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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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GGO編
  episode2 死の銃と布良星2

 「ウソ……なにアレ……?」
 「しぃっ!」

 思わず声を漏らしたツカサを、鋭く制した。
 だが内心では、俺もかなり動揺していた。
 鍛え上げた俺の聴覚が、その男の声を捕えていたから。

 ―――これが、俺の……死銃の、力だ……

 男の立つ場所まではハンドガンでは到底狙えないほどの距離があるだろうが、それでもそこでの声が聞きとれるのは、その男が特徴的なぶつ切り声をかなり張り上げて喋っているからだ。男が片手に携えた漆黒のハンドガンを翳す先の光点は、中継カメラか。

 ―――俺は、この力で、もう一人、この大会中に、殺す……まだ、だ……

 挑発するような、絞り出すような声。
 もう一人、もう一人殺す、と。堂々と告げる、殺人予告。

 そして、最後の一言。

 ――― ……まだ、終わらない。……イッツ、ショウ、タイム。

 その一言を告げた男の体が、炎の揺らぎに溶ける様に消滅した。





 そのギリーマントの男が姿を消したのを見て口を開こうとしたツカサを、油断なく制する。相手が「姿を消した」ということは、その力を使ってこちらに接近している可能性がある。俺も細心の注意を払って警戒しているが、念には念を入れるべきだ。

 一分、二分と無言、無音を過ごし、気配が無いことを確認して、やっと口を開く。

 「大丈夫、そうだな……」
 「うん、そうだね……」

 が、開いたからといってその口調は重い。当然だ。
 俺も、そしてツカサも、あの男の噂くらいは知っていたからだ。

 このGGOの、時の噂を独占する一人のプレイヤー、『死銃』。自分には撃った者を殺す本当の力があると豪語している、訳のわからんプレイヤー。しかし現状、撃たれた二人である『ゼクシード』と『薄塩たらこ』がそれ以降ログインしてこないことは厳然とした事実だ。

 当然ここはネットゲーム、殺された人間が本当に死ぬ、などというどこぞの狂人が創ったようなシステムがあるはずがないのだから、他のプレイヤー達も……そして俺自身も死銃など単なる噂の産物だと思っていた。

 だが。
 だが、あれは。

 あの、声は。
 あの、セリフは。

 「……どう、思う?」
 「……分からん。……分からん、が……」
 「マジ、だろうね……」

 本気だろう。少なくとも奴は、既にHPを失くして倒れていた……つまりはこちらからはもう干渉出来ないはずの『ギャレット』を相手に、その手の拳銃で回線切断させてみせた。あれだけ派手なパフォーマンスをして見せたのだ。あの力が何であれ、あれが全て偶然ということはあるまい。

 「……どうする? 『死銃』の力が本物なら、少なくとも未知のものであるなら、関わるべきじゃない、と、オレは思う……」

 ツカサもアレを見せつけられては、笑い飛ばすことは出来ないのだろう、難しい表情でつぶやく。流石に奴のセリフ通り「殺した」とは思えなくても、一撃で相手をゲームオーバーさせる力を持っているのは確かだ。いくらツカサでも、出来るかもしれないが簡単にはいかないだろう。

 だが。

 「でも、あの、姿を消したマント。……間違いなく、オレ達の売った、『光歪曲迷彩』だよね? ……だったら、オレは、それを売った『血塗れ雑技団』の一員として、アイツを止めなきゃいけない、とも、思うんだ……」

 あの、姿を消すマント。あれが厄介……というか、最悪だ。

 あの黒い銃……噂では、《デス・ガン》というらしいが……は、実弾系のハンドガン。決して射程も連射速度も上位のものではなく、普通に戦えば一発も当たらずに勝つことも可能かもしれない。しかしこの場で、あの「透明化マント」と組み合わされると非常に厄介だ。

 いくら俺が《索敵》や《聴音》で探っても、無音で潜伏されればファーストアタックが奪われる危険度は高かろう。組み合わせは絶妙に最悪と言える。そしてその原因ともいえる「透明化マント」を売ったのは、俺たちなのだ。

 (……ツカサが責任感じるのも無理はねえ、な)

 じっとこちらを見つめるツカサの瞳を、見返す。
 コイツに、引く気はないだろう。

 「……アイツの力は、得体が知れないのはわかってる。……でも、オレは、」
 「……ツカサ、《カノープス》は持って来てるな?」
 「ああ、勿論!」

 優男らしくぱっと表情を明るくしたツカサが、ストレージから美しい赤色に輝く、長い銃身を持った俺の愛銃、《カノープス コンバットカスタム》を取り出す。ミオンに依頼した通り、狩りに出た前回より更に諸々に強化されて、なんと三点バースト射撃機能すらついている。

 嬉々として……或いは、誇らしげにそれを差し出すツカサ。
 俺はそんなツカサの目を真直ぐに見ながら、それを受け取って。

 「よろし、く、え……?」

 その先端に取り付けられた二十センチほどの刃で、ツカサの胸の中心を貫いた。

 呆けたツカサの声を聞き流して、バレルから突き出したナイフでその体を貫いたままにトリガーを引き絞る。連続して三度生じる、ロングバレルでの消音効果を受けたかすかな発射音。同時に感じる、軽めのリコイルショック。

 既に胸のナイフによって凄まじい勢いで減少していたツカサのHPは、その連撃で零となった。ずり落ちたツカサの黒眼鏡の奥の目が、驚愕に……もっと言えば、「理解できない」というように、見開かれ。

 「ら、ラッシー……? な、なん、で……?」
 「悪いな。……賞金は、お前に譲るからよ」

 がっくりと、俺にもたれかかる様に脱力した。
 その体を支えて、そのまま岩壁に立てかける。

 ツカサは、まだ甘い。あれは、ゲームの中での一撃死、くらいではない。
 なぜなら、『奴』が「殺した」と言ったのだ。ならばそれは、「そういうこと」なのだ。

 (……『奴』は、冗談を言うような奴じゃなかったからな……)

 あの声。特徴的な、ぶつ切りの口調。そして何より、赤く光る髑髏の眼窩。

 忘れるものか。聞き間違うものか。

 俺は、思い出した訳ではない。
 なぜなら、一度……いや、一瞬たりとも、忘れたことなど無いから。

 あの、忌わしい夏の日の出来事を。

 「……だが、この勝負は、譲れない。これは、俺の業だからな」

 物言わぬ……しかし何かを言いたげに見開かれたツカサの両目を、そっと閉じてやる。
 そのまま、できる限り優しくツカサを置いて、俺は全力のスピードで廃墟を駆け抜けた。

 
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