ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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GGO編
episode1 その手に持つ兵器は2
戦闘は、一気に加速した。
俺の手に握られた、一丁の銃によって。
「はああっ!!!」
連射される右手の拳銃からの弾丸が、透明状態から現れかけた瞬間の道化師を捕える。
右手に握られたロングバレルのハンドガンは、《カノープス コンバットカスタム》。銃身に一体化した長いサイレンサーに、その下に刃渡り二十センチほどの燈赤色のコンバットナイフが装着された、「銃剣」と分類される武器。そこそこに連射の効く上にかなり軽い光線銃は、透明マントの上から過たず道化師の体を射抜いた。
立て続けに三発放たれた光線が、一発も外れることなくその体を貫く。
着弾予測円システムがあるせいで銃の命中率が極端に低いこの世界にも関わらず、だ。
なぜなら、
(……馴染む、ってのは、こういうのを言うんだろうな……)
手にした銃が、あまりにも体に馴染んでいたから。
もともと銃器などまともに持ったことも無かったのもあって、最初は脈拍のコントロールなど絶対に無理だと思っていた。そもそも銃器の種類は勿論、銃の打ち方も構え方すらもまともに知らなかったのだ。そんな状況ではまともにできるはずはないと、思っていた。
なのに。
(……逆に落ち着く、なんてな……なんだよコレ、ったく……)
緑の円の拍動は、微塵も早まらなかった。
それどころか、まるで自分の為にあつらえられたかの様なタイミングで収縮さえしていく。
数か月前まで触れたことも無かった銃火器は、まるで長年使い続けた愛機のように、この手に吸い付いてくる。それは俺がかつてあの失われた世界で、仕方なく《体術》という無手のスキルを使うようになるまでに試した無数の武器のどれにも味わったことのない感触。
それは正直、気味が悪かった。
悪かったのだが、まあ。
「そこっ!」
「グガガッ!」
今、役に立つならば、そのくらい甘んじて引き受けようさ。
落ち着く思考のせいか、透明化した相手の位置を探る《聴音》のシステム外スキルの切れ味も心なしかさっきまでより鋭い様に感じる。クモの奇声や絶え間ない銃声、爆音の中でもその僅かな金属質の足音が、まるで音量増幅でもかけたかの様にはっきりと聞こえる。
「おおおっ!」
「ガ、ガガガッ!」
数十メートル先に聞こえた足音に向け、叫びながら突っ込んでいく。その声に釣られて、機械の道化師『ブリンク・ザ・クラウン』のアサルトライフルは、頭上に向けた数発で小グモを落としただけでこちらに向けられる。
脳裏に、ミオンの声がよぎる。
―――あのライフルは、私の目が正しければ未だGGOでは発見されていない銃です。それも、かなりの最新型。いくら『D』がAGI特化とはいえ回避は困難でしょう。しかし、ブレイクポイントで増えた大グモを処理する間だけでも、抑えて欲しいのです。相当無理を言っているとは思いますが……
同時に、鋭さの中に、幽かに焦りの混じった瞳が浮かぶ。
(……なめんなよ、ミオン)
表示される、弾道予測線。
さっきまでは感じられなかったその十数本のバレット・ラインの順番が、辛うじて見える。
加速する体。銃からの、鼓動を感じる様な錯覚。
その感覚に後押しされて、一気に減速する体感時間。そのまま体を躍らせて、血色のラインを体を捩じらせて回避する。針金の様な細い体を生かした、まともな人間には不可能な避け方で一気に距離を詰めての、再びの銃撃。
「ガギギ!」
「うおっ、と!?」
血の色の閃光は過たず敵を貫くが、ノックバックには至らない。
ダメージは負わせたと思うが、しかし敵の銃は再びこちらへと照準を合わせていく。
「くそっ、撃ってくるのかよ!」
今回はあちらさん、撃たれた瞬間姿を消しはしないで、撃たれながらこちらに応戦してきやがった。あっちが上を撃っていてこちらに注意が向いていないさっきまでならともかく、相手もこちらに狙いを定めた状態では流石にハンドガンとアサルトライフル、圧倒的に分が悪いし、単発拳銃では仰け反らせるまでには到底至らない。
しかし、それでもこれは、見方を変えれば、チャンス。
「うおおおっ!!!」
「ガガギギギ!!!」
走り込んでの滑り込みから、右手を伸ばしたまま鋭く振り切る。当然、右手に銃を持ったまま、だ。その下に付いたオレンジに輝く刀身が閃き、道化師の体を斬りつける。赤く光るダメージエフェクトは、決して少なくないダメージ量だろう。今度こそ怯んだ道化師が、奇声を上げながら仰け反って透明化していく。右手の輝きが、満足そうに煌く。
(……こっちも、馴染む、ね……)
その振うナイフも、手に馴染む。
この感覚がまた……なんとも気色悪い。
かつて二年の長きに渡って俺の魂を鍛えたあの世界で、俺は殆ど武器を手にしなかった。敏捷一極だったために筋力値が足りなかったというのは勿論あるものの、どれもこれも、どうにも俺の手にはしっくり来なかったのだ。勿論、短剣タイプの武器も。
だが、この武器は。
銃の形に握った、銃剣。素晴らしく…それこそ怖くなるくらいに体にマッチした。この武器こそが俺の求めた武器だったのだと、否応なく理解させられた。そう決まっていたから、だから、あの世界では、武器は使えなかったのだ。
決まっていた。何故?
