ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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GGO編
episode1 銃声と硝煙の宴
土曜、夜。およそ一時間の時間をかけて訪れたのは、渓谷地帯の奥深くにある古代遺跡、『人の消える巨大地下遺跡』だった。シノンにも殆ど経験の無い、かなりグロッケンから離れた地までの、いわば「遠征」と言える探索だ。
それを可能にしたのは、
「オッケー。んじゃ、この馬はここに繋いどくぜ」
「ありがとうございます、ラッシーさん。相変わらず騎乗が上手くて助かりました」
ラッシーの乗りこなす、ロボットホースだ。「乗馬経験者じゃねえよ? VRワールドの馬は現実で乗れても簡単には乗れねえし。ちょっと別ゲームで練習したんだ」と語っていたその騎乗動物は凄まじい機動力を誇り、彼の軽く一キロ先まで見通す《索敵》のスキルと相まって凄まじい先行偵察能力を発揮していた。なにしろ本隊五人はここに到着するまでに、プレイヤーはおろかフィールドMobにすら遭遇していないのだ。
「使用した弾薬はいくつでしたか? 巨大な爆音が一回響いたように感じましたが」
「ああ、アレなら二発だ。小型Mobの群れが居たんで、時限式の使って同時爆破しといた。群れだったら粗方潰したら去っていくだろ? こっち来る前に撤退させといた」
「ありがとうございます。でもこれからは、そういうことは前もって報告してくださいね。なんの為の斥候兵ですか」
さりげなくやりとりを交わすラッシーとミオンだが、結構とんでもないことをしている。フィールドMobは確かに単純なAIだが、それでも時限爆弾で殺すとなると難易度は格段に上がる。それを独断でこなしたということは、成功させる自信があったということか。
(これが、トッププレイヤー……)
遺跡へと侵入していく彼らを見ながら、シノンが内心で息をのむ。
しかしこの段階では、シノンはこの部隊の凄さをまだまだ理解してはいなかった。
◆
「では皆さん。ここからは小声で、口元の小型通信機を用いてください」
地下へと潜って遺跡を探索し始めて、五分。
早々と最初に接敵した時、シノンはこの部隊のとんでもない練度を目の当たりにした。
『こちら『G』。中型二足機甲兵二体、視認致しておる』
『こちら『T』。同じく二体おっけー。いつでも行けるよ』
既に散開した前衛を担当するグリドースとツカサは、広い空洞をうろつく敵のすぐそば、空洞の入り口五十メートルほどの距離まで迫っている。空洞はその半径は百メートルを超え、天井も五十メートルはあろうかというドーム状の空間。そこを護衛……しているのかは不明だが……としてうろつくのは、高さ十メートルはあろうかという鋼鉄の機械兵だ。弱点らしい弱点の見当たらないあの鋼の体では、たとえヘカートでも十発単位で当てないと破壊できないだろう。
しかしそれよりも。
『こちら『D』。やっぱドーム奥のはヤバいわ。数からして多分、親グモがいるなこりゃ。潰さなきゃ小グモは無限湧きだ』
ラッシーは、法外なことにもう既にドームに突入していた。本来はあの二体の機械兵はどう考えても突入と同時に襲いかかってくるシステムのはずなのだが、その《索敵》を無効化するほどの隠密行動技術。さらにはその洞窟の向こう、出口を塞ぐ山となった瓦礫の向こうの敵を、種類まで特定する索敵能力。
(コンバート、って聞いたけど、何のゲームやればこんなスキル技術が身につくのよ……)
そして。
「では参ります。巡回ペースから計算して、十八秒後に機甲兵二体が同時に『K』の攻撃範囲に入る確率は九十パーセントです。それに合わせるように『D』は時限爆弾を十秒後にして出口にセット。『T』と『G』は、一気に突入して、そこからはいつも通りに」
ミオンの口から、まるであらかじめ決まっていたかの様にすらすらと指示が放たれ、小型無線機へと吸い込まれていく。背後でカメさんが大きく頷いて、その巨大な武器を構えるのを確認し、ミオンの四角眼鏡の奥の目がこちらを覗いて。
「では、シノンさん。あなたは最初はスコープを覗かないで耳を押さえていてくださいね。爆発二秒後にスコープを覗いて、いつでも狙撃できるように準備をお願いします」
「……はい」
最後まで一息に指示を出した後、ミオンが襟元についた無線機を右手で支えて左手を開き。
「では、開戦です。五、四、三、二、一、」
鋭い目で戦場を見据えたまま、ミオンの指が動く。
