ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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GGO編
episode1 風を受けて3
前書き
二話をまとめたら、長くなっちゃった。てへぺろ。
閃光、轟音。
入口から放たれたプラズマランチャーが炸裂したのだろうその衝撃は、待ち伏せしている彼らも十分読んでいた。「雑技団」はその充実したMob狩り装備を惜しげも無く毎回用いることで有名な為、その分PvP専門スコードロンはしっかりと対策を練って戦闘に望むからだ。
だから目晦まし、その後の突撃を予測して、全員が遮光装備を整えていた。
スコープの奥で覗く、光の中から飛び出す影。殺到する弾幕。
しかし。
「っ!?」「っ、違う、敵じゃないぞっ!?」「くそっ!」
その光の中から踊り出た影が、敵の《軽業》スキル持ちではなく。
「しまった、発煙弾か!?」
スモークを撒き散らすグレネードだと言うことまでは、流石に予想していなかったようだった。
◆
本来、スモークグレネードは一定のリズムで限られた範囲に煙幕を張るアイテムであり、その効果はかなり限定的に留まる。が、これにはあまり知られていないが、少々裏技的な使い方があるのだ。
『よし、『D』は成功です。発煙弾の炸裂で敵は混乱しています。三、二、一、GO!』
発煙弾の、炸裂。
プラズマグレネードが撃ち抜かれた時に派手な爆発を放つのは有名な話だが、実は発煙弾や閃光弾でも同様の現象を誘発出来るのだ。先程プラランの閃光に紛れて放った手榴弾は三つ、いずれも綺麗に撃ち抜かれたようで周囲に濃い煙幕が一気に拡散している。
(しかも一個は、空中で撃ってくれたらしいな。……よし)
ミオンの合図によって二人が煙の中突進したのを見て、俺も岩陰から跳び出す。
文字通り、跳び出して、だ。
「ち、くそっ、行かせるかっ!!!」
上空で撃ち抜かれた煙幕弾を生かして隠した跳躍で、一気に魔鎖夜達の近く二十メートル近くまで距離を詰める。三人が慌ててアサルトライフルを乱射してくるが、そっちは無視だ。まだ投擲で仕留めるには遠いし、何より俺の相手はこいつらではない。
そいつらは。
「任せたぞハゲ!」
「ハゲでは無いグリドースだ!」
煌めく頭を曝け出して、グリドースが疾駆する。
派手な音と共に、三人の体に纏めて赤いダメージエフェクトが光る。跳躍で追い越していたグリドースの放ったショットガンだ。十二連散弾は高めの威力と広い散弾範囲を誇る有能な弾で、揃って三人がノックバックする。
「魔鎖夜! その首、拙僧が貰い受ける!」
高々とグリドースが叫ぶのは、三人の注意を惹きつける為。恐らく左に散開したのだろうツカサに気付かせず、さらに後方で支援(というか、レアアイテムをドロップしない為に控えている待機)する三人を狙い打つ余裕を与えない。
そして、
「アァ!? ナマ言ってんじゃねえぞ!」
魔鎖夜の乗せられやすい性格を、十分に生かした挑発行為だった。
◆
「う、うわあああ!!!」「く、くそっ!!!」
その時既に、最初に戦端の開かれた左の戦闘は収束しつつあった。
「っ、く、また上だ!」
左の二人も、数合わせのメンバーと言うわけではない。魔鎖夜やリッチーには劣るものの、なかなかの装備を整えた実力者達だ。しかし実力者ではあっても、突発事態に対処できるだけの経験と頭の回転まで持ち合わせているとは限らない。
「はっはー! ホラホラ、もうすぐでフィールドは効かないよ!?」
ツカサはその整った容貌に三日月のような笑みを浮かべ、黒眼鏡の奥の瞳を爛々と光らせる。
不規則に跳びはね、走り、掩蔽物を巧みに操るツカサの接近は、彼らになじみ深いAGI極型の突進とは異なって、三次元的な狙いを付けることを強いられる。そんな経験のあまりない彼らは動揺し、着弾予測円の心拍連動によってまともに狙いを絞ることができない。
「く、くそっ!」「撃て、とにかく撃ちまくれっ!!!」
軽快な音を立てて撃ちまくられるサブマシンガンとアサルトライフル。
連中のような精神状態では当然全弾当たるはずもないが、それでも距離が距離だ、全弾外れるはずもない。大半は外れるもののそれでも数発がツカサの体に当たり、そのアーマーを貫いて着実にHPを削っていく。
しかし。
「さあ、もう光学防御フィールド効果範囲外だ! いざ、撃ち合おうか!?」
