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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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GGO編
  episode2 死の銃と布良星

 「く、くそっ!」
 「ほらほらほらっ! あんよは上手、かい!?」

 逃げ惑う様に後ずさりする短い金髪の男は、『No-No』。両手に構えたサブマシンガンを主武器とする近接戦タイプで、このBoB本戦に出場できる程の実力者だが、遮蔽物の多いこの重度倒壊地域ではツカサに正確に狙いを絞りきれないようだ。憎々しげに舌打ちしながら、縦横無尽に跳ねるツカサから距離を取り、一歩ずつ下がっていく。

 「さあさあ! まだまだ行くよ!」

 そのNo-Noを、ツカサは口端を釣り上げるように笑いながら、心底楽しげに追い立てていた。遮蔽物の合い間を縫うように鋭く飛び回ってその間に二丁拳銃を構えて乱射する。三十メートル程の距離のある今ではまだNo-Noの光学防護フィールドが保っている為、光線銃の威力は大部分が減衰されてしまっているが、このまま距離を詰めればいずれその効果は失われる。

 「そらそら、もうすぐだよっ?」
 「なんの、まだまだ!」

 ツカサはサブマシンガンを巧みに避けながら更に距離を詰めていく。が、No-Noもまだ戦意を失くさずに射撃を続けながら光線銃の射程を完璧に見切って距離を保ち続ける。連射が当たればAGI型でアーマーの薄いツカサのHPは一気に削れる。今のこの状況であっても、まだ勝機はあると思っているのだろう。

 だが。

 (甘いねえ…。俺のこと、知らねえわけじゃねえだろうがよ…)

 苦笑して、手元のスイッチを押す。
 直後、軽く体を起して、大きく指笛を鳴らす。

 特訓の成果(連携の合図として使うために、BoBの第一回大会の前に練習させられたのだ)もあって、指の間からは綺麗な高音が大きく一度響いた。

 「!?」
 「おっけ!」

 その意味するところを正確に読み取ったツカサが、大きくバックステップ。
 突然取られた距離にNo-Noが驚いて一瞬その足を止め、足元を見やって。

 (…一度の指笛。それは、「離れろ」の合図)

 「っ、!!!」

 No-Noの驚愕に歪んだ顔が、光の中へと消えた。

 響く轟音が、周囲の空気を震わす。
 足元からの光が、No-Noを包み、ツカサの隠れる石壁を包み、俺の潜伏する茂みを包む。

 手榴弾の一種、『遠隔操作式プラズマグレネード・中型』。

 「遠隔操作」と聞くと非常に使い勝手がいいと思われがちだが、実際は遠隔と言いつつも有線コード五十メートルまでの距離でしか作動しないし、その上発動まで数秒のラグがある、瓦礫や落ち葉に紛れ込ませることが出来ないなどの数々の制約の為に、一人では到底扱いきれるものではない。

 が、今回はその制約を解除するために、ツカサが陽動を買って出ている。その派手な戦闘はNo-Noの目を引き付け、足元に転がる爆弾に気付かせなかった。そしてここは重度倒壊地域、気付いても一瞬で効果範囲から逃げ出しはできない。

 「くっそおおお!!!」

 捨てゼリフが消えて、光の中から現れたNo-Noは既に燃えカスだった。

 あんまり有難くないことにこのBoB、普段のGGOと違って死体はポリゴン片となって爆散することなくその場に残り続ける。銃殺された場合は気持ちよく血を流して倒れるのだろうが、爆殺死体にその気持ちよさは一切ない。まあ、そんなやり方をする張本人である俺が言うのもおかしな話なのだろうが。

 「なーいす、ラッシー。流石に爆弾魔の名は伊達じゃないね?」
 「は。このくらいならミオンも出来るだろうよ。ってか、タイミングの見方はミオンの直伝だ」

 爆発音と同時に集まってくるだろう他のプレイヤーを避けるために一目散に倒壊した地域を駆け抜けながら、ツカサの声に返す。BoB舞台であるこの島で最も踏破の難しい重度倒壊地域だが、二人とも《軽業》スキルは十分だ。走り抜けるのに苦労は無い。

