ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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GGO編
episode1 銃声と硝煙の宴2
(……これが、トップスコードロン、『血塗れ雑技団』)
凄まじい。シノンの感想は、その一言に尽きた。
ひとたび戦闘を開始すれば、凄まじいのはラッシーだけでないことを思い知らされた。
舞うように数十メートル距離の重機関銃を回避し続ける、ツカサ。いくら動きが緩慢な巨大兵とはいえ、あの距離では弾道予測線はかなり短時間しか表示されないはず。それを避け続けるとは、流石GGOでの「ガン・カタ」の第一人者と言われるだけある。二体の機兵を交互にメッタ撃ちにして体力を削り、憎悪値を無理矢理に惹き付けていく。
そのツカサを正確無比な射撃で援護するのは、グリドース。ツカサに殺到しようとする二体を絶妙に邪魔し、機械兵右腕に装着された強力なレーザー砲は全て弾いて狙いを逸らしている。そしてその合い間に遺跡奥、榴弾で砕けた壁の向こうからやってくる、群れから逸れた数匹のクリーチャー……小グモを撃ち抜いていく。
「ガハハ! 充填完了、次弾、いつでも行けるぞ!」
「では、十秒後にいきます、三人とも離れてください。五、四、三、二、一」
再びの、カメの持つプラズマランチャーの轟音。
プラズマランチャーはその特性として、ダメージの大部分をプレイヤー装備の対光線銃防護フィールドで減衰される。それは味方への誤射ダメージが少ない利点ともなるが、それでも直撃すれば少々のスタンが生じるだろう。しかしミオンは、その僅かなスタンも許す気は無いらしい。或いは、彼らならこの五秒で効果範囲からの撤退が可能だからか。
飛ぶように離れる前衛と、曲線軌道を飛ぶ極太のレーザー。
直後、光の爆発の直撃に電撃状のダメージエフェクトを光らせる巨人。
それを確認すらせずに、
「さあ、シノンさん、お待たせしました、貴方の出番です。あの出口の、更に奥。ラッシーさんが邪魔な遮蔽物を爆破してくれたので、湧き出つつある小グモ達の親玉が見えるずです。アイツの弱点は、胴体に四対八個並んだ目。それを可能な限り撃ち続けてください」
ミオンの指示。
するりと構えたスナイパーライフルのスコープを覗くと、まるでその言葉が聞こえたかの様にドームの対角線、出口の奥から突進してくる巨大なクモがその姿を現した。ここからの距離は恐らく……七百メートルといったところか。
(七百、か……)
クモ型のMobはGGOではメジャーなタイプのクリーチャーで、シノンも何度か遭遇したことがある。確か主たる攻撃手段は二百メートル強の射程を持つ散弾軌道の糸吐きと、至近距離からの噛みつき、踏みつけだったはず。糸は吐き出された後も数分間残るためにプレイヤーの移動を著しく制限するので、機動力が命の前衛を守るにはドーム内にあの蜘蛛が入る前に仕留める必要がある。
今回のシノンの役目は、その遮蔽物に見え隠れするクモの弱点を狙い打つこと。
そしてそれを可能な限りの速さで実行し、クモのドーム内への突入を阻止すること。
「了解」
一言頷いて構えるのは、《ライトニング・サンダーレイ Ver.Y》。
ミオンが豪語していたように、確かにスコープを覗いて見える着弾予測円はヘカートに負けない程に小さい。これなら、ヘカートの為のいい練習になるだろう。
(……あいつを狙うのは、私だけ……)
現状、前衛のメンバーは機械兵二体と先に広間に辿り着いた機敏な小グモの群れの相手で手いっぱい。ということは、あのクモを狙うのは、自分だけだ。つまり自分が、あのクモがドームに到達するまでの時間内に仕留められなければ、前衛は全滅の危機が生じるということ。彼らの……主にツカサの武器は、おそらくオークションで売れば一千万クレジットはくだらない、相当なレア銃だろう。ドロップとなれば、ただ事では無い事態となる。現実円にして十万の大金が、シノンにかかっているのだ。
(でも、そんなモノ……)
あのときに、比べれば。
集中力によって、体感時間が一気に減速する。高まっていた鼓動がゆっくりになり、それに伴って拍動する着弾予測円が、コマ送りの様に遅くなる。スコープに映る恐ろしげな大グモが、その足をものすごいスピードで動かしてこちらに向かって突進してくる姿すら、シノンの意識を波立たせることは無かった。
引き絞る、トリガー。
生じたリコイルショックはとても光線銃とは思えない、ヘカートを試し撃ちした時以来となる強烈なものだった。二脚を抑えるシノンの体が大きく揺さぶられ、踏ん張った足が押されそうになるのを必死に堪え、スコープを覗き続ける。
(外した、わね……)
一撃目は、大グモの右側に並んだ四つの眼球の、僅かに上へとずれた。
仕方ないと言えば、仕方ないと言える。流石にこれほどの強烈な狙撃銃をまともな実戦レベルで扱うのは、初めてなのだ。一発で成功させることなど出来るはずはないと、分かっていた。だから、慌てはしない。それよりも。
(……凄い威力に、反動……。これが、『対物狙撃銃』のレベルのライフル……)
横腹に弱点を外した一撃を当てただけで、大グモが一瞬怯んで足を止めたのだ。以前出逢った時は至近距離からのアサルトライフルの乱射を受けながらも一切怯まずプレイヤーに一直線に突進していってその体を噛み砕いていた大グモの巨体が、たった一発で。
「オーケー。私の計算では、最初の一発の命中確率は二十パーセントでしたから、当たらないのも想定済みです。次の一撃をあてることに集中してください。まだ十分間に合います」
ミオンの全くぶれない落ち着いた声に無言で頷き、銃身の横に表示されるエネルギー充填率を見つめる。一発の威力が大きい分、大威力用の大きなエネルギーパックを用いても七発分しか打てないが、代わりにその発数内でなら三秒ほども待てば次弾を打てるようになる。
頭の中でいずれ使うだろう巨大な狙撃銃を思い描き、ボルトアクションで次の弾を装填するイメージの後、再びスコープを覗く。本来は二発目以降は敵に弾道予測線を与えてしまうが、相手が大した知能を持たないクリーチャーならその点は問題ない。
(……次は、当てる)
再びトリガーに指をかけ、拍動する着弾予測円を凝視する。
トリガーを引く、その拍動を完全にコントロールしきっての、完璧なタイミング。
轟音を立てて発射された強烈な光を放つレーザー光線は、大グモの目玉を過たず容赦なく貫いた。
◆
ちなみに、シノンは気付かなかったが、それぞれの特技を生かして戦場でその実力を見せつけるのは、何もアタッカーのツカサとグリドース、後衛のミオンやハガネノカメだけでは無かった。
スカウトというクラスであり、その本領は偵察任務である、ラッシー。
彼もまた、彼女には見えないところでその力を存分に振っていた。
今は伝説となったデスゲーム、『ソードアート・オンライン』で培われた、その力を。
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