SAO-銀ノ月-
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フェアリィ・ダンスーFORTUNES-
第五十四話
前書き
ALO編、開始!
「――ようやく来れた」
何とか自在とは言わないまでも動くようになった手足を動かし、その目的だった物へと近づいていくと、ひとまずその黒光りする身体を触ってみた。
その感触は予想通り、冷たい石を触った時のような感触だ。
「遅いって? 無茶言うなよ、これでも目一杯リハビリしたんだ」
二年間寝たきりだった代償はあまりにも大きく、動くだけでもどれだけ時間がかかったことだろうか、思い出したくもない。
そのリハビリ期間のせいで、ずっと日課だった朝の筋トレも出来なくなってしまったのだから。
「だから許してくれよ――アリシャ」
あの浮遊城ではついぞ感じることは無かった、心地良くもある暖かい雨を身体全体に感じながら、物言わぬ墓石に俺は語り続けた。
アリシャ――いや、現実では安永 有紗という名前だったらしい、もう会うことはない少女の墓に。
「クラウドとリディアのところにはもう行ったよ。え、リーダーのところに一番最初に来るもんだって? 悪い悪い」
ギルド《COLORS》の仲間たちの墓参りは、このアリシャで三人目となっていた。
あの怪しい公務員のおかげで、アリシャとクラウド、リディアの墓の場所は解ったものの、まだヘルマンがどこに眠っているかは解らないままだ。
「……SAOはクリアしたからさ、安心して休んでくれよ」
あの日に守れなかった少女の墓に手を合わせながら、謝罪や感謝が届くようにと念じ続ける。
……何分ぐらい経っただろうか、そんな単語が頭の中をよぎった為、そこで俺は手を合わせるのを止めた。
「俺が来ないように祈っててくれ。……またな」
アリシャの墓に別れを告げてバックから折りたたみ傘を出し、若干暖かい雨の感触が名残惜しかったものの、折りたたみ傘を差してアリシャの墓を後にした。
二年間続いたソード・アート・オンラインというデスゲームは、内部のプレイヤーがゲームをクリアしたことにより、75層という半端な場所で終わりを告げた。
だが、生還したプレイヤー達は心に傷を負うだけでなく、二年間寝たきりになった影響で身体も蝕まれていた。
……そして生還出来なかったプレイヤーは、リハビリの苦しみすら味わうことの出来ない場所へと逝ってしまって、もう帰ってくることはない。
そして、首謀者の茅場晶彦は未だにその行方を掴ませず――もしかしたら公表されていないだけかもしれないが――、目下捜索中のまま行方不明となっていた。
結局いくら考えても、彼が何をしたかったのかは解らないが、一つだけ言えることはある。
茅場晶彦という一人の人物のことを、俺は一生忘れないし許さない。
こうして現実世界と生還者に多大な傷痕を残し、未だに解決していない事例もありながらも、SAO事件は一旦の終結を遂げたのだった。
「おーい、一条くん!」
ゆっくりと雨の中を歩いていた俺に、背後からそんな呑気な声と共に、車のクラクションが鳴らされた。
何となく人物を察しながらも背後を見ると、一目で高級と解る黒塗りの車から、怪しい公務員が顔を覗かせていたのだった。
「……菊岡さん」
前述の怪しい公務員こと、SAO事件の対策本部のお偉いさんであった、菊岡誠二郎が相変わらず怪しい笑顔で笑いかけてきていた。
一見爽やかな好青年であるものの、どことなくその眼鏡をつけて笑う姿は、事件の黒幕のような印象を抱かせる。
「やあ偶然だね。家に帰るなら乗っていかないかい?」
「遠慮しときます。怪しい人の車に乗っちゃいけないって小さいことから言われてるんで……と、言いたいところなんですけどね」
菊岡さんに教えられたアリシャの墓参りに行った後に、その菊岡さんが乗った車が後ろから来るとは良く出来た偶然だが、まだまだリハビリが終わったばかりの身としては歩くのは辛い。
ここは遠慮なく『偶然』来た、菊岡さんの車に乗せてもらうとしよう。
「一条くんの家は所沢の方だったね。少し遠いから、それまでお話でもしないかい?」
部下らしきスーツを着た青年の運転手に車の発進を命令しながら、菊岡さんは何やら高級そうなタブレット端末をしまい込んだ。
SAO事件が終結していくらか経った日、茅場晶彦とSAO内で最後に会話したという俺を尋ねてきたのも、この菊岡さんであった。
茅場晶彦のことを話す代わりに、SAO事件のことで解ることなら何でも話すという――ただし生きてるプレイヤーのプライバシーは除く――菊岡さんの契約に同意し、俺はギルド《COLORS》の皆のことを知った。
