ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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GGO編
episode2 そして銃弾の舞台へ
グロッケンにある無数の酒場の一室で、俺はまだ慣れない酒を一口啜り、
「んあ?グリドースが負けた?マジかよ」
素っ頓狂な声を上げた。先程行われた第三回BoB大会の予選、ブロックの首位通過を決めた俺は同じく首位通過(ちなみに全ブロック中最速の通過だった。基本的に戦闘スタイル的に特攻にならざるを得ない奴は勝つにせよ負けるにせよ決着は早い)のツカサの予想外の言葉に顔をしかめた。ツカサの方はそこまで意外でも無かったのか、困ったように眉尻を下げて苦笑する。
「そうは言っても、グリドースの能力構成は完全なバランス型だし、それぞれの能力に長けた専門家相手にその土俵での勝負じゃあ、一対一じゃ歯が立たないのも無理はないよ? 今回準決勝まで勝ちあがったのも、オレとしては意外だったよ」
「そう言ってやんなよ。クソボーズなりに頑張ったんだろ、負けたとはいえ」
「……クソボーズでは無い、グリドースだ。……が、その通りだ。拙僧なりには努力した」
会話に唐突に入ってきたのは、話の本人であるグリドースだった。
カウンターのNPCに来店を告げて承認を受け、こちらの小部屋へと入ってくる。その滑らかなハゲの動きに、ツカサが目に見えて「げっ」という顔をするが、俺の見たところでは、グリドース自身はそこまで落ち込んでいるようには見えなかった。まあ、ガリガリと掻き毟るハゲ頭の下にあるだろうその目は遮光ゴーグルで覆われているのだから、はっきりとは分からないのだが。
「ん、んじゃあ、オレは明日に備えて、これで。グリドース、あんま落ち込むなよー?」
「うむ」
俺には分からなかった何かをその様子に感じたのか、ツカサがそそくさと退散していく。確かこの後武器のカスタムの相談をミオンとすると言っていたから、予定を早めるつもりなのだろう。それに本戦はもう明日だ。そこまで時間の余裕はないのだから、準備に行くのは正しい……のだが、この流れではあまりにも白々しいのも確かだ。
ツカサのあからさまな逃げっぷりに軽く笑い、注がれていた酒をあける。ちらりと見やると、向かいに座ったハゲは何ら気にしていない様子でとっととNPCに注文していた。素早く出てくる結構な呑みにくさ(だと、俺は思っている)の酒を飲み干してからこちらを見やり(ゴーグルの奥だから多分、だが)、にやりと口元だけで笑う。
「……よう、残念だったな」
「うむ。正直、相手が数枚上手だったな。まさか拙僧が全く気配を感じれずに撃たれるとはな……いや、それは今話しても詮無き事か。それよりも今日は貴殿に用事……というか、頼み事があってな」
「おお。なんとなく予想はつくから、ココの奢りでいいぜ」
「それは助かる」
その言葉は、嘘では無い。
予想は、なんとなくしていた。
そもそもココに俺がいるのは、以前にコンバートした際のポカの代償(このGGOでの「ポカ」とは現実世界での実費……この時はツカサのレア銃ドロップ、現実換算で約8万……に直結する為、正直結構な罪悪感を伴う)として、第三回BoBの手伝いに呼ばれたのだ。だから、当然言われずとも手伝うつもりではあった。
のだが。
「本戦、ツカサを支えてやってくれ。出来れば拙僧が務めたかったが、叶わなかったからな」
「それ、先にツカサから聞いたぜ?もうコンビの約束と打ち合わせは終わった」
「……戦闘だけでは無い。他の面でも、だ」
頼むその言葉は、俺の予想より少し上だった。
冗談かと思ったが、遮光ゴーグルの奥にちらりと見えた瞳は、真剣そのものだ。
GGO内の実力に関して言うのならばツカサは、間違いなく俺と同じかあるいは俺以上に強い。確かに単独戦闘になれば、狙撃系の敵を探す《索敵》や光線銃の効果が十分に発揮される距離まで近づく為の《隠蔽》には難があるという弱点こそあるものの、それでも正面戦闘まで持ち込めれば大半の敵は圧倒できるだけの実力者だ。
そんなツカサを、「頼む」と。
つまりそれは、「戦闘以外の部分でも」ということなのだろう。
「……ま、分かった、と言っとくよ。だが、今回は優勝は無理だと思うぜ?」
「む? 御主にしては弱気だな。今回はあの『サトライザー』もいないのだろう?」
「あいつとは別に、俺の知る限り最強の男が来たからな。勝てるたあ思えんよ。……まあ、優勝しろってわけじゃないんだろ?」
「……ああ、そこまでは言わない。支えてくれれば十分だ……ツカサはああ見えて、難しいところのある者であるからな」
まあ、何をしてやれるかはわからんがな。
そういって締めくくって、俺は笑った。この時は、そう思っていた。
当然、後になってあんなことになるとは、まるで思っていなかったのだから。
◆
翌日の、とあるグロッケンの店での、とある二人の会話だ。
「なあ、シノン。今日のBoBってさ、全部対人戦なんだろ?」
「……そうだけど。だから何?」
「だったら皆、実弾系銃装備だろ? それなら、光線銃防御フィールド装備する必要無くないか?」
長いストレートの黒髪を腰まで伸ばした人物の問いかけに、砂色のマフラーに顔をうずめた水色の紙の女が大袈裟に溜め息をついた。
「あんた、ホントに相手のこと何も調べて無いのね……。ほら、そこのAブロックと、Cブロックの首位通過の二人……『ツカサ』と『D-Rasshi-00』。この二人は対人戦闘でも光学銃中心のスタイルの戦闘をするから、防御フィールドを持たないとあっという間に蜂の巣よ」
「へえ、そうなんだ……、その二人、強いの?」
「……本戦に出てるのよ、弱いわけないでしょう。それに出場ってだけじゃない、二人ともこのGGOでもトップクラスの稼ぎを叩き出すプレイヤーよ。《軽業》スキルの達人だから、対狙撃には相性の悪い相手。……まあ、超近距離攻撃型のあんたには楽な相手かもね。もう一つ言えば同じスコードロンに属するプレイヤーだから、第一回大会でそうだったように二人でコンビプレイをする可能性もあるわ」
「ふむふむ……詳しいなぁ。なんていうか……知り合い?」
更に聞き出す黒髪のプレイヤーに、少女が遠くを見つめる。
視線の先に浮かぶのは、遠い日の思い出。
「……いいえ。ただ、爆弾使いの『ラッシー』と、GGOの銃技格闘の第一人者、二丁拳銃使いの『ツカサ』。二人とも、強敵だってだけよ……」
今でも思い出す、まだ追いつかない二人の背中。
「……でも、必ず倒す」
ぽつりと決意を呟く少女の言葉は、強い決意を秘めていた。
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