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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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GGO編
  episode1 風を受けて2

 まあ、正直待ち伏せのPKerがいた段階で、分かっていた事だった。
 この状況で、俺が最初に何を命じられるか。

 「っち、ったくよ!!!」

 一言舌打ちして、全力で疾走する。

 今までの……というか、SAO時代の名残りで、移動中もどうにも一気に限界までAGIを高めはしないのだが、今回ばかりは最高、自分の反応速度ギリギリまで振り絞って加速する。踏み出す一歩は、あの頃を思い出す力強い踏みこみ。

 ―――でたぞっ!!!

 声が聞こえた時には、既に俺の体は真っ赤に染まっていた。
 手足胴体、各所を捕える、弾道予測線の無数のラインで、だ。

 (……っ、まじかよっ!)

 一斉に俺を捕えるラインの先を捕えるためにちらりと向けたバイザー下の目を、大きく見開く。
 細い無数のラインの中に、特徴的な極太ラインを一本見たからだ。

 異常ともいえる連射を誇る銃器の僅かなぶれが重なることによって生じる、重なった無数のライン。

 (……っ、『獅子王リッチー』、かっ!)

 重機関銃、《ビッカース》。二百メートル程離れた小高い丘部分に設置されたその機関銃に取り付いて構えをとる男は、見覚えがある。かなり高レベルの『重機関銃|習熟度(マスタリー)』を誇り、その狙いはこのスピードで走るを捕えられるように、軌道を先読みした位置取り。

 (……が、甘いぜ!)

 だが、見えてしまえば回避は容易い。

 俺のもう一つの持ち味である、《軽業》スキルを最大限に生かした、全力の跳躍。重機関銃のラインを綺麗に避ける高さの背面跳びの要領で身を躍らせる。……が。

 「甘いぜ、『D』!」
 「っ、ちっ!?」

 あちらさんも、『D-ラッシー』が中距離からの射撃で捕えられると思ってくれるほど甘くは無かったらしい。丁度跳躍した瞬間に来た数本の弾道予測線は、的確に俺の胸を捕えていた。それ自体はなんとか目で捕えられたものの、さっきと違ってこの姿勢では回避できない。咄嗟に左手を翳してクリティカルダメージこそ防ぐが、それでもHPが一割以上減少しやがった。

 「へえ、やるじゃんか、『魔鎖夜』! 腕を上げたな!」
 「へっ、抜かせ! 今日こそはてめーの脳天に風穴空けてやるぜ!」

 ぎりぎりで岩壁へと飛び込み、声を上げる。
 聞こえた憎たらしいイケメン声に、覚えがあったからだ。

 「まだ第一回BoBの恨み、忘れてねえぞ!」
 「まーだ根に持ってんのかてめー!」

 アサルトライフル使い、魔鎖夜。

 第一回BoB大会の、第十……いや、二十……とにかく参加して活躍した凄腕プレイヤーだ。ちなみにもう一つ言えば、俺とツカサのコンビプレイで仕留めたプレイヤーの一人…というか、俺の爆殺の被害者の一人だ。

 ……が、それってもういつの話だよ。

 『『D』、無事であれば報告を』
 「ああ、わりいわりい。相手は七人、洞窟の横穴出てから渓谷の右五十メートルに三人、左に二人。んで、二百メートル先に二人、だな」

 耳元に嵌ったイヤホンからのミオンの指示に、慌ててマイクを口に当てて呟く。

 一瞬の攻防戦の間にこらした目は、敵の布陣をしっかりと見抜いていた。……のだが、それでは我らが作戦参謀殿は俺のその報告程度ではご不満だったらしい。無表情な口調に、なにやら迫力を感じさせるものを加えて続ける。

 『武装と特徴、確認されたメンバーは?』
 「……あの一瞬で、見えるもんかね?」
 『私の知る『D』さんは、それが出来る方です。計算では見えた確率は八十パーセントです』

 返される声は、確信を持った声。
 ……まあ、確認出来てると言えば出来てるんだが、そこまで確信持てるかよ、ったく。

 (末恐ろしいぜ……、あの司令官殿は)

