ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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GGO編
episode1 その手に持つ兵器は
「右側五時の方角、大グモ来ます。『G』、左を五秒足止め、『T』は右に特攻、カメさん、充填次第左に光学大砲撃ってください、これで左九十パーセント以上を壊滅させられるはずです。シノンさんは現在標的中の大グモを撃ち続けてください」
「承った」「はーい!」「ガハハ!」「了解」
絶え間ないミオンの指示に、皆が口々に返答して突進する。
ダンジョンの最奥部の一つと思われる円形の大広間。
この遺跡の最終到達点とおぼしきそこは、今や完全に乱戦の模様を呈していた。もちろん、ここが最終決戦の場ということを考えればそれはある意味当然と言えるものでもあるのだろうが、それでもこの様相はなかなかに、なかなかだな。カメじいさんがプラズマランチャーで左端の小グモを一掃した時には、既に主力のツカサとグリドース、そしてシノンは右に新たに降ってきた大グモ達の一波に向かって射撃し始めていた。
そう、降ってきているのだ。
「おい来るぞっ、今度は三時の方向だ! 狙撃役っ!」
「っ、今は困ります、『D』、特攻して抑えてください! シノンはさんは今のクモを、」
「はあっ!?」
ミオンのありえない指示に鼻白む。が、それでも言われたらやらねばならないのがこのスコードロンのあり方だ。指示通りに跳躍して掩蔽物の陰から飛び出し、三時の方向……つまりは向かって右斜め前へとグレネードを構えて走り出す。
眼前に出現するのは、一体の機械兵。
それこそが大グモの雨を降らせている元凶であり、この円形闘技場の主たるネームドMobだ。図体こそやや大柄な人型程度、お世辞にも大柄とは言えない機械兵型Mobだが、その体力と膂力、そして頑強な脚部から繰り出される跳躍と疾走は十分に難関ダンジョンのボスに相応しいもの。そしてなによりコイツの最大の特徴は、
「おおっ、凄い、あの透明野郎、ぴったり三時の方向に出たね?」
「てめっ、こっち見る余裕あるなら手伝えツカサ!」
ツカサが驚いた声を上げる様に、敵の超レアアビリティ、『光湾曲迷彩《メタマテリアルオプチカルカモ》』……ざっくりと言えば、透明化能力だ。道化師のような赤白のペイントを塗られている機械兵の体が、纏ったマントですっぽりと覆い隠された瞬間に完全に見えなくなる。……既にマスターである、俺の《索敵》ですらだ。その力を如何なく発揮して、奴は円形闘技場の至る所に唐突に現れてはこちらを銃撃してくる。
今回は運よく方向はジャスト。
だが、距離がやや遠い。銃よりはるかに短い射程の手榴弾の投擲では無理だ。
と、俺の体を照らす、赤い光。
(くっ、撃ってきたかっ!)
突進する俺を見てか、敵が両手に抱えたアサルトライフルの狙いを俺の方へと向け直す。表示される赤い弾道予測線は、俺の体の各所を綺麗に捕えており、さすがの俺でも全弾回避は不可能だ。もう長い付き合いになる《軽業》スキルで転がる様に緊急回避するが、それでも数発が体を掠めて、HPがいっきに二割ほども減少する。
だが、
「うらぁっ!」
「ガガギッ!!!」
突進で距離を詰め、転がった勢いを生かしてのグレネードの投擲。放たれた拳大の炸裂弾が激しく弾けて、その体が半球形の閃光に包まれた。グレネード系はボスにはダメージが薄い為、そのまま突進、光で一瞬こちらを見失った敵の僅かな隙にその体に追い撃ちの跳び蹴りを叩きこむ。銃器の世界だけあってSAOやALOでの体術と比べると悲しくなるくらいのダメージ量がそのHPを減らすが、一応「特攻して惹き付け」の役はちゃんと果たした。
一瞬でも怯み効果を与えれば、この機械道化師……『ブリンク・ザ・クラウン』は一旦は攻撃を止め、マントの効果で再び姿を消して次の機会を狙う。
(ふうっ……っと!?)
