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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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GGO編
  interlude 顔知らぬ人へ

 これは、何気ない会話の一場面を切り取った話だ。だからいつのことだったか忘れてしまったものも、そもそもどんなシチュエーションで生じた会話だったのかすら覚えていないものもある。そんな話をするのは、これが必要な話だからに他ならない。

 そう、必要なのだ。
 あの銃と硝煙の世界である、GGO。
 その中で、最強のプレイヤーを決める戦いである、BoB。

 そこで生じた、あの事件と。
 顔も知らない『とある人物』について、語る為に。





 「失礼します……っと、うわぁ……」

 ゆっくりと扉を開けた俺は、高々と積み上げられた本の森に、思わず溜め息をついた。場所が有名大学の広い研究室な上に、母さんや玄路伯父さんから彼の人となりを聞いていたからある程度は予想はしていたものの、図書館かと言いたくなる程のこの光景は流石に予想の上だ。

 「呼白(こはく)さん、いますか? シエルです、お話を聞きに来ましたよ」

 返事は無い。

 「呼白さん?」

 もう一度呼ぶもののなおも無い返事に、しょうがなく俺はそのまま本の森へと踏み込んだ。本棚に入りきれないのか床に直接積み上げられた無数の本の山を崩さないように、慎重に足の置き場を選びながらだが。

 それにしても、凄まじい本の量だった。このネットが盛んになったご時世、ここまで紙の書物を見る機会はあまり多くない。そんな必要があるのは、情報の氾濫したネットでは正確さに欠ける様な、各自の専門分野を追求する必要のある者だけ。

 まあ、今呼びかけている人は、まさにそんな必要のある人物なのだが。

 「……なんだ、ちゃんといるんじゃないですか、返事してくださいよ」

 山の山のそのまた向こうの机に突っ伏した、よれよれのスーツ姿の男の姿を認めて、呆れて声をかける。いくら呼んでもない反応に一つ溜め息をついて、ゆっくりとその本の山を掻き分けて進みその背中を叩いて、

 「……ッ!!?」
 「……舐めないでほしいな……これでも僕も『四神守』。護身術くらいは心得ているよ……」

 その手が滑らかに固められて、机に叩きつけられた。

 完全な無反応から一転した鋭い動作に反応しきれず、腕を取られてそのまま固定、ケーサツにでも抑えられるように身動きが取れなくなる。床に負けず劣らずに積み上げられていた本や辞書、専門書がその衝撃でガラガラと音を立てて崩れていく。

 (……っ、甘く、見ていた、ってか……)

 何とか自分を締め上げるその型から抜けようと必死に首をひねりながら、内心で舌を巻いていた。

 四神守……つまりは俺の母さんの兄弟三人のうちの、最後の一人、呼白さん。唯一母さんより若い(確か三十代の半ばだったはず)叔父であり、母さんを生んですぐに無くなった祖母(俺自身はあったことも無いが)の後妻に当たる女性の子。

 なの、だが。

 (この人も、紛れも無く『四神守』ってわけだ……)

 深くため息をつく。これは、捕まった自分の油断になるのだろうか。
 とりあえず自力での脱出を諦めて、説得を試みる。

 ……というか。

 「離してください、呼白さん。呼ばれてきました、朱春(スバル)の息子のシエルです」
 「……シエル……ああ……君がそうか……玄路兄さんに聞いて……呼んだな……」

 俺は今回は招かれた身であって、こんな仕打ちを受ける言われはさらさらないのだ。

 呼白さんもそれをすぐに理解したらしく、固めていた腕を解く。振う腕がそこまで痛まないことを考えると、やはり腕の筋力で押さえつけていたのではなく技で固定していたのだろう。……そこまでの技術を磨いているということか。確か聞いた話では、この人は大学教授、バリバリのデスクワーク派だということだったのだが。

