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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第五十三話

 ヒースクリフと《神聖剣》を象徴する、十字が描かれている大盾はもはやその手にはなく、片腕ごと地面へと置かれてそのままピクリとも動きはしない。
このアインクラッドで破れるもの無しとまで言われた『絶対防御』は、その大盾持った腕を切り落として使えなくする、という手段で破られたのだった。

 そこまでするのに俺も無傷という訳にはいかず、片腕は十字剣によってボロボロにされてしまっており、日本刀をしっかりと持つどころかクナイを投げることも出来はしない。
かくいう俺は日本刀を片手で持つことも多いが、日本刀とは元来両手で持つべき武器だ……副兵装のクナイが使えないこともあいまって、これは大きなハンデとなる。

「……まさか、こうやって突破されるとは思わなかったよ」

 ヒースクリフは片腕になった自分の腕を見ると、感心するかのようなことを言っていながら、同時に肩をすくめた。
この期に及んで、今殺し合いをしている者と世間話に興ずることが出来るとは、流石の胆力だったが。

「無駄話をしている余裕はないんじゃないか?」

 これ以上ヒースクリフとの会話を俺はする気はなく、また、これ以上会話をしてしまうと俺の疲労がヒースクリフへと伝わってしまうようで怖かった。

 第七十五層ボスモンスター、スカルリーパーとの戦いとの二連戦ということで俺は少なからず疲労はしている。
それはヒースクリフも同じことだが、ヒースクリフのメインは防御で俺は斬り払いと回避……どちらがより疲弊するかは明白だ。

「ふむ、それもそうだな……ならば、行かせてもらうとしよう」

 ヒースクリフのセリフと共に俺は背後に避け、回避とともに十字剣の横薙が俺の眼前を通り過ぎた。
背後へ避けてなければどうなっていたかは想像に難くないが、そんなことは考えずにお返しの日本刀《銀ノ月》が、ヒースクリフの胴を切り裂かんと肉薄する。

 しかし、カスリしかしなかった為に大きく威力を減じられ、ヒースクリフの真紅の鎧にはその一撃は通用しない。
ついつい伝説を打ち立てた今は無き大盾に目がいってしまうが、あの真紅の鎧とて最高級の逸品であることは間違いなく、その防御力は日本刀《銀ノ月》でも切り裂けはしないだろう。

「……ぬっ」

「……くっ!」

 どちらも自分の攻撃が避けられたのを感じとると、まずは敵の武器を封じようとお互いの剣に自らの剣を打ち合わせた。
まるで示し合わせたかのような剣戟は、儀礼用の剣舞のように見えたことだろう。

 そしてそのまま俗に言う、鍔迫り合いという状態になってしまう……どちらも鍔で受け止めている訳ではなく、刃と刃で受け止めているが。
キリキリと常人にはとても耳障りな音を響かせながら、俺とヒースクリフが愛剣同士を使って押し合いをしていき、徐々に徐々に俺が不利になっていく。

 それもその筈だ、片腕で大盾を振り回すような馬鹿げた筋力値を持ったプレイヤーに、俺程度が鍔迫り合いで勝てる道理はない。

「……受け流すっ!」

 当然ヒースクリフに鍔迫り合いで勝てないのは百も承知だが、受け流す程度であれば何とか俺には出来る。
鍔迫り合いをしていた際に俺が突如として力を抜いた為、ヒースクリフは前方へとよろけてしまい、その十字剣も一瞬使用不能となる。

「そこだっ!」

 その隙をついた日本刀《銀ノ月》による最速の一撃が、先程のかすっただけと違って、ヒースクリフの真紅の鎧にクリーンヒットした。
その鋭い一撃は、ヒースクリフの胸の鎧に対して一文字で振るわれ、真紅の鎧に軌道と同じように一文字の傷が刻まれた。

「……フッ」

 だがその攻撃を受けたにもかかわらず、ヒースクリフは薄く笑っていた。
そして次の瞬間理解する――俺は鎧に傷を付けただけで、ヒースクリフ自体にはダメージは入っておらず、俺はその無意味に終わった斬撃のせいで大きな隙を晒しているんだと。

 ――まずいっ……!