 今回のBoBが始まって数十分、二人の戦闘は正直かなり良く進んでいた。初期配置が近かったという幸運によって素早く合流できたのもあり、ここまでで既に爆殺人数は三人。腰の特別素材のポーチの中の爆弾も、十分な数を保っている。まだまだ『奥の手』は使わず、コンビプレイだけで押していけるだろう。

 ああ、もう一つ幸運なことに、あの『黒の剣士』とはまだ出逢っていない。出会ったら速攻で爆弾を置いて逃げるしかないだろう。相性的にも、……そして俺の心情的にも。

 「んー、次は誰を狙うかね?この辺なら、っ!!?」

 走りながらのツカサの声は、途中で遮られた。

 「っ、たあー、派手に暴れてる奴がいるね? 『爆弾魔』のお株を奪われるかな?」
 「んにゃ、あの爆音はグレネードじゃないな……多分、大型車だろ」

 巨大な炸裂音が周囲の空気を震わせたからだ。

 俺のヘルメットは爆弾使いとしての一定量以上の大音量を遮る防音効果を備えているが、ツカサは防音どころかヘルメット自体を被っていない。先ほどの俺のグレネードは中型だったから何とかなったものの、あのレベルの爆音を至近距離で受けてしまえば数秒の硬直は免れないだろう。今も結構な距離だったものの、顔を顰めている。

 (さて、と……)

 炸裂音は、敵を惹きつける。

 それは獲物を狙いやすいという利点でもあるが、勿論敵に狙われやすいと言う欠点でもある。向かうか、引くか。或いは周囲を覗って、衛星スキャンまで待つか。難しい決断を求められる瞬間だ……が、こういうときは人任せにするのが、俺のスタンスだ。

 「どうする? 向かうか?」
 「んー、さっきこの辺には数人いたからね? もう少し……五分くらいして行こうか。それまで隠れられる所、見つけられるかな?」
 「りょーかい」

 指示に応えて、すぐさま周囲を探る。敵影の無いことを確認、そして発見時の逃走ルートを探って、最適な場所を選びだす。この重度倒壊地帯、隠れる場所には事欠かないし、なにより慣れた動作だ。すぐさまベストポジションを見つけて、二人で潜伏。

 ツカサの腕を掴んで、奥へと押し込も……

 「う、うわっ!」
 「は? なにが「うわ」だ、さっさと入れ。お前《索敵》出来ねえだろ、奥に隠れろ」

 ……う、として、何やら超反応したツカサを四の五の言わさず蹴り込む。

 潜伏中は、俺の腕の見せ所だ。逆にツカサは居てもしょうがないので、奥に引っ込んで貰うのが安全。すぐに双眼鏡で見まわし、再度安全確認。茂みからの銃口の一本も無いことを確かめる。うん、今回もツカサの判断は正解だったようで、しばらくは隠れられそうだ。

 正解だった。それが、勝つためなら。
 ただしその判断が、「本当に正しかったのか」は、俺には……いや、誰にも分からなかっただろう。

 向かっていれば一人の命を助けられたかも、など、分かるはずもなかったのだから。





 五分。本来ならあっという間に過ぎるはずの時間が、潜伏するとなるとその時間は何倍にも引き延ばされて感じる。緊張感によるコンセントレーションが体感時間が極限まで減速した今なら、たとえ五十メートル先に針が一本落ちた音だって気付けるような気がする。

 「っと、五分だね? じゃあ、行こう」
 「一気に行くか? こっそり行くか?」
 「んー、こっそり、だね」

 確認を取るのは、移動中の狙撃に気を付けるためだ。パターンは二つ、周囲に気を付けてゆっくりと進むか、狙撃の狙いさえ付けさせずに一気に駆け抜けるか。俺としては、どちらかと言えば一気に行った方が楽だ。AGI極型は疾走中が一番安全、先読みに気を付けて走れば、《索敵》しながら行くよりも安全に、速く到着できる……のだが。

 (今回は、こっそり行くわけだ)