 「……すまないね……ココちゃんは……何をしているのかな……」
 「ああ、仔虎さんならさっき話して、」
 「およびですかー、っきゃー!?」

 特徴的な、霧の向こうから聞こえる様な声での問いかけ。間近で聞く俺にこそ聞こえるものの、五メートルも離れれば常人ではとても聞きとれないだろうその呟きはしかし、俺の入ってきたドアからの返答を促した。バタンと勢いよく音を立てて開かれた扉が、幾つかの本の山をなぎ倒す。

 「ごごごごめんなさいー!? すぐに直しますですー!?」
 「ああ……それはいいよ……それよりも、お客さんだ……飲み物を頼む……」
 「はははいですー! すぐお持ちしますですー!」

 入ってきて盛大に埃を巻き上げた少女……失礼、小柄な女性が、元気よく帰っていく。呼白さん付きの唯一の『神月』である人物……仔虎(ココ)さんだ。玄路伯父さんや蒼夜伯母さんが十人近い神月をその手足として従えているのに対して、この人や母さんは一人ずつしか付き人を持っていない。ということは、こんななりでも実はスゴイ人なのか。

 とか考えていると、

 「……ああ……彼女は……耳と目がよくてね……僕の声でも届くし……資料探しも上手い……家事は……あまり出来ないけどね……僕にはちょうどいい子なんだよ……」
 「……なるほど」

 その答えは呼白さんからもたらされた。と同時に、「きゃー、コーヒー!?」の悲鳴。成程。

 二人で苦笑して、ゆっくりと椅子を……引こうとして、本の山のせいで引けなかった。どうしたものかと戸惑っていると、呼白さんが無感動に容赦なく椅子を引きやがった。押されて本の山の一角がガラガラと崩れるがそれはどうでもいいらしく、呼白さんは無表情に机に向いていた自分用の椅子をくるりと回してゆっくりと座る。

 俺も、それに相対して腰掛ける。
 その体制は、あたかも面接の様な有様だ。そう、何せこの人は。

 「……では……聞こうか……君は……あのGGOでの銃器戦闘……どう思う……?」

 この国でも上位に位置する大学の教授職に、三十半ばにして登りつめた天才学者なのだから。





 「なあ、チビソラ」
 「なーにっ? シドくんっ?」

 ALO……妖精の世界と呼ばれるこの美しい世界に入った俺は、ホームで愛用している揺り椅子の背もたれをゆすりながら、俺の相方へと呼びかけた。返事は、頭の上から。燈赤色の髪の毛の枕が偉く気に入ったらしい人工知能(AI)の小型妖精は、声に応えてぺちぺちと俺の頭を叩く。

 「……お前さぁ、記憶ってどうなってる?」
 「ほえっ? 記憶っ? めもりーっ?」
 「ああ」

 唐突な問いに、チビソラがアホっぽい声を上げる。ってか、人工知能って驚くってことまで出来るのか。すげえな、茅場。いや、鋳型になったソラがすごいのか?

 実に妖精らしい動作で俺の頭からふわりと飛び立ったチビソラが、俺の目の前をひらひらと飛び回る。その距離、五十センチってところか。相変わらずこのチビ介は距離が近い。そういえばGGOを始めてから、目測の距離を測るのが実にうまくなった。その五十センチ先で、チビソラが「うーん?」と記憶を探って応える。

 「うーんっ、記憶っ、ねーっ……。一応私はシドくんのアミュスフィアのメインメモリに入ってて、そこにデータで保存されてー、って感じなはずだよっ?」
 「それで全部保存できんのか? 記憶ってのは、そんなにデータ量として少ないのか? なんか他の場所に保存されたり、とか、バックアップがあったりとか、ないのか?」
 「んーっ……」

 矢継ぎ早な質問に、チビソラが困ったように首を傾げる。
 その眉は、しっかりハの字だ。

 「……あんまり詳しくは分かんないやっ。……それにしても、どうして突然そんなコト聞きたくなったのかなっ?」

 結局誤魔化され、今度はあちらからの質問を返される。
 その質問に俺は。

 「……今度の、BoB大会が関係しているのかなっ? それとも、『彼女』のコトかなっ?」
 「…すげえな。正解だよ、どっちも」

 あまりの正確さに、苦笑することしかできなかった。

 
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