殿等の主だ」
イーゴリ公のことだ。
「あの者は立派だった。彼の奮闘には私もまた心を打たれた」
満足した笑みでの言葉であった。
「見事だ。だからこそ貴殿等をこうするのに躊躇いはない」
「左様ですか」
「貴殿等に侮辱は与えぬ」
彼はこうも告げた。
「安心するがいい。よいな」
「はい、それでは」
「公爵とハーンに感謝をして」
捕虜達は笑顔でその歓待を受けた。彼等の中には何時しか娘達に笑顔を向けている者までいた。彼等の中に入ろうとさえしていた。
その中でウラジミールは一人その中から離れた。だが途中で見張りの兵に見つかってしまった。
「申し訳ありませんがここから先は」
「駄目なのか」
「はい、御辛抱下さい」
そう彼に言うのだった。
「貴方はまだ捕虜であられますので」
「しかし向こうには」
「これ以上は私が処罰を受けます」
兵士は申し訳なさそうに彼に言う。
「ですから」
「わかった」
彼もこう言われては仕方がなかった。引き下がることにしたのだった。
「それでは」
「お待ち下さい」
だがここで声がした。見れば王女の侍女がそこに来ていた。
「この方はいいのです」
「宜しいのですか?」
「王女様が責任を持たれますので」
侍女はそう兵士に告げたのだった。
「ですから」
「左様ですか。それでは」
「はい」
兵士に対して何かを渡した。そうして彼を去らせた。侍女はそれからまたウラジミールに顔を向けて告げるのであった。
「どうぞ。御行き下さい」
「申し訳ありません」
ウラジミールはその彼女に礼を述べるのだった。
「このようなことをして頂いて」
「王女様の為です」
侍女はそう答えた。
「ですから」
「わかりました。それでは」
「王女様がお待ちです」
そう告げて彼女も姿を消した。ウラジミールはその彼女に感謝の情を抱きながら一人思うのだった。
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