ツカサはそんなことを全く気にかけず跳躍、左右の光学銃が一気に光を放って二人を続けざまに貫く。普段は減衰されるためにまともに喰らったことのない光線銃の攻撃に、二人がますます動揺する。一端隠れるべきか。いや、押し切るべきか。相反する二つの選択肢で迷い。
そして、動きは鈍る。
「はっはー!」
迷いのうちに、更に繰り出される連射。光線銃の連射は突撃銃程の速さでは無いが、エネルギーパック一つあたりの弾数は圧倒的に有利だ。このまま粘っても先に弾切れになるのは実弾銃の二人。迷いがますます深まる。
「ち、ちくしょおお!」「ま、魔鎖夜、こっち、うわああ!」
この時、二人がそのまま手の銃を撃ち続けていれば、おそらく秒間ダメージ量的には死んでいたのはツカサの方だったろう。しかし二人は、それに気付くほどに冷静になれていなかった。というか、冷静に「させて貰えなかった」というべきか。
「終わりっ!」
動揺でまともに射撃もできない二人に降り注いだ光線銃の連撃が、瞬く間にHPを削り尽くしてその体をポリゴン片へと吹き飛ばした。
◆
「ぬおお!!!」
必死に走るものの、グリドースの体の各所に光るダメージエフェクトは決して少なくない量のHPを削っていく。
「ほらほらハゲ! そんなんじゃこっちまでこれねぇぜ!」
それもそのはず、グリドースのビルド構成はわけあって完全なバランスタイプ、AGI極の回避型やSTR-AGIの《軽業》型に比べればその回避性能は遥かに劣る。アサルトライフルの乱射に突っ込んでいっては、死は免れない。
だが。
「構うものか、参る!」
それでも、グリドースは止まらない。ショットガンを放って相手を怯ませつつ、突進を繰り返す。アサルトライフルは仰け反りこそ小さいがその装甲貫通性能は非常に優秀で、必死に進む彼のアーマーをあっさりと貫いてHPを減らす。
もう残りは、僅か一割。
(これが、最後の一弾!)
諦めずショットガンに次弾を……いや、最後の一発を装填。その動作は恐らくアサルトライフルを撃つ魔鎖夜達三人には無駄な悪あがきに見えたのだろう、三人の顔に笑みが浮かぶ。
魔鎖夜のレア防具、《耐光学兵器反射フィールド展開アーマー》。光学防護フィールドとしては異常な重量を持つが、プラズマグレネードを始め殆どの光学系兵器を完全に防護、さらに光線銃系の射撃を屈曲、反射すると言うとんでもない防具。実弾系の銃をグリドースしか持たない「雑技団」では、ここで奴を絶対に倒す必要がある。
そのためには。
(……この一発は、絶対に外せぬ!)
弾幕の嵐の中、グリドースはしっかりと狙いを絞る。
表示される着弾予測円の拍動に、全力で集中。がりがりと削られていくHPを、耳障りな射撃音を、意識から無理矢理に締め出し、ただただその予測円のリズムに、前へと進む足に集中する。限界まで接近、命中精度を稼ぐための突進に、視界の端のHPゲージが一割を切り、更に減り、減って、
「おおおっ!!!」
最後の一ドットの消える直前。
限界まで収縮した予測円を目にショットガンの引き金を引き絞った。
◆
(勝った!)
最後の一弾をグリドースが込めたのを見て、魔鎖夜は確信した。
彼のトレードマークとも言える装備は対光学兵器用防具だが、実弾アーマーもそれなりのものを付けている。貫通能力に乏しいショットガンでは、零距離ならともかくこの二十メートルの距離では致命的なダメージを与えることはできないだろう。
「そらそらっ!」「惜しかったな!」
横の二人と共に、一気にアサルトライフルを撃ち続ける。
同時に、グリドースの体のあちこちに赤い着弾エフェクトが光っていく。
そして。
(……っ、これは!)
表示される、弾道予測線。
胸を真っ直ぐに貫く、一本の赤い光。
それをみて、魔鎖夜の目が見開かれる。
放たれる、ショットガンの轟音。
砕け散る、グリドースの体。確かに見えた、口元の笑み。
そして。
「っ、ガッは!!!」
弾丸は、魔鎖夜の体を捉えて、そのアーマーを砕いた。
散弾の威力では無い。ただのショットガンなら、この耐弾アーマーを貫くなんて出来やしない。
彼は失念していた。ショットガンは、その込める弾によって様々な種類に分けられることを。一般的な十二発に割れる散弾、三十以上の数に分かれて小威力で広範囲を撃つバードショット、熊などの大型の獣に用いる六発散弾、そしてもう一つ。
ショットガンの威力を全て一発に込める、必殺の弾。
飛来したスラッグ弾は、魔鎖夜の体を綺麗に吹き飛ばし。
「なっ!」「魔鎖夜!」
「心配している暇は無いよ!?君らの相手は、こっちだ!」
上から跳びかかってきたツカサの光線銃が、二人を一気にメッタ撃ちにした。
◆
「おおおお!」
(……っ、くそっ!)