そして、一本ずつ折られていく指が、ゼロになって。
同時に轟いた巨大な発射音が、塞いだシノンの耳を振わせた。
◆
砲撃の轟音と同時に、俺は隠蔽を解いて一気に対角線上の出口……と、思われる瓦礫の山へと向けて走り出した。この空洞は地べたこそ機械歩兵が歩ける程度の凹凸しかないが、その分至る所に遺跡の残骸だろう十分な高さの遮蔽物、つまりは俺にとっての足場がある。勿論こんな石壁程度では機械兵の重火器攻撃をそうそう長時間受け切れはしないだろうが、そこまで時間をかけるつもりは毛頭ない。
「―――っ、と!!!」
そんな俺の横で再び響く、爆発音と巨大な半球体状の閃光。その炸裂弾に似た爆発エフェクトの効果範囲は歩いていた機械兵を上手く巻き込んだ様で、二体どちらも激しい電撃状のダメージエフェクトを受けてその目の光を激しく明滅させている。
(やっぱ流石の威力だね、巨大光学砲は)
この「雑技団」の誇る激レア兵器の一つ、《スーパーノヴァ PRL》。
カメじいさんの撃ったあの武器はサーバーでも片手に数えるほどの希少品である、『プラズマランチャー』に分類される武器だ。極太の光線を放物線状に射出、標的部で爆発するその光学ダメージは、広い範囲を覆う為に対Mobでは絶大な効果を発揮する。
だが、この「雑技団」は、それだけじゃあない。
「はいはい、ガンガンいくよ!」
「拙僧も参る!」
突っ込んだ二人が、同時にその武器を構える。
と同時に、空間を割くように走る二筋の閃光が煌めく。
(相変わらず、速いな)
腰から抜くや否や放たれたのは、ツカサの二丁拳銃だ。
右手の太くて赤い光を射出する紅色のハンドガンは、《アンタレス―MarkⅡ》。ハンドガンサイズでありながら一発の威力がライフルクラスな上にエネルギー効率がやたらとよく、エネルギーパック交換無しでかなりの弾数を打ち続けられる。その《アンタレス》の二発目のエネルギーが充填される間に放たれる、左手からの三連の青い光。構えられた銀白色の銃は、《オリオン―Kモデル》。一発も高威力でありながらさらに三点バースト射撃機能さえも備えた、こちらも高性能な光線銃ハンドガン。
「そらそらっ、っと!」
やけに楽しげなツカサの声に惹かれたか、攻撃を受けた機械兵が無機質な顔をツカサに向け、その左手と一体化した六連のバレルを備えた重機関銃を構える。それに伴って極太の弾道予測線が彼を射抜く……が、ツカサは慌てない。
「甘いねっ!」
膝を大きく曲げると、全力の跳躍。
横の遺跡の残骸を使っての派手な三角跳びで、機関銃の射撃線を回避する。
「まだまだっ!」
跳躍から着地するのを待たない、楽しそうに舞いながらの再びの銃撃。
これがツカサの戦術。武器を光線銃特有の「軽量小柄でハイパワーなレア銃」に絞って、鍛え上げられた《軽業》スキルを用いて接近、他の銃では不可能な体制でのマンガのような銃撃格闘で戦うのだ。俺よりも上と思われるその機敏な動きは、のろまな巨大兵なんぞでは到底捕捉出来ないだろう。
『右機械兵、レーザー射出体勢。『G』、お願い』
『承った』
と、耳にあてた小型の通信機からミオンの指示が入る。
派手に舞うツカサを左の一体が追う中、右の一体はミオン達三人の潜伏した本隊を狙っていたらしい。近接戦闘用の左の機関銃ではなく、長距離用の右の極大レーザーライフルを構えるために腕を動かして、エネルギーを充填、あっという間に銃身を眩く光らせ、
「はっ!!!」
その銃身を大きく弾かれた。バレルを弾かれた光線は狙いを大きく逸れて、空洞地帯の入り口の斜め上の壁を大きく吹き飛ばす。光学防護フィールドが無ければVIT重視キャラでも一撃死クラスの威力だが、当たらなければ意味は無い。
(コイツもまた、相変わらず正確な狙い撃ちだこって)
逸らしたのは、グリドースのショットガンだ。「雑技団」固定メンバーでは唯一となる実弾銃使いのこのハゲは、『逸らし』と言われるプレイヤースキルの達人だ。仰け反り効果の大きい《ファルコM410》ショットガンを使って、敵の発射寸前の武器を弾いて狙いを外させるテクニック。ショットガン自体は街で吊るし売りされている安価な品で威力は低めだが、それでも仰け反りは光線銃の比では無い。
衝撃に左の機械兵が、驚いたようにグリドースをうかがった瞬間、
『皆さん耳を塞いで』
遺跡奥の瓦礫の山の中で、俺の仕掛けた時限爆弾が派手に炸裂した。
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