 当たれば胴から下とサヨナラしなければならなくなる、ヒースクリフのカウンターが放たれ、俺の身体全体に『避けろ』という命令が電撃のように伝わった。
 しかしどう避ける? 日本刀《銀ノ月》はヒースクリフへの一撃に使った為に使えず、足刀《半月》はタイミングが間に合わず、また片腕を使おうものなら確実に切り裂かれる。

「……《縮地》ッ!」

 そうして俺が選択したのは、高速移動術《縮地》を使用して――これで残りの使用回数は二回となった――ヒースクリフの背後に回り込むこと。

「――やはりか」

 そこで俺は驚愕する。

 俺はヒースクリフの背後を取った筈なのに、《縮地》による高速移動が終わった後に見たのは、俺がいた場所に振り下ろされている筈の……ヒースクリフの十字剣だったからだ。

「君は次にそうするだろう……いや、そうするしかないだろうからね」

 まんまとヒースクリフに誘導されていた自分に歯噛みし、片腕であるというのに自由自在に操られている十字剣に、俺は足刀《半月》による回し蹴りを叩き込む。
出来る限りの勢いを込めたつもりの回し蹴りだったが、ヒースクリフの筋力値に適うことはなく、俺はヒースクリフの腕の振りに吹き飛ばされてしまう。

「つぁッ……!」

 しかし足刀《半月》のおかげで大したダメージも無く、何とか両手と片腕で着地に成功する。
お互いにスカルリーパー戦のHPを引き継いでいるので、俺もヒースクリフもHPに余裕はないが、結晶やポーションを飲んでいる余裕はない。

 まだクリーンヒットはもらっていないが、少しずつダメージを貰っている身としては、もはやHPに余裕はない。

 どう攻めるか考えあぐねていたところ、使い物にならない左手が無意識に、胸ポケットの《カミツレの髪飾り》を触っていることに気づいた。

 ――使えというのか。

 一度PoHに殺されたことより発現した、恐怖が軌跡として見えるようになるという《恐怖の予測線》……攻撃が予測出来るのだから、あまりにも高速でない限りは避けられるようになるが弱点はある。
時間制限を過ぎれば頭痛が走り、そうなってしまえばヒースクリフの一撃は確実に俺を襲い、その命を狩り取ってしまうだろう。

 デメリットが多すぎてやり直しも効かないのだ、発動するにはリスクが多すぎて躊躇われる。
しかしどうするか……と思考が堂々巡りになった時、ヒースクリフから俺に向かって言葉が放たれた。

「《恐怖の予測線》……とやらは使わないのかね?」

 ヒースクリフのまさかの言葉に、俺は衝撃を受けて身体が動かなくなってしまう。
俺は発現してから少なからず《恐怖の予測線》を使っているが、リズ以外にこのことを話したことはなく、それ故に隠し玉となっているのだ。

「『何故お前が知っている』……と、言いたそうな顔をしているね。なに、私はこれでもゲームマスターだからね、目を付けているプレイヤーのデータぐらいは記録しているさ」

 そのヒースクリフの言葉で思い出すのは、俺の心理を見透かしたような発言をしたメンタルカウンセラーNPC、キリトとアスナの娘のユイのことだった。
彼女のようなプレイヤーのデータを読み取るNPCが何人かあの浮遊城にいたのか、それともユイと会った時に読み取られたのかは知らないが、《恐怖の予測線》は隠し玉として有効でないということか。

「殺されそうになった……いや、殺されたが故の生への執着心から、か」

「人のことを、勝手に分析してるんじゃねえ……!」

 結局《恐怖の予測線》を発動することはなく、日本刀《銀ノ月》による足元への斬撃がヒースクリフへと襲いかかった。
ヒースクリフは狙われた片足を浮かすことで、その斬撃を回避するが、その軸足を浮かすことこそ狙い目だ……そのまま足刀《半月》による蹴りの追撃が胴体に殺到する。