 一つ溜め息をつく。
 まあ、今は考えても仕方ないか。俺は再び詳しい説明をスピーカーに呟いた。





 「雑技団」のスピーカーは、常時全員に通じている訳ではない。

 その状態に設定してあるのは親機であるミオンのもののみで、他のメンバーは適切に設定した際に指定された機同士での会話しか出来ないのだ。ちなみにその「適切な設定」というのは、ミオンが手元で天才的に操作するからこそ実現している。

 だからシノンには、報告を聞いて彼女がゆっくりと目を閉じたことしか分からなかった。

 (……ミオン、か……)

 知らないものが見れば、単なる運び屋にしか見えない、銃を持たないプレイヤー。まことしやかにささやかれる「天才司令塔」の噂も、こんなそれぞれが自由に動き回れるVRMMOでは言うほどの指示などできないだろうと、シノンも思っていた。

 しかし、それは間違いだった。

 「……分かりました。敵は向かって右に三人、左に二人、正面奥に二人。主力としては右に『魔鎖夜』、奥に『獅子王リッチー』です。……作戦を言います。まずはカメさん、正面出口に目晦ましの為のプラランを一発お願いします。その後は、壁として私とシノンさんを庇ってください」
 「ガハハ! 任せておけ!」

 数秒の黙考から紡ぎだされるのは、絶対的不利を微塵も感じさせない強気な口調。

 「ツカサは、左の二人を。目晦ましを最大限に生かして、光学防御フィールドの減衰効果が失われる至近距離までなんとか接近、撃破してください。理想はHP五割残しで」
 「りょ~かい。……魔鎖夜へのリベンジは、また今度ね」

 作戦も強気で、一対二を悠々と提案するが、ツカサもそれを軽く受け入れる。

 (……私は、この指示に、こんなに簡単に頷けるかな……)

 それをみて、シノンは思う。

 自分はそこまで自分に自信を持てるだろうか、と。すぐに出る答えは、ノーだ。今の弱気な……心に傷を抱えた弱い自分では、到底そこまで辿り着くことは出来ないだろう。しかし、そんなままでは、傷を乗り越えるために強くなることもできない。

 「……グリドースは、右に特攻で。優先目標は、『魔鎖夜』。あの《反射光学防御フィールド》持ちを潰すことを最優先で動いてください。贅沢は言いません、彼だけ潰して頂ければ十分です。……逆に言えば、彼だけは絶対に倒してください。……こちらの実弾銃使いはグリドース一人です。なんとしてでも、」
 「了解。見事に刺し違えてご覧にいれようぞ」
 「……ラッシーは、」
 『奥に特攻、ねえ……正直、自信は無えが、やってみますか』
 「はい。なんとかお願いします。……正直、奥まで戦力は裂けません。重機関銃を惹きつけて、撃破してください」
 『りょーかい』

 次の指示も、更にシノンを驚かせた。

 (……今、ミオンは二人に、「死ね」といった。……そして、二人はそれを当然に受け止めた)

 この戦況では、自分が命をかけて敵を倒すのが当然と思える、強さ。

 そして、それを当然として、仲間に向かって「死ね」と言えるだけの強さ。
 それぞれが、自分の信念を貫けるだけの、シノンの求め続ける強さ。

 「そしてシノンさん、私のバックパックに今日ドロップしたアサルトライフルがあったはずです。予備の弾も無いから長くは使えないでしょうが、光学銃よりはマシでしょう。突然の指示には躊躇うでしょうし、シノンさんの裁量で撃って構いません。出来れば左最優先、次に奥でお願いします」
 「……了解」

 頷く声に、何を感じ取ったのか。
 ミオンはこちらにその切れ長の目を向けるて、一言。

 「私達雑技団の方針は、『最後まで銃を向けたまま、男らしく銃口に向かって死んで見せろ』、です。どんな世界でもそう生きていくということは出来ないですが、この銃と硝煙の世界でくらい、強くありたいではないですか。そうでしょう?」

 その言葉は、シノンの心に長いこと残る強さを持っていた。

 
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