突っ込んだ直後に一息つく間もなく、耳元からのミオンの声が響く。
『すぐ戻ってください、『D』、右の大グモは単体ではなく二体でした。AGI壁がツカサ一人では足りません、すぐに援軍に行って特攻してください!』
「まじかよっ、もたねえぞ!?」
再びの振り回しの指示に、舌打ちしながら走り出した。
◆
後々攻略サイトでは、『蜘蛛と道化師のワルツ』と呼ばれることになる、この最深部のボス戦。ボスである『ブリンク・ザ・クラウン』の攻撃手段は高性能アサルトライフルをはじめ煙幕や毒ガスとなかなかに豊富だが、その中でも最も特徴的な攻撃手段は「頭上に向けて銃を乱射し、そこに張り付いている大グモを撃ち落とす」というものだった。
これによってこのボス戦は、「撃たれて怒り狂った大グモと、その背中から湧き出る小グモの大群を相手にしつつ、消滅を繰り返す道化師を狙う」、という勝負になる。
クモの特徴たる糸の波状攻撃は、最初は広い円形広場を徐々に埋め尽くしていって足場を制限し、落下する大グモの踏み潰しダメージを避ける為にプレイヤーは移動を繰り返さなくてはならないという、地下ダンジョンでも有数の高難易度戦闘。
道化師もその『光湾曲迷彩』で十秒も経たずに姿を消すせいで、クモの襲撃に耐えながら全方位を監視し続ける必要もある。その前触れ無く現れる敵を正確に見つけ出し、数秒の間に狙撃できるスピードが、攻略の鍵。
結果、この「雑技団」の後もかなりの長い期間攻略されなかったダンジョンであり、高レベルスコードロンが何とか勝率五割を保てるようになったのは、彼らの戦闘から数カ月後、もう秋が終わろうかという頃となった。
……そんな高難度ダンジョンで、「血塗れ雑技団」が前線を繰り広げている。
誰もが信じないであろうその戦績の立役者は、一人のコンバートプレイヤー。
彼が操った、「足音で敵の方向を当てる」という離れ業のおかげだった。
◆
戦線は、正直押されていた。
当然と言えば当然だ。明らかに求められるレベルが足りていない。クモの群れの掃討にかかる時間が攻略に想定されている時間よりも長い為にどんどん数が増えていくし、肝心のボスモンスターについては殆どダメージが入っていない。対してこちらの前衛三人のHPは着実に減っており、もう長時間持ちそうにないのは明白だ。
「くっ、一旦下がります。『D』、閃光弾と発煙弾を! 『G』はペイント弾!」
「りょーかいっ!」
「承った!」
前衛が戦線を支えきれずに後衛のシノンやカメにまでクモの糸が纏わりつき始めたのを見て、とうとうミオンが焦りを浮かべて一時撤退の指示を出す。応えたラッシーが両手に持った手榴弾を放り、グリドースが特殊弾を装填したショットガンを壁に撃つ。生じた煙と閃光がMobの目をくらませ、一瞬後に壁に咲いたペイント弾に惹き付けられていく。
ほんの十数秒だけしか効果は無い、こちらの隠蔽と敵の惹き付け。
その効果時間を逃さずに走り出す皆を追って、シノンも《礼賛Y》を必死に背負って駆け出す。
(くっ……重いっ……)
が、かなりの大口径ライフルだけあって、その重みはシノンの肩にずしりと圧し掛かった。
いつもよりも、はるかに足の動きが鈍ってしまっている。
十キロを超えるその狙撃銃はぎりぎり重量制限内とはいえ、限界近い重しを抱えての疾走は慣れが必要となってくる。そんな経験などまだ殆ど無いシノンは、走ろうとして躓き、よろけてしまった。
(っ、……!)
取り残されてしまうかと焦るが、
「ヌむむっ、ワシは走るのは苦手なのじゃーっ!」
「おら、時間はちゃんとあるから走れ爺さん!」
シノンの更に後ろでカメ爺さんが悲鳴を上げていた。
ごつごつとした重装備のアーマーと巨大なプラズマランチャーは完全に重量オーバー、必死に足を動かすがまともに走れてはいないカメさんを、後ろから殴り飛ばすようにラッシーが押してなんとか壁際まで辿り着かせる。煙幕とペイント弾での効果によって残された時間は、もう数秒。
(どうするの……?)
一秒も無駄にできない状況。
沈黙したシノン達の前で、まず口を開くのは、ミオン。
一分の隙も無く管制をこなす司令塔は、焦りながらも冷静さを保っている。
「単刀直入にいいます。ラッシーさん、《カノープス》を使ってください」
「……しか、ねーか……。しゃーない、ツカサ!」
「はいはい。これだね?」
焦りを隠せないシノンの前での短いやりとりに、ぽかんと口をあける。周りの面々が大きく頷き、押されていた時の焦りが、魔法の様に消えたからだ。ミオンの応急手当てをうけながらストレージを操作したツカサの手に生じるのは、彼の愛銃である《アンタレス》よりはスモークの効いた、しかしそれでもなお美しい赤に輝く、銃剣。
「……あの、」
「ああ、シノンちゃん、よーく見とくといいよ?」
呆然と問いかけるシノンに応えたのは、ツカサ。
その優男風の外見の、丸いサングラスの下に浮かぶ、三日月の様な笑み。
「ラッシーの、銃撃戦。めったに見られない彼の……僕の師匠の、ガン・カタさ?」
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