 ヒースクリフもただ蹴られることを甘んじて受けることはなく、その十字剣で足刀《半月》を防御し、そのまま俺の足を切り裂かんと十字剣に力を込める。
先程足刀《半月》と十字剣で斬り合った際、呆気なく俺は吹っ飛ばされてしまったのだ、このままではまた同じ結果になってしまうだろう。

「はっ!」

 そこで俺は日本刀《銀ノ月》を鞘にしまいつつ、俺は十字剣を足場にして――皮肉にもヒースクリフの筋力値に支えられ――大空へと飛び上がった。

「ほう……」

 ヒースクリフの感心したかのような声を足元から聞きつつ飛び、用意するのはポケットの中に大量に入って出番を待っているクナイ。
左手が傷だらけになってから使うのは難しかったが、投げるのはともかく、『落とす』のならば何の問題もありはしない。

「クナイの爆撃だ……! どう捌く?」

 俺の言った通り、あたかも爆撃のようにクナイがヒースクリフへと降り注ぎ、自慢の大盾が無いヒースクリフは範囲外へと逃げるしか方法はない。
だが、俺が持っているクナイを全て犠牲にした爆撃はかなりの範囲を誇り、ヒースクリフと言えど範囲外へと逃げ切ることは出来はしない。

「……ふん!」

 ヒースクリフの視界は一瞬クナイの黒色で染まったものの、ヒースクリフは特に慌てることもなく十字剣を振るうと、風圧を伴った一振りでヒースクリフに当たる筈だったクナイは吹き飛ばされてしまう。

 いっそ清々しい程の有り得ない筋力値には苦笑するしかないが、爆撃クナイを捌かれるのは計算の内だ。

「……抜刀術《十六夜》!」

 クナイで視界が覆われていたヒースクリフに対し、見えた頃には既に迫っている高速の抜刀術《十六夜》を放つ。
この期に及んでまた不意打ちとは情けなくなるが、そんなくだらないプライドを捨てて放った一撃は、確実にヒースクリフへと直撃する。

「……ならば!」

 ヒースクリフの首元に迫っていた日本刀《銀ノ月》の前に、ヒースクリフは俺に手を斬られて使い物にならなくなっていた片腕を出した。
そしてそのまま、俺の狙いとは離れて日本刀《銀ノ月》はヒースクリフの片腕を抉っていき、その真紅の腕甲ごと片腕を切り裂いた。

「なぁっ!?」

 ヒースクリフの片腕は切り裂いたものの、そのHPゲージを削りきるには至らずに、俺の狙いだったヒースクリフの首元へは届かないという最悪の結果に終わる。
そして俺は空中で動ける筈もなく、物理法則に従ってしばし空中で身動きが出来ずにいた。

「さよならだ……ショウキくん!」

 そして、ヒースクリフの十字剣が俺の心臓へと突きを放ち、そのままヒースクリフの狙い通り直撃する。

「……がっ……」

 心臓部分へと直撃したヒースクリフの十字剣だったが、それだけでは俺のHPゲージを0にすることは出来なかったため、少しだけ俺は生き延びて十字剣に吊られる形で滞空していた。
トドメの一撃を叩き込み、俺の身体を貫きこの世界から消さんと、ヒースクリフから力が込められる。


「……む?」

 しかし、そのヒースクリフの狙いは果たされることはなく、十字剣はいつまでも俺を貫くことはなかった。

「てぇぇい!」

 足刀《半月》による蹴りがヒースクリフの顎を直撃し、俺とヒースクリフ双方が空中へと浮かび上がることとなった。

「さよなら、じゃなくて残念だったな……!」

「くっ……成程、な……!」

 ヒースクリフは蹴られた顎を気にしながらも、貫いた筈の俺の左胸を見ると、得心がいったかのように剣を再び構えた。
その俺の左胸にあるのは、ヒースクリフの十字剣によって破壊された《カミツレの髪飾り》――ヒースクリフが正確に心臓を狙ったが故に破壊され、俺の生命を守ってくれた仲間たちの形見。