決められていた。誰に?
(考えられるのは、一人、か……)
俺は既に、一つの心当たりに、気付きつつあった。
◆
前線の加速に伴って、後衛のシノンにはもう回りを見回すほどの余裕が生まれつつあった。
そのエンジン役となったのは、
(間違いなく、『ダイナマイト・ラッシー』……)
目線の先を、針金細工のような極細の体が疾駆していく。なんの前触れもなく現れては消える『ブリンク・ザ・クラウン』の姿を、まるで予知能力の様に当たりを付けて走り出しては、先に出現する敵を間髪いれずに強烈の射撃して牽制する。
(ハンドガンの利点も、十分に生かしている……)
この円形のバトルフィールドは朽ちた遺跡や砕けた石塁も多く、走り難い地帯だ。当然、両手で抱える必要がある突撃銃はこの段差を越えながらでは命中精度が稼げないし、ましてや頬付けや膝立ちが必要なアサルトライフルではどうにもならないが、それでもハンドガンなら崩れた姿勢で走りながらでも一定の命中精度を保ったまま射撃できる。
ラッシーの動きはシノンの知っている……つまりはGGOの、ひいては銃撃戦の動きとはまるで異なるめちゃくちゃなもの。しかしそのひどく野性的で、それでいて洗練された縦横無尽な軌道は、現在最高峰の高性能と思わしきアサルトライフルの乱射を躱し続けている。
「シノンさん、大グモ、今!」
「……了解」
「おおっ、また当てたのかい?すごいね、彼女」
ミオンの指示通りのタイミングでの狙撃で、大グモの目玉を狙い打つ。握り拳大の大きさしかないものの、それでも距離が三百メートル程度ならスナイパーのシノンが外すはずはないのだが、どうやらツカサにとってはそうではないらしい。こちらに頬笑みかけながら、「オレとは大違いだ」と言って、仰け反ったクモへと突進していく。
(……お世辞、ね。あなたとは、質が違うもの)
もっとも彼自身は命中精度など気にする必要はないだろう。
彼こそが「ハンドガンの利点」を最大限に生かしているプレイヤーなのだから。
大きく岩を蹴って跳躍、《軽業》スキルで軽やかに宙を舞いながら、半回転してありえないような体勢で両手のハンドガンを乱射する。あの至近距離まで接近して、あの規模で弾幕をばら撒くのなら、命中精度も何も関係ないだろう。
「ふむ。確かに命中精度なら、双子よりも上だな」
「ガハハ! あの双子はどうにもムラッ気があるからな!」
「二人とも、無駄口叩かず一気に行きますよ。グリドース、特攻。カメさんは十秒後に発射」
「……特攻であるか?」
すでにかなりHPを削られているグリドースが確認するも、無慈悲に頷くミオン。それだけみて、細身の禿頭の下の眉が顰められる……が、そのまま何も言わずに本当に特攻していった。それに引き付けられて一気に小グモが殺到するも、次々と彼のショットガンで吹き飛ばされる。
そして放たれる、プラズマランチャー。小グモの群れと、かなり弱っていた大グモが纏めて弾け飛び、無数のポリゴン片となって砕ける。
最後に。
『八時の方向。来るぞ!』
「シノンさん、右斜め後ろ六十度。狙撃をお願いします!」
「……了解」
告げられたミオンの指示のままに後ろに長大な狙撃銃を向け、
(……ビンゴ)
現れた影の脳天を、的確に狙撃。
綺麗に吸い込まれた銃弾が、赤と白のペイントをした機械兵の頭を、綺麗に吹き飛ばした。
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