 ツカサがそう指示するなら、逆らう理由は無い。確かに五分という中途半端な時間では爆音に集まった面々の戦闘が終わったとは限らないし、それを狙った遠・中距離型の連中もまだ張っている可能性もある。間違った判断では無い……まあ、どっちが正しいかとは一概には言えない、というのが正しい。

 そしてもう一つ、俺の中の「危険を察知する本能的な勘」が、急ぐべきではないと告げていた。もっともこちらは何の裏付けも無い、単なる経験則なのだが。

 (……ま、その経験は、命がけで二年磨いたモンだがな……)

 無言で頷いて、慎重に歩き出す。この重度倒壊地域では流石に足音を全く立てないのは無理だが、それでも出来る限り気配を消して進んでいく。ツカサも手早く拳銃二丁のエネルギーパックを交換しながら歩いていく。こちらはその作業に集中している分足元は疎かだが、それを補うようにしっかりと俺が周囲を見回す。

 「んー、ラッシー、まだ弾薬は大丈夫?」
 「おお、今日は無駄遣いしてないからな。合流前も閃光弾一発に発煙弾二発だな」
 「それにしても、腰のソレ、使いにくくない? 昨日貰ったばっかでしょ?」
 「……ま、やっぱ少しはな。それでも使えないほどじゃねえよ」

 ツカサが指さすのは、俺の腰の特殊材質ポーチ…所謂、『防弾ポーチ』。普通は榴弾系の武器は腰にカラビナでもつけてノータイムで取り出せるようにするのだが、俺の場合は狙撃に備えて撃たれても大丈夫なようこのレアポーチに入れてあるのだ。その弊害として咄嗟にグレネードを放ることは出来ないが、今のところそれで困ったことは無い。今のところ咄嗟の判断が必要な自体に陥っていないと言うだけかもしれないが。

 「もともと俺は使い勝手の悪いモンを無理矢理使いこなすタイプなんでな。不便はねえよ」
 「そう? ふふ、相変わらず凄いね?」

 装填を終えたツカサが二丁拳銃の握り心地を確かめ、笑う。今日も変わらぬ優男ヅラを黒眼鏡で隠し、垂らした前髪がさらりと揺れる。ツカサの表情は、いつもの自然体のままだ。余計な気負いは見られない。俺はそれを確認して頷いて、出来る限りの速度で進む。

 まだこんなところで負ける気は、無かった。
 二人で、まだまだ行ける。そう思っていた。

 超えた廃墟の向こうに、あのぼろマントに身を包んだ男を見るまでは。





 シドが裸眼で、ツカサは双眼鏡で見つめる先は、壮絶だった。このGGOでは本来、プレイヤーの死体は即座にポリゴン片となって爆散するものだ。だから、GGO初期からのベテランで、かなりプレイヤー歴の長いツカサであっても、その景色を見るのは初めてだった。

 プレイヤー達の死体が、累々と横たわる地獄さながらの景色は。

 「っ……」
 「っぁ……」

 二人が同時に、息をのむ。まだトラックの爆発の炎が残る一帯に倒れるプレイヤー達は、合わせて三人。皆爆音を聞き付けて集まった腕に自信のある強者達だったろうに、全員がHPを失って地べたを舐めている。

 そして、その中に、揺らぐ炎を纏って佇む、一人のプレイヤー。背には巨大なライフルを背負い、周囲に揺らぐ炎のように赤い目を光らせたまま、周囲をぐるりと見回す。その手に携えているのは、不吉に輝く一丁の黒い拳銃。

 ―――さあ、見届けろ。これが、俺の、力だ。

 その呟きは、鋭敏なシドの耳だけに聞こえた声ではなかった。十分な音量を持って告げられた言葉は、きっと彼の周囲を旋回する中継カメラもその声を拾ったろう。向けた拳銃の先は、既にHPを零にしているのだろう、横たわる、テンガロンハットの男、『ギャレット』。

 死体を撃ったところで、意味など無いのに、それが大切な儀式だと言うように。

 ゆっくりと、動かされる右手。
 それに合わせて、左手で空中に描かれる十字。

 ―――パン。

 軽やかな音が響き、そして。
 銃弾を浴びたその死体に唐突にノイズが走り……ギャレットは、「消滅」した。

 
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