 そうだ、俺は――

「負けるわけにはいかないんだよッ――!」

 ヒースクリフの十字剣による袈裟斬りに、日本刀《銀ノ月》をぶつけて鍔迫り合いを起こし始める。
筋力値と腕の振りの速さ、共にヒースクリフの方が俺より高いために防戦一方になるが、それでも俺へはヒースクリフの攻撃は届かない。

 一合、二合と日本刀《銀ノ月》とヒースクリフの十字剣が空中で交わり、それらは全てヒースクリフ優勢ながら例外なく防御される、という奇妙な結果に終わる。

「ヒースクリフ。もうあんたの攻撃は、俺には当たらない」

 通常時より遥かにクリアになっている視界、ヒースクリフの次なる攻撃が線となって見える世界……《恐怖の予測線》を発動した自分に、ヒースクリフの十字剣を防ぎきるのは、決して難しくはなかった。

 先程左胸を十字剣で貫かれて、《カミツレの髪飾り》を破壊する前に――アレは発動する時のスイッチのような物にしか過ぎないが――発動していた《恐怖の予測線》は、正確にヒースクリフの攻撃を予測していた。

「成程、これが……」

「時間はないんだ、さっさといかせてもらう……《縮地》!」

 攻撃が読めるとはいえ制限時間があるのだ、ヒースクリフの切り裂いた片腕の方に《縮地》で回り込みつつ、その速度のままの一撃がヒースクリフへと切りかかっていく。

 その一撃はヒースクリフの十字剣に防がれてしまうが、ヒースクリフが攻撃に移る前に、日本刀《銀ノ月》はヒースクリフを攻撃する。

 もっと速く、もっと奴の反応を越え、『絶対防御』はもう既にないヒースクリフの防御を突破しろ……!

「……恐怖に耐えながら殺されてしまい、それでも生き延びたいと願った結果、その脳が君にしか見えない景色を見せている……ということかね」

 今度はヒースクリフが防戦一方となっているが、涼しい目と表情をして何かを言い始めた。
一度死んだ時に、生き延びたいという気持ちで脳に発現した……というのがヒースクリフの仮説らしいが、脳科学者でもない自分には答えが解るわけもない。

 ヒースクリフの問いかけには無言で応えそのまま突きを繰り出すものの、ヒースクリフも同様に突きを放って日本刀《銀ノ月》と十字剣がぶつかり合い、どちらも攻めきれずに次なる攻撃に移る。

「人間の偉大さは恐怖に耐える誇り高き姿にある」

 俺の突きからの連撃とした横切りは弾かれ、ヒースクリフはそのままバックステップで俺の射程外に退避する。

「『人間の偉大さは恐怖に耐える誇り高き姿にある』……という言葉を知っているかね? フフ、君はまさにそれだ」

 どこかの偉人が残したかのような言葉をヒースクリフは言い放ち、その十字剣を自分の身体の前に掲げるように構えた。

「君をこの世界に呼んで良かったよ。恐怖に耐えながら生き続け……この世界を超えるものを私に見せてくれた」

「……それはどうも。俺はこんなところ、来たくはなかったが」

 ――本当にそうか?

 自分では心の底から言ったつもりの言葉だったが、すぐに自分自身から疑問の声が投げかけられる。
そのことは少しおかしく思ったものの、そんなことはすぐ心の中から追い出し、日本刀《銀ノ月》を鞘にしまう。

 何故ならヒースクリフが今やっている構えは、一度見たことがあるヒースクリフの《神聖剣》のソードスキルの予備動作。
ヒースクリフは後は俺の攻撃を防御しているだけで、俺は時間切れによって頭痛が起きて隙だらけになるが……ヒースクリフはその前に俺を始末する気らしい。

 ならば、俺もそれを真正面から自身の剣技で受けきるのみ。
ヒースクリフは日本刀《銀ノ月》を鞘にしまった俺を、少し戸惑った表情で見たものの、すぐに冷静な機械のような表情へと戻る。

 もはや無駄口など必要なく、どちらのHPももう限界近くであり、十中八九俺たちの戦いは次の攻撃で決着が付く。

 俺の目の前にいるのは一万人を殺す『覚悟』がある男だ……こちらも本気で殺しにいかねば殺される……!