SAO事件対策のことやギルド《COLORS》のこともあり、菊岡さんには感謝しているのだが……何故だかこの人に全幅の信頼を寄せる気にはなれなかった。
「そういえば、もう家に届いてるかな。学園のことは」
「ああ、SAO事件に巻き込まれた学生だけの学園を作るとかいう」
近いうちに廃校を再利用してSAO事件に巻き込まれた学生用の、特別支援学級とやらが作られるらしく、確か――幸か不幸か――わりと家の近くにその校舎予定地があるのだった。
「なんだかイマイチ感動が無いね、君は。もう少し喜んでも良いんじゃないかい?」
「流石に、まだ解決していないのに喜べない。……昏睡者の調子はどうなんです?」
SAO事件の解決していない事例の一つ――各地で目覚めないプレイヤー達のことだ。
昏睡者という名の通りにクリアしても目覚めていないプレイヤーが各地で後を絶たず、世間では茅場晶彦がまだ見つかっていないためか、『茅場晶彦の野望はまだ終わっていない』などと揶揄されている。
「調子は良いよ。……まだ生きてるという意味ではね」
「……ブラックジョークを聞きたいんじゃない」
菊岡さんの趣味の悪い言葉を静かな怒気を込めながら聞き返すと、菊岡さんの表情に嫌らしい笑いが浮かんだ。
「ごめんごめん。君はこういうジョークは嫌いなのかい? ……まあ実を言うと原因は不明。やってるのは茅場晶彦に次ぐ天才なのかもしれないね」
その茅場晶彦に次ぐ天才という評価から、菊岡さんの『今回の事件の首謀者は茅場晶彦ではない』という考えは、茅場晶彦がそんなことをしないと考えている自分にはありがたいことだった。
何かの根拠があるわけでは無かったが、今回の昏睡事件は茅場晶彦がやっているとは、どうしても俺には思えなかった。
しかし俺がいくらそんなことを思おうとも、そんなことは蚊帳の外にいる俺には何の関係もないし、何の力があるわけでもないのだ。
現実では何の力もない高校生――その上高校に入ってもいない――自分にとって茅場晶彦を直接止めた者だろうと、もうSAO事件に関わることは無いだろう。
「それで結局、何の用なんです?」
『偶然』来た訳でもないことがバレていることは、菊岡さんももう解っているだろうので、さっさと本題に入ることを促した。
「偶然だって言ってたのに……まあ良いかな。本題は別に単純さ、君の《ナーヴギア》を回収しに来た」
俺をSAOの世界に誘った憎むべき悪魔の機械であり、二年間SAOに留め続けた恩ある戦友でもある、という矛盾した機械――《ナーヴギア》。
俺には再び被ることも直視することも出来ず、そのまま押し入れに入れているアレを、どうやら菊岡さんは回収しに来たらしい。
「SAO事件も沈静化して来たからね。そろそろあの機械を回収する頃合いってことになったのさ。……まあ一部の人は、渡してくれなくて困ってるけど」
あの悪魔の機械をわざわざ持っているとは奇特な奴もいたものだ、と思っていると車の駆動音が止まり、外を見てみると慣れ親しんだ自分の家があった。
「それじゃあ待ってるからさ、ちょっとナーヴギアを持ってきてくれないかな」
「解った……ちょっと待ってください」
普段の口調と皮肉気な言葉が混じった、対菊岡さん用の口調で車を出ると、我が家の無駄に広い門の横の扉を開いた。
俺の実家は近所では有数の剣道場であることを自負しており、母屋である日本家屋の他に、ちょっとした剣道場が敷地内にあるのだった。
俺のような、当時中学生の者やそれ以下の子供たちの剣道少年やら少女に、剣道を教えていたりもする。
今日は確か道場は休みであったし特に用事もなかったので、道場に立ち寄る気はしなかったのだが……
「……物音?」
物音というよりも気配だったものの、通り過ぎようとした道場から人がいることを感じたため、念のために道場の様子を見ることにした。
父は用事で出かけているし母は母屋にいることを確認済みだったので、菊岡さんを少々待たせることにはなってしまうが、先に道場の方へと顔を出した。
そこにいたのは。
「あ……翔希くん」
そこにいたのは小学校は別だったものの、剣道場に通って来たことで友人になった少女、桐ヶ谷直葉という名の少女だった。
二年前に俺がSAO事件に巻き込まれる前に最後に会った人物であり、俺にとって恩人であるあのキリトの妹であった。
「何だ、直葉か」
小学校の兄とともに懸命に剣を振っていたことは良く覚えており、俺にとっても妹のような存在だった。
休みがちで体力もあまりなく、二年程度で止めてしまっていた兄がキリトだというのは、SAOの際には気づけなかったが。
「……何だとは何よ」
