ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
GGO編
prologue 賑やかなる安らぎの日々
前書き
GGO編、開始となります。
2エピソードの短い章ですが、楽しんでいただければ幸いです。
「んあ゛ーー終わんねーー……」
迫る〆切に追われながら、一向に目途の立たない取材記事に俺は深々と溜め息をついた。小柄な音楽妖精の体で大きく伸びをして、その拍子に揺り椅子の背もたれが派手に軋む。
今、自分が取り組んでいるのは、遥か昔にやっていたバイトの記事書きと違ってれっきとした仕事としての執筆だ。読者投稿ではない正規の記事となるとやはり下手はうてないというプレッシャーもあり、結果として執筆は遅々として進んでいなかった。
(うぁぁー……)
VRワールドではあるはずのない目の疲れを癒す為に窓の外に目をやると、既に空には仮想の日が高く上り、その上一角を覆うように浮遊する巨大な鉄の城が往くのが見えた。ああ、そうか、今日はあの伝説の城がこのプーカ領の上空に来る日だったか。
と、思った瞬間。
「シードーくーんっ! 行こうよ行こうよ、アインクラッドっ! 今日逃すとまたしばらく行けないよっ! 今日こそは行くべきだよっ!」
元気のいい声が響いた。……俺の、頭の上から。
続いて、ペチペチと効果音がしそうな軽い衝撃が俺の燈赤色の髪を振わせる。
「……期限前なんだよ、勘弁してくれ全く……っと、」
「うわ、と、ととっ、でもでもっ、シドくん手止まってるよっ? こういう時は気分転換だよっ!」
なおも続く衝撃から逃れようと頭を振る。
それにあわてたような声を上げ、小さな人型の妖精がふわりと俺の頭の上から飛び立った。
空色のワンピースに、同色の髪を三つ編みにした手のひらに乗るくらいの大きさの少女。尖った耳と透き通った羽はこのゲームにおけるNPCの一種、ナビゲーションピクシーの特長だ。これもまた空色の羽を背中ではばたかせて、なんとか作業に戻ろうとする俺の目の前をひらひらと飛んで抗議の意思を示す。言わずもがな、あの世間を騒がせた「ALO事件」の結果に俺が得たささやかな報酬……かの天才、茅場晶彦によって作り上げられたメンタルヘルスプログラムであり、かつての俺の最愛の人……みたいな、元気印の喧し娘……チビソラだ。
ああ、俺はコイツのことをチビソラと呼んでいた。基本的にナビゲーションピクシーの姿(でかい人間型でうろうろしてると邪魔だからだ)でいさせているソラモドキなので、チビソラ。なかなかに安易なネーミングセンスだと自分でも呆れるが。
閑話休題。
「気分転換してる場合じゃねーんだよ、あと五時間だぞ……」
「でも、ぐだぐだと五時間書くより集中して三時間の方がきっといいものが書けるよっ!」
弱弱しく抗議する俺。まあ、俺の意見がはりきりまくりのチビソラに受け入れられないだろうことは、言うまでもなく良く分かっている。それでもまあ一応ポーズとして拒絶をしておくのは、意地を張りたがる男という生き物の悲しい性か。
「はぁ……どうしたもんかね……」
正直、俺もその案には割と賛成だった。
もう既に作業にかかって一時間だが、まるで筆が進んでいないのだ。こういう時に気分転換するのは実に効果的だと自分でも理解している。というかそういうことわかってから言ってんのか? もしかしたらそれもまた、茅場が言っていたこのチビソラのメンタルメルス機能云々の力なのかもしれない。
「諦めた方がいいんじゃないッスか? チビソラさんも言ってることことだし」
「んあぁー……」
「……かんねんしろー。おまえはかんぜんにほういされているー」
「……てめーら……」
そして放たれる、援護射撃。
この家の住人でもあり、俺の旧友でもある二人だ。