「……行くぞッ!」

「来たまえショウキくん!」

 俺たちの掛け声とともに、ヒースクリフの掲げた十字剣に真紅の光が灯り、《縮地》によって俺の姿が消え――これで使用限界数だ――最後の……いや、最期の攻撃が始まる。

 《縮地》によって高速移動をしながら日本刀《銀ノ月》の柄に手を伸ばす俺に、上方から鋭い殺気を伴った予測線が高速で俺に接近する。

 ――神聖剣単発ソードスキル《アルテリア・アンビエント》――

 俺の予想通りだった筈の攻撃は、予想以上の速度と威力の一撃となって俺の前に立ちはだかり、それを見ると俺は日本刀《銀ノ月》を鞘から引き抜く。

 この浮遊城《アインクラッド》における最強のソードスキルに対するのは、《縮地》による高速移動の勢いを加速して攻撃する抜刀術――

「――抜刀術《立待月》ィィィィッ!」

 もはや小手先の業などは不要だ、柄ではないかもしれないが正面から『最強』とぶつかり合うしかない……

「……なんて考えてると思ったかよ!」

 弱い自分には最後まで小手先の技を使うしかいないし、仮にヒースクリフと正面からぶつかり合っては結果などは火を見るより明らかだ。

 狙いは《恐怖の予測線》によって表示される予測線の最後方、ギリギリ俺が『恐怖』を感じない場所……つまり、ヒースクリフの十字剣の『柄』の部分。
いくら最強のソードスキルであろうと、その効果範囲は刀身のみであり、使っている剣の柄までは『最強』じゃない……!

「そこだぁぁぁぁッ!」

 それでも剣の柄だけを狙うというのは難しく、少しでも場所がズレてしまえば刀身かヒースクリフの腕甲に当たってしまう。
だが俺の《恐怖の予測線》があれば、『柄』だけを斬り裂くことは容易い……!

 鞘から高速で抜き放たれた日本刀《銀ノ月》は、吸い込まれるかのように十字剣の鞘に向かっていき、ソードスキル《アルテリア・アンビエント》を《縮地》で避けながら柄を切り裂いた。

「なにっ……!?」

 避けたとはいえ《アルテリア・アンビエント》は肩に掠ったが、そのまま十字剣の刀身と柄は分離して、刀身は真紅のライトエフェクトを灯したまま地に付した。

「これで終わりだ、ヒースクリフ……! 斬撃術《朔望月》!」

 上半身の身体のバネを最大限活かす、零距離限定隙だらけの一撃必殺技が、その《神聖剣》の象徴を二つとも失ったヒースクリフへと放たれる。
だがそんな状況であろうと、ヒースクリフはあくまでも静かな表情をしていた。

「いや、まだだよ!」

 一瞬たりとも目を離さなかった筈だが、ヒースクリフの何も持っていなかった筈の片腕には、片腕を切り裂いて落とした《神聖剣》の大盾……!

「なっ……!?」

 種は十中八九かつての仲間、クラウドが使用していた《クイックチェンジ》だと解ってはいたが、種が解ってはいても今度は俺が驚く番だった。
俺とて日本刀《銀ノ月》の他にも予備の日本刀はあるし、足刀《半月》やクナイと言った副兵装もあるのだから、ヒースクリフの《神聖剣》に予備があっても何もおかしくはない。

 そしてその新たに現れた大盾は、俺の斬撃術《朔望月》を受け止めるより早く、真紅のライトエフェクトを彩り始めた。
ヒースクリフのユニークスキル《神聖剣》は、大盾によるソードスキルの発動が可能……!

