ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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GGO編
episode2 死の銃と布良星4
通常、プラズマグレネードというものは、この世界では腰にぶら下げて持ち運ぶ。
理由としては、榴弾系の武器はアサルトライフルやサブマシンガンといった主力となりうるような銃火器と比べれば有効射程が狭く、チャンスとなった際に素早く取り出せる必要があるという点があげられるだろう。極端な例として挙げれば、「グレネードは死ぬ間際に転がすもの」と割り切っている者すらいる。そういった用途に用いる場合に大切なのは、ほんの一瞬で投げられること。そのためには、咄嗟に手が届く位置である腰に置くのがセオリー。
だが、俺は違う。
直接腰にかけるのではなく、専用のポーチに入れて運んでいる。
(……くっ、まじかよ……っ)
腰のポーチ内で、ブスン、という嫌な音が響く。恐らくポーチを貫いた弾丸が内部で暴れまわり、中のグレネードがまとめてオジャンになった音だろう。撃たれた穴から、閃光弾や発煙弾の名残と思われる光と煙が漏れ出てくる。
(……ポーチがなきゃ即死だぜ、こいつは……!)
俺がポーチに手榴弾をしまう……一瞬で取り出せないという致命的な欠点があるこの装備を使う……最大の理由。それは、「もし撃たれても爆裂によって死なない」ということだ。勿論このせいで榴弾を一瞬で取り出せないために「いつでも使える高威力のサブウェポン」としては使えないが、こういった狙撃手を相手にするには有利な装備。
だが。
(打ち抜けるのかよ、相当レベルの防弾加工だったぞ!)
今のこの状況は、予想通りでは無かった。
このポーチを使うにあたって最も重要になるのは、その強度だ。袋に入れたはいいが狙撃で袋ごと吹き飛ばされては何の意味もないからだ。もちろんこれを用立ててくれたミオンもそれを充分に理解しており、ポーチには俺達『血塗れ雑技団』の用意できる最高レベルの対弾加工が施されている。アサルトライフル程度の狙撃には、十分に耐えられる強度を持っていたはずだった。
これを遠距離から貫くには、桁外れの威力を持つ大口径銃……例えるなら、《ヘカート》クラスの狙撃銃……が必要だったはず。銃器に詳しくない俺は知らなかったが、奴の持つあの狙撃銃は、それほどの一品だということだった。
(甘く見た、かっ……!? いや、っ……!)
撃たれた瞬間こそ固まってしまったが、すぐさま気を取り直して走り出す。
……動かなければ、俺は次の狙撃の的でしかない。
(……ここっ!)
追い詰められたことで、俺の脳の回転が極限まで高められていく。視界が鋭さを増していき、放たれた二発目の銃弾の射線が、まるで宙に浮き上がるように目に映る。その射線の延長線上に向けて、激しく音を立てて地面を蹴っての疾走。
目に映る世界がズームしたかのように引き延ばされ、その中央、ほんの僅かに砂漠の砂が不自然に動くのが見える。サボテンの一本の、その根元。距離は、八百メートル。
(……っ、遠いっ……)
唇を噛む。カノープスの有効射程は確かにハンドガン、それもなんの習熟もなく使える武器としては異例ともいえるほどに長いが、それでもこの距離ではまず当てるのは不可能。それによしんば当てられたとしても、光学防御フィールドは到底貫けない。
(……あの野郎、予想以上に、強い)
そして同時に、この距離が相手の力量を表している。あの一瞬の……隙とも思えないほどの僅かの停止を読んでの狙撃を、この距離で成功させる。贔屓目抜きでトップスコードロンの一角と言える『雑技団』のメイン狙撃手と比べても、相手は明らかに互角以上の腕前だ。
(いける、……!)
