ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
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GGO編
prologue 賑やかなる安らぎの日々2
「と言うわけで、スミマセンが、今回もお願いします」
「それは構いません。構いません、が……ですが、いつからコンバートされるのですか?」
丸テーブルをはさんで座る牡丹さんに向けて、頭を下げる。無表情な牡丹さんの顔が、ちょっと怒っているような……というか、少々残念そうな表情だったのは何故かは知らないが、別にこれが初めてというわけではない。手順ももう慣れたものだ。
いつもの変わらぬ地味な……まるで旅館の女将さんのような着物姿で正座するその姿は、切れ長で鋭い視線と相まって、まさに「できる女」の体現者。なんというか、これでほとんど俺と年が変わらないとは少々信じがたいが。
「金曜日なんで……明日ですね。いつも通り夕方から出かけて、夜の九時にログインするんで。でそのまま月曜まで外泊してくるんでその間は、」
「毎回言っているのを繰り返すのですが、何故ここで……この家でログインなされないのですか? はっきり言って、帰ってこられた際のご主人様の栄養状態は非常に悪いです。あの状況では、一人で家まで帰ってくる道中すら危険と思っています。一日中ログインするにしても、ここからではいけない理由はないはずですが」
訝しげにかけられるセリフ。
確かに毎回なやりとりだが、毎回誤魔化さざるを得ない。
(まあ、『悪魔の機械』だしなぁ……)
俺は今に至るまで、未だに自分がナーヴギアを使い続けていることを誰にも話していなかった。一応はあのアインクラッドが消滅してその殺人機能はもう使われることはない。……ない、ものの、それでもそんな命に関わる機械を使っていると知られれば皆いい気分はしないだろう。
まあ、俺に言わせればそんなものはリスクとベネフィットの問題であって、二年間ほぼ一度も感じられるラグなく動き続けた実績と、アミュスフィアより確かに感じる挙動のクリアさを考えればそんな極少のリスクくらいはなんでもないのだが。
それに、あの世界にいくなら、挙動は少しでも滑らかな方がいい。
なにせ本気で金と生活がかかっているのだ。
出来得るベストの状態で挑んでおきたい。
「……まあ、それには理由がありまして。いつも通り牡丹さんは金曜日に「シド」のアカウントでログインして『イグドラシルシティ』まで来て、そんでもって俺の方のチビソラとかの各種アイテムを預って、」
「それに関しては構いません、と申し上げたはずです。何故その理由を説明できないか、そのくらいはいい加減に教えて頂きたいのですが」
立ちあがって泊りがけの準備を始めようとした俺に対して、牡丹さんはピンと背筋の伸びた美しい正座姿のままこちらを見上げていた。うーん、毎度のことながら、見逃してくれる気配はない。そのやや茶色がかった髪の下の鋭い目がますます細まり、こちらをじっと見据える。
「……」
「……」
……耳に痛い、沈黙。
仕方ない。
まあ、これも毎回なやりとりと言えば毎回なやりとりだ。
「……神月牡丹。汝の主人たる『四神守』が、その名の元に命ずる。俺、シエル・デ・ドュノアの指示に従ってその帰りを待て。反抗は認めない」
「畏まりました。主人である貴方様の命に従いて、『付き従う者』神月の名に恥じない完璧な働きをお約束致します。私の心も体も行動も思考も、全ては主人たる貴方様の為に」
仕方なく告げた俺の……主人たる四神守の、『命令』。
その瞬間牡丹さんの中にはなんらかのスイッチが入ったようにその表情が切り替わり、その指示を忠
実にこなす『神月』となって立ち上がり、深々と腰を折る。そのまま上げられた顔には、何とも言えない表情……いや、言いようはあるのだが、正直あまり文章にしたくないような表情だ。俺だって記事を書く人間であり、検閲は怖いのだから。
「……他には、何かございますでしょうか? いかなる命令も、私の全てを以てお応え致します」
「……い、いえ、……大丈夫です……」
なおもその放送禁止な表情で続ける牡丹さんから、俺は慌てて目を逸らした。
先ほどまでの「出来る女」というのはいったいなんだったのかと疑いたくなるような豹変ぶり。できればあまり見たくない……しかし、今の俺の稼ぎの悪さでは、定期的に見ざるを得ない、このおかしな牡丹さんモード。
なるべく早く執筆安定させねーとな。
なんつーか、いろいろと目にも心にも毒になりそうだ。
そんなことを考えながら、俺はまた大きくため息をついた。
◆
VRMMO、『ガンゲイル・オンライン』。
『GGO』と略して呼ばれるこのゲームは、俺が今までプレイして時にはそのレビュー記事を書くことすらしていた、「剣と魔法の世界」のゲームとは大きく一線を画するものだった。
一言で言えば、『銃』のゲーム。
剣も魔法も、羽も城もない、無機質な兵器の世界。
思い返してみれば、俺は今までこの手の、所謂ガンシューティング系のゲームをプレイしたことは一度も無かった。対人戦の銃撃ゲームは勿論、軍事ゲームも戦略ゲームも、対ゾンビゲームすらしたことが無い。もともとのバイトの関係も相まってそれなりにゲームは嗜んでいたつもりだが、なぜだろうか。理由、と言われると自分でも良く分からないが、とりあえずしたことが無かったのは事実だ。
そんな俺が、このゲームを知ることになったのは、あの男。
―――キミ、臨時バイトとか考えてる? もしまだなら、いいモノがあるんだよ。なぁに、キミならすぐに稼げるようになるさ。何せ『血統書付き』だからね。キミのほうも、お金が足りなくなるたびにこの家に来るのも嫌だろう? ま、お金に困ったらプレイしてみてよ―――
玄路伯父さんの勧めだった。
ちょっと野暮用で『四神守』の家を訪れた時、世間話ついでに教えられたのだ。あのオッサン、季節が暖かくなるにつれて服装もちゃんこ姿から甚平姿となってますます威厳が無いのだが、それでも『四神守』の次期当主となる男である。そんな男が、なんの考えも無くこれを勧めてきたわけではないだろう。なにせ母さんが言うにはあの人、「当主のお爺さんより強い」らしいのだから。
―――そう簡単に行くわけがないだろう。
最初、俺はそう思っていた。
何せこの『GGO』というゲーム、日本で唯一の『プロゲーマーのいるゲーム』なのだ。実装されている『ゲームコイン還元システム』によって、一万クレジットで百円というなかなかに厳しいレートではあるものの、それでも実際に月二、三十万稼ぐプレイヤーが存在するのだ。プロゲーマー、というとどれくらいすごいのかは少々ピンとこないところがあるかもしれないが、それをわかりやすく言うとすれば。
―――年がら年中、一日中ゲームしている廃人連中なんだからよ……。
そんなプレイヤー達が跋扈するようなゲーム、当然銃器に素人の俺が出て行って、どうにかなるとは思えなかった。ゲーム内のアイテムですら目の色変えて奪い合うコアゲーマーだ、それが実際の電子マネーに換金できるとなるとその熱意も半端ではないだろう。
だが、しかし。
結論を言おう。
俺はこの銃器の世界で、拳銃の名前など一つも知らない、射撃のイロハのイの字どころか「ノ」すらもわかってないような超ドの付く初心者の俺は、何の因果か運命か、自分でも信じられないほどの力を発揮することになったのだった。
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