重機関銃の激しい唸り声に、頭の中で俺は舌打ちした。その圧倒的な火力を相手にする時のセオリーは、中距離以上の間合いを保って立ち止まらずにその標的を撃ち続けること。だが、《カノープス》をミオンに預けっぱなしな俺には、中距離を保っての攻撃は不可能。よって、接近するしかない。
しかない、のだが。
「っ、反則だろ、これはっ!」
その機関銃の乱射は、俺の予想の更に上だった。切れるはずのない息を荒くしながらなんとか岩陰に転がり込むが、いつまでもこうしてはいられない。俺の役目は、重機関銃の惹きつけだ。このまま隠れていては、リッチーは後ろの他メンバーを狙うだろう。
(だが、接近するのも、なあ……!)
左右に、上に、必死に飛び回って回避するものの、残り三十メートルがどうしても詰められない。しっかりと三脚で支えられている割に可動性がいいせいで、上に全力で跳んでもしっかりと追随してきやがる。それをかわすには。
(……真上まで飛べりゃあ、狙えないだろうが、な……)
そう、真上。
三脚に固定されたあの銃では、真上までは射角がとれない。とれない、が、今の俺はALOと違って羽もなければ、ツカサのような大ジャンプを可能にするほどのSTR値もない。どうする。考えろ。考えろ。今の俺にあるのは。今の俺の力は。
(……そうだ。俺は)
思いつく策が、たったひとつだけあった。
◆
岩陰から跳び出したD-ラッシーを見て、リッチーはその体に射線を向けた。
「……」
洞窟から出てきた時の最初の乱射こそ外したものの彼の腕は本物であり、この三十メートルの距離では外す気などないし、事実ラッシーもこの距離まで接近してそのHPが急速に削られている。なんの策も無く突っ込んでくるなら、あと半秒もあればその軽装な体のHPを潰すくらい訳は無い。
だが。
(相手は、あの『ダイナマイト・ラッシー』。何の策も無いとは思えない、が……)
しかし、考えても思いつけない。
そして何より、その「迷いを生ませる」ということ自体が作戦の可能性もある。
だから、リッチーは慌てない。
自分に可能な最善を尽くすのみだ。このあたりは、BoB経験の歴戦プレイヤーの実力。
「おおおっ!!!」
叫んだのは、ラッシー。
あらん限りの力と速度での跳躍は、リッチーも初めてみるレベルの大ジャンプ。
しかし。
(それでも、ここまでは届きはしないし、射角は十分だ)
あくまで冷静に、その愛銃、《ビッカース》を向ける。ゆっくりと追うその姿が最高点に達した時が、掃射のチャンス。相手のトリッキーな動きはこのGGOでも最高峰と謳われる熟練度だが、移動方法の無い空中ではどうにもならない。血迷ったか。
銃の先端で、追って、追って。
一瞬の、停止。
「くらえっ!!!」
一気に放つ、重機関銃の掃射。
反動を支えながら、しっかりとその銃弾を目で追って。
その、射線の先で。
「なっ!?」
その体が、再び跳びあがった。
いや、飛んだ。
轟音と、共に。
ラッシー。彼はその『ダイナマイト・ラッシー』の名に恥じない、多くの榴弾系武器を持っている。プレイヤーの好んで用いるプラズマグレネードは勿論、閃光弾、音響弾、発煙弾、そして……一般的な、ナパームグレネードも。
プラズマグレネードよりも威力的に劣るナパームなら、至近距離で爆発しても一撃死はしない。そして音と光が強く生じるプラズマグレネードと違って、激しい爆風が吹き荒れる。
(爆風を、利用して……っ!?)
慌てて射角をとるが、既にラッシーはもう頭上。そして。
「ゲーム・オーバーだぜ」
放られる、大型のプラズマグレネード。
「くっ……なっ!?」
慌てて隠れようとした瞬間。
飛来したシノンの放ったアサルトライフルの弾丸が、そのグレネードを貫いた。
◆
グロッケンの酒場にて。
「ふざけんなよ、あそこ撃たなくてもよかっただろ!?」
「いえ、リッチーは仕留められたでしょうが、もう一人の支援役が素早く身を隠そうとしていました。あそこでシノンさんが撃たなければ、多分仕留め損ねていたでしょう」
「ったく……。無駄死にさせたんじゃねーだろうな……」
「ははは。まあ、すごかったよ?」
「拙僧よりも派手に散ったな、爆弾魔」
俺の愚痴は、ミオンに冷静に諭され、ツカサとグリドースにやけに笑われた。
そして、打ち上げの後の、三人の。
「めぼしい戦利品は、二つですね。こちらのアサルトライフルは激レア、もうすぐBoBの二回大会があるので、ハイレベルの人が高値で買ってくれるでしょうからもう少し待ってください。……そしてもう一つ、これですが……」
「ん? オレは、使わないかなあ」
「俺もいらね。オークションで売っぱらっちまえよ」
この会話が、あんなことをもたらすとは、この時は誰も思ってはいなかった。
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