ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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GGO編
episode2 赤い目と、空色の夢2
結論を言おう。夢の中で、俺の希望は叶った。
ただし、少々俺の予想とは違った形で、だったが。
その夢は。
「っったあっ!!?」
「なーにをやっとりますかっ!!!」
スパコーンっ、という、よく響いた音からはじまった。
夢の中では痛みを感じれば目が醒める、とかいう人もいるらしいが、俺はそうではない。ちなみに自慢ではないが、夢でぶん殴られたりすることは、なぜか多い。本当に自慢にならないことな上に、夢診断でもしようものなら素敵な結果が出そうだが、それは気にしないことにしている。
今回も、素敵なハリセン(ハリセン!?)で後頭部を一撃されるところから始まった。
驚いて振り向いた、その先には。
「そ、ソラ……?」
「ざーんねーんっ。ここは夢だよーっと。そして私はソラかチビソラかは、わかりませーんっ!」
久しぶりに聞く、けれども忘れたことなど無い、その声。
だがその口調は、いつものソラやチビソラにしてはえらく厳しい。その顔に「怒ってますよーっ!」と書いてある(迫力は皆無だが)表情を浮かべるのはあの世界でも良くあることだったが、今のその顔の奥にはそれだけではない、何やら悲しそうな、寂しそうな色があるのが、ぼんやりと見てとれた。
それは俺の、見たことのない表情。
だが、似た表情をする人間は、何人も見たことがある。
それは。
「……泣きそう、なのか? なんでだよ」
痛みを、涙をこらえるような表情。
聞かれたソラは視線を逸らして、こちらも聞いたことのない細い声で応える。
「……んー。どうだろうねっ。……ちょっと、悔しいーっ、みたいなっ、嫌だーっ、みたいな。うんっ、私にもよく分かんないなー……」
俺の知らない『彼女』は、ゆっくりと、困ったように言葉を紡ぐ。
(知らない、な、そういえば)
思い返せば、俺は悲しんだり、苦しんだりするソラを一度として見たことがなかった。弱弱しい呟きや、泣きそうな涙声を聞いたこともなかった。アイツは俺が思うよりもずっと強がりで意地っ張りだったのかもしれない。
懐かしむようにソラの顔を見つめる。ずっと見つめていると、ソラは困った顔をした。その顔は知っている。照れたときの表情だ。その反応は、実にソラらしく思わず笑ってしまう。
「もうっ……シドったらさーっ……」
くるりと身を翻してあさっての方向を向き、こちらからその表情を隠して。
「…ねえシドっ。シドはさっ、挫折したこととか、後悔したことってっ、あるかなっ」
「あるさ。数え切れねーほどある」
「……そっかぁ……そうだよねっ。……でも、さっ。私の見たシドはいつだってカッコ良かったよっ。いつだって諦めずに、私を守ってくれたよっ。……だから、さっ」
後ろ姿が、一瞬だけ、俯く。声が、微かに震えていく。
そうだ。俺は……いや、俺のほうこそ、仲間と『彼女』といるときに強がっていたのだ。
(……ははっ……)
本当はそんなに強くも、カッコよくも無いくせに、それを知られまいと必死に振舞っていた。いや、自然にそう振舞えた。『彼女』には、自然に回りをそうさせる様な、そんな力があったのかもしれない、と思う。或いはそれは、俺だけに働く力だったのかもしれない、とも。
「私が見てるときにカッコ良いならっ、私がっ、ずーっと一緒にいて見てたらさっ。……シドはずーっとっ、カッコ良かったんじゃないかなーっ、てね……。私が、死ななかったらさっ……。私の後悔はっ、私が死んじゃったことかなっ」
「っ……」
いつも明るい、澄んだ空のようなあの声が、苦しそうな、申し訳なさそうな色を帯びる。
その言葉に、俺の喉が詰まり、知らずに唇をかみしめる。
何をやってるんだ、俺は。
いなくなった奴にまで、責任感じさせて。
「だから私はっ、その後悔をっ、今消したいのですっ!」
そんな俺の様子が、まるで見えているかのように、『彼女』は振り返って明るく言う。
顔には、見慣れた笑顔。雨の後の虹のような、涙のあとの笑顔。
「シドっ。私は、みてるから。ずーっとずーっと、みてるからっ」
晴れ渡るような、澄んだ笑顔で。
「たとえ姿が見えなくても、声が聞こえなくても、ずーっと一緒にいるからっ! だからさっ。いつだって私といた時のっ、カッコ良いシドでいてよっ。シドはさっ、私にとってはっ、誰より一番『勇者』だからさっ!」
力強く、そう口にする。
懐かしい、弾むようなその声で、告げてくれたる。
その言葉が、強く、俺の背中を押す。
激しく、俺の心を奮い立たせる。
その感情のまま、俺も彼女の様に笑いかえす。
それは、『彼女』の笑顔を見れた喜びからだったのか。
それとも、こんなことも分からない、自分自身の愚かさへの苦笑だったのか。
「……分かったよ。ここで、約束する。俺は、もう二度とソラに、みっともない姿はみせない。どんなときだって、な」
俺は、『勇者』じゃない。
そんな大仰な器ではないし、……お姫様を守ることもできなかった。
けれども。
『彼女』が俺を『勇者』と呼ぶなら。
『彼女』にとっての、『勇者』が俺なら。
『彼女』の前で、もう無様な姿は、絶対に見せない。
負けるときだって、死ぬときだって、それは絶対、前のめりだ。
輝く向日葵の様な笑顔を見つめて、俺の意識は再びブラックアウトした。
◆
瞬間、一気に俺は跳ね起きた。
随分長いこと夢を見ていたようだったが、まだ俺がこうして生きているところを見るに意識を失っていた時間はほんの数秒だったらしい。だが、数秒もあれば当然大きな隙になることは違いない。
「っ、とっ!!!」
一瞬遅かったら、危なかった。
危ないところで掠めた弾丸が、俺の隠れていたサボテンを一息に吹き飛ばした。
凄まじい威力は、恐らくあの《ヘカート》に勝るとも劣らない大口径の狙撃銃のそれだろう。
まともに喰らえば、間違いなく一撃死。
(……まあ、だからって、恐れることなんて無いんだがな)
なぜなら俺はかつてあの世界で、いつだってこの「一撃喰らえば死ぬ」世界で生きてきた。思い出せ。今更何を恐れる必要がある? あの世界での誇り高い戦いの全ては、この死線に劣るものだったのか? そうではないだろう。
両腕をだらりと下げての、疾走。その手に、武器は無い。
しかし、向こうの世界ではいつだってそうだった。それに、俺の攻撃では装甲を貫けないような戦闘に参加したことだって何度もある。その時に比べれば、こちらは打撃でダメージが僅かとはいえしっかりと通ることを知っている。
それは、勝機。
「おおおおッ!!!」
高々と吠えての、疾走。
勝機があるのなら……いや、たとえ勝機が無くても。
俺はもう二度と、無様な姿を見せはしない。
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