 神聖剣重単発ソードスキル《ノブリス・トラセンド》による一撃が、俺の斬撃術《朔望月》を受け止めるだけでなく、そのまま俺をも攻撃しようと襲いかかった。

 もはや小手先を挟む余地すらない勝負に、俺の技の中で隙だらけになるも最強を誇る剣技は、ヒースクリフの最強のソードスキルとぶつかり合う。

「うっ……おおおおおッ!」

「ぬおおおおおッ!」

 お互いに限界以上の力を出すべく気迫の雄叫びを上げながら、相手の武器を粉砕して自らの武器を当てようと、どちらも自分の今までを全て賭けた技を相手にぶつける。

 俺は今までの人生を全て賭けてきて、この浮遊城《アインクラッド》の二年間を、無事に生き延びさせてくれた剣術を。

 ヒースクリフは……茅場晶彦は自らの全てを捧げた、新たな世界にむけデザインした、最強を誇ってきたソードスキルを。

「チィッ……!」

 しかしその最強を誇っていたソードスキルの威力は歴然で、俺の愛刀たる日本刀《銀ノ月》の切っ先が破壊され始めていく。

「もう保たないようだな、その日本刀も……」

 ヒースクリフの冷徹な瞳がそれを見逃すはずもなく、そのまま更に力を込めていくと、その日本刀《銀ノ月》の崩壊は更に刀身にまで伝わっていく。

「悪いなリズ、お前がせっかく作ってくれたのに壊しちまうかもしれん……」

 このままでは敗北することも必至……心中で親友に謝ると、左腕でシステムメニューを操作し、とあるアイテム欄を目指した。
そのアイテム欄とは『フレンド共有アイテム欄』――フレンドとアイテム欄を共有することで、そのアイテム欄のみ共有出来るというものだ。

「借りるぞ――リズッ!」

 スカルリーパー戦が終わってから……いや、ヒースクリフと共にこの空間に来てからアイテム欄に追加された武器《モーメント・ハンマー》なる武器を、ボロボロになっている左手に無理やり掴む。

「ハンマー……だと!?」

「ああ、俺の親友の……いや、俺の好きな人のハンマーだよッ!」

 このハンマーは確かにリズが普段から愛用してきたハンマーであり、それが共有アイテム欄に入れられているということは、アスナが俺との約束を守ってリズに今の状況を言ってくれたのだろう。

 その証拠にこのハンマーには……『返しに帰って来て』と刻んであったのだから。

「行くぞ、ヒースクリフ!」

 ヒースクリフの十字剣を受け止めたダメージが残っていてボロボロだったが、無理やり左手にハンマーを握り込むと――痛いが我慢出来ない程じゃない――そのハンマーを思いっきり、日本刀《銀ノ月》の柄にぶち当てた。
まるで釘を木材に当てるように、日本刀《銀ノ月》をハンマーで殴りつけ、その勢いは斬撃術《朔望月》の分も含めて更に加速した……!

「貫けぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 左手からリズのハンマーを共有アイテム欄に戻し、俺の全身全霊の一撃がヒースクリフの大盾へと注がれる。
ただでさえ破損しかかっていた、その銀色の刀身は更に破壊していき、日本刀《銀ノ月》が大盾を貫くか先に壊れるか……!

「……くっ、このタイミングで!」

 ヒースクリフの大盾を覆っていた真紅のライトエフェクトが消えていき、ソードスキルの持続時間が終わったことを示し――それと同時に、破れるもの無しと謳われたその大盾にも傷がつき始めた。

「貫けっ……貫けよッ!」

「ええい!」

 そして俺の愛刀が先に壊れるか、ヒースクリフの大盾が先に壊れるかの勝負は――同時。
銀色と純白のポリゴン片が俺たちの間で同時に舞い上がり、愛刀を失ったお互いの視線が交差した瞬間、次にどう行動するかは決定されていた。

 ――即ち、ヒースクリフの足元に落ちている十字剣の剣を広い、相手に引導を渡すこと。

 俺には足刀《半月》による剣を伴った蹴り、ヒースクリフには《クイックチェンジ》にて更なる武器に変えるという手段があるが、相手に逆転の手段を与えずにこちらが一撃で殺すには、足元の十字剣を拾うのが一番手っ取り早い。

 どちらも折れた十字剣への距離は同程度、後はもう結果は神のみぞ知る……!

