ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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GGO編
episode2 死の銃と布良星3
「っ……!!?」
背後からの意図しない銃撃に驚いたプレイヤーが咄嗟に振り向いた時には、既にシドは百メートルレンジまで距離を詰めていた。かなりのスピードで走りながらの、無音移動。彼の装備がろくにアーマーも身に着けていない超軽量だからだからこそ可能な神技に、男が慌ててアサルトライフルを構え、
「なっ……!!!」
た、直後、スコープ越しにその目を閃光に射抜かれた。
炸裂した閃光弾の光をもろに食らった男は、数秒の間の視界ペナルティで碌に周囲を見渡せなくなって絶句する。その数秒の隙に更に距離を詰めるべく、砂地でも限界まで足音を抑えられる速度でシドが疾走しながらの、三連バースト射撃。
「くっそっ、っ!」
とうとう光学防御フィールドの効果が薄れて、シドの手の光学銃、『カノープス』の射撃に男のHPが目に見えて減少する。だが、相手もただされるがままにはならない。消しきれなかったシドの微かな足音と思われる砂音のした方に、勘だけで銃を向けて掃射する。
だが。
「残念。ダミーだ」
「っ、な、くっ!」
その音が生じたのは、シドの放ったダミー弾が地面に叩きつけられた音だった。
慌てて本体を探そうと声のした方へ顔を向け、視力の回復し始めた目であたりを見回し、
「…馬鹿なっ、ぐおっ!?」
ロングバレルに装着されたナイフに、胸元を貫かれた。
必死に立て直そうとするが、交錯の瞬間に一気に加速したシドの体ごとの突進で激しく地面に叩き付けられてしまう。そしてそのまま、ナイフが刺さったままの光線銃の三連射。HPが一気に零になり、無理矢理に向けようとしていたライフルがその手から零れ落ち、
「……っ……」
る前には、シドはもう疾走を再開していた。
敵を仕留めた瞬間であっても、停止することが狙われるタイミングであることを、知っているからだ。ツカサの支援の無くなった今、そんな愚行を犯すほど彼は馬鹿では無い。
(……周囲には、居ないか……)
シドが油断なくバイザーの下の目を鋭く巡らす。
この戦闘で発された音は、アサルトライフルの数発のみ。もし周囲にプレイヤーが居たとしても、不通ならそれが一つの戦いが終わった音だとは思わないだろう。一戦終わったと判断すれば周囲から漁夫の利を狙ったプレイヤーが集まってくる可能性があるが、このように「まだ戦闘中」或いは「一撃当てただけで膠着状態」と思わせればその危険性は下がる。
……もちろん、「姿を消せる」なんてチート技が無ければ、だが。
極小の戦闘音のみを残して勝利を手にした影は、再び止まることなく砂漠を駆け抜けた。
見えない敵を、かつての宿敵を、今度こそ倒すために。
◆
(ちっ……思ったより深刻だねこりゃ…)
手元に表示された衛星スキャンを見ながら、俺は心の中で舌打ちした。お目当ての「あの名前」は、光点の中にはない。あの男の名前は当然あの頃と同様ではないだろうし、もしかしたら『光歪曲迷彩』でスキャンそのものを逃れているかもしれない。どちらにせよ今わかるのは、このスキャンで奴の場所を判断することはできないということだった。
そしてもう一つ、光点から分かることは。
(なんてザマだよこりゃ……)
今居るこの砂漠地帯が、明らかに異常な状況を呈しているということだった。
(……キリトの馬鹿野郎が……)
原因は、キリトだ。光点全てをクリックして表示した中に、あの男の名前が無い。あいつが奴如きに殺される訳は無いから、恐らく……いや間違いなく、この砂漠地帯の洞窟に隠れているのだろう。それを見た連中が、仕留める為にグレネード片手に集まってきた、と。
そして。
(片端から、撃ち殺されたってわけだ……)
かなりの数の光点が(それも殆ど全てがグレー)が、砂漠地帯全域に転々と転がっているのだ。あの男の持っていた武器はハンドガンともう一つ、大型のスナイパーライフル。銃器にそこまで詳しくない俺はその名称までは分からないが、狙撃銃の発射音のしないことから見るに俺の《カノープス》と同じ消音機能があるのだろう。
(消音付き狙撃銃に、透明化マント。成程こりゃ最悪だ)
本来なら、狙撃手として戦う場合、遮蔽物の無いこの砂漠地形は不利だ。しかし透明化マントを持っている以上、銃ごとすっぽりマントで包んでしまえばその姿は非常に探しにくい……というか、相手が何らかのアクションを起こさない限り探しようが無い。
だから。
(そのアクションを、見逃さない……!)
不規則な疾走を繰り返しながら、砂漠全域を見える倍率でスキャン画面を凝視し続ける。
(っ……!)
光点がまた一つ、グレーに変わった。近い。
靴底で砂地に急制動をかけて、方向転換、すぐさまそっちへと向かう。
グレーの光点は、まだ「生きている」のだ。HPは零でも、現実では生きている。本当に死んだ人間は、回線を切断されて消滅、表示から影すら消しているのだから。もう画面には表示されていない、『ギャレット』のように。
あの男は言った。「もう一人、殺す」と。
ならば奴は間違いなくそれを実行しようとするだろう。
そしてあの演技過剰の男なら、きっとカメラの前でその手の《デス・ガン》を使うはず。既に動けなくなった敵に対して、恐怖を刻みつけながら。HPが零であってもその銃の殺人効果が作用するなら、一度グレーになった点に近寄っていく。
(そこを、撃つ……!)
五感の精度には、自信がある。特に今俺の手には、拳銃がある。持っているだけで鼓動が落ち着き、感覚がクリアになる。ナーヴギアでログインしているというだけでなく、まるで魂が研ぎ澄まされていくような感覚。これなら、砂につく遠くの足跡も、微小な足音も、見逃すことは無いだろう。
右手の《カノープス》に新たなエネルギーパックを装填しながら、疾走。
続いて、腰のポーチからすぐに使えるよう、一つ選んで取り出す。今なら、目晦ましの閃光弾か。
準備は、万端。
足音を極限まで消した体は、飛ぶように砂地を駆け抜けた。
◆
その場に辿り着いていた時、一瞬安堵した。
倒れた死体が、まだあったからだ。つまり、コイツはまだ生きている。
そして、その死体以外……「奴」の足跡は、ない。
「ちっ、ハズレか……」
コイツは奴の「殺し」の獲物では、なかった。
……その、一瞬の舌打ち。
本来なら油断とも言えない様な、一瞬の隙。
俺自身さえも、それを油断だと……あるいは隙だとは思わなかった。
だが、奴にはその一瞬に、奴だけに見える隙をみたのだろう。
足の止まった、一秒の、半分のそのまた半分ほどの時間。
その、僅かの間隙に。
「っ!!?」
俺の爆薬入りポーチが、音のない狙撃に貫かれた。
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