俺とキリトが二年間SAOに囚われている間、彼女も成長したようではあったものの、俺の若干ぶっきらぼうな口調に頬を膨らます姿は変わっていなかった。
もう冬になって剣道の全中も終わったのにもかかわらず、コートを着たその背中には、不似合いにも竹刀袋が背負われている。
「で、どうしたんだ今日は」
「ここにもお世話になったから……その、お礼に」
直葉は俺たちが囚われている間にも剣道を続け、ビデオで見ることになったものの全中でも好成績を叩きだし、有名な高校への推薦が決まっているらしい。
素直に誉めてやりたい気持ちで一杯なのだけれど、SAO事件のせいで全中に参加出来なかった自分には、どうしても黒い感情が隠しきれなかった。
直葉にもそのことは解っているらしく、俺に剣道のことを話すのは後ろめたさがあるようだ。
「……じゃあ、気が済むまでここにいろよ」
「……うん……」
背後からの直葉の寂しげな声を、出来るだけ聞かないようにしながら、俺は足早に道場を出ると、そのまま普段住んでいる離れに向かった。
離れとは言っても名ばかりの代物であり、実態は庭に作られた子供用の狭い勉強部屋のような物で、家族に顔を会わせ辛い俺はそこで暮らしていた。
離れの中に入って押し入れを開けると普段使っている布団が目に入ってきて、四次元に繋がるポケットを持った某国民的青狸のように寝転がりたい思いに駆られるが、その思いをスルーして目的の物を探す。
――しかして次に見えるのは、使い慣れていた剣道の用具達。
……SAO事件のせいで筋力も大幅に落ちた上に、全中を逃して高校にも通えていない……そんな状態ではもはや、剣道をやることなど絶望的であった。
竹刀を握ることは出来るがそれだけ、直葉のように大会に出ることも出来ないし、たとえ出ることが出来たとしても結果は見えている。
剣術を継ぐものとして育ててきた武人肌の父とは、それを認めずに喧嘩することになってしまったが……あの事件のせいで、俺の剣道人生は全て狂ってしまったのだった。
俺の今までの十七年間を賭けたものは、一つのゲームで全て無意味なものと成り果ててしまったのだと、俺はもう諦観していた。
「……ナーヴギア、か」
そんな中見つかるヘルメット状の拘束具を見て、俺は少しばかりため息を漏らした……目的の物こと、病院に付けられた『一条 翔希』という俺の本名が書かれた名札がついたままのナーヴギア。
二年間に渡る酷使ですっかり塗装も剥げてしまい、もはや電源を付けることも無いので、今やただの趣味の悪い拘束具にしかなりはしない。
「くそっ……!」
俺はナーヴギアを頭上に持っていくと、我慢できずにナーヴギアをそのまま床に叩きつけた。
ナーヴギアにとっては運が良かったのか、床は畳であるせいで望むほど大破することはなく、直接床に触れた場所が中破した程度で済んだ。
これ以上破壊することも可能だったが、玄関に菊岡さんを待たせていることを思い出し、破片は無視して拾い上げて離れを出て行った。
雨足が強くなってきたが道場からもう物音はせず、道場にいた直葉はどうやら帰ってしまったようで、個人的には少し安心した。
傘を差しながら菊岡さんが待っている高級車に急ぐと、強くなってきた雨を気にせず優雅に車の中にいる菊岡さんを見て、若干急いだのが損なような気がしてきた。
「やあ、遅かったね一条くん。何だか可愛い子が出て行ったけど、もしかして君の彼女かい?」
「……まさか」
冗談めかした菊岡さんに付き合っている気分ではなく、適当に流して半壊したナーヴギアを手渡した。
そのナーヴギアを見た菊岡さんは少し驚いた表情を見せたものの、俺より激しくナーヴギアに怒りをぶつけた者はいるのだろう、特に何も言わずにナーヴギアを受け取った。
「それじゃあ、また用事があったら『偶然』来ることにするよ」
そんなことをうそぶきつつ菊岡さんの車は発進し、俺のナーヴギアはその車とともに俺から離れていく。
「リズ……」
天気とともに否が応でも下がっていくテンションの中、勝手に口から出て来たのは、今どこにいるかも解らない親友の名前。
空は未だに、曇天のままだった。
後書き
……どうしてこうなった、そう言わんばかりのテンションだだ下がりのショウキ。
仕方ないですけど……二年間寝たきりで直葉と同等のキリトさんマジすげー(棒)
それはともかく、解った方はあまりいらっしゃらないでしょうが、ショウキの家は原作で直葉が言っていた『昔、兄と行っていた剣道場』です。
恐らくは使い道がないこの捨て設定ですが、原作で回収されないことを祈っています……
では、感想・アドバイスを待っております。
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