「ぐあっ……!?」

 突如として起きる頭痛と共に、十字剣へと伸ばしていた手で頭を抑え、そのまましゃがみ込んでしまう。
その頭痛と共に視界が急速にクリアから元に戻っていく――これは、《恐怖の予測線》の時間制限による強制解除の合図。

 そして、俺が頭痛で動きが止まっている中、目的であった折れた十字剣は――

「……惜しかったね、ショウキくん」

 ――目の前にいるヒースクリフの手の中にあった。

 ……ああそういえば先程俺は、『結果は神のみぞ知る』などと思ったものだが、俺の目の前にいるこの男はこの新たな世界の――『神』ではないか。

 ヒースクリフはただただ無言で、その折れた十字剣を俺へと振り下ろした。














「――だったら! その神様を殺せるなんて、ナイスな展開じゃないか……!」

 十字剣が俺の頭をかち割る前にヒースクリフへと突撃し、そのまま回避を目的としていた訳ではないので、十字剣は俺の肩口から先を切り裂いたが、その時にはもう俺の用は済んでいた。

「――終わりだ、ヒースクリフ」

 ヒースクリフの真紅の鎧と鎧のつなぎ目、その一点に向かって日本刀《銀ノ月》が深々と刺さっているのだから……!

「日本刀《銀ノ月》……折れた……筈、では……?」

 ヒースクリフが驚愕の面持ちで自身の鎧と鎧の間に挟まっている日本刀《銀ノ月》を見て、俺は斬り裂かれた肩口を抑えながら声を絞り出した。

「……俺とリズが心を込めた逸品だ。そんな簡単に、折れるもんかよ」

 ヒースクリフの大盾による衝突で、中ほどまで破損した日本刀《銀ノ月》だったものの、未だに日本刀として使うことは可能だった。
……結局俺は何から何まで、彼女に頼りきりだったというわけか。

「そうか……」

 まだ片手に持っている十字剣で、肩口を斬られて座り込んでいる俺を追撃するなり、鎧と鎧の間に刺さった日本刀《銀ノ月》を抜くなり出来るだろうに、ただただ俺と日本刀《銀ノ月》を見つめていた。

 その瞳からは何を考えているのか、全く想像がつきはしない。

「……おめでとうショウキくん、君の勝利だ……」

 ヒースクリフがその両手両足から真紅に彩られたポリゴン片となっていき、この世界のラスボスには相応しくなく、いとも簡単にこの世界から去っていく。

 その身体に刺さっていた日本刀《銀ノ月》も、ヒースクリフがポリゴン片となった為に地面へと落ち、その役目を終えたかのように消えていった。

「さよなら……アリシャ、ヘルマン、クラウド、リディア、コーバッツ……」

 ギルド《COLRS》の皆を始めとする、もうこの世にはいない者たちに別れを告げ。

「終わったぞ……キリト、アスナ、クライン、エギル……」

 第七十五層のボス部屋で、俺がヒースクリフとの一騎打ちに行くときに引き止めてくれた友人たちに報告し。

「……またな、リズ」

 待ってくれているだろう好きな彼女へとメッセージを渡し。

 俺は休息を欲している身体全体に従って横になり、そのまま心地良い眠気に誘われていく。

『――ゲームは クリアされました プレイヤーの皆様は――』

 アインクラッドの方の音声が聞こえてきて、クリアしたのだと再認識した俺は、今度目覚めた時は現実であると願いながら、心地良い眠気と共に意識を手放していった……

 ――絶対また会おうね、ショウキ――! ……愛してる!

 ……最後にそんな言葉を、聞いたような気がしながら。


SAO―銀ノ月―
アインクラッド編 完

 
 

 
後書き
まずは随分遅れてしまったことの謝罪をば。

他に書いている遊戯王も一段落付くので、せっかくだから同時更新にしようと思ったらこんなことに……

それはともかく、次からALO編です。
相も変わらず、ラスボスに真正面から不意打ちしか出来ないような主人公ですが、舞台が変わっても頑張りますので、どうかよろしくお願いします。

感想・アドバイス待っています。 
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