相手の腕は、紛れもない一級品。だが、狙撃手の最大の利点である「弾道予測線無しの一撃」は、武器こそ奪われたが不発に終わった。まだ左手に取り出していた閃光弾一つは残っているし、何より右手の切り札、《カノープス》は無事だ。
(……やれる)
しっかりとその銃を握り締める。
体は、ますます加速していく。
まるで。
そう、まるで。
(……あの頃、か)
かつて本当の命を賭けて戦った、あの世界の様に。
かつて命を奪うために争った、あの夏の日さながらに。
体は、燃えるように加熱していく。
その一方で、心のどこかが冷たく醒めていく。
懐かしの……あまり思い出したくなかった、あのころの感覚。
ああ、これじゃあまるで。
(……死ぬ気で殺し合った、あの日みたいだ)
冷えた思考で、ふとそう思った。
◆
脳の血流がまるで逆流するかのように、全身がドクリと脈打った。
死銃を名乗るあの男の持つ、人を殺す『本物』の力。
しかし同時に、あの世界では誰しもが否応なく与えられた、その力。
覚めたのは、その力に再び触れたせいか。或いはあたかもあの世界での幾度とない死闘と同様に、極限まで加速した体と心のせいか。本当の理由は誰にも、俺自身にも分かりはしないが、とにかく俺は、『覚めて』しまった。
目覚めたのは、死への思慕。
揺り起きたのは、『彼女』への想い。
還り来るは、『奴ら』への憎しみ。
二つの感情に視界が眩む。同時にあの日の暗闇が、砕けるデータの破砕片が、もう戻らない笑顔がフラッシュバックして心を掻き混ぜ、目の前の影と相まってどろどろとした何かを……俺がかつてあの世界で持ちえなかった思いを生む。
生まれたその名を、俺は知っている。
―――『殺人衝動』だ。
目の前のあの男を、殺したいという想い。俺の手にあるこの銃で、あいつをハチの巣にしてやりたい、いや、もっともっと、それこそ思いつく限りの残酷な手段で消してやりたいという、ひりつく様な渇望。俺の体に流れる、人を殺した人間の遺伝子が求めるかのように、体が熱くその渇きを血で潤そうとする。
抑制の振り切れた衝動が、俺の感覚を狂わす。
その感情はマイナスなものではない……寧ろ歓喜に近かった。
宿敵を、再び殺す機会。
あの時殺し損ねた首を獲る機会。
「おオおぉオオおおおぉおっ!!!」
意味無く絶叫しながらの、全力疾走。
その先で、ライフルの発射炎が瞬くが、もう既に俺にはその弾道予測線が見えている。難なくかわして更に前進、一気に距離を詰めていく。もう隠れる意味は無いと悟ったのか、ぼろマントが実体化してその巨大なスナイパーライフルを構えた小柄な体が露わになる。
「おおおおっ!!!」
その姿が、俺の殺意の炎を更に滾らせる。
貴様に人を殺す力があるなら、俺に無いはずはない。
貴様が意志の力で人を殺せるというのなら、俺にそれが出来ないはずはない。
貴様らを殺したいという想いを、俺はあの日以来、ずっと心の底で抱いてきた。
今なら分かる。
あの夏の日の夜、貴様らを皆殺しにしてやれなかったことを、俺はずっと悔いてきたのだ。
「あ゛あ゛ああーーーーっ!!!」
魂の渇きのままの絶叫。
やけにスローになった世界で、再びのスナイパーライフルの一撃。額の中央を射抜く超速の弾丸を、首だけ捻って回避して、勢いを緩めずに疾走。既にその距離は百メートルをきって、もう光線防御フィールドの効果限界はすぐそこだ。見えるはずのない領域が、まるで魔法の様にはっきりと見える。右手が、その間合いに入るのが待ちきれないとばかりに赤い銃を小刻みに揺れるほどの力で握り締める。
減速した世界での、交錯。
構えられた一瞬で、まるで心臓が停止したように固まる着弾予測円。
引き絞るトリガー。発射される三連の鮮やかな閃光。
その全てが奴の体へと過たず飛来し、
「っ!!?」
三本とも、表面で滑る様にその軌道を歪められた。
思いつきすらしなかった想定外の自体に、俺の猛る思考が、体が、一瞬だけ止まる。
―――いい、殺気だ。……が、俺には、通じない。
ほんの数十メートルの距離での、決定的な隙。
次の瞬間、まるでそうなることが分かっていた様な落ち着きで構えられた奴のライフル。
その銃口が、無音のまま不吉なマズルフラッシュを光らせ。
俺の右手の《カノープス》が、爆音とともに砕けて吹き飛んだ。
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