ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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GGO編
episode1 銃の世界の戦友達2
シノンは、待ち合わせの寂れた広場に予定時間の五分前には着いていた。一応初めて会う相手であり、今回は自分が「お願いさせてもらっている立場」ということもあって、出来れば最初から悪印象を与えることは避けたいと思ったからだ。
だが、時間直前になっても、広場に待ち人が現れる気配はない。
そのまま秒を数える広場の大時計を眺めてながら、少しだけ眉を顰め、
「へえ。この娘が今回の『傭兵』ってわけだ」
「っ!?」
唐突に後ろからかけられた声に、シノンは驚いてびくりと体を震わした。
周囲には人の気配を全く感じなかったし、広場の中央という場所の関係上周囲十メートルには隠れら
れるような遮蔽物は一切ないのに、一瞬で背後を取られた。シノン自身いつ相手が来ても反応できるようにしていたにも関わらず、だ。それが示すのは、現れた男の隠蔽系のスキルが、凄まじく鍛えられているということ。
慌てて振り向いて、その男を見……再びの驚きに目を見開いた。
(細いっ……!?)
装備自体は、地味な迷彩柄の服装に遺跡探索向きの砂色のマントは良くある格好だ。驚いたのは、そのマントに包まれた体はそこそこにベテランであるシノンから見ても異様だったからだ。……とにかく細いのだ。細身、といえば彼女の知り合いの青年も細身な部類だが、これはもうそんなレベルでは無い。
(これは、強敵ね……)
狙撃手というクラスであるシノンはその細身が、銃弾を避けるのに大きなアドバンテージを持つだろうことを鋭く見抜いていた。
「今回の『狩り』の偵察兵、『D-Rasshi-00』だ。ラッシーでもDでも好きに呼んでくれ。今回はよろしく」
「……シノンです。よろしくお願いします。ラッシーさん」
漆黒のバイザー付きヘルメットの下の口をにやりと笑うラッシーを見上げながら、シノンもぺこりと頭を下げた。その滑らかな動きは相当な……GGOを始めて数カ月のシノンよりも高い熟練度を感じ
させる。
(これが……『ダイナマイト・ラッシー』……)
心中で唸る。
第一回の『バレット・オブ・バレッツ』……通称『BoB』と呼ばれるGGOの大会で、第六位の男。その身に合った機敏な動きで戦場を駆け、その名の通り数々の榴弾系武器を用いて数多くの敵を爆殺した凄腕の爆弾魔。後半の凄まじい射撃力も高く評価されていたが、なによりも皆を驚かせたのは彼が「コンバートプレイヤー」だったことだ。
「ザ・シード」規格のVRMMOでは銃器を使うゲームはお世辞にも多いとは言えない。そのためにGGOは、銃火器系の習熟度が他のゲームで上昇させられないとあってコンバートプレイヤーには戦いにくいと言われていたゲームだった。
彼はそのハンデを、「榴弾系武器を主兵装として使う」という手段で覆して見せたのだ。
「ラッシー、やっぱり悪趣味だよ。彼女は狙撃手で、君みたいな偵察兵というわけじゃないんだから気付かなくても無理は無いんだからさ?」
「問題ありません。私達に必要なのは、万能では無く、一極化された力なのですから。彼女は狙撃においてその力を示して頂ければ、私としては不満はありません」
続いての面々は、ラッシーとは違って普通に歩いてやってきた。
無粋な不意打ち仕掛けた彼を諌める様に苦笑いする優男が、『ツカサ』。第一回BoBではラッシーと組んで戦い、二人のその《軽業》のスキルを見せつける様にしてAGI型の強さを見せつけたプレイヤーの一人。彼自身も確か十三位に入賞していたはずだ。
その彼の脇に立つ女性は、自分が傭兵の申請をした相手でもあり彼らのギルド『血塗れ雑技団』の敏腕秘書、『ミオン』。BoB大会には出ていないが、「全員がかなりの収益をあげる上に、傭兵を雇う」という人気スコードロンの雇用窓口であるためにかなり顔の広いプレイヤーだ。ちなみにそのいかにも「出来る女司令官」という外見は、小柄で華奢なアバターの自分からすれば正直少しうらやましい。
「それはバランスタイプである拙僧へのあてつけかな、司令殿?」
「ガハハ! そう腐るな、まだまだ若いんだからな!」
その後ろに現れた見事なスキンヘッドの男に、豊かな白髭の大柄な男。シノンには見覚えはないプレイヤー達だが、ここに現れたということは彼らも「雑技団」のメンバー、或いは自分と同じように雇われた傭兵なのだろう。加えて、その口振りからするに、この二人も今回が初めての参加ということはなさそうだ。
そして最後に、近づいてきたミオンが。
「では、今日は軽く皆の腕の確認と行きましょう。ではシノンさん、お約束の狙撃銃です。《ライトニング・サンダーレイ Ver.Y》。必ずや貴方の期待に添えると確信しています」
サーバーでもかなりの希少価値を持つ、大型の光学狙撃銃を差し出してきた。
◆
事の初めは、スナイパーライフル、《ウルティマラティオ・ヘカートⅡ》だった。
先日ソロ探索の結果に偶然、そして相当の幸運の末に手に入れた、サーバーでも有数の大型狙撃銃。その対物狙撃銃という物騒な肩書をもつこの強力な狙撃銃を換金せずに使うと決めたのはいいが、それにはいくつもの問題があった。
その中でも特に大変と思われたのは、その使用に「慣れる」ことだ。
ヘカートは超の付くレアガンなので、所有したまま正面戦闘に参加して敗北、武装ドロップなんてことになれば一大事では済まない。しかし安全な訓練場や弱小Mobだけを相手にしていては、いつまでたっても本当に使いこなせるようにはなれないということを、シノンは経験としてよく知っていた。この手の激レア銃を実戦レベルで使いこなせる人間が少ないのは、このジレンマの為だ。
そんな悩んでいたシノンに持ちかけられたのが、ミオンからの提案だ。
―――ヘカートレベルの狙撃銃を、練習に使ってみたくはありませんか? 光線銃ですが、Mobに対しては関係ありませんし。威力は劣りますが重量、弾速、命中精度、いずれもヘカートに勝るとも劣らない武器を、私達は所持しています。
GGO世界はやはりその性質上実弾銃の人気が高く、その分実弾系武器は光線銃に比べて入手難度も高い。つまり同レベルの武器であるというだけならば実弾銃では替えが効かない武器であっても、光線銃ではその限りではない可能性もあるのだ。訳あって対人戦を主眼に据えるシノンはあまり光線銃は用いないのだが、今回ばかりはその誘いを受けた。
理由は二つ。一つは勿論、その「自分の武器をドロップすることなく対大型Mob、対人の大型狙撃銃の訓練ができる」ということ。しかしそれは彼女にとっては副次的な利点であり、それよりはるかに大切な別の目的があった。
シノンは、間近に迫った第二位回BoB大会に出場するつもりだ。その強者の集う大会に出て、強い奴を皆殺しにする。最強のプレイヤーになって、一人の弱い自分を消し去るという、このGGOをプ
レイする目的の為に。
そのために。第一回BoB大会において、上位に入賞した二人。今度の大会でも強敵となるであろうその二人のトッププレイヤーを、間近で観察しておきたかったのだった。
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