一人、大きくてがっちりした体を頑丈そうな鎧に包み、ストレージを確認している短い金髪の男は、ファー。SAOデータ引き継ぎ機能で作ったキャラであるそのアバターは、プーカでは珍しいほどの大柄な体を為している。SAO世界では然程気にならなかったものの、こうして俺の身長が極端に縮んでしまったこの世界では実にうらやま……いや、その大きさが分かる。部屋の中だというのに常に着ているトレードマークらしい青い鎧姿はまるで中世騎士の様で、大きさと相まってなかなかの迫力を醸し出している。
もう一人、紫のナイトキャップを被って、眠たげなジト眼でこちらを睨んでいる(ように見える)のは、レミだ。腰には大小も形状も選り取り見取りな無数のブーメランが数珠つなぎにぶら下げられており、その上には高い魔法効果のローブを纏った姿。こちらもいつでも準備万端の格好と言える。SAO時代からのブーメランのスキルに加えて、結構なレベルの火力メイジでもある彼女の目を見るに、「かんねんしろ」は実はマジかもしれない。
二人の支持を受けて、ソラの顔がぱっと輝く。
太陽のようなその笑みは、まさに「我が意を得たり!」だ。
妖精らしく白い肌を興奮したように仄かに赤く染めて、
「そーだよねっ! ファーちゃん、レミたんっ! ほらほらっ、シドくんも行こうよっ!」
「……だーかーらー、俺は飛ぶの苦手だからあんまり上までは行きたく、」
「おはようございます、シドさんっ! あ、あの、遊びに行かないですか! 今ちょうど、」
「……モモカあっ! タイミングが悪いっ!!!」
「え、ええーーっ!?」
捲し立てるソラに、更に支援魔法が入った。
ホームのドアを勢いよく開けて突入してきた桃色の髪の眼鏡娘……モモカだ。突然の俺のお叱りに瓶底メガネの奥の目を丸くして、ついでにショッキングピンクのド派手な髪の頭の上に「!」と「?」をそれぞれ三つくらい浮かべて絶句するが、肝心のチビソラはますます勢いづいて「ほらほらっ!」と俺の耳を引っ張りだす。
この時点で既にかなり諦めつつあった俺の目の前に、
『諦めてさっさと準備しやがってください。どう考えても多勢に無勢でしょう』
表示されたブロッサムのメッセージが、トドメを刺した。
「……なるほど、これが四面楚歌と言う奴か……」
『ぶつぶつ言ってないでサクサク準備を。まあ、あなたには特に準備もないですかね』
「あーあー、分かったよ! 行きゃあいいんだろ行けば!」
「やったーっ!!!」
向こうの世界の季節は、夏。このアルヴヘイムにアインクラッドが実装されて既に四か月が過ぎたことになるが、俺の生活は概ねこんなすったもんだの繰り返し、良く言えば賑やかで騒がしい、悪く……は、言う必要はないか……な、ものだった。
(そう、悪くは、無いしな……)
一言だけ心中で笑い、外面では大きくため息をついた。
顔のすぐ横を漂うチビソラが浮かべた満面の笑みは、悔しいことにえらく可愛かった。
◆
そして、二時間。
俺にファー、レミ、モモカ、ブロッサム、そしてチビソラを加えた五人と一匹(と、本人に言うと怒られるのだが……)でのアインクラッドダンジョン探検はやはり楽しかった。特に、多くの高級素材アイテムを手に入れたレミとブロッサムは(どっちも無表情のくせに)上機嫌だった。
ホームに帰ってきた(他の面々はそれぞれすることがるらしくアインクラッドで解散、ついでにチビソラもあっちに押しつけてきた)俺はすっきりした頭でホロキーボードを叩き、上がった原稿は自分でいうのもなんだがなかなかのものだった。
なかなかのものだった、のだが。
「……〆切……過ぎてんじゃねえかあぁーーっ!!!」
書きあがったのは、……実に無念ながら……〆切の、十分後だった。異常に〆切に厳しいうちの編集者は当然許してくれるはずもなく、俺は今週分の原稿を落とし来月分の生活費の四分の一を失い……結果、ちょっとした小遣い稼ぎに奔走することになるのだった。
この国で唯一の『ゲームコイン還元システム』を用いた、小遣い稼ぎへと。
ページ上へ戻る